E-329 砦の移動も考えないと
貧民街の子供達に対する秘密組織作りの話が一段落するころに、グラムさんがクラウス君とユリアンさんを連れて館に帰って来た。
王子様に挨拶を終えたところで、さっそくグラムさんが調査結果の報告を始める。
やはり……、ということになるんだろうな。
旧サドリナス王国は魔族の被害があまりないと聞いていたのだが、過去にはかなりの頻度で魔族の襲撃があったようだ。
「不思議なことに、旧サドリナス王国とエクドラル王国が同時に襲われた例がないのです。レオン殿が地下世界の魔族はいくつかの王国を作っているのではと申しておりましたが、それを踏まえればエクドラル王国と旧サドリナス王国の北方地下を版図とする魔族は1つの王国と考えられるでしょう」
「レオン殿の推測がかなり現実的だということになるね。それで、侵出点の推測は?」
俺の問いにグラムさんがクラウス君に顔を向けると、小さくクラウス君が頷いてバッグの中から地図を取り出してテーブルに広げる。
慌ててユリアンさんとデオーラさんがカップを片付けているんだよなぁ。片付けてから広げて欲しいところだ。
テーブルから地図がはみ出しているけど、エクドラル王国の本国領と旧サドリナス領はどうにかテーブルの上にあるから問題はない。
赤いインクで色々と書き込まれているのは、砦に対する魔族の襲撃方向と規模、それにそれがあった年代だな。
赤い矢印が魔族の襲撃方向だとすると……、思った通り魔族の襲撃方向は1つの砦に対して、多少の違いはあるがいつも同じ方向と言っても良いだろう。
たまに近くの開拓村も襲われてはいるが、これは魔族の本体から分かれた部隊に違いない。
「これから判断するに、エクドラル本国領には3か所、旧サドリナス領には2か所の侵出点があると判断できそうです。位置的には……、この辺りになるでしょう」
「今を見るだけでなく過去を見ることも必要ということか! 当時の指揮官が記録をしておいてくれて助かったが、その記録を1つにまとめて確認しようとはだれも思わなかったということか」
「各砦は魔族が来るとすれば、この方向との申し送りをしていたようです。指揮官であればそれで砦の防衛体制をある程度修正できますし、他の砦との協調は砦間の距離があることであまり問題視されておりませんでした」
「この地図を見る限り、砦の位置を変更したほうが良いように思えるのだが?」
「東の砦は、変更の必要はないかと……、ですが中央の砦及び西の砦は大きくエクドラル本国領に移動したほうが良さそうです。東の砦と中央砦間が開きますが、これは例の機動部隊で対処できそうです」
東、もしくは中央砦に誘導するということになるのだろう。
砦位置の変更は長城の建設とも連動ともするから、工事を始めるのは数年先になるかもしれないな。
「旧サドリナス領については我々で行っても問題はないだろうが、本国の了承も必要だろう。さらにエクドラル本国領については侵出点近くに砦が無い場所まである。国王陛下にも知らせた方が良さそうだ。上程書の形で報告書を作って欲しい。夏至近くに宮殿に向かうつもりだ。グラム殿もご一緒できれば良いのだが」
「確かに大きな問題を突きつけるようなところがありますからな。私もご一緒いたします。落としどころは、旧サドリナス領内の砦位置の変更で良いでしょう。本国領を守る軍人達には事前に情報を流そうと考えております」
既得権益に関わることにもなりかねないということかな?
王国が大きくなると、いろいろと大変だなぁ。マーベルなら夜の会合で方針が決まったなら計画より前に工事が始まりかねない。
それも問題ではあるんだが、何事も早めにやっておいた方が間違いは無さそうだ。
「やはりマーベル国があるということが、我等にとっては一番の備えになるということかな?」
「少なくとも、王子殿下の領内に魔族が侵入する恐れはほとんどないでしょう。さすがに魔族が5個大隊を越える軍勢であれば蹂躙されかねませんが、2個大隊程度であるなら長城を越える事すら不可能と考えます。魔族が自ら暮らす土地を求めての侵略でない限り、現状のままでも旧サドリナス領内の東半分程度は住民が安心して暮らせそうです」
問題は西半分ということになるんだろうな。
砦の位置を西にシフトさせて長城で繋ぐ。出来れば侵出点近くに魔族を監視する見張り台を築きたいところだ。
俺達が滝の東に作ろうと考えている、すぐに逃げられる見張り台を作れるなら都合が良いんだが、周辺状況も考えないといけないだろうな。
魔族の偵察部隊の強襲くらいは撥ね退けて、大軍をみたならすぐに逃げ出すという都合のいい監視拠点なんだけど……。
「砦を移動させて迎撃が容易にできるようにはできますが、一番の課題は早期発見とその情報の伝達にあります。東の砦は北東に位置するマーベル国の監視所や見張り台がありますから、かなり詳しく魔族の状況が掴めるのですが……」
「侵出点近くにやはり見張り台は必要ということになるのだろうね。問題は死兵にならないかということだ」
王子様の言葉に、デオーラさん達まで考え込んでしまった。
情報は欲しいけど、下手をすれば兵士達が全滅してしまいそうだからなぁ。
後でグラムさんに俺達の見張り台を教えてあげよう。
「その辺りの課題も含めて報告書に纏めれば良いだろう。計画段階で完璧は無いのだからね」
「要は結果で判断するということですな。それでは明日から上程書の作成を行いましょう」
これで、クラウス君の方も一段落ということになる。もっとも、グラムさんの秘書代わりに明日から使われそうにも思えるけどね。
ユリアンさんはティーナさんと一緒に子供達の登録状況を確認するのかな?
ナナちゃんもティーナさん達と一緒だということになると……。
「そういえば、明日はレオン殿の御用はありませんでしたね。午前中は、私に少しご教授して欲しいのです。教育と統治についてはもう少し考えないといけないでしょう。神官殿が危惧しているとなれば猶更です」
出過ぎたことを言ってしまったかな?
だが、何時までも王国制度を維持することは出来ないんじゃないかな。
王国の将来性についても少し考える必要がありそうだ。
権力の元になるのは何なのかを確認する良い機会だろう。
「それは私も聞きたいね。王国民の教育で国力が上がるのは何となく理解できるんだけど、それがなぜ王国の統治にまで影響するのか私も考えてみたいんだ。愚民化政策と言うのはさすがに抵抗があるだろうし、王国制を取っている限り発展は望めないようにも思えてしまう。そうなるとエクドラル王国の発展を阻害するのは何かということを考えなければならない」
封建制が問題なんです! と大声で言いたいところだけど、これはエクドラル王国内の問題でありマーベル国の俺が教えるというのも考えてしまう。
ある意味、その国の停滞が長く続くのが王国政治になるのだろう。階級社会と特権意識、既得権益の持続と能力と地位の不均衡……。王国は封建社会だからなぁ。長く続くほど欠点が表面に浮き出てくる。
王国の最後は悲惨なものが多いんじゃないかな? 統治をおこなっていた連中だけが悲惨な目に合うのは自業自得だけど、それが王国民にまで及ぶのは問題だろう。
その辺りをどのように説明知れば理解してくれるのか……。
「ある程度は教えることができるでしょう。たぶん王政を否定する話になってしまいそうですので、あらかじめエクドラル王国に対しての非難ではないとはっきりと言っておきます。かなり耳痛い話になりますが、それでもお聞きになりますか?」
「かつての王国の興亡についてということだね。なぜそのような事態が起きるのか、その結果がどうなるのか……。それならエクドラル王国には何ら関わらないし、忠告として聞くことも出来るだろう」
「王子殿下の言葉の通りです。かつての王国の歴史からの教訓ということですね」
グラムさん達も、それなら問題ないということなんだろう。小さく頷いている。
しっかりと言葉質を取ったからね。
明日はどんな話をしても、問題はないはずだ。
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翌日。いつものようにナナちゃんに起こされる。
顔を洗ってナナちゃんに言われるままに客間に向かうと、テーブルに俺だけの朝食が準備されていた。
「ようやく起きたか……。それでは、我等は出掛けて来るぞ。ナナちゃんも」一緒だからな」
「あまり威圧感を与えないで、子供立ちの得意なものを聞いてください」
「分かっている。それにやって来た子供達には、御菓子を上げようと思っている。それぐらいは構わんだろう?」
ティーナさんの言葉にデオーラさんが感心している。少しは相手を思いやれるようになったのかな?
昨夜一生懸命に、ティーナさんなりに考えたに違いない。
俺も笑みを浮かべて頷くと、苦笑いを浮かべながらナナちゃんの手を引いて客間を出て行った。
さすがに軍服は着ていない。それでも短剣位は隠しているんだろうな。
綿の上下にバックスキンの長いベストのような格好だから、ナナちゃんとお揃いだ。遠くから見れば姉妹に見えるに違いない。
「出掛けましたね。さて、どれぐらいの子供が登録してくれるのか……」
「かなりの数になると思いますよ。今日来れなくても話を聞いて加わりということもあるでしょうね」
お菓子で釣るようにも思えてしまうが、昨日の話ではそれを伝えていないからなぁ。最初の子供達の様子を聞いて、それならとやって来る子供もいるんじゃないかな。
「今朝早くに神殿にも知らせました。エミール様は気が付いているようですから、私達の力になってくれると思っています」
「博識の方のようでしたね。俺も、直ぐにそれに気付くとは思いませんでした。ひょっとして、神殿側はかつてその意図を持っていたのかと一瞬頭をよぎったことも確かです」
人を導くというのは、根気と忍耐だからなぁ。
それを容易に行うには、なるべく相手が具民であることが望ましい。
急いで朝食を終えると、ソファーに座ってお茶を頂く。
美味しいお茶を飲みながらの、朝の一服は格別だ。




