E-367 新たな砦の詳細を詰めよう (2)
辺境伯と呼称される貴族は、王都や自分の領地で暮らす貴族とは少し異なる存在だ。
何といっても持てる私兵の数が多い。通常なら2個中隊程を擁するらしいが、場合によっては王国軍の一部を領内に駐屯させその指揮権をも持つことができる。
ある程度の自治権を持ち、独自の外交すら可能とのことだ。
よほど国王に信頼されなければ成れないだろうけど、エクドラル王国の人材は豊富だからなぁ。それに、辺境伯を作る目的が対魔族戦への布石と言えるから、派閥闘争に明け暮れる文官貴族達の参加を拒めるだろう。
辺境伯と言う地位に憧れて名乗り出る者もいるだろうが、戦をしたことが無いような連中なら簡単に切り捨てられそうだ。
だが、新たな辺境伯の領地には大きな問題があることも確かだ。
まったくの荒野を拝領して喜ぶ者はいないだろうし、魔族が押し寄せて来たなら簡単に詰んでしまいかねない。
少なくとも、領地に新たな辺境伯を送り出す為の最低限の事前準備は必要だろう。
魔族に対する備えを第一優先とし、辺境伯領の永続措置を第二とすれば少しは見えて来るかな。
「要するに、防衛施設作りを優先するということになるのですかな?」
「先ずは、備えでしょう。次が永続化ということになると思います。備えは砦を考えれば良いでしょう。北にある砦ではなく、ちょっと変わった砦です。何といっても規模は王都並みですからね」
さすがに石で城壁を作ることは出来ない。砦を囲む堀を作る際に出た廃土を利用して土塁を作る。3ユーデほどの土塁でも、その上に柵を並べれば突破は容易ではない。
「石の城壁ではなく土塁とするのか……。東西南北2イルムともなれば、それでも大工事じゃが、出来んと言うことは無い」
「堀の深さは2ユーデ程なら、堀から昇るのも容易ではない。堀と土塁の間を離すことで、敵の用意するハシゴを長くすることもできるだろう」
「土塁作りを進める中、砦内の建物を建築することになりますが、さすがに土レンガやログハウスでは問題です。辺境伯の住居は部隊の指揮所としても使えるでしょう。貴族の別邸と軍の野戦式本部それに見張り台を兼ねた建物になると思います」
「面白そうな建物じゃな。ついでに礼拝所も兼ねるべきかもしれん。それはワシの友人に声を掛けてやろう」
変わった建物を建てるのが好きなドワーフ族がいるのかな?
それなら、任せてあげたいところだ。
「次に、兵舎です。少なくとも1個大隊の駐屯が可能な宿舎は必要でしょう。ログハウスでも十分ですが、屋根は火矢の対策が必要に思われます。軍事物資を保管する倉庫は最低でも2つは必要です。食堂、それに診療所と礼拝堂。そうそう雑貨屋もあった方が良いのかもしれません。嗜好品の買い物は兵士達に娯楽の場を提供することができるでしょう。
それと……。レンジャーギルドの支部を雑貨屋に設けることも考えるべきです。新たな辺境伯領の周囲には良い狩場があるんじゃないでしょうか? レンジャー達が狩りをするなら、それは周囲の偵察を無償で行ってくれるようなものです」
「レンジャーにも喜ばれそうですな。となると、雑貨屋というよりもギルド支部を作り、その中に店を設ける方が良いでしょう。酒場も併設すれば兵士達にも喜ばれるに違いありません」
まぁ、その辺りは任せれば良いだろう。要するにレンジャー達が立ち寄れる場所を作り、兵士達の憩いの場ができれば問題ない筈だ。近くに警邏事務所も設けた方が良いだろうな。酒場に喧嘩は付き物らしいからね。
「ところで堀は砦の4面に作れば良いのか?」
「そうなります。でも単なる堀ではありませんよ。西に大河があるんですからね。利用しない手はありません」
「導水をするのか!」
「空堀よりは遥かに防御力が上がります。魔族は泳げるでしょうか? 魔族軍の主体であるゴブリン族は小柄です。2ユーデほどの深さなら、渡るのに苦労するでしょうし、堀を埋めるともなれば時間が掛かるでしょう。そんな動きをすれば、その場に爆弾を放れば良いはずです」
「堀の幅も問題になりそうじゃ。少なくとも10ユーデは欲しいのう……」
掘りも南に長く伸ばし、最後に大河と結ぶ。これで大河を利用した運輸も可能になるし、比較的安全な南の土地で農業も行えるはずだ。水が潤沢に使えるなら農作物の生産も上がるだろうし、干ばつに脅える事も無い。
「北の導水路は、場合によっては暗渠にすることも考えねばなるまい。それはワシ等の方で何とでもできる話じゃ」
「それで、当座はどの程度の資材を用意すれば?」
「工兵部隊が2個中隊、工事の警備部隊も同様の数は必要じゃな。先ずは堀作りをせねばならんから、魔導士部隊も1個小隊は必要じゃろう。都合1個大隊程の食料と野営資材じゃ。先行部隊はそれより少なくとも良い。先ずは総勢で中隊規模程度になるじゃろうな。1個中隊が10日間野営できる資材を準備して欲しい。ワシ等が出発して10日後に次の1個中隊、その10日後に残り全てじゃな。1カ月後には1個大隊の野営資材になるぞ。当初の築城資材はワシ等が運ぶつもりじゃが、10日後の増員前には工事資材を別途運んで欲しい。最初は木材だけで良さそうじゃな」
伝令も必要だろう。さすがに5日の距離を光通信で送ることは出来そうにない。だが1か月後には、途中に中継所を作って光通信網を広げることになるんじゃないかな。
「造営はそれで進めて問題なさそうだな。レオン殿から何かあるかな?」
「近くに丘があるなら、そこに砦を築いてください。少しでも高い場所なら、遠方の監視も容易でしょうし、攻め手に対しても有利に戦を運べます」
「敵より遠くに矢を射る、と言うことですね。仰る通りです」
さて、これで1つ目は片付いたんじゃないかな? もう1つは永続性なんだけど、これが一番の問題なんだよなぁ。
「農地は砦の南に設けることになるでしょう。広ければ広い程良いのは当たり前ではあるんですが、あまり広げると砦の守りがおろそかになりかねません」
「南に1ユーデ東西2ユーデあれば小さな集落を作ることもできるだろうが、穀物を売るほどにはならんかもしれんな。大河を使っての漁業も考えられるだろうが、数軒を養う位なものだ。やはり換金できる物を生産することになるのだが……」
儲けが期待できるなら、すでに王都の連中がその仕事をしているに違いない。
マーベルと同様に、現在作られていないものを作るか、はたまた消費量の激しい品物を作るかになるだろう。
消費量が多い物の筆頭は焚き木になるんだが、周囲に森はあるんだろうか? それに大量に伐採したなら直ぐに素減の枯渇に結びかねないことも考えないといけない。
「大河に沿って森が伸びております。やはり焚き木を王都に運ぶことも可能かと」
「うむ。焚き木の消費量は砦も考えねばなるまいが、それ以上の生産も可能ではある。問題はその後だな。エクドラル王国の樵は伐採した木々を製材所に運ぶまでだ。そうなると、どんどん森が切り開かれてしまいかねない」
懸念を持っているのは良いことだ。
植林を教えてあげると、そんなやり方があるのかと驚いてるんだよなぁ。森を伐採することはあっても、森を作ろうとすることは無かったんだろう。
「植林も考えるべきでしょう。出来れば針葉樹でなく、広葉樹がよろしいかと。広葉樹なら炭焼も可能ですからね」
「栗を植えても良さそうだな。寒さに強い果物も良いだろう。上手く行けば干果を作れそうだ」
「その他には、武器の製作も可能でしょう。矢はいくらあっても足りるということは無さそうですし、爆弾の製造も新たに工房を設けてはどうでしょうか。それ以外となると……、羊を飼って羊毛製品を作るという手もありそうです。俺達も作ってますけど、自分達でほとんど消費してしまいます」
「毛織物と言うことだな? 増えすぎた羊は兵士達の食料にもなるはずだ。まだまだあるにちがいないが、それは我等で考えるべきかもしれんな」
「今までの仕事があると、王都内に知らせれば小さな村を作るぐらいの住民になるでしょう。問題はそれが軌道に乗るまでの間です。さすがに辺境伯に任じられた貴族の自腹を切らせるわけにもまいりませんぞ」
「それはあまり考えずとも良いのではないか? 辺境伯に任じられた貴族はその称号と任地を国王陛下より任せられるだけになる。自らの所領や王宮から与えられる報奨金はそのままになる。任地経営資金は別途渡されるから、それを使って住民の生活を支えれば良い。たぶん数年は必要だろうし、少しずつ運営資金は削減されるだろう」
生活に必要な衣食住の内、食と住を保証するということになるんだろう。それはマーベルとそれほど大きな違いは無いから住民の不満もあまり無さそうだな。
数年後には税を徴収できるようになれば良いのだけれど、税を徴収できなくとも、赤字経営にならなければ十分だ。兵士1個大隊を維持できるんだからね。
「ワシから1つだけ、注文がある。新たな住人を募るなら、王都の貧民街に暮らす連中に声を掛けてやって欲しい。住む場所と食事を提供するなら、彼らも努力してくれるに違いない」
「中にはどうしようも無い連中もいるようですが?」
「まじめに働く者達を残すように選別すれば良いだろう。怠け者は必要ないからな。働けば家族に食べさせることができると分かるなら、辺境伯の領地をどんどん発展させてくれるに違いない」
ついでに王都の貧民対策を兼ねようというのか。
中々良い思い付きだな。失意の内に暮らしていた人達が浮かび上がれるチャンスとなるに違いない。
とは言っても、どうしようも無い連中がいることは確かだ。
他の連中から搾取しようという連中はどんどん追放しないといけないかもしれないな。




