E-339 対魔族戦の準備は出来ている
「やはり秋ってことか……。魔族がワシ等の食料を奪うという話はあまり聞かんが、確かに春よりも秋の方が多い気がするのう」
「夏至を過ぎてほぼ1か月。準備期間は十分にあると思いますが、一番気になるのは石火矢と爆弾です」
俺の話を聞いて、ガラハウさんが笑い声をあげる。
「ハハハ、心配せんでも良いぞ。南の城壁と西の尾根には200以上送っているからな。3か月もあればそれぞれ300は作れるじゃろう。さすがに砲弾は100で止めておる。銃弾が心許ないと聞いて銃弾作りを並行して行っておる」
「なら安心できます。フイフイ砲は使う機会はないと考えますから、カタパルトで使える爆弾を今後はお願いします」
小型爆弾4つ分ほどの大きさだが、西の柵に10台程設置してあるからね。飛距離が150ユーデ程しかないけど、谷の向こう側の斜面まで爆弾を放れる。
向かい側の尾根なら石火矢が使えることを考えると、2つの兵器を組み合わせれば、谷を下って来る魔族の大軍を半減することだって可能だ。
実績では失敗作の爆弾を組み合わせるとさらに魔族を減らすことができている。
あれは西の尾根でしか使えないんだよなぁ。
「それでレオン殿は、エクドラル王国の本国領にある王宮を訪ねるということですか?」
エルドさんが土産のワインを美味しそうに味わいながら問いかけてきた。
「やはり一度は顔を合わせておきたいと考えています。今のところはエクドラル王国との関係は良好ではありますが、まだまだ油断は出来ないかと。国王に会って、その人物を知りたいと考えています」
「エクドラルは俺達を差別しないからなぁ。だが、俺達の持つ技術ってやつは魅力的に思っているに違いない。今の状態を続けられるならありがたいところだ」
「このまま俺達の国を認め続けてくれれば良いんですけどねぇ……」
お土産のお酒目当てに集まったのか、いつもより夕食後に集まる顔ぶれが増えているんだよなぁ。
まぁ、悪いことではないんだけどね。
冬季であるなら問題あるまいというのが大方の考えのようだ。レイニーさんもそれならと許可してくれたけど、雪解け前には帰るとの約束をさせられてしまった。
さすがに、そこまで長居はしたくない。レンジャーギルドに依頼してソリでここまで送って貰えば雪深い中でも帰って来られるだろう。
「エクドラル王国も銃兵部隊を創設するということですね。私達と相対した時に問題はないのですか?」
「エニルの心配もわかるけど、先ずは魔族を相手に考えよう。技術というか、少しまともな銃に改良する方法を教えたけど、銃身内の溝、それに後装式にするために考えた銃の構造は教えなかったよ。銃身を長くして、先端にバヨネットを付けられるようにし、銃床を伸ばして肩で保持できるようにする……、そこまでだ」
「それだと発射間隔が長くなりますよ?」
「三段撃ちを教えといた。当初1個小隊ということだったが、三段撃ちを行うために2個小隊に増員すると言ってたよ」
「銃身内の溝を作らんのか……。100ユーデ程に有効射程は伸びるじゃろうが、的当ては難しいじゃろうな」
「それを三段撃ちでカバーします。弓なら矢を降らせられますが、銃ではそうもいきません。間断無く銃弾を前に放つことで敵の接近を阻止する考えです。エクドラル王国との同盟を図るために創設した機動部隊での運用が参考になるでしょうから、それほど難しい用兵にはならないかと」
「まあ、そうなるじゃろうな。エニルの心配はワシも考えたが、エニル達の使うライフル銃は有効射程が300ユーデを越えているんじゃ。普段の練習でも100ユーデを基本としている位じゃからな」
それに、三段撃ちは防衛戦での用兵だからね。攻撃を加えるなら前兵士の一斉射撃の方が効果的だ。
「やはり私達の基本戦術は、敵の接近を阻止するということになるんですね」
「そういうことになるのかな? 戦は常に攻撃側より防衛側の方が有利なんだ。あえて陣を出て戦う必要はないよ。マーベル王国は攻撃されるなら戦うけど、こちらから攻撃を仕掛けることはないのが基本だからね。
俺達の2方はエクドラルだし、東には貴族連合がいる。さらに北には魔族だから戦力差が極めて大きい。マーベルを出て戦うことになれば、マーベルは歴史から消えてしまうよ」
よくよく言っておかねばなるまい。
戦は凶事だ。受ける戦はせねばならないが、こちらから起こす戦をしたならこの国の最後になりかねない。
俺の報告が終わると、ワインを飲みながらマーベル国内の情報共有になる。
この季節で一番忙しいのは、ガラハウさんとマクランさんだ。
ガラハウさんの方は兵器作り以外に銅鉱石の採掘もやっているんだけど、今のところは順調とのことだった。
マクランさんの報告は開拓と畑の作物の生育状況になるが、今年もこのまま推移すれば豊作に違いないと喜んでいる。
ガラスや陶器産業が無ければ、単なる農業国だからなぁ。まだまだ自給するまでには至っていないが、数年後には自給も可能になるだろう。
「ヤギのチーズが人気を集めているそうです。とは言っても急に生産量を増やせませんからなぁ子供達にヤギの面倒を見て貰っていますが、開拓村の方でも始めようと、10頭ほどエディン殿に頼みました」
農家の現金収入を増やそうということなんだろう。
結構匂うんだけど、味は良いんだよなぁ。通を自称する連中に高値で売れるとエディンさんも言っていたからね。
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翌日はのんびりと過ごすつもりだったけど、ナナちゃんがビーデル団や養魚場の様子を見に行ったのを見て、俺1人がゆっくりとするのも考えてしまう。
エニル達の状況を視察に行くと指揮所の伝令に知らせて、中央楼門の城壁に組み込まれるように建てられた屯所へと足を向けた。
まだフイフイ砲を1基残してあるのは、記念碑みたいなものだろうな。撤去しても良いんだけどね。
屯所の入り口に2人の兵士が銃を手に立っていた。
俺に気が付いて、1人が屯所の中に入って行ったのは、エニル達に知らせる為だろう。
ガラハウさんの報告では銃弾はそれなりに用意してあるということだが、銃兵が増えているから、訓練でかなり消費してしまうに違いない。
「おはよう。エニル隊長はいるかい?」
「おります。このままお入りください。連絡はしてあります」
兵士が扉を開けてくれたので、例を言って中に入る。
東西に延びた長屋が2つ。楼門に近い長屋に士官室が設けられている。入って最初の部屋がそうなんだけど、部屋の前に入口にいた兵士が俺を待っていてくれた。
「全員揃っています!」
「ありがとう。様子を見に来ただけだよ」
女性兵士がちょっと緊張した顔をしているのは、何か起きたと思っていたんだろう。俺の言葉を聞いて表情を和らげてくれた。
トントンと扉を軽く叩いて士官室に入る。
数人ほどが座れるテーブルを囲むようにベンチが4つ。そこにエニルを筆頭に小隊長達が立って俺を出迎えてくれた。
騎士の礼を互いに交わしたところで、ベンチに座る。エニルが座っていたベンチが空いていたから、そこに腰を下ろすと副官が俺にお茶の入ったカップを渡してくれる。
「特に用事は無いんだ。昨夜の報告で特に問題がないことは分かったつもりだが、
エニル達の訓練を考慮した上で、秋分以降に魔族と当たることを念頭に再度状況報告を聞かせて欲しい」
「現在ではなく、秋ですか……。そうですね。その間に2回は実弾射撃訓練をしたいと思っています。石火矢や大砲の取り扱い訓練も必要でしょう。魔族をどこで相手にするかで少し変わると思いますが、一番危惧すべきは西の尾根ですから、それを基にと言うことでよろしいですか?」
さすがはエニルだ。西の尾根の危険度は一番だからな。そこでの戦を考慮したなら、他の場所でも十分に戦えるということになるだろう。とはいえ1つだけ例外はあるんだが……。
「それで考えて欲しい。だけど、西の尾根に大砲を使うことは無いだろう。そうなればその次に危惧すべき場所である南の見張り台を加味して考えて欲しい」
「……と言うことだそうだ。皆の意見を聞かせて欲しい」
「それなら!」ということで小隊長達が次々と口を開いて、想定される状況とその対処について意見を出してくる。
やはり訓練で消費する銃弾や砲弾の数はかなりの量になる。1階の訓練で銃弾を5発使うなら2回の訓練で10発になるし、銃兵の数は3個小隊だからなぁ。1個小隊が現状では3個分隊で30人らしいけど、将来は他の部隊と同様に4個分隊に増員したいところでもある。10発を30人が3個小隊だから……900発ってことか。
訓練を減らしたいところだけど、それでは兵士が育たない。
「秋までに、どれほどガラハウさんの工房は銃弾を補充してくれるかが問題だな」
「砲弾と銃弾は石火矢とは別のドワーフ族が担当しているそうです。砲弾を50発、銃弾を1500発。秋分までに届けると約束して頂きました」
銃弾は1カ月500発の生産量ということになるのか。
もう少し少ないと思っていたんだが、ありがたい話だ。
砲兵部隊の後装式大砲は4門になったそうだ。砲弾は100発ということだから、次の戦に使用するのは止めておこう。
石火矢を使ってもらいたいところだが、その石火矢は新型が80発、通常型の改良版が100発ということだった。
「石火矢は、旧型を1型、従来型を2型、新型を3型と呼称することになりました。翼を設けた従来型は2型改と呼んでいます。その2型改ですが、改とするための改造は我々で行っています。翼を取り付ける位置は分かっていますから、その部分が肉厚になっていますので、翼を木ネジで発射前に取り付けることになりました」
なるほどね。運搬時の利便性を考えたんだろう。そうなると通常型を作るのが少し面倒になっているのかもしれないが、面倒なんて言葉を聞くとガラハウさん達は目を輝かせるからなぁ。
翼は木工細工だから木工職人が作ってくれるらしい。
「そうなるとヴァイスさんのところと奪い合いになりそうだね?」
「通常型は弓兵部隊と我等で5対1の割合で分配の合意ができています。将来は大砲ということですから……」
「まあ、そうなるな。だが常に100発程は2型改を用意しておいてくれ。3型で大砲の補完をしたいところだが、大砲や3型を使用するのはもう少し先になりそうだな」
2型改でも南の見張り台では十分に役立つだろう。
滝の東の見張り台は魔族の監視だけだからなぁ。牽制に使うなら10発程度あれば十分だ。東からやって来る魔族は東の楼門で十分に阻止できる。




