E-353 寄生は容易だが共生は難しい
「エクドラル王国に取ってのマーベル国は、大規模な出城そのものと言うことですか!」
「そうだ。レオン殿達はブリガンディの砦から出城を作れとの指示で西の砦から北の川筋に出城を作ったが、その規模は小さなものだった。さらに出城を作っても連絡手段を持たなかったのも問題だな。ボニール1頭さえ引き渡すことが無かったようだ。その理由は獣人族排斥によるものだろうが、そのおかげでサドリナスの北東に移り住んでくれた。
避難民を伴っての新たな里作りは苦労を重ねたに違いない。我等エクドラル王国軍も一度はブリガンディ王国の策に乗ってレオン殿達の里を攻撃したのだからな。
結果は知っての通りの惨敗だ。当時であっても数倍の正規軍を相手に戦ができたのだ。その後は我等の王国と国交を保ち、現在に至る……。
そんな国がこの国の北東にあり、かつその国から長城を作るように提言を受けたと国王陛下にお知らせした。直ぐに工事を進めるよう命を下されたぞ。
さすがは国王陛下、賢王と称されるだけのことはある。その意図を直ぐに理解なされた。
良いか。魔族がマーベル国を無視した形で南に下った場合は……」
テーブルの地図の長城位置にカップを置くと、マーベルの南の見張り台から、指をカップの背後に滑らせた。
「挟撃されるということですか! 単なる早期発見だけではないということになるんですね」
「そうだ。さすがに大部隊による背後からの攻撃はマーベル国の国力では不可能だろう。だが、マーベル国には石火矢という長距離兵器があるのだ。1個中隊も使わずに魔族の背後から数百の爆弾の雨を降らせる事ができる。これが南進を躊躇する最大の理由だろう」
おかげで、魔族の侵攻時には西の尾根が激戦地になってしまうんだよなぁ。
パイプを咥えながら、苦笑いが浮かんでくる。
「すると新たな中隊の役割は、マーベル国の横槍が加わらない地域である政庁市の西に対するものになりそうですね」
壮年の士官の言葉に、グラムさんの顔が綻ぶ。
理解してくれたということかな?
「本国領についても考えねばなるまい。それはワシが陛下に伝えるつもりだ。出来ればマーベル国のような国が王都の北にあれば良いのだがな。とは言っても、大規模な砦を作れば、マーベル国と似たことができるようにも思える。さすがに自活できるまでにはいくまいが……」
自活を可能とする砦も捨てがたいな。
少し考えてみるか。
「明日は、派遣軍に士官達に腕自慢を1個小隊組織すると伝えるつもりだ。長剣自慢の者達がどれほどいるか楽しみでもある」
「失礼ですが、魔族相手に1個小隊ではいささか少ないように思えるのですが?」
「それで十分だ。魔族相手に3時間以上白兵戦を続けたレオン殿に助太刀するだけだからな。それで足りるかと言われれば確かに不安も残るところだが、オリガン家の代理を務めるのであれば、それだけの猛者を集める事にもなる。ワシに不安を抱かせない連中が集まることを期待しているところだ」
ティーナさんが率いる部隊になるんだろう。
俺達が王都に向かっている間に、選抜戦でも行うんだろうか? それも見てみた行きもするんだよなぁ。
「収拾がつかなくなりそうですが?」
「上手く選抜して欲しい。先ずは1個小隊。次は1個中隊だ。1個中隊については、我が軍の指揮所直属とするぞ。魔族の侵攻に合わせて部隊を移動させる。実質的な対魔族相手の白兵戦部隊になるだろう」
かなり組織が変わりそうだ。
上手く機能してくれれば良いのだが……。
話が一段落したところで、侍女がワインの入ったカップを俺達に運んでくれた。
これからは雑談になるのだろう。
パイプに火を点けて、軍内部の状況が色々と披露され始めた。
指揮所や市政庁の私室出は、部隊の状況報告だけになるのだろう。たまに私室やレストランに士官達を招いて、兵士達の噂話をきくのがグラムさんの常なんだろうな。
「ほう! 今年は婚礼が多かったということか。宿舎を2つ増設したと聞いたのだが、それが理由だったのだな。なるべく1線から外してやるのだぞ。政庁市の警護を1年ほどさせてやるのが指揮官たるお前達の思いやりと言うことになる」
「その辺りは対処済みですが、さすがに士官ともなればそうもいきません」
「そう悲観することもあるまい。後日、ワシのところに該当する者達のリストを届けるがよい。第1線ではあるが、東の砦や旧ブリガンディに突出した領地の守備であれば妻を同行したとしても安全であろう。少なくとも1年は戦にならぬような場所に赴任させてやりたいところだ」
上に立てば立つほどに、部下に対する思いやりも必要になってくるんだろうな。
俺達のところは、そんな贅沢を言っていられないから新婚であっても前線送りになってしまう。寡兵の辛いところだ。
それならいっその事、新婚だけの部隊を作ってはどうかとの話になってきた。
かなり酔いが回ってきた感じだな。
だけど、それもおもしろい考えではある。後方で新兵を鍛えるには最適だろう。
そんなに新婚がいないなら、適齢期の者達を部隊に含ませれば良い。良い刺激になるだろうから直ぐに相手を見つけるんじゃないかな。
そのまま昼食を取るために食堂に移動する。
士官達は昼食を終えると、グラムさんに綺麗な騎士の礼を取って、迎えに来た馬車に乗って帰って行った。
「これで、ワシ達が留守の間に猛者達を選ぶことができる。ティーナの眼に適う者達にも知らせを出しておくのだぞ」
「口先だけの実力では足りぬということですか。了解です」
「たぶん、現在の機動部隊を解散させることになるかもしれん。その後だが、マーベル国独自で動く機動部隊を編成して貰えぬか。背後を付くともなればかなりの危険性もあるが、石火矢の飛距離を考えれば機動性に特化した部隊であるなら身を守ることは容易にも思える」
「前回は、西と東の両面に魔族が現れました。それを考えての1個中隊の増兵を考えていましたが、グラム殿の考えでは南の見張り台に拠点を置く部隊と言うことになります。さすがに1個中隊を置くことは出来兼ねますが、2個小隊規模、石火矢を100本同時に放つ部隊と言う事であれば何とかなるかと……」
「兵士が足りなければ、エクドラル軍より派遣しても良い。獣人族であるなら問題あるまい」
「さすがに即答は出来兼ねます。マーベルに戻って皆と相談したい事案です」
「よろしく頼む。それで旧サドリナス領は万全となろう」
2個中隊のカタパルト機動隊に石火矢部隊か……。過剰すぎるほどの防衛体制に違いない。だができないことは無い。ここはマーベル国の決断次第、と言うことになるだろう。
「東はそれで十分でしょうが、西はどのように?」
「2個大隊は増兵せねばなるまい。隣国との調整はさすがに面倒になるだろうな。だが、状況次第では隣国にも魔族が侵攻しないとも限らない。規模が小さくかつ近々であれば互いに増兵を認めることになるだろうが……」
魔族に対する増兵であると説明しても、相手がそんな脅威にさらされていないと理解して貰えないということか。
戦力の増強は隣国にとっては脅威でしかない。
だがそれを行わなければエクドラル王国に多大な被害が及びかねないし、戦力が低下した状況を見て隣国が手を出さないとも限らない。
場合によっては、一方的な行動に出ることになる可能性もありそうだ。
それによって周辺諸国に緊張を強いることになるだろう。
「済まんが、国王陛下にそれも含めてレオン殿の推測する今後の展開を説明してくれぬか。ワシには現状を説明するのが精一杯に思えてならなぬ。だが、レオン殿の推測する今後の魔族の動きが、エクドラル王国に大きな試練となることは間違いないだろう」
「推測を話すことで、国王陛下は理解できるでしょうか?」
俺の言葉に、グラムさんが笑みを浮かべる。
「だから賢王なのだ。それを聞くと嫌な表情を浮かべる……。評価は死後に歴史家が評してくれるものと言っておられる」
なるほどね。誰もが認める……、と言うことなのかな?
だが、後世の歴史家が評するというのはあながち間違いではないと思う。現在は賢王と評されても、この先は分からないからね。王冠を誰に委ねるかによって王国内を混乱させるようなことがあるなら、愚王と評されてもおかしくはない。
とはいえ、現時点で周辺の状況を正しく見ることができるなら俺の推測にどのような反応を見せるかも気になるところだ。
場合によっては、今まで以上にマーベル共和国を評価してくれるかもしれない。それが次期国王の代になっても継続されるなら俺達にとっても利があることになる。
「エクドラル国王がどのような人物であるか……。それは俺も興味があるところです。会談の場を設けて頂けるなら、忌憚のない意見を言わせて貰うつもりです」
「そうか……。済まぬな。それで、出発なのだが、王子殿下と本日中に決めるつもりだ。遅くとも5日前にはしたいが、構わぬか?」
「お任せします。とは言え、マーベルを2カ月は留守にしたくありません。そこは御理解ください」
あまり帰りが遅いとレイニーさんが心配しそうだからね。それに政庁市や王都のような場所は田舎者の俺には空気が合わない気がする。
たまに訪れるなら良いんだけど、住みたいとは思わないんだよなぁ。
そう言えば……、とかつて提言した銃兵について聞いてみた。
途端に笑みを浮かべたところを見ると、結構うまく軍の組織内に定着したみたいだな。
従来よりも長い銃身を付けたことで、50ユーデほどの的であるなら弓よりも命中率が良いということだ。これは想定範囲だったけれど、長剣を持ったトラ族の兵士相手にイヌ族2人の銃兵が相手なら十分に戦えるらしい。
「ちょっとした思い付きで、長剣を持たせたトラ族兵士を使ったのだが、非力だと思われていた獣人兵でも十分に立ち向かえる。長銃に半ユーデほどの短剣を付けたことを措定して似た形の木製短槍を持たせたのだが、直ぐにトラ族兵士に有効打を与えることができた。あれなら銃弾が尽きても白兵戦を行うことができる」
最初から銃弾を少なく持たせるのは論外だが、意外と使える兵種だと思われたらしい。弓兵を順次銃兵に変えようとする動きもあるようだけど、それは止めておいた方が良いだろうな。
弓には銃には無い特徴があるからね。
それに武器を安価に作ることも可能だ。既存の弓兵を拝しするとしたなら、民兵に弓を持たせるべきだろうな。
白兵戦を行う技量を民兵に求めるのは無理でも、弓の技量ぐらいなら期待しても良いだろう。数百本の矢が降り注ぐのであれば、敵兵だって足を止めるに違いない。
魔族相手の戦であっても、矢の雨を降らせることで城壁に接近する敵を減らすことは出来るはずだ。




