E-374 マーベル共和国への帰還
エクドラル王国からの帰路は、俺達2人にティーナさんに副官のユリアンさんが同行してくれた。
ティーナさん達は軍馬なんだけど、俺とナナちゃんはボニールに乗る。
先導するティーナさんを追いかけるようにちょこちょこと足を進めるボニールを見ていると思わず笑みが浮かんでくるんだよなぁ。
首をたまに撫でてやると、嬉しそうに振り向いてくれた。
「レオン殿、やはり軍馬を使いませんか? 町人がレオン殿を見て噂をしているように見受けられます」
「構わんさ。それに結構足が速いね。このボニールは軍用なんだろう?」
「小柄な獣人族が偵察時に使っているボニールです。このままマーベルで使うよう、グラム殿より仰せつかっています」
俺とナナちゃんが騎乗して、さらにお土産を積んだボニールが2頭だからなぁ。誰に託そうかと考えてしまう。
俺達はめったに使わないからね。誰に託しても恨まれそうだ。
「すでに12月だからなぁ。マーベルは雪景色だろうけど、この辺りには雪は降らないのかな?」
「降るとすれば2月辺りでしょう。それでも街道は通行できますよ。マーベルは雪に包まれるでしょうけど、交易路については商会ギルドが除雪をレンジャーギルドに依頼しているとのことです」
東の川沿いに街道まで伸びる交易路ということかな? かつてはエディンさんが10台に満たない荷馬車を連ねてやって来た道だ。
交易が盛んになったことで俺達や商会が道を整備してきたから、今では立派な道になっている。
とはいえ道幅は荷馬車1台が通行できるぐらいなんだが、当時から比べると街道からマーベルまでの日数が1日短くなったらしい。
「結構散財することになるんじゃないかな?」
「それだけ儲けがあるとも言えますよ」
街道の途中にある職場町を利用しながら旧サドリナス領内に入ると、施政庁の北にある砦を目指す。
砦で一泊して、ティーナさんの直属部隊を砦の指揮官から受け取ったのだが、おかげで足取りが遅くなってしまった。
「徒歩ですからねぇ。それでも行軍速度はそれなりですよ。マーベルまでは10日前後でしょう」
「ギリギリ年内ということになってしまいますね。マーベルに連絡して貰えましたから、安心です」
年を超すことはないと言ってきたからなぁ。
お土産をたっぷりと買い込んできたから。少し遅れても許してくれるだろう。
砦伝いに東を目指す。
長城も結構伸びているようだ。とは言っても、完成までには数年以上掛かるかもしれないな。
俺達の作っている長城だって半分も進んでいないからね。
旧サドリナス領内の東端の砦を過ぎると、少しずつ雪が深くなってきた。
南の見張り台が見えるころには重装歩兵の履くブーツが半分ほど潜るくらいまでになって来た。
見張り台からは、数人の兵士が交代で雪靴を履いて雪を固めた跡を歩いていく。
ボニールに乗ったままなら、これぐらいは何ともなく進めるんだが、さすがに歩兵がいっしょだからなぁ。
一気に進みが半減してしまった。
これも冬の訓練と言えば苦とも思えないだろう。重装歩兵の装備の多くは荷車に乗せてあるからね。
マーベル共和国の東の楼門が見えた時には、正直ほっとした気分だった。
これで長い旅も終わる。
それに、年越しの2日前だから約束も何とか果たせた感じだ。
城門を潜ると、エルドさんが待ち構えていた。ティーナさんの直営部隊を宿舎に案内するために待っていたのだろう。
「今日はゆっくりと休んでください。皆が集まるのは明日の朝食後という指示をレイニー殿が出してました」
「ありがとう。食事の方はエクドラさんに話をしてくれたかな?」
「夕食から、可能だそうです。その辺りの話も彼らにしておきます」
宿舎は西の楼門傍に設けた兵舎を使うらしい。食堂から離れているけど、それぐらい歩くのは苦にもならないだろう。
俺達に近づいて来たエニルに軍馬とボニールを預けて、ナナちゃんと一緒に指揮所に向かう。
コンコンと軽く扉を叩いて開けると、中にナナちゃんと一緒に入る。
扉から2歩部屋に足を踏み入れて、俺達の笑みを浮かべているレイニーさん達に騎士の礼を取る。
「レオンにナナ、エクドラル王国より戻ってまいりました」
「ご苦労様でした。詳しい報告は夕食後に聞かせて貰いましょう。寒かったでしょう? こちらで先ずは温まってください」
外套を脱いで、部屋の入口近くにあるフックに掛ける。ナナちゃんが背伸びをしてフックに替えようとしているから、ヒョイとナナちゃんの外套を摘まんでフックに駆けてあげた。
暖炉傍のベンチで何か話し合っていたのかな?
レイニーさん以外にヴァイスさんとリットンさんが腰を下ろしていた。
テーブルから椅子を運んでベンチを空けてくれたから、軽く頭を下げてナナちゃんと一緒に腰を下ろす。
ベンチに腰を掛けるなり、ブーツを脱いで足を暖炉にかざしているから、つま先が寒かったんだろうな。
厚手の靴下を雑貨屋で買ってあげないと……。
リットンさんが俺達にお茶を淹れてくれた。自分達のカップにも注いで席に座り直したところを見ると、夕食前に概略を知りたいということになるんだろう。
パイプを見せると、レイニーさんが頷いてくれたから暖炉の薪で火を点ける。
お茶を一口飲んだところで、3人に王都での出来事を話し始める……。
「そうですか……。エクドラル国王はかなりマーベルに好意的だと」
「男爵位を名目とはいえ頂くことになりました。ある意味、エクドラル王国内の貴族達に対する牽制とも取れます。爵位は最低でも辺境伯に近い立場になりますからね。下手な干渉は宮殿から責任を問われかねません。貴族は保身を第一とするようですからマーベル国に私兵を繰り出すようなことにはならないでしょうし、難題を押し付けることがあれば俺の名で国王に状況報告をすれば直ぐに取り下げて貰えるでしょう」
これで名目は友好国であっても実質の同盟国の関係になれるだろう。レイニーさんに貴族称号を与えるとなれば属国扱いになりかねないが、レイニーさんの下で動く俺ならば何ら問題はない。
「ティーナ殿に1個小隊ですか。魔族との戦が続く中ではありがたい話です」
「逆に1個小隊を派遣しているからね。それに見合う戦力ということなんだろう。トラ族の重装歩兵が2個分隊に弓兵だから西の守りに参加して貰おうと……」
「エクドラル王国はサドリナス王国を領土に加えてますからかつての領地が2倍になっています。あの魔族の大軍を前にして戦力増強を1個大隊で済ませるのですか?」
「俺達はもっと小数の戦力で魔族を撃退してますよ。俺達にそれが可能なのは、ガラハウさんが作ってくれた爆弾と石火矢があるからです。エクドラル王国はかなり石火矢を欲しがっていましたが、下手に作り方を教えたなら大陸の統一に走りかねません。ですから荷車に乗せる小型のカタパルトで対応することを教えてきました」
「カタパルトなら、飛距離は150ユーデほどにゃ。それで魔族を止められるのかにゃ?」
「数台では無理でしょう。ですが1個大隊全てが移動式カタパルトを操作する部隊ですよ。分隊で3台運用できるなら、小隊で12台、中隊ならば48台、大隊となれば200台近いカタパルトが一斉に爆弾を放てます。さすがに大隊での運用はしないでしょうから、エクドラル本国領と旧サドリナス領に2個中隊ずつ配置するかと」
「それ以外に、フイフイ砲と棒の付いた小型爆弾ですか……。長城建設が終われば王国民は魔族に脅えずに過ごせそうですね」
「後は、辺境伯領を西の国境近くの北部に作るよう提案してきました。既に公平を派遣しているようですから、マーベルに似た自治領が作られるはずです。
魔族の侵入を早期発見するのが目的ですが、必要に応じて魔族の後部もしくは側面を叩くことが可能と魔族に思わしめるためでもあります」
「そうなると辺境伯領に魔族が攻め込みませんか?」
「たぶんそうなるでしょう。ある意味魔族を引き寄せる事にもなりますが、来ると分かっているなら、それなりの対策をあらかじめ行うことも可能です」
王国軍からの派遣部隊に辺境伯の持つ私兵、それに民兵を募れば直ぐに1個大隊規模の守備兵が出来るだろう。
フイフイ砲やカタパルトそれに爆弾を使えば数倍の魔族を相手に出来る筈だ。
「とはいえ1つ問題もあるんです。辺境伯領は魔族の襲撃が一番起こりやすい場所ですから大規模な農地を作ることが出来ません。となると辺境伯の住民をどうやって食べさせるかということになるのですが、これについて少し手伝ってあげたいと考えています」
「産業の一部をエクドラルに提供するということですか……。具体的には?」
「印刷と本作り、それに製紙、できれば土器作りも教えたいところです」
「私達の仕事が無くなるにゃ!」
「それは事前調整をしてきました。紙は需要を考えると制限を設ける必要はないでしょう。印刷と本については、売値が150ドラム以下に限定する。土器については約束を避けましたが、陶器より質が劣る品の作り方を教えようと考えています」
「陶器よりも安いってことかにゃ?」
「そうなりますね。庶民相手の品で日常使いが出来るものと言うことになるでしょう。陶器もそうですが落としたら割れてしまう品ですから、あまり値を上げるのは考えものです」
それだけで暮らしが立つとは思えないが、それはエクドラル王国が考えるべきだろう。俺達に出来ることは、俺達の産業の一部を教えてあげれば十分だ。
「マーベル国には何も無かったのですか?」
「貴族連合の紹介ギルドから使者がやってきました。魚の干物と陶器の交易と言う話でしたが、エクドラル王国への売値と同じ額での取引で手を握りました。確かレオンが増産すると言ってましたよね」
「増産しますよ。高額商品ではありませんから、貴族連合との取引を始めてもエディさん達へ引き渡す陶器は増えるはずです。元々がマーベル国の仕事を増やすためでしたから、ガラス細工についてもエクドラル王国以外の交易も可能だと思います」
「子供達も大きくなったからにゃぁ」
ヴァイスさんが、笑みを浮かべて遠くを見ながら呟いた。
それだけ自分が年を取ってるとは思わないのだろう。ヴァイスさんは何時まで経っても昔のままだ。今でも少女の心のままなんだろうな。




