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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
372/384

E-372 デオーラさんの友人達の頼み事


 王都の迎賓館で数日を過ごすと、さすがにマーベルが恋しくなってくる。

 デオーラさん達が王都の施設をいろいろと案内してくれたのだが、さすがに歴史を感じる物ばかりだった。

ナナちゃんが目を見開いて芸術品を眺めていたんだよなぁ。自分の持たない芸術センスに驚いていたのだろう。

 そんなナナちゃんにデオーラさんがしっかりと説明しているんだけど、同行している俺とティーナさんはあまり関心が無いことも確かだ。

 やはり俺は部門貴族の端くれなんだろうと自覚したぐらいだからね。


「……という物語を彫刻にしたのですよ。だから女性の体が木に変わりつつあるでしょう?」

「その場で隠れて見ていたのかもしれないにゃ。そうでもないとこんな変化を形に出来ないにゃ」

「天才と言われた彫刻家の作品なのです。物語の一場面を頭の中でしっかりと再現したんでしょうね。そうでもないと一方向から観賞することになるのでしょうが、この作品はどの角度から見ても、その場が写実的に再現されているのですから……」


 天才はある間隔で生まれるらしい。その時の秀才に妬まれる運命にあるらしいのだが、この彫刻家はそんなことにはならなかったということだろう。

 王家に保護されて、たくさんの彫刻を残したらしい。


「そろそろ次に行ったらどうなんだ? 私には見飽きた作品なのだが」

「芸術を見る目は、とうとう育つことがありませんでしたね」


 ティーナさんの言葉に、がっかりした表情を浮かべたデオーラさんが呟いた。

 俺もティーナさんに賛成だから、このまま黙っていよう。今日はデオーラさんとナナちゃんに1日付き合うことになってるからね。


 美術館の見学を終えて、公園の一角にある小奇麗な店の前に馬車が止まる。

 ナナちゃんと手を繋いだデオーラさんの後ろにティーナさんと一緒に歩いて店に入ると、すぐに身なりを整えた男性がデオーラさんのところに現れた。


「皆さんはお待ちですか?」

「先ほど到着されました。お部屋にご案内いたします」


 2人の会話に、ティーナさんと顔を見合わせる。

 ティーナさんが首を振っているから、ティーナさんも何のことか分からないようだ。


 男性が先に立って俺達を案内してくれた部屋まで歩くと、軽く扉を叩き男性が部屋の中に声尾を掛ける。

 部屋の中から椅子が動く音がしてきた。音の数からして数人ということなのだろう。


 男性が明けてくれた扉から部屋に足を踏み込んだんだけど……。どう見ても俺は部外者に見えるんだよなぁ。

 きれいに着飾ったドレス姿のご婦人方ばかりだからねぇ。


「お連れしましたよ。マーベル国のレオン殿です。皆様方にはオリガン家の1人と言った方が良いのでしょうね」

「レオン殿の噂はいろいろと耳にしましたけど、好青年だったとは思いませんでしたわ。ティーナ様もさぞかしお気に入りの御様子ですわね」

「さぁ、どうぞお座りくださいな。お茶の時間はそれほど長くはございませんもの」


 開いている席に座ったけれど、ご婦人方の微笑みの中の視線は俺を値踏みする感じに思えるんだよなぁ。

 針の筵という言葉はこんな状況を言うんだろうか……。


 飲み物が用意されたけど、俺にはお茶ではなくコーヒーだった。大きめのカップにたっぷりと注がれたコーヒーカップに横には角砂糖を3つ乗せた少し大きめのスプーンが添えられている。

 たぶんデオーラさんがあらかじめ俺の好みを伝えてくれたんだろうな。

 デオーラさんに視線を向けて小さく頷くと、笑みを返してくれた。


「それで、皆様がレオン殿に合わせて欲しいというお願いはこれで果たしたことになるのでしょうけど、皆様がレオン殿を真近で見たいだけということではないんでしょう?」

「直ぐに本論に入ろうとするのは、デオーラ様は昔とあまり変わりませんわね。若い士官とお話を楽しんでからと思ったのですが……」


 どうやら頼みごとがあるのかな?

 さすがに新型兵器を欲しがるとも思えないから、デオーラさんの顔を立てるためにもある程度の事なら了承しても良さそうだけど……。


「最初からでも、後からでも頼み事に変わらないと思いますよ。知っての通り、レオン殿はマーベル国の重鎮その者です。何度も頼み込んでようやく王都に足を運んで頂いたのですから、レオン殿の負荷の掛かるような頼み事はエクドラル王国の貴族の資質自ら落とすようなことになりかねませんよ」

「最初からデオーラ様に話をしたなら却下されかねません。ですからレオン殿に直接頼みたかったのです。でもその話が私達の間に出たのは、デオーラ様達が市政庁で行った貧民対策を知ったからでもあるのですよ」


 少し話が見えてきたかな。

 早い話がエクドラル王都でも、それに似たことを始めたいということのようだ。

 それなら協力することにやぶさかではないな。


「レオン殿にお願いしたいのは、この製法を私達に教授して頂きたいということです」


 ご婦人の1人が取り出したのは……、小さな本だった。

 見たことがあるな。あれは子供向けの神の教えを説いたものだ。各神殿で祭る神々の逸話を1つずつ載せているんだけど、短いものだから子供達に読み聞かせるのも簡単だし、それによって子供達に字を習わせるという目的にも使えるものだ。


「王都にもある程度の数が商人によって運ばれてきました。これは役立つのではないかとお茶会に持ち寄った本を見て、皆が驚きました。全て同じだったのです。最初は写本だと思っていましたが、全く異なる方法でこの本は作られていました。直ぐに商人を呼び寄せて出所を聞いたのですが……」

「確かに、マーベル国の製品です。しかも、その製法を考えたのはレオン殿その人であることも確か……。でも、皆様は何故そのような手段をレオン殿が考えることに至った理由は知らないでしょうね」


 ため息交じりの声でデオーラさんが呟いた。

 デオーラさんは、俺達の建国の苦労をある程度知っているということなのかな?

 あの当時はいろいろと考えないと、皆を食べさせることが出来なかったからなぁ。今ではかなり改善しているように思えるけど、どうなってるんだろう?

 大きく赤字にはなっていないとは思うけど、黒字だとしてもそれほどの利益をもたらしているとも思えないんだよなぁ。


「その本は活版印刷という手法で作ったものです。全くの荒れ地に建国したことから、住民を食べさせるために、いろんなことを始めたことは確かですね。今では陶器に磁器それにガラス工芸が外貨獲得の主流になりました。

 本については、少し考えてしまいますね。エクドラル王国にその製法を伝えたなら、マーベル国の職人が路頭に迷いかねません。マーベル国にはそれを専業としている者達がいるんです。しかも最終的な本に仕上がるまでいくつかの分業が行われていますから職人の数は多いんです。

 とは言っても、目の付け所は良いと思いますよ。本を作り、本を王国内に廉価で売るなら王国民の識字率が高まることは確かですからね。

 できれば、廉価版だけの制作販売として頂けるなら、マーベル国の産業に大きな影響を与えることにはならないかと思うのですが……、皆さんはそれで満足できますか?」


「この本の価格は銀貨1枚でした。これは廉価版ではないのでしょうか? 写本であれば最低でも銀貨数枚になるはずです」


 マーベルからの出荷価格はもっと下なんだけどなぁ。50ドラムぐらいじゃなかったかな? 商人の儲けもあるんだろうけど、2倍になっているとは思わなかったな。


「確かに廉価版です。俺達の卸値はその半分ですよ。王都まで運ぶ商人の儲けも考えればやはり高くなってしまうんですね」

「それなら、王都で作れば2割程安く出来そうですね。それだけ工房に利益を還元できることになります」


 さて……、俺の一存で良いんだろうか?

 廉価版であれば、さほどマーベルの収益に痛手を及ぼすことは無いだろうし、そもそも俺達に本の製作を依頼してくるのはエクドラル王国だからね。

 これまで通り、装飾された凝った製本を継続するならそれほど大きな問題にもならないだろうし、廉価版の本が広く普及するのはエクドラル国民にとっても歓迎されるに違いない。


「最終的に店に並ぶ本の値段が、銀貨1枚半を越えないという条件を付けさせて頂けませんか? もちろん税を含めての話です」

「その条件でエクドラル王国での製本をお認め下さると?」


「顧客のほとんどがエクドラル王国では致し方のないことです。製本はいくらでも凝ることができますから、神殿や貴族からの受注で俺達は十分です。とはいえ、結構人手が掛かる事業ですよ」

「それなら尚の事です。先程分業と言われましたから、本を幾つかの過程を経て作られているのでしょう。それを学ぶためにエクドラル王国より何人か派遣したいと思うのですが?」

「3人では足りないかもしれませんね。5人なら受け入れることは可能でしょう。でもその中に、文字の読み書きが出来るものを3人は含めてください。文字を読めない人間が本を作ることは出来ませんよ」


 活字拾いを行うことになるからね。それも反転した文字だからなぁ。かなり面倒な作業なんだけど、皆頑張っているんだよなぁ。

 ナナちゃんが作った装飾文字も結構人気が高いようだ。最初は1ページに2、3個だったんだけど、中には段落を変えるごとに使って欲しいと注文が来たことがあるらしい。

 

「それにしても、このような本を50ドラムほどの値段で作られているのですか……」

「ある程度纏まった数を同時に作ることができるんです。その文字を良く見れば理由が分かると思うんですが」


 俺の言葉を聞いて、ご婦人方が本をジッと眺めている。

 文字を1つずつ並べていると気付くことは無いのだろう。首を振っているぐらいだからなぁ。


「皆も判を押したことはあるに違いない。封筒の封蝋に印を押すのは貴族であれば当たり前の事。その文字も似たような仕組みで作っている。文字を1つずつ判にした物を並べてインクで紙に写し取る。初めて見た時には驚いたのを今でも覚えている」

「ティーナは見たことがあると?」

「仮にも大使の役を仰せつかっている。マーベル国内の秘密には近付かんが、エクドラル相手の産業については色々と見ているつもりだ」


 ティーナさんの言葉に、デオーラさんが呆れた表情を見せている。それならもっと早くに……と思っているんだろうけど、ティーナさんだからなぁ。

 グラムさんには色々と報告をしているに違いないが、軍事以外については興味があまりないってことだろう。

 裏表のない人だから、マーベルでは皆に好かれていることは確かだ。

 ティーナさんを通してマーベル国の住民はエクドラル王国を見ていることになるんだから、大使としての務めは十分に果たしているともいえるだろう。

 とはいえ、大使としての役目はそれだけではないんだよなぁ。俺達の動きをしっかりと見定める事。それは俺達の産業にまで及ぶはずなんだが、ティーナさんだからねぇ……。そっちは全く気にしていないようだ。


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