E-352 士官達への教育はグラムさんの仕事の1つ
敵の武器が届かない距離で戦う。俺の頭の中に『アウトレンジ』という言葉が浮かんできたが、どうもこの世界の言葉ではなさそうだ。たぶん、俺の考えている戦術がこの言葉を指すのだろう。かつて、そんな戦をした者達がいるということなんだろう。
一通り説明を終えたところで、消えてしまったパイプに再び火を点けると、士官達の反応を眺める。
メモ繰り返し読みながら、目を見開いているようだな。中には腕を組んで深く考え込んでいる者もいる。彼の頭の中には、俺の説明した戦の様子浮かんでいるのだろうか……。
「私からよろしいですか?」
グラムさんの副官が、バッグからメモを取り出してグラムさんに報告を始める。この場での報告ということは、士官達は元より俺にも聞かせたいということなのだろう。
「昨晩に兵器工房を訪ね、工房長と相談をいたしました。荷車にカタパルトの搭載は可能ということでしたが、飛距離は150ユーデに届かぬだろうとことです。ボニール2頭で曳くことが出来るようですから、各中隊に軍属を1個分隊程同行させ飼葉や水、それに食料の運搬が別途必要になるでしょう。
ボニール2頭で曳く荷車に搭載できる爆弾の数はおよそ150個程になると推定します。2台のカタパルトが放ったら2時間足らずで消費してしまいますから、別途輸送部隊を編成することも必要と考えます」
「ご苦労。2時間は使えるということか……。となれば、砦に火薬庫を設ければ済む話に思える。長城建設に伴い砦の重要性は高くなるということだな。見張り台や部隊の駐屯を視野に入れた兵舎の建設もある。その中に火薬庫を含めれば良いだろう。ただし、長城の北側から火矢の届く距離から十分に離すのだぞ」
荷馬車1台では2時間しか持たないってことか……。
それを考えると西の尾根にも火薬庫を増設する必要がありそうだな。
九十九折りの坂道の途中に作ることになりそうだけど、そうなると運搬についても考える必要がありそうだ。
「魔族と兵士が直接ぶつかることはない、ということでしょうか?」
問い掛けてきたのはトラ族の若い士官だ。トラ族の勇猛さは評判だからなぁ。長剣で切り結べないのは残念だという表情が浮かんでいる。
「心配するな。十分に戦えるぞ。それこそその場で倒れるほどにな。武を誇るのは良いことだ。ワシもそうありたいと思っている。だが、その武を誇れる時間が問題でもある。2、3時間であればお主も持ち堪えることができよう。だがそれが数時間続くとなれば、いくら武を誇ろうとも無意味になる。疲れはどうしようもない。自分を叱咤して何とか3時間というところではないのか? その後で長城を越えようとする魔族を誰が抑えるのだ」
「レオン殿の戦術はそれを考慮してのことです。大軍であればその数を我等と白兵戦を交える前に叩けば良い。それでも魔族は長城を越えようとするだろうが、それは既存の兵士達で十分ということですよ」
グラムさんの言葉に、副官が補足してくれた。少しは理解できたかな?
爆弾だけで魔族を退けられるとは思えない。白兵戦はどうしても起こってしまうが、その時の魔族の数が今までよりも少ないなら、既存の戦力で十分に対処できるはずだ。
「私から1つ……。それならカタパルトでは無く、フイフイ砲を増やすべきだと思うのですが。フイフイ砲で放つ爆弾は400ユーデ以上の飛距離を持っていますし、爆弾も一回り大きなものです」
その話はしなかったな。グラムさんやティーナさんの視線が俺に向く。
口では説明しづらいから、メモを用意して貰って絵を描きながら話を勧めることにした。
「先ほどの質問は、このような絵を描くことでご理解頂きたい。爆弾が有効なのは敵が密集しているほど効果があるんです……」
魔族の集結状態。これは突撃を前にした状況だから、部隊の間隔はかなり余裕がある。次に突入前に整列した状態。さらに鯨波を持って長城に向かってきた状態……。
魔族が終結途中であれば、爆弾1個で倒せる魔族は10体にも満たないでしょう。
俺達は石火矢を100本以上放ちましたが、それで魔族が退くことはありませんでした。被害はそれほど無かったということになります。
次に魔族が突入前に部隊を揃えた状態。この状態で同じように石火矢を放ちましたが、すぐに後続がその位置を確保していました。
最後に突入時ですが、薪を丸めて火を点けた物を谷底に落として火線を作りました。俺の胸ほどの直径の火の球になりますから、その間を縫って通り抜けることになりますから、どうしても渋滞が起こります。
魔族が密集した場所にカタパルトで爆弾を放り続けたのですが、やはり敵の数が多ければ、これで十分と思っていた爆弾でも阻止できないと分かりました……」
「マーベルの西の尾根……。かつてワシもその場で魔族と切り結んだ時があった。その時に攻めてきた魔族の倍の魔族ともなれば、果たしてワシでも堪え切ることは難しく思える」
「爆弾がもっとあったなら、魔族の数は問題ないと?」
「そう簡単にはいきませんよ。襲来する魔族の数が問題です。俺達が対峙した魔族、およそ5個大隊前後であるなら、2個中隊のカタパルト部隊で十分に対応が可能であると考えているだけです」
とはいえ、2時間程度で爆弾が放てなくなるのは問題がありそうだな。
少なくとも3時間は持たせたいところだ。
「お前達の中から2人。新たに作るカタパルト部隊の指揮官にするつもりだ。ワシの副官は持って2時間と言っておるが、これを3時間にするための方法を考えてくれ。良い案を出した2人を選ぶことにするぞ。とはいえ中隊指揮官の任命は国王陛下のサインが必要だ。今年の冬中に国王陛下の裁可を得るのがワシの務めになるだろう」
これで、話は終わりかな?
2時間ほど話し込んでいたんだけど、質問は特に無いようだ……。
「1つ、質問をよろしいでしょうか?」
エルドさんの年代に思える士官が問いかけてきた。
とりあえず聞いてみようと、彼に顔を向けて軽く頷く。
「話によれば、マーベル国の西はそれ自体が堅固な長城に思えます。谷底から尾根まで上がるには魔族も苦労するでしょうが、我等が作る長城には、そのような谷がありません。一気に魔族が長城の下に集まりかねないと推測しますが?」
そういうことか……。思わず笑みが浮かぶ。
「その為の空堀なんだ。空堀はただ掘れば良いというわけではない。堀の構造についても考えるべきだろう。例えば……」
空堀の長城側を深くする。それだけでも這い上がるには苦労するだろうし、ハシゴだって長いものが必要になるはずだ。
空堀の手前に浅い溝を掘っても良いだろう。幅と深さが半ユーデほどであっても、躓けば後続の魔族に踏みつぶされるだろう。邪魔物が出来れば、途端に攻め手の足がそこで遅くなる。
杭を撃って地上すれすれにロープを張るのも効果的だ。
「……とまぁ、いろいろとあるだろう。魔族が一度に押し寄せるのは間違いない。だが、その時間を稼ぐことは出来ると思うんだけどなぁ」
「なるほど……、要は工夫次第ということですか。おもしろそうですね。若い連中に案を出して貰いましょう。なるべく魔族が困る手を考えれば良いのですからな。1つではなく複数設置しても良いかもしれませんね」
理解できたようだ。
魔族が一気に押し寄せて来るなら、それを時間的に分散さねる方法と、集中させる方法を考えれば良い。集中させる場所があらかじめ分かっているんだから、爆弾を使った攻撃で大打撃を与えることができるはずだ。
「全く、子供の遊びと勘違いしているような戦術だな。だが、それでも魔族は城壁を登ってくるのだ。すでに完成している長城には何時でも策を作れるように擁壁石組みに一定間隔で穴を開けてある。高さユーデほどの柵は直ぐに作れるだろう」
「柵を作ったとしても、魔族は上がってきます。それが数の脅威と言うことになるんですが、その時は長剣の腕を示してください」
グラムさんと俺の話に目を輝かせているんだよなぁ。根っからの戦士と言うことなんだろうけどね。
だけど2時間以上長剣を振り続けられるだろうか? 小隊同士で木剣を使って、どれほど自分達は戦い続けられるかを確認しておいた方が良いのかもしれない。
自分の限界を知るなら、その前に他の部隊と交代するタイミングを見定める事も出来るはずだ。
グラムさんに小さな声で話してみたら、大喜びで手を叩いているんだよなぁ。
今年の冬は、各部隊とも厳しい訓練が課せられそうだ。
「レオン殿の話では、我等の作る長城に魔族が攻めてくる可能性は低いという事らしい。それは我等の長城の位置とマーベル国の位置に関係する。その理由が理解できるか?」
士官達が互いに顔を見合わせている。
何度もマーベル国を相手に戦を起こして敗退している状況からすれば、次は別の切り口路言うことで南進すると考えるのは、間違ってはいないのだが……。
「2個大隊程度であるなら、ワシも南進すると考えておった。だが5個大隊ともなると話は少し変わって来る」
グラムさんが地図を広げて、マーベル国の西の尾根と長城の位置関係を改めて皆に示している。
魔族の侵出点は西の尾根より2つほど先の尾根だ。ここに5個大隊を集めたなら、直ぐにマーベル国の知るところとなる。
「知らせは直ぐに届くだろう。魔族の集結が始まって直ぐにだ。それから長城まで攻め入るには早くて5日、遅くても7日は掛かるだろう。ここで問題になるのは何かわかるか?」
グラムさんの講義が始まった。
直ぐに答えられないといけないような問題なんだけどなぁ。
魔族の軍勢だけを考えると、そんなことには気が付かないのかもしれない。
どんな風に、士官達に教えるのか、パイプを楽しみながら聞くことにした。




