E-350 増兵の規模は2個中隊
「レオン殿が来るたびに驚かされることばかりだ。後でデオーラにも見せてやらねばなるまい。どこに置くかはデオーラ次第になるだろうが……。王宮へ持参する物はこれよりも立派だということだな?」
シャンデリアを見つめたまま、グラムさんが問いかけてくる。
他の3人も、上を見つめたままなんだよなぁ。眩しくないんだろうか?
「あれよりもかなり大きいです。それぐらいでないとステンドグラスを飾る謁見の間の見栄えを良くすることが出来ないでしょう。場合によっては作り直すことも考えています」
「これより少し大きいなら、十分に思えるが……」
「それは、かつて王子殿下に謁見した広間で使ってください。王子殿下の館にもこれと同じ品を準備しております。後ほど、グラム殿よりお渡しください」
「驚くばかりの才覚だな。レオン殿が部門だけでないことは良く知っているつもりだったが、このような品を作り出すのだからなぁ……。芸術の才能もあるということだろう。御妃様がさぞやお喜びになられるに違いない」
「しばらくは図書館に入り浸りと聞いたことがある。エクドラル王国の芸術の守護者と皆が讃えているようだな」
御妃様はそんな御仁だということか。
ナナちゃんを取られないようにしないといけないな。ステンドグラスにしろシャンデリアにしろ、ナナちゃんの描いたスケッチを形にしたようなものだからね。
「明日は、ワシに時間を空けてくれぬか。士官達に少しはレオン殿の話を聞かせてやりたい。さすがに前回の試合は皆が知っておるから、手合わせを願い出る勇者は今回出なかったのが残念でもある」
苦笑いを浮かべているのは、そんな勇者を期待していたってことかな?
兄上との試合なら負けても誉れにはなるけど、俺が相手ではねぇ……。落ちこぼれに負けたと裏で陰口を叩かれるんじゃないかな。
「内容は、次の魔族戦ということでよろしいですか?」
「是非ともお願いする。今までの魔族との動きとは明らかに異なる。その魔族の大軍と戦い退けたマーベル国が次の戦に向けてどのように準備を行い、どのように戦おうとしているかを話して欲しい」
「父上、私達も参加してよろしいでしょうか?」
「ああ、聞いておいた方が良いだろう。その方が次の戦で迷うこともなかろうからな。1個小隊の編成も考えるのだぞ。全員トラ族でも構わぬ」
ティーナさんは、グラムさんの答えを聞いてユリアンさんと顔を見合わせて頷いているんだけど、戦の話なんだよなぁ。俺としてはどこかのパーティにドレスを着て参加して欲しいところだ。
年頃なんだから、早めに身を固めるべきだと思うんだけどなぁ。そうすればデオーラさんの心配も少しは減るに違いない。
「しかし、困った事態であることは間違いない。魔族相手ともなれば増兵も視野に入れねばなるまいが、金を出せばすぐに優秀な兵士が揃うわけでもないからな。国王陛下に願い出る前に、兵種と規模を考えねばならん」
「マーベルの増兵は1個中隊と聞きました。我等の増兵規模が大きければ隣国との調整も必要になるかと」
「それが一番の悩みどころだな。隣国に魔族が攻め入るのを待ってからということにも出来まい。そうなれば向こうから増兵を打診してくるだろう」
大陸沿岸にたくさんの王国があるというのも、問題になるってことかな。
一国の増兵は他国から見れば侵略を考えているとみられかねないからね。
「それほど悩むこともないと推測します。2個中隊規模であるなら、他国からの大使との事前調整もそれほど難しいことではないでしょう。旧サドリナス領内に2個大隊を持っているんですからね。少し編成を変えるだけで十分に思えます」
「2個中隊! 少し少なすぎるのではないか?」
グラムさんは部門貴族であり、トラ族の戦士でもある。やはり正面に立って堂々と白兵戦を行うことを考えているようだ。
確かに魔族との戦力差が十数倍近い数なんだから下手な作戦など無意味そのものなんだけど、せっかく色々と技術提供しているんだからもう少し考えて欲しいところだ。
「正面から堂々と相手とぶつかる戦もあるでしょう。戦力が同等であるなら、それも1つの作戦だと思います。ですが魔族相手ともなれば相手の兵器を上回る物を持っていたとしても兵士の数が開きすぎています。単純に兵士の数と使う兵器で表すことが出来ません。特に兵器については使うほどに数が減っていきますから、初期は同等の戦力であっても、徐々に戦力の開きが出てきてしまいます。この前の俺達の戦がまさにその状態でした。ここで発想を変える必要が出てきます……」
時間経過とともに発生する戦力の低下をどのように補うのか。もう1つは増員した兵士を戦力として数えられるまでにする手段をどうするか。
その他にも色々とあるんだろうが、とりあえずはこの2つの課題の対処方法を考えれば十分だろう。
「長城は魔族に対する堤防と考えれば良いはず。そこで魔族を停めて、爆弾で始末する。基本はこれで良いと思う。だが、それだけで数万の魔族を止めることなど不可能であることもまた確かでもある。長城の上で激しい白兵戦が起こるに違いない。それは西の尾根でレオン殿が経験したことでもある」
「そうです。そんな状況下で大規模な増兵を行っても、屍を重ねるばかりであると推測できます。なら、どうする? 白兵戦を行わない兵種にすれば問題は解決ですよ」
「弓兵にすると言うことか? いや、弓兵2個中隊で放つ矢は300本を超えるほどだ。矢筒の12本分を放ったとしても倒せる魔族は……、まさか!」
理解できたみたいだな。2個中隊のカタパルト兵。彼らに持たせるカタパルトは荷車の上に作れば良い。飛距離は100ユーデを越えれば十分だし、それぐらいの飛距離なら長城を爆弾が飛び越えることができるだろう。
「1個分隊に移動式の小型カタパルトが2台、それに爆弾運搬車を1台で構成するなら1個中隊で32台。2個中隊なら64台です。装備に資金が必要ですが、ブリガンディのお宝を使えば編成することは可能に思えますが?」
台数が揃えば集中運用することも可能だし、魔族の展開によっては分散しての運用も可能だろう。
エクドラル王国の爆弾が俺達と比べて劣っていると言っても、それなりに威力はある。間断なく爆弾を降らせれば長城の北で魔族を殲滅することも可能だろう。
「恐れ入る……。確かに可能だろう。1個大隊程度の増兵では、飲み込まれるのが落ちと思っていたのだが、なるほど……、そういう戦を考えれば良いのか」
その辺りが、戦に対する考え方の相違ということになるんだろうな。
離れて戦をするか、相手と斬り結んでの戦をするかで軍の構成が変わってくる。俺達はなるべく相手と離れて戦をすることを選んだから、その為の武器の開発をしていることになる。相手と離れて戦えば、戦による死傷者を押えることができる。俺達のような寡兵では、それが一番の選択でもあった。
「カタパルトについては我等も使っておりますが、魔族との間に長城があるのでは、距離の測定が正確に行えません。これはどのように行えば良いのでしょうか?」
「意外と簡単ですよ……」
長城から外側の空堀の位置関係を簡単な地図に落としておくだけで良いはずだ。
長城の壁厚も分かる筈だし、後方にカタパルトを並べるならカタパルトから長城までの長さを図れば十分だろう。
「新たなカタパルトを作ったなら、その飛距離を図ります。長城側から敵までの距離を長城と堀との一缶でおおよその値が分かるでしょうから、後は城壁の後方にそれだけ離れて放てば良い訳です。それともう1つ。1個中隊規模でも32台にカタパルトになるんですから、長城に目印付けておくと便利ですよ。基本となる砦を起点として100ユーデごとに東西に『東1番』、『東2番』と番号を付ければ、カタパルトの展開も楽になるのでは」
「なるほど……。今までの話の記録は取ってあるんだろうな? ……そうか。それなら良い」
ちゃんと副官はメモに残していたようだ。
ユリアンさんは取っていないようだけど、ティーナさんには関係ないと思ってるんだろう。
コンコンと扉が叩かれ、メイドさんがグラムさんに小さな声で耳打ちしている。グラムさんがちょっと驚きながら頷いているのは、何か問題でもあったのだろうか?
「了解したとデオーラに伝えてくれ。私も失念していたようだ。さて、レオン殿、大したおもてなしは出来ぬが、夕食の準備が整ったようだ」
グラムさんの後に付いて食堂に向かう。
すでにナナちゃんとデオーラさんが席に付いている。グラムさんを厳しい目で睨んでいるからグラムさんが苦笑いを浮かべて小さく頷いている。
そんな2人のやり取りを見ていると、『貸し1つ』という暗黙の了解に思えてしまうな。
「済まぬ。ちょっとレオン殿との話が深まってしまった。それよりデオーラ、食事を終えたなら、私の私室を見て来るが良い。レオン殿の贈り物が飾ってあるのだが……、ワシにはどこに置けば良いのかさっぱりだ。素晴らしい物であるのは間違いないのだが」
「それで遅くなったわけではないでしょうけど、楽しみにしましょう。ナナちゃんは知っているのかしら?」
「意匠は私が考えたにゃ! でも作ったのはマーベルの工房にゃ」
デオーラさんが、「まぁ!」なんて声を出してナナちゃんの頭を撫でている。
子供が大きくなったからね。孫ができたら傍から離れないんじゃないかな。
「同じ物を王子殿下に献上して頂けるようだ。さらに、その上の品を市政庁にと言われてはいるのだが……」
「私と王女殿下で調整すれば良いでしょう。となると、サロンを開いても良さそうですね」
その辺りは全てデオーラさんにお任せということかな? まぁ、実直なグラムさんではどこに飾ろうと同じということになるんだろうな。
「ところで明日はレオン殿の要件があるのだが?」
「私はナナちゃんの衣装合わせに向かいますから、問題はありませんよ。ところで場所はどこに?」
「館の客間を使いたい。昼食はお願いするぞ」
夕食を取りながら、明日の予定が調整されていく。
ナナちゃんの衣装はどれぐらいするんだろう? 一応、宝石を3個持って来ているから足りなくなるということは無いだろう。




