E-375 騎馬隊が欲しいらしい
夕食後に指揮所に集まった連中にお土産のワインを振る舞いながら、エクドラル王国との調整事項を説明する。
エクドラル王国の西にマーベルに似た自治領を作るよう提言してきたと聞いて、少し驚いているようだが、名前だけの辺境領だからねぇ。自治をうたっても結局はエクドラル王国の支援が無ければ成り立たないんだよなぁ。
「それで、産業の一部を提供するということですか。それを行うことで我等の収入が減るようでは問題になりかねません」
「それを調整してきた。先ほどの説明通り本の製作は売値の上限を定め、陶器より品質の劣る土器を作るようになるだろう。
土器に陶器、それと磁器の大きな違いは土と釉薬それに生成時の窯の温度だ。鉄を鍛えるほどの高温を作り出せなければ陶器や磁器は作れないよ」
「それでも作れば売れるということですね。庶民相手であるなら需要はかなりなものになるでしょう」
「城壁の中で暮らすようなものだから農業はあまり出来ないかもしれない。魔族を牽制するだけでなく、場合によっては魔族との最前線になる場所だ」
「兵器工房も作るんでしょうな。爆弾は備蓄するよりそこで作ることになるのでは?」
「たぶん王都の工房の一部が引っ越すに違いない。それぐらいの激戦が予想される。だけど国王は乗り気だったよ。それによって王都の北を開拓することが出来ると考えているようだ」
「近くの砦まで長城を作るのでしょうな。将来は「長城を歩いてマーベルから辺境伯領まで行けそうですね」
案外、そうなるかもしれないな。
長城の南側には移動式カタパルト用の道が整備されるだろうからね。魔族との戦が無いなら、第二の街道になるんじゃないかな。
待てよ、そうなると街道沿いに小さな村が出来るだろうし、その村を起点に開拓も行われるんじゃないかな。
エクドラル国王が長城計画を渋ることなく承認したのは、長城を作ることで魔族に対する脅威を低下させるとともに、国内開発計画を作ることが出来ると考えたのかもしれない。
先代国王はかなり先を見て統治をおこなっていたようだけど、現国王もそれに劣らぬ人物のようだ。
「それにしてもエクドラル王宮で貴族を相手に立ち回るとは……。結果的に、我等を見下すようなことは避けられたということですかな。エディン殿が頭を低くしてエクドラル貴族からの要望を工房に伝えていましたが、少しはそんなことが減ると良いんですがねぇ」
「直ぐには無くならないんじゃないかな。だけどそんなことがティーナさんの耳に入ったなら、面倒なことになると思うんだけどねぇ。
戦好きのお姉さんだけど、曲がったことは大嫌いだし家族が王宮に出入りしているからね。ましてや母上のデオーラさんは御妃様との関係が思った以上にあるようだ。
大使という名目で滞在しているけど、俺達を見ているというよりエクドラル王国とマーベルの関係を見ているというのが正しいように思える。とはいえあの性格だからねぇ。副官のユリアンさんがそれを見ているのかもしれないね」
「関係を損なわないようにとの配慮でしょうか?」
「だと思うよ。そうでなければティーナさんに1個小隊を預けることもないだろう。グラムさんが選んだ兵士達だから精鋭だろう。少しは西の尾根の戦が楽になりそうだ」
来年もやってくるだろうか?
さすがに雪深い冬には来ないだろうから、その間に準備だけはしておかねばなるまい。西の尾根の北側は案外手薄だからなあ。レンジャー達に任せるだけでなく、彼らの屯所の強化だけでも行っておきたいところだ。
そもそも部隊の移動がしにくい地形だと言っていたけど、レンジャー達はそれをものともせずに狩りを行っているぐらいだ。
何度も狩りを行っているなら、道が作られている可能性もある。
罠ぐらいはあるのだろうが、偵察部隊を越えるような魔族が襲来しないとも限らないだろう。
思い付いたらすぐにメモを残す。
後でゆっくりと考えれば良い。
「カタパルト用の爆弾製作は順調じゃ。既に千発を越えておる。尾根の下の集落の納屋を1つ借り受けて備蓄を始めたが、尾根にも何か所か作った方が良かろう。石火矢についても同じことが言えそうじゃ」
「その2つが魔族相手の切り札です。レイニーさんよろしくお願いしますよ」
俺の言葉にレイニーさんが頷いてくれたけど、多分エルドさんが作ることになるんじゃないかな。エルドさんは器用だからなあ。部隊の連中も器用な連中が多いようだ。
東の滝の先に作った見張り台も、どうにか形になったらしい。
もっとも張りぼても良いところだから、魔族が押し寄せたならあるだけの石火矢を放ってさっさと退散することになるんだろう。
追ってくる魔族は東の楼門から見える小さな広場で足止めが出来るし、滝の裏側を通る道は大部隊が移動できるものではない。
これで東の防衛については一段落と言って良いだろう。
南の城壁は、今ではマーベル国の首都を囲む城壁のように見えるのだが、現状維持を続けるだけで十分だ。城壁の南にも耕作地が広がりつつあるからね。その耕作地を囲む柵も作られているけど、あれは耕作地に獣が入らないようにするための物だ。
耕作地の南に広がる森は、植林で規模が大きくなっているから結構獣が棲み付いているらしい。ヴァイスさん達の良い獲物になってくれるからありがたい話だ。
「南の城壁作りは順調なのでしょうか? 途中で見て来ようと思ったんですが少し南を通ってきましたので……」
「順調だよ。やはりレンジャーギルドに依頼しただけのことはある。彼らはきちんと仕事をこなしてくれるからなぁ。俺達よりも真面目なんじゃないか」
エルドさんの話を聞いて皆が頷いている。
レンジャーは信用が一番らしい。技量の方が大事だという者もいるが、技量が多少優れていたとしても、信用が無ければ直接依頼を受けることは無いようだ。そんなレンジャー達のためにギルドにある掲示板に依頼書を張り付けてあるらしいのだが、信用のおけるレンジャー達には直接ギルド職員が依頼をすると聞いたことがある。
エディンさん達の商隊を護衛するレンジャー達も、依頼書からの依頼ではなさそうだな。
「前回の西の尾根では多数の負傷者を出してしまいました。次の戦も西の尾根の公算が極めて高いと推測します。現在設置してあるカタパルトを2倍にするぐらいの対策は必要でしょうし、柵も少し高くした方が良さそうです。さらに尾根の北と南についても魔族の迂回攻撃を防ぐ手立てを考えておくことが必要かと……」
「北は分るが、南は必要か? 尾根を越えるより谷を南下しそうに思えるが?」
エミールさんの言葉に、ガイネルさんが問いかけた。どちらの考えも正しいように思える。
南に下ってくれるならエクドラル王国の砦と長城が魔族を阻止してくれるだろう。グラムさんが移動式のカタパルト部隊を中隊規模で作るのは案外早そうだ。
とはいえ、魔族の南下を一番阻害するのは俺達だからなあ。
俺達を下してから南下するという策を取られかねない。
「たぶん、8割方南下するでしょう。ですが魔族に取って俺達目障りどころの存在ではありませんからね。潰そうと考えるようでは困ります」
「残り2割の対策ということじゃな。相変わらずレオンは慎重じゃ。レオンを知らぬ輩は腰抜けと揶揄するかもしれんが、ワシ等は十分にレオンの実力を知っておる。豪胆と慎重を併せ持つ者は、長生きをしておるがレオンが初めてじゃよ」
「やはり可能性があるということでしょうか?」
顔を曇らせたレイニーさんが確認するように呟いた。
俺とガラハウさんが顔を見合わせる。あまり心配させるのも、考えものだな。
「可能性というよりも、西の尾根の防衛の小さな弱点と言った方が良かろう。抜かれたなら、西の尾根が挟撃されるとともに、ここで暮らす住民が虐殺されかねん。とはいえ、あまり部隊を向けること出来んな。それをどうするつもりなんじゃ?」
「基本はカタパルトでの爆弾投射で十分かと。俺達がこもる尾根の指揮所と同等の備えがあると分からせれば良いはずです。尾根の南には移動式のバリスタを用意していますが、いくつか作ってある小さな広場に小型のカタパルトを設けることで十分でしょう。谷を越える必要はありません。谷底に爆弾を降らせることが出来るカタパルトを作れませんか?」
「飛距離100ユーデ程で良いってことか? それなら雪解けまでに10台は作ってやるぞ」
構造も簡単に出来るということだろう。架台にカタパルトの腕木が当たる衝撃もかなり小さくなるはずだ。使う材木が一回り小さくなるだけで、重量が半分近くまで軽くなるんじゃないかな。
「魔族が押し寄せる可能性が少ないなら、民兵に任せるということも出来そうですね?」
「訓練は必要でしょうけど、それで良いと思いますよ。とはいえ完全に任せるのは出来ないでしょう。分隊規模の兵士を彼らの前に置くことが必要かと考えます」
白兵戦になるようでも困るけど、支えきれなくなったら指揮所から増援を派遣すれば良いだろう、ティーナさん達に火消しを頼むことも出来そうだ。
「忘れてましたが、エクドラル王国には軍用のボニールがありました。数頭頂いてきましたよ」
「軍用ですか!」
「結構無理が効きました。年内にマーベルに到着できたのも軍用ボニールに騎乗してきたからだと思っています」
「とりあえずは資材の運搬ということになるだろうな。俺達には騎馬隊が無いからな。強いて言うならエクドラル王国軍に派遣する部隊ということになるんだが」
「すでに必要数のボニールは揃えていますからね。その予備として確保するとともに、資材運搬や状況監視に使えば良いでしょう。ですが……、レオンはマーベルに騎馬隊を創設する考えはないんですか?」
騎馬隊の機動力は魅力ではある。
子供達が夢に描く騎士の姿は騎馬隊の華麗な姿に違いない。
だけどなぁ……、維持費がかかるんだよね。
貧乏性の俺には考えたこともないんだが……。
「騎馬隊か! 王国軍の花形でもあるな。国を作ったのだから騎馬隊を設けても良さそうだ。俺は賛成するぞ!」
ガイネルさんが大声を上げた。酔ってるのかな? 皆も、「「オオォォ!」」と歓声を上げている。
「レイニーさん達が望むなら形だけでも作ることは可能ですけど、結構物入りですよ」
「今では砂鉄採取の副産物になってしまったが砂金の蓄えはかなりのものじゃ。3袋程度で間に合うか?」
そんな無駄使いはしない方が良いんだけど、なんか皆が乗り気なんだよなぁ。
それなら今までにない騎馬隊を作ってみるか。
1個小隊規模なら南の見張り台に対する救援部隊としても活躍できそうだ。




