E-355 覇王はもちろん、その片腕にもなりたくない
客間での食事は、料理の豪華さと来賓を考えれば晩餐会と十分に言えるだろう。
王子殿下夫妻に政庁市の総務長夫妻グラム夫妻にティーナさん、最後に俺とナナちゃんだ。
夫妻が並んだ席は隣の夫妻とやや席を離しているんだけど、俺の隣にはティーナさんが座っている。その隣がナナちゃんなんだけど、席順が逆じゃないのかな?
マナー的にこれで良いんだろうかと考えてしまう。
「驚きましたわ。ステンドグラスにも驚きましたが、さすがにこれは別物ですね」
「王女様にそう言って頂けるだけで光栄です。同じ品を用意しましたのでお帰りの際にお持ち帰りください」
「いつも済まないね。さすがに政庁市の館には置けそうもないな。貿易港に作った館の客室に飾ろう。いや……、来客を考えるとリビングの方が良いかな?」
来客を驚かせようと考えているみたいだな。貿易港なら目の肥えた商人達も出入りするはずだから、ある意味広告としても使えそうだ。
「これなら、1か月に2つほど作れますよ。よろしくお願いします」
王子様が笑みを浮かべて頷いてくれたから、マーベルの外貨獲得商品であることを正しく理解してくれたようだ。
「施政庁のかつての謁見の間に飾るようにと、これより大きなシャンデリアを頂いている。さらには王都訪問の土産として、直径1ユーデ半ものシャンデリアを用意したそうだ。さぞかし宮殿の貴族達が騒ぎ出すに違いない」
「なるほど……。先ずは圧倒的な技術力を見せつけるということですか。レオン殿も案外策士ですね。小さな国でもそれによって独立出来るということを知らしめるには良さそうですが、やり過ぎることが無いようにお願いします」
それは重々承知しているんだが、どの辺りで加減すべきかが分からないんだよなぁ。兵器なら防衛用と攻撃用で大まかな線引きは出来るんだが、防衛兵器が必ずしも他国へ侵略時に使われないと明言できないところもある。要は運用次第だからね。
それに比べてステンドグラスや陶器に磁器は戦にはかかわらない。ある程度の飴を相手に与えて、自国の安寧を保てるなら問題ないと思っているのだが。
「次を期待してしまいますわ。もうお考えになっているのでしょうか?」
「今のところは何も考えておりません。あまり色々行うと、それに見合う工房を新たに作ることになります。エクドラル王国の需要に合わせて陶器とガラスの加工工房を大きくしました。さらに工房を増やすとなれば、その工房で働く住民をマーベルの外から募集しなくてはなりません」
「なるほど……。レオン殿はそのようにして住民が日々の糧を得る手段を考えたということなのだろう。しかも既存の工房に敵対することなく、かえってその工房を栄えさせる方向に動いてくれているようだ。政庁市のガラス工房や他国との貿易に関わる者達が皆喜んでいるよ。特に貿易額はサドリナス領を併合する前から比べると少なくとも2倍、平均で3倍以上になっていると聞いたよ。まさに金の卵を産む鶏そのものだともね」
「それぐらいしませんと、簡単に併合されてしまいそうです。とはいえ加減が難しいところですね。あまり出過ぎるのも問題です。金の卵であるなら、その卵の大きさの適正化を考えなければなりませんね」
俺の言葉に笑みを浮かべたのは王子様と総務長の2人だけだった。グラムさんが首を捻っているのが印象的だな。
ティーナさんはナナちゃんにテーブルマナーを教えようと努力しているから俺達の会話は耳に入っていないかもしれない。
「グラム殿、そう考えることはありませんぞ。今の話はちょっとした王子殿下からの苦言だったのですが、レオン殿はすでにその認識を持たれていたということです。私も安心しました」
「苦言だと? マーベル国が我が国にかなりの財源を与えてくれていることは間違いないことだ。礼を言うことはあっても苦言を与えるのは、いささか礼に反するように思えるのだが?」
「エクドラル王国の財源に対して、1割以上を越えることがあっては問題になりますよ。共生であるならそれ以下で推移させたいところですが、貿易商たちの動きを見るとその値を越えかねません。
傍から見れば国家収入の拡大ですから皆がもろ手を挙げて称賛してくれるでしょう。ですが、あまりにもマーベル国との取引で得る収入の比率が大きくなると……」
エクドラル王国統治に介入する可能性が出てくるということになるのか……。
その危惧は現状では全くないと断言できるんだけど、将来はどうなるか分からないからなぁ。マーベルを自活できるように、教育も進んでいるからね。将来は政治一筋の人物が出ないとは限らない。
その時に、エクドラル王国の国家財政に大きくマーベル国が関わっていたなら……、起こり得るかもしれないな。
全く政治なんてことにはかかわりたくないところだ。魔族相手に戦う方がはるかに俺には合っている。
「国と国の付き合いは難しいものですね。魔族の侵入に対するグラムさんへの提言も、場合によっては内政干渉に該当するかもしれません。グラムさんが聞いてくださるので、ついつい俺も軍の根幹に関わる提言をしていたように思います。この場で謝罪することでお詫び申し上げます」
俺が席を立って深々と頭を下げるのを見て、グラムさんが慌てて俺を座らせてくれた。
「急に何を言い出すかと思ったぞ! まったく困ったお人だ。ワシは内政干渉を受けた覚えは全くない。隣国の軍師の教えを受けたということは認めるが、その教えをそのまま受けることは無い。我が軍の中でその教えを生かすための編成や兵士の増員はエクドラル王国軍だけで行っているのだからな」
「内政干渉かそれとも協力なのか……。それは結果論でもありますね。たぶんそれほど変わらないのでしょう。相手国がそれを良しとするなら協力を受けたとなりますし、それは困るという事ならば内政干渉となるのでしょう。私はマーベル国が前者に収まるよう努めていると思いますよ。それは国力の小さな国であるなら当然だと思います。大国に飲み込まれぬよう努力している姿を、宮殿で華美を競う貴族達に見せてやりたいところですね」
なるほどねぇ……。相手国の感情が入るわけだ。かといって、貴族に取り入るようなことは俺には出来ないからなぁ。
「エクドラル王国の100年後を考えると、今よりも国力は上がるでしょう。とはいえ、現状より2倍になることはありません。マーベル共和国の場合は間違いなく数倍を超えることになるはずです。
マーベルの建国に当たっては、開拓民が多いことから農業国として慎ましく暮らそうと思っていましたが、生憎と魔族、ブリガンディ、サドリナスと事を構えることになりました。
俺達の自治を確立するには、農業国ではそれに対応する兵士を維持できませんし、火薬や武器の入手も困難です。それで色々と初めてはいるのですが……」
「エクドラル王国がマーベルを技術立国と称するのは、そんな裏があったということですか。農産物の取引だけでは国を維持できないのは理解できます。マーベルが作り出した品はエクドラル王国では現状模造すらできません。このシャンデリアでさえ、ガラス細工であるとは理解できるのですが、これほど透明度の高いガラスなど工房で作るのは不可能でしょう。マーベルの製品はエクドラルの工房を衰退させることはありません。これは案外重要な事ですぞ。かえって類似工房の生産量や質の向上が見られますからね」
「なら、何ら問題は無いのではないのか? 内政干渉など、利権を得られぬ貴族の言いだしそうな話に思えるのだが?」
「そうでもないのです。王国の収益に多大な利があるなら、当然それを得ようとする者達が現れます。現在は私共が一括して行っていますが、すでにいくつもの打診を受けているところです。『ワシが代わってやろう……』とね」
国庫に直接入るなら、その利権は王族になるんだろう。だけど、間に貴族が入ると果たしてどれだけ入るんだろうか?
1割程度なら国王陛下も目を瞑るだろうが、貴族は強かだからねぇ。かなり懐に入れるんじゃないかな。
「取引量が多くなれば、確かにそれを貴族に代替させることは今までも例があります。それを考えると、エクドラル王国の将来が不安になって仕方がありません」
「全くの杞憂だと思いますよ。マーベルがエクドラル王国貴族を背後から動かそうという思いはありませんし、それほど優秀な人材も今のところはおりません。そもそもが獣人族で作られた国です。現在の状況を鑑みた国家運営を行うことは出来るでしょうが、遥か先を見据えた運営は不得意とするようです。マーベルで暮らす獣人族以外の人間はハーフエルフの俺と神官の2人だけですからね」
「少しは気が楽になりました……。現在のマーベル国の統治者には覇王を名乗ることは無いように思われますが、レオン殿もその考えなのでしょうか?」
「全くありません。少年時代は少し考える事もありましたが、それは少年の愚かな夢と今では思っている次第。この世界で一番面倒な仕事をしているのは国王陛下だと認識していますからね。あえてそんな立場に立とうなどと考えることはありませんよ。
ただし、1つだけはっきりと言っておきます。マーベルを滅ぼそうと兵を動かしたなら、その報いは受けて貰いますよ。すでに一戦したはずですから、俺達の戦の仕方は理解できたはずです。良き隣人であれと自らを制している国に攻め入るならば、最悪の敵となることを肝に銘じて頂きたい。とは言っても、俺達がエクドラル王国に取って変わろうとは思っておりません。統治程面倒なものはありませんからね。攻め入った軍勢を滅ぼし、王都を火の海にしたところで引き上げます。エクドラル領は近隣の王国が分割統治してくれるでしょう」
「……そういうことだ。まったく話にならん奴でもある。レオン殿が覇王を目指すならエクドラル王国を足場にして大陸を統治することもできると思うのだが……」
「グラム殿が気に入るわけですな。類まれな戦略家であるが、それを使おうとしないのですからなぁ。国王陛下も安心できるでしょうが、案外がっかりするかもしれませんな」
「だから合わせてみたい。案外意気投合して大陸に覇を唱えるかもしれんぞ!」
「その時は、私にも部隊を率いさせて頂きたい!」
急にティーナさんが話しに加わってきた。
戦好きということなんだろうな。ますます婚期が遅れそうだ。デオーラさんが苦笑いを浮かべて首を振っているからなぁ。
「それもあり得るというだけだ。果たして国王陛下がレオン殿を説得できればと言うことでもある。さっきの話を聞いていただろう? 本人にその気が無いから困ったところだな」
戦が無い世界が一番だと思うんだけどなぁ。
大陸を統一したところで果たして戦が無くなるかと言うと、そうもいかないだろう。海を渡れば別な大陸があるしそこにも王国があるのだ。
一生涯を戦に身を投じるというのは武人の誉れにも思えるけど、それって武門貴族だけの自己満足にも思えるんだよね。
慎ましい暮らしの中で周囲の人達と楽しく暮らせるのが一番に思えるんだけどなぁ。




