E-342 東はレイニーさんに任せて西に向おう
ガイネルさんが朝早く西の尾根に向かっていった。
マクランさんが民兵部隊の小隊長達を集めて、東西に振り分けて今日中に発たせると言ってくれたが、1個中隊には足りないだろうな。西の開拓村からも応援をしてもらう手はずだけど、開拓村の防衛だって必要だ。
尾根の下に第2線を作って貰うことになるだろう。
「ワシも尾根の下で柵を作っておきますぞ。たくさん作っておけば、薪としても使えますからな」
「よろしくお願いします。何とか食い止めたいところですが、場合によっては尾根を下る魔族が出ないとも限りません」
まだまだ現役のマクランさんだけど、ご老人達とご婦人方で待ち構えるつもりのようだ。クロスボウを使えると言っていたから、ゴブリンぐらいなら何とでもなるだろう。
ダレルさんには石火矢を荷車に積んで開拓砦に向かって貰った。ちょっと残念そうな顔をしていったけど、場合によっては1個中隊で魔族を相手にする事態にもなりかねないんだよなぁ。
エルドさんの部隊をマーベルに残して東の魔族に対応して貰う。指揮はレイニーさんが執ってくれるから、俺は何時も通りに西の尾根に向かえば良い。
東の楼門に上がると、エニルとレイニーさんが東を眺めていた。
望遠鏡で覗いてみると、確かに煙が幾筋も見える。
「それで、煙の数は昨日より増えたのかい?」
「レオン殿! ……数が増えたというより煙の位置が広がっています。やはり魔族の集結が行われているかと」
後ろから急に声を掛けたから、びっくりしてるんだよなぁ。
だけどきちんと答えてくれたから、今度はレイニーさんに顔を向けた。
「必ずしも魔族があの場所にいるとは限りません。陽動という可能性もまだあります。石火矢2型改を撃ち込んで状況の変化を見ましょう」
「そうですね。ヴァイス『近づいたら撃ち込む』と言って広場に見張り台に1個小隊を率いて出掛けてるんですが……」
ヴァイスさんらしいな。石火矢を50発は持って行ったに違いない。こちらに向かってくるなら好都合だ。
「エニル。2型改と3型、それに新型大砲を用意してくれ。距離を上手く測れば、3型と大砲は初弾を魔族の中に撃ち込めるだろう。だが、先ずは脅かしてやろう。2型改を5発同時に撃ってくれ。その着弾点を元に狙いを修正して10発だ」
翼を付けたから真直ぐに飛ばないんだよなあ。修正したって目標に着弾するのは1発ぐらいだろう。
それで、魔族が動くかどうか……。動かねば3型を打ち込めばさらに状況が見えてくるはずだ。
楼門の上に合ったベンチに腰を下ろして一服を楽しんでいると、発射準備が整ったとエニルが教えてくれた。
ヴァイスさんに魔族の様子をしっかり見てくれと連絡したところで、石火矢を連続発射する。
シュン! という噴出音を上げながら石火矢が飛んでいく。
日中だが翼が左右に広がっているから、飛んでいくのが良く見える。
姿が見えなくなってしばらくすると、東南東に爆炎が次々と上がった。遅れて低い雷鳴に似た炸裂音が聞こえてくる。
「方向は合ってたな。距離も案外合ってるんじゃないか? 初弾であの制度が何時も出てくれるなら良いんだけどねぇ……」
「ヴァイスからの連絡待ちですか?」
「次を撃ってみましょう。あの土煙ですからね。様子が分かるまで待つことはありません」
レイニーさんが次弾発射を指示する。
すでに用意が出来ていたのだろう。再び東南東に向かって2型改が飛んで行った。
さて、今度は待つことになる。
動くか。動くとすればどこへ動く……。それが分からないと俺達に対処できないからなぁ。
爆炎が収まって来ても、此方に魔族がやって来る姿は見えないらしい。
となると、そのまま南進したと考えるべきかもしれない。
夜の焚火の位置を確認すれば少しは分かるな。
「集結している中に撃ち込めたと思うんですが、動きがここからでは分かりませんね。とりあえず貴族連合には知らせてありますから、状況を見ていれば良いと思うんですが……」
「あまりのんびりしていると西が動き出しそうですね。見極めは明日の朝までで良いでしょう」
エニル達に、西に向かう準備をさせながら、夜間に石火矢3型と新型大砲の発射を指示する。
大変だろうけど、訓練の一環と諦めて貰おう。
出発の準備が出来たマクランさん達に、2型改の石火矢を先に運んで貰うことにした。こっちでも使う事から60本だけになったけど、3型をエニル達が運ぶと言っていたから、出鼻を挫くには十分だろう。
夕食を食堂で取り、再び楼門に上がる。
東南東の空が明るいのは、まだ魔族達がその場にいるということになるんだろうか?
「少し移動していますね。昼よりも距離が数百ユーデ奥ですし、方位もやや南寄りです」
「やはり集結していると考えるべきでしょう。3型と砲弾を放ってみますか」
エニルの報告を聞いてレイニーさんに具申した。
直ぐに許可してくれたから、先ずは3型から試射を行う。
3発放って、着弾点を修正し5発を同時に発射した。近くなら状況が分かるんだけどなぁ。
爆炎が収まりしばらくすると、南に焚火が作られたのが分かる。
集結途中で邪魔をされたから、周囲に避難した魔族達を集めるのに苦労しているようだ。松明も動いているな。
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「南東方向に2ミラル程動いているようですね。こちらにやってくることは無さそうです」
「貴族連合と、グラムさんに連絡を入れておけば東は問題ないでしょう。とは言っても、エルドさん達を残していきますよ。エミル達を率いて西に向かいます」
「上手く阻止してください。それと、無事に帰って来て下さいね」
翌朝早く、東の楼門の下で朝食を頂く。近くにあった木の箱がテーブル代わりだ。
朝食後のお茶を飲み終えたところで、レイニーさんに頭を下げて立ち上がる。
既にナナちゃんはずらりと並んだ銃兵達の先頭で待っているはずだ。
歩き出そうとしたところで、レイニーさんが言葉を掛けてくれたから、立ち止まって振り返ると騎士の礼を取って踵を返した。
ずらりと銃兵部隊が勢揃いしている。
後方にボニールが曳く荷車が3台あるのは、石火矢2型と2型改を積んであるのだろう。先頭に向かって歩いていくと、エニルがナナちゃんと一緒に立っていた。
「全員揃ってるかな?」
「欠員ありません。2型改を50、2型が120です。全員に2会戦分の銃弾と小型爆弾を2個持たせました」
「なら、出発だ。……ナナちゃん、荷車に乗せて貰うといいよ」
笑みを浮かべたナナちゃんが、後ろに走って行った。
少し大きくなった気がするけど、まだまだ子供の体形だからね。トコトコ歩くのは見ていて可愛く思えるけど、疲れてしまうに違いない。
「1日遅れた感じだが、魔族は大軍だからね。集結するだけでも時間が掛かるだろう」
「今回の東西同時侵攻は偶然なのでしょうか?」
「偶然であることを祈りたいよ。偶然でなければ次は力押しだからなぁ」
「戦はいつも通り?」
「基本はそうだよ。敵が近付くほどに濃密な攻撃を加える。相手を密集させるために谷底に火線を作る。尾根を登ってきた敵に個別攻撃を加える……。今のところは、これが最善だと思う」
銃兵の前をエニルと歩きながら、戦略を考える。
とはいえ、考え付くのはいつも通りの戦いだ。大軍を前にすると大胆な戦術など考えても無駄だからなぁ。基本に忠実と言うのがこの場合は適切だと思える。
戦は数、とは良く言ったものだ。そこには戦術が通用しないということを暗に示している。
その言葉が生かされるのは、どれほどの戦力差が生じた時なんだろう。
それに、記憶の中から浮かびでるランカスターと言う言葉も気になるところだ。何かの示唆を示しているのかもしれないが、どんなものかが分からないんだから今は考えないことにしよう。
昼過ぎに西の開拓村に到着する。
開拓民の若者達はクロスボウを背負って張り切っているんだよなぁ。丸太塀の奥では小母さん達も足早に色々と運んでいるんだけど、何をしているのか気になるところだ。
俺達が到着したことを知らされたのだろう。村の奥からマクランさんがやって来た。短槍を杖代わりにしているけど、やはり歳には勝てないってことかな。
「尾根からは、魔族の移動の知らせはありませんぞ。続々と集結中と、今朝も連絡がありました」
「東の魔族は、石火矢を放ったことで南東に移動しましたよ。勢力は不明ですが1個大隊ということは無いようです」
「こっちは2個大隊を越えておるようですぞ。レオン殿が来られたなら安心できます。若い連中を2個小隊尾根に派遣しました。何時でも2個小隊を増援に向かわせられます」
「その時はよろしくお願いしますが、石火矢の移動を手伝って頂けませんか? 運べるだけ持ってきましたので」
「それぐらいは容易いことじゃ。……モレック! 来てくれ」
マクランさんの大声に、日焼けした男がこちらに走って来る。
直ぐに俺達の依頼を伝えると、胸を張って騎士の礼を取ると村の中に走って行った。
「モレックが1個小隊を率いております。水の運搬は今朝ほど別の小隊が行っておりますから彼に任せます。尾根の様子を気にしていましたから、丁度良いでしょう」
「それでは、俺達も準備を始めますので」
マクランさんと別れたところで、荷車の荷物を下ろして早速移動を始める。
石火矢本体と石火矢に着ける羽や棒は別にしてあるから、村に常備してある一輪車で九十九折の山道を使って運ぶことができる。
担ぎ上げるには量があり過ぎるからなぁ。それでも爆弾や銃弾は分隊ごとに用意した魔法の袋に入れて運び上げるようだ。
「ここは私が見ますから、レオン殿は先に指揮所に上がってください」
「済まないがお願いするよ」
エニルの申し出をありがたく受けて、ナナちゃんと伝令の少年2人を伴って山道を登り始める。
俺と少年2人は背負い籠に予備の小型爆弾を入れてあるから、足取りは重いんだよなぁ。
戦闘を歩くナナちゃんはいつも通りだ。背中に小型のクロスボウを背負っているから、弓矢は魔法の袋に入れているのだろう。
途中の広場で休憩を取りながら、30分ほど掛けてどうにか指揮所に到着した。背負い籠を入り口近くに置くと、中央のテーブルを回り込んで奥の席に腰を下ろす。
ナナちゃんは俺の後ろの壁際のベンチに腰を下ろしたようだ。
入口近くのベンチは伝令用だから、2人の少年が腰を下ろすと、魔法の袋からクロスボウを取り出してボルトケースを腰に付けている。
戦はかなり先になるんだけどなぁ……。




