E-357 エクドラル王国の宰相
宮殿へと続く道の中ほどにある分岐路を左へ進む。
直ぐに低い芝生の丘に先に小さな宮殿が見えてきた。正面の宮殿を縮小したような建物だから、あれが迎賓館になるのだろう。
マーベルの迎賓館と見比べることも出来ない。やはり役場と迎賓館はもう少し整えなければなるまい。
すでに知らせを受けたのだろう。迎賓館の数段ある階段の上で2人の人物が俺達を待ち構えているようだ。階段下には迎賓館付きのメイドさんと執事が数人ずつ立っている。
階段から少し離れて馬車が止まると、すぐに馬車を下りる。
デオーラさん達は、家人が手を貸して下ろしてくれるようだ。
馬車の荷台から、荷物を下ろしているから俺達はこのまま迎賓館に入れば良いらしい。
王子様が馬車を下りて、自分の馬車へと改めて乗り換える。
ゆっくりと立ち去る馬車を見送ると、迎賓館の玄関に体を向けた。
「さて、入るか。応用に構えていれば十分だ」
「そういわれても、田舎暮らしでしたから……」
ここはグラムさんより一歩遅れて歩いていこう。
待ち構えている2人に向かって歩いていくと、俺達に丁寧に頭を下げてくれた。慌てて頭を下げる俺に、グラムさんが苦笑いを浮かべている。
「お待ちしておりました。接待役を仰せつかった、エイドマンです。隣は息子のライネル。至らぬことがありましたらなんでもお申し付けください」
「お役目ご苦労。国王陛下への贈答品は総務に任せている。荷物は見の周りの品だけになるが、さすがに今夜の来客はないだろうな?」
「第一王子殿下がお忍びで……、と言っておられました。少なくとも夕食後になろうかと」
「しょうがない奴だ」とグラムさんの顔に出ているけど、グラムさんは2人に小さく頷いている。断れないということなんだろう。
俺達は2人の案内で、リビングに向かう。
リビングはグラムさんの館の2倍はあるんじゃないかな。
南の窓は床から天井までガラスが入った窓になっているし、他の3面には家具の邪魔にならないように豪華な額に淹れられた絵画が飾ってある。人物像が1つもないな。全て風景画だ。きっとエクドラル王国のあちこちを描いたものなのだろう。
真ん中のソファーセットは、10人以上ここで会話が出来そうな感じだ。直径2ユーデ近い低いテーブルの周りには2人掛けのソファーが5つも並んでいる。
テーブルの真ん中にはガラス細工の花瓶に花が生けられてある。
ガラス細工ではあるが、まだまだ濁りが多いガラスだ。帰ったら、この場所に合うような花瓶を作ってみよう。
「どうぞお座りください。荷物はメイド達が客室に運んでおります。先ずは、ワインを飲まれて旅の疲れをお取りください」
壮年の男性がそう言って、残っているソファーに腰を下ろした。隣に息子さんも腰を下ろしたけど、20歳を超えたぐらいだろう。父親について仕事を学んでいる最中なのかな?
「接待役がエイドマン殿とは……、国王陛下の差し金かな?」
「今回だけは……、と仰せられては仕方がありませんな。息子にも丁度良い機会でした」
「レオン殿。エイドマン殿はエクドラル王国の宰相の1人なのだ。侯爵でもあるのだが、レオン殿同様あまり爵位を気にする人物ではないから、普段通りで良いぞ」
「まさか侯爵殿しかも宰相であったとは驚きです。ですが我等に気配りをなされることで国政に影響が出ないかと心配です」
「お気遣いは無用ですよ。私以外にも2人宰相がおりますからな。1人ではどうしても国政に偏りが生まれます。3人ならそれほどないであろうとの先代国王陛下の命でこのような職を賜った次第です」
なるほどねぇ……。宰相は1人とは限らないってことか。確かに国王に代わって国内統治や外交にも関わるんだから忙しい役目ではある。
腐敗防止なのかな? それとも別の思惑があるのかしれない。
「私の役目は外交に関わるものですから、今回の場合は確かに適任と言えるでしょうな。マーベル国のおかげで色々と助かっておりますから、私からも礼を言わせて頂きます」
俺に頭を下げてくれたから、慌てて俺も頭を下げる。
磁器やガラス細工で交易が有利になったということなんだろうな。それぐらいなら今後も続けられるから問題はない。
メイドさんが俺達にワインを運んできてくれた。エクドラル王国と、マーベルの今後の発展を祈って杯を掲げる。
「それで宮殿内はどのような様子なのだ? あまり良い雰囲気出ないようなら事前に調整することになりそうだが?」
「どちらかと言うと、期待している雰囲気ですね。ところでグラム殿、本当にこの御仁がオリガン家の人物なのでしょうか?」
まあ、たまに言われるからなぁ。やはり武人らしくないということなんだろう。
兄上の指導の下にずっと長剣を振っていたけど、筋肉が付かなかったんだよなぁ。見た目は新兵並みの体格だしね。
「間違いなくオリガンそのものだ。魔族相手に1歩も引かん。弓の腕は襲ってくるオーガの片目を射る。まぐれではないぞ。オーガの数だけそれをやってのける男だ。見た目は人間族だが、ハーフエルフ族。知り合って数年経つが容姿の変化がまるでない」
ちょっと首を傾げているな。オリガン家は人間族ということを知っているみたいだ。
「成人して家を出る際に、『デラ』の称号をブリガンディより受けることが出来ました。辺境の砦に向かう途中で女神様の依頼を受けた時に御恩寵を賜り今ではハーフエルフ族に変わっています。どんな依頼かは俺と女神様だけの話ですから公にすることは出来ません」
「なるほど……。あえてオリガン家の分家に託した願いともなれば我等が知る必要は無さそうです。とはいえ1つだけ御聞かせください。それはエクドラル王国の害をもたらす可能性があるのでしょうか?」
「可能性が無いわけではありません。その時は俺がエクドラル王国軍の矢表に立つことになるでしょう。そのような事態にならないよう心掛けている次第です」
「たぶんマーベル国に戦を仕掛けるような事態ということになるのだろう。ワシの目の黒い内はそのようなことはさせんつもりだが、将来は分らんな。とはいえ付き合いを重ねる中で1つだけ分かったことがある。レオン殿なら大陸を統一できる……、だが本人にまるでその気が無い。世の中のおもしろさを初めて知った気がする」
グラムさんの話を聞いて、エイドマンさんの顔に笑みが浮かぶ。
そんなに心配してたのかな? 面倒ごとを嫌うだけなんだけどねぇ。ライネルさんはジッと俺を見てるんだよなぁ。
それほど怪しい人物ではないと思うんだけどねぇ。
「マーベル国は、芸術と技術の融合した製品を多数作られておりますなぁ。図書館のステンドグラスは見事というほかに形容できませんし、ガラス細工精密さには国王陛下も驚くばかり、貴族や裕福な商人達は陶器見てはため息を吐いておりますよ」
「今回は少し趣向を変えたガラス細工をお持ちしました。さすがに同じ品を作って売ろうとは考えておりませんが、それよりも小さなものは何とかなりそうです」
「今回は謁見の間用のステンドグラスを運んできている。それだけでも貴族の度肝を抜くことは可能だろうが、もう1つの品は……、デオーラさえもしばらくは言葉を失ったぞ。小さなものでさえそうだった」
「新たな交易品ということでしょうな。私にとっても嬉しい限りですが、その対価に何をお望みになられます?」
エイドマンさんの問いに、思わずグラムさんに顔を向けてしまった。
対価の事前調整ということになるのだろうか? グラムさんが小さく頷いてくれたから、ここは俺の要望を言えば良いということなんだろう。
「ここは大きく出たほうがよろしいでしょうね。願わくば、これまで以上の両国の結び付きと、火薬それに肥料を頂けたならと……」
笑みを浮かべて聞いていたんだが、途中化顔つきが変わってしまった。ポカンと口が開いているんだよなぁ。
「最初の願いは我等も同じですが、2つ目は理解できても3つめは……」
「エイドマン殿はマーベル国を知らんだろうからなぁ。北の荒れ地を開拓してできた国でもある。今でも兵士達と開拓民が荒れ地を切り開いているぞ。彼らにとっては貴族がありがたがる品よりも肥料の方がましということなんだろう。ブリガンディの避難民を多数受け入れてきたからなぁ。農地はいくらあっても足りんそうだ」
「民を飢えさせることが無いようにということですか……。確かに一番重要なことですな。しかし、それでは国王陛下の矜持に関わることになりそうです」
「それなら爵位を頂きたい。ブリガンディ王国は滅んでしまいましたから、今の俺は元貴族ということになります。王国は違えど、エクドラル国王が任じてくれた爵位であればありがたいですね」
今度はエイドマンさん以外にグラムさんまで笑みが浮かんだ。
単なる書状1枚で済むんだからエクドラル王国としても安上がりで済むと思ったkらかな?
「なるほど、グラム殿が 言われる通りの御仁だ。軍師ではなく策士ですな。是非とも我等と同じ宰相として迎えたいところです」
「だろう……。だが、それも無理だ。サドリナス領では我等も色々と助けてもらっているから、相談には乗ってくれるだろうが、それを職として任じることは出来そうもない」
エイドマンさんの笑みが深まる。
どうやら、俺の望みが理解できたみたいだな。
「全く、お人が悪いですねぇ。でもそれであれば貴族達も納得してくれるでしょう」
「名目だけの貴族か……。だが、案外貴族達が騒ぐ可能性も出るのでは?」
「能力の無い貴族を宮殿から叩き出すことができそうです」
「しかし、取り付くことも出来ませんな。貴族の常套手段である婚姻さえ難しいですね。さすがに名目だけの婚姻は出来かねますからねぇ。さすがに従者の相手を……」
「それまでだ! それ以上は口にするな!! 女神のお怒りに触れかねない」
「まさか! レオン殿の恩寵とは!!」
「言わずとも察して欲しい。レオン殿の従者と言うことにはなっているのだが、レオン殿と一緒であまり成長していない。獣人族であるならとっくに成人しているはずなのだが、未だにあの容姿……」
「一見しただけではネコ族の少女に見えますが、そうではないと……。これは、あまり広めずにいた方がよろしいでしょう。災厄を招きかねないところで留めて頂き、グラム殿には感謝いたします」
デオーラさんの隣に座っているナナちゃんに丁寧に頭を下げているから、ナナちゃんがキョトンとしている。隣のデオーラさんはきつい表情だったけど元の戻ったみたいだな。
「王子殿下が同様の発言を為されるやもしれません。お二方に余計な手出しは無用と伝えれば理解して頂けるでしょう」
「済まんな。ワシ個人としては、早く国王陛下と合わせて見たかったのだが、案外気配りが必要のようだ」
苦笑いをしているけど、そんな提案があったなら直ぐに断れば良いと思うんだけどなぁ。
国王や王子が絡むと、断りきれないのが貴族なのかな?
好き放題をしているような連中であっても、全てが自分の思い通りにならないということなんだろうけどね。




