E-325 子供達への依頼
庶民街に貴族の馬車が来るのは珍しいのかもしれないな。通りを歩く人達が立ち止まって馬車を見るんだよね。
通りそのものは荷馬車がすれ違える幅があるから、馬車の通行に問題は無い。とは言っても、通りの真ん中を歩いている人が多いんだよね。慌てて横に退いてくれるんだけど、馬車の歩みが遅くなるのは仕方が無いようだ。
「もう直ぐ付きますよ!」
御者の小父さんが馬車の中にいる俺達に声を掛けてくれた。
それほど間を置くことなく、ゆっくりと馬車が止まる。
ギイィィと音がしたのは、馬車の車輪を止める何らかの装置を動かしたのだろう。
御者の小父さんが馬車の扉の傍にやってきて、踏み台を用意して扉を開けてくれた。
先ずは俺が先に下りる。デオーラさん達の片手を取って馬車を下りるのを手伝ったんだが、最後に扉から顔を出したナナちゃんはそのまま飛び降りた。
こんな場所ではお嬢さんを装って欲しいところだけど、事前に教えておかなかったのがいけなかったのかな?
「このお店ですか?」
「下町でも、それなりのお店と出入りの商人に手配して頂いたのです。私も来るのが初めてですけど、小さくともきれいなお店ですね」
お店の玄関先に立っていたデオーラさんに話しかけると、そんな返事が返ってきた。
さて入ってみるか。足を踏みだそうとした時、御者の小父さんが大きな手籠を渡してくれた。手籠の上に布が被せてあるが、中身はサンドイッチのはずだ。
「ありがとうございます。忘れてました」
「いえいえ。私はこれで館に戻って連絡を待つことにします。さすがにこの通りではこの馬車は目立ち過ぎますからね」
軽く頭を下げて御者の小父さんと別れると、デオーラさんの前に出て店に入ることにした。
食堂ということだから、玄関は両開きの扉だ。
扉を開けて驚いてしまった。本来ならテーブルが整然と並んでいるのだろうが、いくつかのテーブルを真ん中に寄せて大きな布を被せてある。
まるで1つのテーブルに見えなくもない。ほぼ真四角のテーブルだから各辺にベンチのような椅子が2つずつ置かれている。
部屋の壁際にもベンチが置かれているのは、護衛の為の席ということなんだろう。
「これは、これは……。お早いお着きでしたな。おもしろいお話を聞かせて頂けるとのことで商会ギルドからは私が来ることになりました」
ガラス工房を幾つか持っているモルデンさんだった。エディンさんを通してモルデンさんの工房からガラス細工や原料を今でも購入しているから、互いに良い関係を続けているのだが、久々の顔合わせだ。
「お元気そうで何よりです。今回は少し協力して頂けると幸いです」
「協力ならいくらでもしますぞ。マーベル国との取引でギルド内でもそれなりの地位を築けましたし、商売も順調です。……そうそう、ご紹介しておきます。隣は工房ギルドからの代表、ブルンガです。自らは金属加工の工房を仕切っていますが、その腕は政庁市でも指折りですぞ」
「フン! まだまだ腕が足りんわい。マーベルでは斬鉄剣が作られておるようじゃが、ワシにはまだそれが作れん! まったくとんでもない工房があるものじゃわい」
「あれは鉄の質が良いから作れるようなものですよ。それに作れるのは年に数剣だけですからね」
「とはいえ、刀身だけというのもおもしろい。おかげで剣として使える状態にするための仕上げをだいぶ任されたぞ。それなりに実入りもあるから、もっと作って欲しいところだ」
そう言って豪快な笑い声をあげる。
なるほどね。やはりマーベル共和国で作るのは刀身だけにしておこう。仕上げ加工で実益を得られるなら問題は無いということになるんだろうな。
「神殿からは……、私がまいりました。エミールと申します。火の神を祭る神殿の神官ではありますが、政庁市の5つの神殿の評議委員でもあります」
神官服をまとった老婦人が静かな声で自己紹介をしてくれた。
隣にいる若い神官は男性なんだが、議事録を作ろうとしているのかな? 筆記用具をテーブルに出している。
「後は……、子供達と王女殿下ですね」
「王女殿下がいらっしゃるのですか!」
モルデンさんが大声を上げた。他の参加者も目を見開いているところを見ると、デオーラさんは知らせていなかったのかな?
「内々でのご臨席になります。ドレス姿は見合わせてくださいと頼みましたから、子供達が気後れすることはないでしょう。王女殿下もこの度の話には大変乗り気でした。王子殿下も参加したいと仰っておりましたけど、さすがにお止めした次第です」
「王族がそれほどに熱心であるとは……。我等にも協力をと言うことですが、どのような計画なのでしょう? 更なる貿易の拡大……、ということではないように思えるのですが?」
「それは皆が揃ってからにしましょう。元々はマーベル国の治政の1つとも言えますが、私もその話を聞いて感心しました。少年達の将来にも繋がる話ですし、エクドラル王国の国力向上にも繋がるでしょう……」
デオーラさんが話しを続けようとした時に、店の玄関の扉が叩かれた。
注目して扉を皆が見ていると、4人の子供達が入ってきた。
貧民街で暮らしているから、身なりは粗末なものだが身ぎれいな感じだ。
彼らなりの余所行きなんだろうな。それに体と髪を良く洗ってきたようにも見える。
「俺達と話がしたいということでやってきましたが……」
「その通りですよ。もう少しで全員が揃うはずだから、空いている席に座って頂戴」
デオーラさんの言葉に、少年達が俺とティーナさんが座る正面に腰を下ろす。
かなり緊張しているようだけど、年齢は15歳というところだろう。男の子が2人と女の子が2人だ。人間族は男の子2人だけで、女の子はイヌ族とネコ族だ。ナナちゃんが俺の隣にいるから、興味深々な表情で眺めている。
馬車の音が近付いて来ると、店の前で止まった。
王女様が到着したのだろう。直ぐに扉が開きメイド服姿の5人が入ってきた。王女様もメイド服とはねぇ……。
デオーラさんとティーナさんがちょっと驚いた表情をしている。
「遅れました。全員そろっているようですね?」
「どうぞ私の隣に……。それでは、お茶を飲みながら話をしましょうか。ティーナ、後は任せましたよ」
4人のメイドさんが王女様の後ろに下がり壁際に立った。
女性だけど、近衛兵なのは間違いなさそうだな。短剣位はどこかに隠しているに違いない。
店のメイドさんが、俺達の前にカップを置くとお茶を注いでくれた。木製のカップだけど、これって新品じゃないのか?
さすがに王女様に使いまわしのカップを使うのはお店の方でも躊躇われたのだろう。
お菓子を乗せた木皿がいくつも置かれると、さすがに子供達は目を輝かせている。これを食べられるだけでもやって来た甲斐があるってことかな。
「さて始めようか……。お茶は無くなればすぐに注いで貰えるし、御菓子は食べ放題だ。摘まみながら私の話を聞いて欲しい……」
ゆっくりとお茶のカップを手に取り一口飲んだところで、ティーナさんの話が始まる。
ティーナさんの話はマーベル国での少年達の暮らしから始まる。
「城壁造りの手伝いはもちろんの事、ヤギ等の家畜の世話や食堂の裏仕事、更には子供達だけで魚を育てている。更に魔族がやってきた時には石を投げて兵士の援護までしてくれるのだ。
政庁市の子供達と比べるべくもないほどの働きぶりだ。
そんな子供達の働きに、ある時隣のレオン殿が気が付いた。さすがに働かせすぎではないかとな。子供達の年長者にどんな仕事を誰が行っているのかを調べさせて、あまりの仕事の多さに唖然としたらしい。大人よりも、ある意味働いていたということになる。
そこで仕事の整理をした上で、子供達に無理なく仕事ができるように組織を作り、子供達が自由に使える家を1件与えた。
子供達はその組織をビーデル団と名を付け、貰った家を秘密基地として使っている。秘密基地は大人が立ち入ることができぬ子供だけの場所だ。そこでどんな仕事を誰にさせているか、その責任者は誰かを決めているらしい。更に子供達が一目で分かるように大きな掲示板を作って張り出しているようだ。
もっとも、それは季節毎に行っているようで、普段はその中で遊んでいるそうだ。
私が君達にお願いしたいのは、これと似た組織を君達で作れないかということだ」
最初は美味しそうにお菓子に手を伸ばして食べていた子供達の手が、いつの間にか止まっていた。
ジッと、ティーナさんに顔を向けている。
「俺達に子供達を束ねろと?」
「端的に言うとその通りだ。君達が所謂貧民暮らしであることは分かっている。伝手を頼って仕事を請け負い、その対価で家族の暮らしを手助けしているのだろう?
組織化することで、君達の人数に見合った仕事を紹介できると思う。君達の横にいるのはギルドの代表だ。神殿の代表もいる。子供達に出来る仕事を斡旋することぐらい容易いことだ」
「俺達に仕事をくれていた人達がいたんです、でも数日前から姿を見せないのですが?」
少女の言葉に、思わずデオーラさんに顔を向けてしまった。
俺の視線に気づいて小さく頷いてくれたところを見ると、すでに手を打ったということなんだろう。
仕事を請け負って、それを子供達に回す。少しの仲介料なら問題なかったんだろうが、姿を見せないということは半分以上巻き上げていたってことかな?
デオーラさんだけでなく、グラムさんが動いたかもしれない。今頃は牢の中ってことだろう。癪放された時には前のような仕事ができなくなるなら問題は無いんだろうけどね。
「それは私が話しましょう。貴方達に仕事を斡旋していた人達がいたことは分かっています。それも必要であったということは私も理解できるのですが、本来貴方がたに支払われる報酬の6割を自分の懐に入れていたのでは問題です。仲介料は最大でも1割が王国の定めですからね。金額の大小ではありませんから、しばらくは牢で暮らして貰いましょう」
「それでは、私達が働くことができなくなってしまいます!」
イヌ族の少女が切実な声で訴えた。
たとえ少額でも貴重な現金収入であったに違いない。その道が断たれたことになるわけだ。
「その為にも君達の仲間の組織化を急いでほしいのだ。先ずは君達の仲間の数を教えて欲しい。君達の中で文字を書ける者はいないのか?」
4人の子供達が互いに顔を見合わせている。いないということなんだろうな。やはり子供達の教育も合わせて行うべきかもしれない。
「私が手伝ってあげるにゃ!」
「さすがにナナちゃんだけを向かわせるというのは問題です」
「それなら、神殿の見習い神官を同行させましょう。子供達のリストを作るということでしょうから、神の手助けにも思えます」
「3人というのも……、私のところから2人出しましょう。まだ見習いですが荷物持ちにはなりますよ」
モルデンさんの申し出は、少しは護衛になる人物ということなんだろう。都合5人なら1日で何とかなるんじゃないかな。
「名前と年齢、それに得意なものは何か……。ということで良いだろう。ナナちゃんよろしく頼んだぞ」
「任せるにゃ。ビーデル団の最初と同じにゃ」
そんな事もあったんだよなぁ。ナナちゃんはしっかりと覚えていたみたいだ。
「明日の朝から始めよう。ところで場所は?」
「さすがにこの店ということも出来ませんね……」
「それなら、貧民街の入り口近くにある雑貨屋の店先を借りましょう。行商用の荷車を1台借り受けますから、それを目印に子供達に集まって貰えばよろしいかと。荷馬車の前にテーブルを幾つか用意すれば、子供達に長い行列を作らせることも無いでしょう」
モルデンさんの申し出にデオーラさんが笑みを浮かべて頷いている。
デオーラさんでも用意できそうだけど、そうなると軍の荷車になりそうだからなぁ。
とはいえちょっと心配になってしまう。俺も同行した方が良いのかもしれないな。




