E-366 新たな砦の詳細を詰めよう
エクドラル国王と親交を交わした翌日。
今日はのんびりと王都を見学しようと考えていたら、エイドマンさんがタバコを楽しんでいるテラスに足を運んで来た。
「ティーナ殿が御迎えに参りましたよ。それと、グラム殿も馬車でいらっしゃいました」
「ティーナさんだけで良かったんじゃないかな? 今日は王都の商店を巡るつもりだからね」
「ですからグラム殿も馬車で来たようです。ナナ殿はティーナ殿がご案内するとのことでした。グラム殿は軍の官舎に向かうと言っておられましたよ」
とことん俺を利用するつもりのようだな。思わず天を仰いでしまった。
「昨夜で、話を終えたように思えるんですが?」
「さらに詳細を詰めたいということでしょう。グラム殿も長く王都にいる訳にもいきませんからな」
ハハハハ……、と笑い声を上げている。
グラムさんも苦労性のようだ。将来は、一緒にワインを傾けて愚痴を言い合う仲間になるかもしれないな。
「了解しました。早めに終わらせてエクドラル王国の王都を見てみたいと思います。せっかく来たんですからね。それに今まで見た中で一番大きな王都ですから」
「お褒め頂いて恐縮の限り。大丈夫ですよ。その望みを断とうものなら私共が国王陛下のお怒りに晒されましょう」
笑みを浮かべて話してくれたけど、半日でも王都を散策したなら、それで十分ともとれるんだよなぁ。
苦笑いを浮かべながら、「それでは、出掛けてきます」と返事をする。
リビングに戻って、王都の商店巡りはティーナさんと一緒だとナナちゃんに話したんだけど、俺は参加できないと言ったらちょっと顔を暗くしている。
やはり一緒に巡りたかったんだろうな。
「良い店を見付けて来てくれないか? そしたら俺と一緒にその店に行こう」
「沢山見付けて来るにゃ。お土産も早めに買っておくにゃ」
ナナちゃん見立てのお土産だとしたら、レイニーさん達は喜んでくれるだろうがガラハウさん達にはどうかな?
やはり酒類は、俺が買っておかないといけないだろうね。
そんな話をしていると、グラムさん達がリビングに通されてきた。
済まなそうな顔をしてグラムさんが付き合ってほしいと頼んできたので、快く了承する。
「ティーナさんには申し訳ありませんが、ナナちゃんを頼みます」
「ああ、頼まれたぞ。母上も一緒だから問題はあるまい。さて、先ずは甘味所からだ。ナナちゃん、出掛けるぞ!」
甘味所と聞いてナナちゃんの眼が輝いている。
俺も行きたかったけど、ここはお土産を待つしかなさそうだ。
「ワシの方は、軍の司令部になる。あまり他国の者には見せぬのだが、レオン殿と付き合うことでかなりの改革が行われている。状況を見て更なる改革の必要性を考えて欲しい」
「俺には大部隊の指揮など経験がありませんよ?」
「誰も最初から大部隊の指揮など出来ん。それなりの資質が必要なのだ。ワシの見る限り、レオン殿には十分に資質があるように思えるのだがな」
中隊を指揮するのと大隊を指揮するのではそもそも次元が異なる気がするんだけどなぁ。
中隊なら目先の敵だけに集中できるけど、大隊ともなれば指揮範囲が広がるからね。敵の他の部隊にも気を配らねばならないし、補給だって気を付ける必要が出て来るんだよなぁ。
担当する副官を揃えても、彼らに頼り過ぎるようでは勝てる戦も勝てなくなる。
出来れば小隊付きの士官が俺には適任に思えているんだけど、何時の間にかこんな場所にいるんだよなぁ……。
世の中、どこか間違っていないか?
「あまり構えないでほしいな。せっかく王都に来たのだ。我がエクドラル王国軍の中枢部を見るまたとない機会ぐらいに捉えれば良いだろう」
「他国の俺に見せても良いんですか?」
「陛下の意向でもある。それにレオン殿の案を取りいれておるぞ」
ん? なんだろう。そんな案を出した覚えは無いんだけどなぁ……。
俺達を乗せた馬車は、一旦王都を出ると大きく北に向かって行く。
街道ではなく、エクドラル王国が整備した道なんだろう。まだ轍も出来ていないから案外快適な道中だ。
馬車が来たから西に方向を変えた時、軍の司令部が見えてきた。
てっきり王都内に設けていると思ったんだが、王都の北に造営した軍の駐屯地の中にあるようだな。
常に1個大隊が駐屯しているということだが、ある意味派遣された部隊を交替させて休養のために駐屯しているのが正解なんだと思う。
常に前線の砦に駐屯していては、士気も低下してくるに違いない。
周囲を取り巻く城壁の高さは3ユーデほどだが、門をくぐった際にその分厚さに驚いた。2ユーデ近くあるんじゃないかな?
ここは王都の出城としての役割も持っていそうだ。
広場を横切ると正面に大きな建物がある。正面だけで50ユーデほどの大きさだ。
3回建てに見えるが、1階に見えるのは玄関の扉だけだ。5段ほどの階段を上った奥に少しへこんで扉が見える。
2階にあるのは不連続に並ぶ10イルムほどの横幅の窓、3階は通常の窓だが、あまり数が多いとは言えないな。
「まるで小さな城ですね」
「その認識で構わんだろう。この指令部が王都の北にある限り、王都を敵が囲むことは出来んだろうからな。……さて着いたようだ」
グラムさんの後に続いて馬車を降りる。
そのまま玄関門に向かうと、衛兵がグラムさんを確認して扉を開けてくれた。
エントランスホールは案外小さい。2階の張り出しベランダが嫌に気になるところだが、あそこから作戦本部に押し入る敵を狙撃しようというのかもしれないな。
「1階は会議室が殆どだ。エクドラル王国軍の冬季図上演習は、この奥で行われる。オルドー軍とラザネス軍に分けての大戦は、士官候補生だけでなく軍の要職にある者達も参加する。審判はワインズ自らが重責についているそうだ」
「今年も行うのですか?」
「もちろんだ。今年は建国時の唯一の負け戦であるオルテノ砦の攻防戦になると聞いたぞ。食料が尽きても10日近く砦を守ったらしいが、最後は全員討ち死にだ。攻め手に勝る戦力を得ようと後方でもたついていたのが原因と言われている。守り手側は、それをどのように回避するのか。攻め手はそんな隙を与えずに陥落させるのか……。見ものではあるな」
参加者達には陣容を伝えているらしい。すでに両陣営とも2度程会合を持ったらしいから、かなり本気になって作戦を考えているに違いない。
「ワインズがレオン殿ならどのように守るのだろうかと言っていたぞ。両軍の構成にメモを後で渡そう。ワインズにレオン殿の案を見せてやってくれぬか」
「アイデアは出しましたけど、大規模に行っているとは思いませんでした。あまり役立たないかもしれませんが考えてみます」
笑みを浮かべて、うんうんと頷いている。
そんなグラムさんが奥に向かう回廊を外れて右手に回り込んだ。
丁度十字路のような形で左右に回廊があるんだが、直ぐに突き当りになっている。
奥まで進んで驚いた。
階段が玄関に向かって作られている。
これなら、この短い回廊に2個分隊ほどの兵士を隠しておけるだろうし、この会談には気付かずに奥に向かって進んでいくんじゃないか?
やはり本部そのものが1つの砦という認識は間違いじゃ無さそうだ。
階段を上って2階に上がる。小さなテラスには、1階と同じ向きで奥に向かって回廊が伸びていた。
途中に吹き抜け部分があったけど、明り取りと言うよりは、ここからも矢を射かけられるようにだろう。
いろんな仕掛けがあるから退屈しないで済みそうだ。
グラムさんが扉の前で立ち止まると、俺に向かって口を開く。
「ここだ。ここに関係者が集まっている」
そう言って扉を軽く叩くと自ら扉を開き、俺を中に入れてくれた。
俺達の指揮所ぐらいの大きさの部屋には数人の男女がテーブルに着いていた。
直ぐに席を立って騎士の礼をしてくるから、慌てて答礼をする。
「ワインズ、連れて来たぞ」
「済まんな。先ずは席に着いて欲しい。……済まぬが飲み物を用意して欲しい。私達も、お願いするよ」
俺達に軽く頭を下げると、後ろに待機している士官の1人に指示を出している。
「司令部の案内は最後で良いだろう。先ずは辺境伯領について、もう少し詳しく説明してやってくれんか。工兵連隊の士官と兵站部の士官を呼んでおいた。彼らが実際の砦を作ることになる」
辺境伯領の砦をどのように作るかというのが一番の目的と言うことなんだろう。周囲には司令部を案内するという名目だったに違いない。あまり俺に頼るようでもエクドラル王国軍の武人としての矜持もあるだろうからなぁ。グラムさんも苦労しているようだ。
それに国王が求めたからには、早く工事を始めたいということなんだろう。確かに速ければ早いほど良いことは間違いない。
「こ奴がこの案を出したのか?」
工兵部隊の士官は、やはりドワーフ族だ。ガラハウさんの親戚のような容貌だけど、ドワーフ族の人達は皆髭の中に顔があるからなぁ。あまり見分けがつかないんだよね。
ガラハウさんに尋ねたことがあるんだけど、長い髭をどうしているかで見分けるんだそうだ。
ガラハウさんの場合は大きな三つ編みだったから、俺を怪訝そうな瞳で睨んでいる人物も大きな三つ編みのせいでそう見えたに違いない。
でもよく見ると、顔の両側に余った髭で作った小さな三つ編みの先端には金細工の輪が付いていた。
「あぁ、彼がそうだ。人間族に見えるがハーフエルフ族。かつてのブリガンディ王国でオリガン家として名を知らしめた武人貴族の1人でもある」
「ほう……。オリガン家ですか! それなら、このような構想を描くのもわかる気がします。ですが、これほどの規模であれば、それは砦というより城になるのでは?」
確かに砦の規模を越えていることは間違いない。
だが城と言うのもねぇ……、考えてしまうな。
「これまで魔族は幾たびも、我等の王国に軍を繰り出してきました。今までは一戦して退いていましたが、旧ブリガンディ王国を襲った魔族は異なります。およそ4個大隊の魔族が王都を襲いブリガンディ王国は滅んだんです。さらに、今年旧サドリナスに現れた魔族はおよそ5個大隊、どうにか退けましたがエクドラル本国領にも何時押し寄せてくるか油断が出来ない状況になっています」
「魔族が5個大隊じゃと! それは負けた士官の戯言じゃろう。これまでも最大で2個大隊じゃったからな。急に魔族が増えるとも思えんわ」
まぁ、それが一般的な考え方なんだろう。
たぶんブリガンディの連中もそう考えたんじゃないかな。それが目の前に来たときには想定の2倍を超えるともなれば、悪夢以外のなにものでもなかったろう。
一気に士気は衰え、防衛力も落ちてしまったに違いない。
「その時に前線で指揮を執ったのが、隣のレオン殿だ。レオン殿の言葉に偽りがあるとも思えん。驚くなよ……、魔族に対して使った爆弾の数は千を超えたそうだ。さらにレオン殿の国であるマーベルには我等には作れん兵器も多数存在する。それらを駆使しても白兵戦が起こる程だったというのだから、先ほどレオン殿が行った魔族5個大隊は控えめに捉えるべきだろう」
グラムさんの言葉に、集まった士官達の口がポカンと開いてしまった。
ちょっとショックだったかな。
だけど、目の前にその数が現れるとなれば、全く準備していなかったなら放心状態になってしまいそうだ。
それでは戦どころの話ではないだろうから、あらかじめ想定される魔族軍の戦力をしっかりと伝えておいた方が良いのだろう。




