E-341 東と西に魔族が現れた
夏も終わろうとしている。駆け足で秋がやって来て、その後に長い冬が来る。
毎年の事だけど、マーベル共和国の冬は長いんだよなぁ。
冬に備えるために、薪作りが始まるのはこの季節だ。
各中隊が交代で山で木を切り倒し、町の北に積み上げている。半ユーデほどの長さに水車で動くノコギリで切ると、薪小屋に積み上げる。
1年寝かせないと中まで乾燥しないからなぁ。秋の終わりには、去年作った丸太を斧で割って、住民に配らねばならない。
政庁市では焚き木を買うそうだけど、俺達にはそんな余裕は無いからね、
「明日は俺の部隊だな。ダレルはどのあたりで切り倒してたのだ?」
「西の村との中間辺りだ。まだだいぶ残っているぞ」
ダレルさんの言葉にうんうんと頷いているのはガイネルさんだ。
ガイネルさん達はトラ族が多いからなぁ。かなりの丸太を運んで来るに違いない。
森の木を切ったら、その傍に木を植える。
これは西の開拓村の住民が行ってくれるんだけど、苗木は町の近くでマクランさん達が育てている。
「ついでに細めの枝も集めて来てくれんか。長さは3ユーデほどで良いが、なるべく真っ直ぐな枝を頼む」
「石火矢用だな? 了解だ」
ガラハウさんが頼んでいるところを見ると、まだまだ作れるということになるんだろう。既に西の尾根に運んだ石火矢は300本を超えている。エニル達の2型改も150を用意してあるそうだから、何時西の尾根から連絡が入っても大丈夫だろう。
「今年来るとすれば、冬前までじゃろうから3カ月は無さそうじゃな。レオンの方も準備は出来ているのじゃろう?」
「ガラハウさんに無理を聞いて貰えましたからね。3個大隊程度なら跳ね返せますよ」
うんうんと笑みを浮かべるガラハウさんをちらりと見ながらレイニーさんが口を開いた。
「最初から西に1個中隊を派遣しなくとも良いのでしょうか? 現状は1個小隊を尾根の指揮所に派遣しているだけですよ」
「魔族の軍善は数を伴っています。戦力的には強力ですけど、その反面動きが遅いと言う弱点を持ってます。尾根の北にトレムさん達がいますし、尾根の指揮所に1個小隊がいるなら、魔族の侵出が始まれば直ぐに知ることができますよ。光通信でこの指揮所に連絡が届きますから、魔族の規模に合わせて部隊を出せば問題はありません」
エニルの部隊に、エルドさんもしくガイネルさんの部隊を向かわせれば十分だろう。もう1個中隊は出せそうだが、予備兵力として待機させておけばいい。
そのまま尾根を下って南に向かえば開拓砦に向かうことになるが、長城建設工事で1個中隊を派遣しているし、レンジャー達もいる。
石火矢50本を常備させているし、カタパルトも整備しつつある。尾根を南に移動したことを確認したなら直ぐに連絡することで、不意打ちを受けることはないだろう。
「案外、待っていると来ないものだな。これから収穫が始まるだろうから、気長に待つしかなさそうだ」
ちょっとがっかりした表情でガイネルさんが呟いているけど、来ない方が良いんだよなぁ。
思わず苦笑いを浮かべながらワインを口にした。
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魔族発見の知らせが届いたのは、秋の収穫を終えてお祭りをしてから数日過ぎた時だった。やはり魔族の行動は俺達の秋ということになるのかな?
エルドさん達が養殖用の卵を採取に出掛けていたから、2個小隊程程戦力が少ない状況下だったのだが……。
「西ではなく、東ですって?」
伝令の知らせに、確認するような声でレイニーさんが声を上げた。
昨年は旧ブリガンディの王都から魔族を追い出したからなぁ。今年は当然旧サドリナス領内に現れると思っていたからね。
レイニーさんが当惑した表情で俺に顔を向けたのは、想定外の対処をどうしようかと思っての事だろう。
「魔族の距離と方向は?」
「現在エニル殿達が確認しております。追って連絡が入るものと」
「了解だ。とりあえず町にいる中隊長達を指揮所に集合させてくれ」
俺の指示を受けて、伝令の少年がビシッと騎士の礼を取る。中々様になってるなぁ。座ったまま片手を上げて簡単な返礼をすると、足早に指揮所を去って行った。
ビーデル団を卒表したての少年みたいだな。将来は兵士ということになるんだろう。
「魔族の移動方向を確認して、貴族連合とグラムさんに連絡を入れましょう。現状での東の対処は状況確認ができるぐらいですからね。東の見張り台からあまり離れていないなら、石火矢2式改を打ち込むぐらいは可能ですし、それによって東に攻め込んでくれたなら、潰滅するのも容易です」
「問題はないと?」
「マーベルに問題はありません。南進したなら貴族連合に被害が出ますから早めに知らせる必要があるでしょう。エルデ川の下流にある橋の東にエクドラル王国が領地を得ましたから、エクドラル軍も動くと思います」
それほど大きな領地ではないんだが、貴族連合に対する援助活動を行うための名目と思えるぐらいだ。
貴族連合だけの脅威であるならエクドラル軍が動くとしても中隊程度だろう。だが領地防衛ともなれば大隊規模の軍を展開できる。
そんな戦略を考えたのは誰なんだろう? 王子様なのかそれとも本国領のまだ知らぬ誰かなのか……。
指揮所の扉が乱暴に開けられ少年が飛び込んできた。
レイニーさんが口を開く前に、少年が簡単な騎士の礼を取ると、手にしたメモを読み上げる。
「エニル殿より連絡です。『東の見張り台より東南東4ミラルに魔族終結しつつあり。焚火と思われる煙の数が増えつつある。現状で確認できる数は6か所以上』以上です!」
読み上げを終えると、顔を俺達に向ける。
頷きながら「ご苦労」と声を掛けると、すぐに指揮所を飛び出していった。
「だいぶ近いですね。石火矢を打ち込めますよ」
「数発打ち込んで様子を見ると?」
「10発撃てば3発ぐらいは魔族の終結地に着弾するでしょう。それでどう動くか見てから、貴族連合に連絡しても良さそうです」
レイニーさんとお茶を飲みながら話をしていると、次々に中隊長達が指揮所に集まって来た。
ナナちゃんも知らせを受けたのかな? 指揮所に駆けこんできたから、皆人お茶を出してもらう。
「魔族が東に現れました。現在集結中のようですが、いつも通りだと思えば良さそうです」
「西ではなく東ですか……。予想が外れましたな。マーベルに大きな脅威とならなくて幸いです」
ガイネルさんは残念そうだな。
全くその通りだから、苦笑いを浮かべて頷いた。
「とはいえ、大規模な陽動を疑った方が良いと思う。西にも注意を向けるべきだろう。西の尾根に、注意するよう連絡は入れて欲しい。それで東だが……」
石火矢2型改を10発程撃ち込むことを告げると、もっと撃ち込めと言われてしまった。
「ついでに新型大砲の試射を兼ねられるじゃろう。あれは10ミラル先に砲弾を落とせるからのう。石火矢3型も試したらどうじゃ」
要するに実戦訓練を行うってことかな?
確かに届くんだが、問題は距離の計算になる。今まで俺が行っていたけど、エニル達にやらせてみるか。
計算した結果を基に試射をすれば、ずれを補正できるだろうからね。
「新型大砲と石火矢3型を使ってみます。とはいえ、数がそれほどありませんから10発程度にします」
「相変わらずな性格じゃなぁ。直ぐに作ってやるから、倍を撃ち込め!」
貧乏性を見抜かれているからなぁ。
ここはガラハウさんのお勧めに従うか。数を撃てばそれだけ訓練になることは間違いなさそうだ。
「エニルの部隊だけで対処できそうだな。まぁ楼門から眺めてみるか。石火矢の発射は壮観だからな」
「東がそんな状況ですから、皆さんも連絡が取りやすい場所で待機していてください。西が少し心配です」
俺の心配性を知っているからだろう。皆が苦笑いを浮かべながら頷いている時だった。足音が聞こえたと思ったら指揮所の扉が大きく開き、伝令の少年が飛び込んできた。
「トレム殿より連絡です『西の尾根より2つ先に煙が見える。現在3か所』以上です!」
大声で俺達に伝えると、すぐに指揮所から出て行った。
指揮所に集まった全員が俺に視線を向ける。
「心配性のレオン殿だからと思っていたのだが……。やはり我等とは違って考えが深いと感じ入ったぞ。さて、どうする?」
「こうなると、東の様子を見てからというわけにもいきませんね。レイニーさん、大至急貴族連合とグラムさんに連絡を入れましょう」
俺が地図を見入っている間に、レイニーさんが連絡文を書き上げて、ナナちゃん経由で伝令に渡してくれた。
さて、どうする?
2方面で戦うのはちょっと問題がありそうだが、東は防衛が極めて容易だ。主力は西で待機部隊が東に布陣すれば良いだろう。
問題は西の魔族軍だが、どれほどの数になるかだな。
使えるのは2個中隊。400に満たない兵士になる。第2線を作る民兵部隊も動員することになりそうだ。
開拓砦の中隊を移動したいところだが、長城を抜かれてしまいかねないからなぁ。
「レイニーさん。もし、西の魔族が2個大隊を越えていたなら、民兵を総動員しないといけなくなりそうですよ」
「それほど危機的だと?」
「長城作りに1個中隊を出してますからね。マーベルに1個中隊を残して東にそなえるとなれば西に向けられる中隊は2つだけです。魔族と白兵戦を演じるのは我等の仕事ですが、次々と上ってくる魔族を間引きして貰わねば我等が持ちません」
さすがにご婦人達には尾根の東側の開拓村で待機することになるだろうけど、少年達には俺達の後方から投石を行って貰おう。
万が一の為に、短槍を持たせておけばゴブリンぐらいなら数人で相手ができるだろう。
「小型爆弾は足りるのか?」
「追加で作らせよう。3日で120というところじゃな。石火矢も30は追加出来るじゃろう」
ガラハウさんの事だから、それ以上になることは確実だろう。
出来れば3桁の数字が欲しいところだが、無い者強請りは出来ないからなぁ。
「先に向かわせてください。粗朶を丸めた球を沢山作っておきます。谷に依然転がしましたよね。結構巻き添えを食ってましたよ」
「そんな事もあったな。中に焚き木を入れて重くするんだぞ」
ガイネルさんが忠告してるけど、ダレルさんもそれぐらいは分かっている感じだな。笑みを浮かべて頷いている。
たくさん落とせば谷底を火の海にできそうだ。
続々と谷を下りる魔族を止めることができたなら、石火矢と爆弾を効果的に使えるだろう。




