E-368 反旗を翻すのは無理だろう
辺境伯の領地というか砦についての話が終わると、グラムさん、ワインズさんと一緒に食事を取る。
軍の食事だからとあまり期待していなかったんだが、さすがは王都近くにある軍の本部だけあって結構美味しく頂けた。
食後のお茶を飲みながら、世間話を始めていたのだが……。
「やはり、石火矢に付いての技術を供与してもらうわけにはいかないのか?」
こっちの方が『やはり』と言いたいところだ。
ワインズさんの危惧は分らないわけではないが……。
「一歩譲れば百歩譲ることになるとの話もあります。隣の花はクレイに見えるということにも繋がるんでしょうが、それは頷くわけにはいきません。俺に出来ることは、エクドラル王国での石火矢開発を傍観するだけです」
「あれを見たなら、だれでも欲しくなるに違いない。レオン殿が我等に教えてくれたのは防衛兵器のみだからな。侵略戦争で石火矢を使えば確かに容易に相手国を落とせるに違いない。ワインズ殿。無理強いは友人を無くすように思えるぞ」
「フイフイ砲を使って放てる爆弾の距離は400ユーデに満たぬ。レオン殿が提案した移動式カタパルトの飛距離は150ユーデ程。その先を狙いたくなるのは心情と思って頂きたい。悪気はないのだ」
「その思いがあれば、さらなる兵器開発が可能でもあります。それが無ければ旧来の兵器で敵に対することになるでしょう。自軍の兵士の死傷者をどうやって減らすか。一軍を預かる将であるなら、常に考えるべきことかと思います」
「耳痛い話だな。兵士の士気を心配しる士官は多いのだが、兵士達の死傷を心配する士官はそれほど多くない。いくらでも徴用出来ると考えておるようだ」
「士官学校でそのように教えているというのか?」
ちょっと驚いた表情でグラムさんが問いかけると、ワインズさんが片手を振ってそれを否定していた。
「さすがにそれはないな。だが、その風潮が出ていることは間違いない。貴族制度に大きな改革を行ったことは確かだが、いまだにその残滓が残っているということなんだろう。ワシ達の子供にしても、貴族の子であることを誇っているところがあるからな。それに伴う務めをこなせるなら、それほど大きな問題にはなるまい。所領と館を引き継ぐことは可能だ」
「なるほど……、次の世代交代に課題のある連中が問題ということか」
「あぁ、名乗りを上げて来るぞ。自分の実力を過信してな。そうなると……、分かるだろう」
俺には全く分からないんだが、グラムさんには理解できたらしい。
「確かに石火矢があれば都合が良いだろう。だが、ワインズ殿も案外直接的に物事を伝えるものだな。昔はだいぶ遠回しに物事を進めていたのだが……。
だが、ワイズ殿。もう1つ方法があるだろう。それは落としどころとして考えていたのか?」
「グラム殿に見破られるようでは、そろそろ陛下の傍を離れるしかないな。レオン殿、先ほどの話の続きをしたい。
マーベル国が石火矢を我等に渡すことが出来ないのであれば、石火矢を使える部隊を我等に派遣して貰えないか?」
交渉力はあまりないからなぁ。
だけど、ワインズさんの話は少しおかしくないか?
すでに1個小隊の石火矢部隊を同盟軍として旧サドリナスの北で運用しているはずだ。
「グラムさん。既に1個小隊を同盟軍として派遣していますが、さらにその数を増せと言うことでしょうか? マーベル軍の実態をグラムさんはご存じのはず。さらに1個小隊の派遣はマーベル国の防衛力を削減することになりかねません」
「だな……。ワインズ殿。既に同盟軍として1個小隊をワシの指揮の下で動いて貰っているのだ。マーベル国の兵士の数は1個大隊程、さすがに2個小隊を出すのは難しいぞ」
今度はワインズさんが驚いている。
ひょっとして、同盟軍に付いてグラムさんだけで動いていたのかな?
「何と! グラム殿は石火矢部隊を持っているのか」
「指揮権は持っているが、魔族限定だ。しかも石火矢の運用保管ともにマーベル国からの派遣部隊が行っている。1個中隊ほどの部隊で魔族のつり出しと侵攻進路の制御が目的だ。陛下には耳打ちして頷いて貰ったぞ」
ワインズさんが副官に飲み物を頼んで、その後は俺をジッと見るだけなんだよなぁ。
グラムさんの話を聞いて、同盟部隊の広域活動を考えているのかもしれないな。
「グラム殿。同盟軍の拠点を辺境伯領近くの砦に出来んか?」
「無理を言わんでくれ。ワシの方も、同盟軍あればこそ2個大隊で何とかしている状況だ。レオン殿の話を聞き、現在は民兵の動員も考える始末。とても本国領にまで手は回らん」
一体何が問題なんだろう?
新たに設けるカタパルト部隊で十分に魔族に対峙出来ると思うのだが。
「ワインズ殿。俺にはワインズ殿の危惧が理解できません。カタパルト部隊を2個中隊作ったなら、4kお代替を有する本国領であれば十分に魔族と対峙出来ると思うんですが?」
俺の問いに、2人が顔を見合わせいる。
ひょっとして俺には聞かせたくない話なのかな?
「さすがに他国の者であるレオン殿には聞かせたくない話ではありますな」
「だが、聞かせずに援助を乞うのも問題だ。やはり意見を求めるべきかもしれんぞ」
グラムさんの言葉に、ワインズさんが大きなため息を吐く。
幸せを1つ逃した感じだな。
「辺境伯となる人物が問題です。場合によってはマーベル国のような独立国家を宣言しないとも限りません。さらにその位置を考えると隣国と結託した場合、我がエクドラル王国にとって大きな危惧となりかねない考える次第」
そういうことか。
少なくとも最初は何とかなるんじゃないかな。だけど、それが長く続くかどうかわからないことは確かだ。
1個大隊規模でも、辺境伯領内に集積された軍事物資は魔族4個大隊を一時的にせよ足止めできるだけの量がある。
隣国と結託されたなら、確かに問題だろう。
石火矢を欲しがる理由は、辺境伯領の反乱防止ということになるのかな?
なら、もっと良い手がありそうだ。
「反乱を恐れるなら、それが出来ないようにあらかじめ手を打つことでいかようにもなると思います。そもそも領地経営を黒字化できるような場所でもないですし、それだけの産業が最初から育つとも思えません。なるべく自活できるようにしたいところですけどね。となれば王宮からの援助が絶たれたなら自滅に向かうことになるわけですから心配はないと考える次第です」
「そもそも反乱など出来ぬ状況であると!」
「ええ、そうです。隣国と手を結ぶなら、それを阻止すれば良い。陸上からの輸送は国境の関所で遮断できますし、大河を船で渡るような場合はその船を沈めれば済むことです」
どう考えても黒字には程遠いだろう。よほど経営能力がある人物が治まったとしても税収が金貨数枚には届くまい。
その収益でさえ、砦の補修費に消えてしまうんじゃないかな。
それを考えると、意味辺境伯の称号はお金でその地位を買うようなものだ。
「陛下からの下賜はあまり期待は出来ぬだろうな。となると、自らの領地からの持ち出しとなる。ワインズ殿、これは考えねばならんぞ」
「そうだな。反乱を企てることなど不可能ということか。それよりも反乱を企てるほどの利益もでないと言うことの方が重要の思える。陛下は長期的な援助は考えてはおられないようだが、収益予測と消費の予想をもう少し精査してみよう。あまりにも赤字になるようであるなら、援助の長期化も視野に入れて貰わねばなるまい」
「防衛と運営はそのぐらいでしょうか。1つ思い出したんですが、光通信についても考える必要もありそうです。一番近くの砦から2日程北に位置することになりますから、早馬を使っても連絡に半日は必要でしょう。さらに魔族の先行偵察部隊を考えると、連絡を妨害される恐れも考えねばなりません」
「早馬を考えてはいたのだが、やはり光通信の方が確実だろう。半日の情報遅れは軍の対応を1日遅らせることになりかねん。となると、辺境伯の砦と既存の砦の間にいくつかの中継所を作ることになるのだが、さすがに砦は作れんぞ。かといってある程度の規模を持たねば魔族軍の良い獲物になりかねん」
「大河の岸に沿って並べれば問題は無いかと。岸辺に作ることで撤退は河を船で下ることも可能です。増水を考慮して土台だけを石で作り、その上は土レンガで十分でしょう。数人が交代で光通信の中継を行うだけですからね」
中継をするんだからちょっとした塔になるんじゃないかな。俺達が作った見張り台のようなもので十分だろう。
見通しは良いから、敵の接近は直ぐに分かるだろうし、数人で対応できそうも無ければさっさと船で逃げ出せば良い。
「マーベルの見張り台の簡易版だな。3基も作れば十分に届くはず。そのまま街道に伸ばすのも手かもしれん」
「出来るという事か?」
「旧サドリナス領の北に並んだ砦は全て光通信で結ばれている。本国領は、まだそこまでできていないようだが?」
「街道は結んでいるのだが、砦に着いては中央砦だけになる。東西の砦は必要に応じて中継部隊が補完する状況だ。構築が容易であるなら砦の南でもある。辺境伯砦の造営に合わせて東西の砦も光通信を常態化することを具申してみよう」
情報は戦を制するからね。図上演習で、上方の大切さがわかるなら良いんだけどなぁ……。
「全く、レオン殿を陛下の近くに起きたいものだとつくづく考えてしまうぞ」
「直ぐに放りだされますよ。それに図上演習を通じて優秀な士官も育っているんじゃないですか?」
「確かに……。個人の能力を目の当たりに見ることができるのもおもしろいな。去年の図上演習報告書を読んだが、あれは本当なのか?」
「欺瞞工作ですか? 本当ですよ。今は本部に詰めさせています。将来が楽しみな女性ですな」
そう言って2人が笑いあっているんだけど、何のことだろう?
俺が首を傾げていると、概要をワインズさんが教えてくれたんだが……。
何と、作戦指揮を執っていた中で、偽の情報を流したらしい。それを知っているのは軍団長と参謀長の2人だけだったらしいが、次々と策を回避されたことから、味方の中に敵と通じている者がいると推測したらしいのだ。
互いの作戦を分からないように部屋を隔離した上、戦闘判定を行う場所は全く別の場所らしいのだが、両軍の全体状況を見ることができる第3者の部屋に、身内を贔屓する人物がいたようだ。
結果は逆転勝利となったようだが、迂回攻撃の指揮を任された人物は攻撃指示の反対方向から攻撃をしたらしい。
完全な命令無視と言うことになるんだが、後日評価された時に問題にならなかったんだろうか?
「あ奴の答弁が面白かったぞ。国王陛下を交えた演習評価の席で堂々と答えたからなぁ。『本部からの指示はありませんでした。あったのは『私からのお願いと』言う言葉の後に作戦が示されておりました。彼女のお願いなら、反対の事をすれば喜んでくれるのが分かっております』とな。あまりの言葉に、国王陛下を含めて大笑いだったよ」
それも凄い話だな。2人は付き合っていたということなんだろう。
「その場で、国王陛下が参謀長のお嬢さんを手招きして、『レオニード勲章』をお与えになった。今でも誇らしげに下げているぞ」
「ついに頂ける人物が出たという事か……。エクドラル王国軍は益々精強になるだろう」
2人で顔を見合わせてうんうんと頷いているけど、俺にはその勲章の方が気になるところだ。
どう考えても俺の名を使っているとしか思えないんだけどなぁ。
しかも誇らしげに下げているというんだからなぁ……。




