E-343 魔族への嫌がらせ
「現状での動きは無いと?」
「はい。尾根2つ先の尾根におよそ2ミラルほどの範囲で焚火の煙が見えるだけです。魔族が尾根に姿を見せるところから、かなりの数が集結しているものと推測します」
ガイネルさんの報告によると、姿を見せる魔族はゴブリンとのことだ。
数が多いからねぇ。その奥にいる種族が分かれば良いんだが、オーガは間違いなくいるだろうな。
諸力はゴブリンでその後ろにオーガと考えれば良いか。コボルト弓兵もいるだろうが、結構厄介な連中だからねぇ。真っ先に倒しておきたいところだ。
ホブゴブリンの魔導士連中はあまり体力が無いし、そもそも魔法で放つ火炎弾の飛距離は30ユーデほどだ。近付く前に倒せるだろう。
「数はいつも通り俺達が劣勢だが、たっぷりと石火矢があるし、爆弾にも余裕がある。3個大隊程度なら2個中隊で何とかできると思っているんだが……」
「エニル達がやって来ましたから、直ぐにでも石火矢2型改を打ち込んではどうです?」
「そうするつもりだ。先ずは試射して距離を掴まないとね。おおよそは計算できるんだが、2型改の精度は最悪だからなぁ」
3イルムほど飛ぶんだが、狙った場所から300ユーデほどズレてしまうんだよなぁ。散布界を持つ兵器として一度に10発以上放つことになる。
最初に数発放って、少なくとも風の影響位は確認して修正しておかないとなぁ。
「夜になったら撃ち込んでみよう。距離の測定は夕暮れまでに済ませといてくれ」
「了解です。試射ということでよろしいですね?」
「およそ3ユーデ先だからなぁ。5発ずつ2回で十分だろう。それで射角を決めよう。3型もその結果を基に放てば良い」
ガイネルさん達も、球状に丸めた焚き木を落とす準備はできているとのことだ。中に燃える水を木製の容器に詰めたらしいから、しばらくは燃え続けてくれるだろう。
もっともその前に石火矢を放つことになるんだが、それは向こうの尾根に魔族が集まってからでも遅くはない。
「カタパルトに兵士2人と民兵を5人を配置していますから、谷底に間断無く爆弾を放てます。1つのカタパルトに30個程準備してありますが、状況を見て予備を運ばせます」
「例の失敗作も受け取っていると思うんだが、あれは谷底の風向きを見て放ってくれよ。出来れば無風状態が一番なんだが……」
「各カタパルトに5個ずつ用意してあります。残りは50個程です」
あまり使いたくない爆弾だけど、効果はあるんだよなぁ。前回もオーガの攻撃をそれで防いだようなものだからね。
あまり多くは無いが、それなりに役立つってくれるだろう。
今回はアドレイ王国軍が改良した柄付き爆弾も用意できたようだ。ガイネルさんのベルトに2本差し込んであるからね。ガイネルさんが投げたら谷底まで届きそうだな。
3人を相手に当座の部隊配置を確認したところで、指揮所の屋上に上り西の尾根を眺める。
数人が見張りに立っていたから、彼らの邪魔をしないように擁壁に近寄って望遠鏡を覗く。
確かに広範囲に煙が上がっている。
尾根に魔族の姿がたまに現れるということだが、だいぶ動いているようだ。さて、どれほどの戦力なんだろう?
今夜撃ち込んでみれば少しは分るかもしれないな。
「前回の3個大隊では、あそこまで尾根を占拠してなかったんじゃないか?」
「3割増しに見えますな。3個大隊は超えているようですが、さすがに5個大隊には届かないものと……」
案外それを越える数かもしれない。奥行きが分からないからなぁ。
その答えが分かったのは、夕食を取っている時だった。
トレムさんが指揮所を訪ねてくると、偵察結果を教えてくれた。
「さらに先の尾根にも魔族がいると?」
「尾根2つを占拠しているぞ。2つ目と3つめの間の谷はそれほど深くないんだ。それもあって魔族が集結地に使っているのだろうが、間違いなく4個大隊以上の戦力だ。此処で阻止できるのか?」
偵察結果を報告するというよりも、俺達の覚悟を確認しに来た感じだな。
ここは大きく出ようか……。
「6個大隊だろうと阻止しますよ。その為の石火矢ですからね」
伝令に、さらなる石火矢の追加をレイニーさんに伝えて貰う。
あれからガラハウさん達が頑張ってくれているからなぁ。1日の生産量50個すべてをここに運んで貰おう。
「何とかなるか……。なら、俺達はいつもの場所で状況を見守るよ。万が一こっちにやって来たとしてもたっぷりと小型爆弾を貰っている。それで足止めは可能だ」
土地が急峻であることもあるのだろう。
俺達にそう告げると、指揮所を出て行った。
「やはり魔族が本腰を入れて来たとみるべきでしょうな。それにしても5個大隊とは……」
「3型と2型改を使えばこの状態でも魔族への攻撃は可能だ。夜間の試射に続いて明日は本格的な攻撃を行う必要がありそうだ」
「移動先がこちらに向かうなら良いのですが。場合によっては南の見張り台からも石火矢を放つことになりますな。とりあえず1個小隊を向かわせております」
「2個中隊だからねぇ。マクランさんの部隊から2個小隊を借りてるけど、救援部隊としては難しいだろうな。エニルとガイネルさんの部隊から1個小隊ずつ出せるようにしといて欲しい」
2人が嬉しそうに頷いてくれたけど、かなりの激戦になるんじゃないかな?
戦が楽しみというのも考えてしまうな。
夕食を終えて、屋上に上る。
小型のカタパルトが2基屋上の南北に据えられているんだが、すでに3人ずつ配置についてるんだよなぁ。見張り台の上にも数人がクロスボウを手にして立っているようだ。
西に目を向けると、2つ先の尾根がかなり明るく見える。確かに南北に伸びている。昼に見た焚火の煙より、夜の方がはっきりと魔族の位置がわかる。
「距離の測定は終わってるのかい?」
「距離4250キューデです。石火矢2型改、3型ともに有効射程内に入っています」
「なら、最初は2型改で行こう。上手い具合に風が余り無いからな。初弾は5発、準備出来次第発射してくれ」
エニルの副官が屋上を下りていく。さて、どうなるかな?
石火矢発射の知らせを受けて、大勢が柵に取り付いて西に目を向けている。
花火と勘違いしてないか? 確かに炎の尾を引いて飛んでいくのは見ていて壮観ではあるんだけどねぇ……。
屋上から右手の柵を見ていたエニルが松明から火の付いた薪を手に持ち、大きく振って合図している。
その合図を待っていたかのように、5発の石火矢が星空の中を炎の尾を引いて西へと飛んでいく。
「上空の風が強いようですね。西に流されているようです」
「狙いは真ん中だから、少しぐらい西に流れても問題は無さそうだよ」
10近く経過して、石火矢の炸裂炎が見えた。
確かに流されてはいるが、焚火で尾根が明るく見える範囲内に落ちてはいるようだ。
「今の狙いよりやや北に照準を合わせれば真ん中に当たりそうだ。今度は10発で行こう。その後に3型を試してくれ。同じように、5発、10発で良い。どれぐらい流されるか見ておこう」
「了解です。……準備にもう少し掛かるようです」
2型改は翼を付けてあるからなぁ。『V』 字型の滑空台を使うことになるんだが、滑空台は3型にも使える。
2型改を使い果たしたら3型を使おう。
都合4回放ったところで、2つ西の尾根を望遠鏡で眺める。
尾根の稜線を走り回る魔族の姿が見えるから、結構大騒ぎになっているようだな。
魔族軍が広く分散しているはずだから、石火矢による攻撃による死傷者の数は多くはないだろう。
だが、どこに落ちるか分からないとなれば、いくら魔族であっても心穏やかということにはならないはずだ。
「今度は少し奥を狙ってみるか……。エニル、500ユーデほど遠方に次は放ってくれ。近く遠く、北と南に中央と2型改の残りを数発ずつ放ってみよう。それともう1つ、発射の間隔は十分に時間を取って欲しい。石火矢の爆発音は大きいからね。魔族を眠らせないようにしてくれ」
「了解です。石火矢の発射音は小さいですからね。私達はぐっすり眠れます」
俺の指示に笑みを浮かべて答えてくれた。
後は任せておけば良い。砲兵小隊の連中が交代で発射してくれるはずだ。
ナナちゃんと一緒に指揮所に戻る。
状況を簡単なメモにして、レイニーさんとグラムさんに伝えて貰う。光通信があるからなぁ。20分ぐらいで両者に伝わるはずだ。
レイニーさんはともかく、グラムさんはどう動くだろう?
『3個大隊を遥かに超える。5個大隊規模の可能性あり』と伝えたからなぁ。
指揮所の壁に掛けた振り子時計が12時を越えようとしているころ、グラムさんより通信が届いた。
迎撃態勢を構築中とのことだが、リットンさん達はどの辺りにいるのかな?
砦防衛にあたるのか、それとも完成している長城で北を睨んでいるのか……。
尾根周辺の地図を眺めながら一服を楽しんでいると、ガイネルさんが指揮所に入ってきた。
「状況に変化はありません。少し休ませて頂きます」
「俺もそろそろ休むことにするよ。エニルが良い感じに石火矢を放ってくれているからね。明日も日中、夜間と同じように石火矢を放つつもりだ」
「魔族を眠らせないと? まったくレオン殿らしい作戦ですな」
笑みを浮かべながら騎士の礼を取って、指揮所を出て行った。
さて俺も一眠りするか……。
翌日はいつもの通りナナちゃんに起こされた。
寝ている俺の上に飛び乗るんだからなぁ……。「グェ!」と声を上げての起床だ。身支度を整えて指揮所に繋がる扉を開けると、エニル達が笑っているんだよなぁ。声を聴かれたってことかな?
とりあえず、外に出て朝の清々しい山の空気を吸い込むように大きく伸びをしながら深呼吸する。水の入った桶から小さな桶で一すくいして顔を洗うと、先ずは指揮所の屋上に上る。
魔族の様子を望遠鏡で眺めてみると、昨夜の石火矢の攻撃で尾根の一部に火の手が上がっていた。
稜線を右往左往しているゴブリンの姿が見えるから、まだ騒ぎは続いているようだな。
小さく笑みを浮かべると、松明の残り火でパイプに火を点け、今度は北と南に連なる俺達の陣に目を向けた。
数人ずつ、石垣に背を預けて朝日を浴びている。
風が無ければ、昼寝をしてしまいそうな感じだな。それだけ俺達には気分的な余裕があるということなんだろう。寡兵ではあるが精鋭揃いだ。
この尾根で魔族を食い止められれば俺達の勝利だからね。
さて、朝食を頂くか。
今日も石火矢を撃ちこんでいけば良い。




