E-317 厳冬期に訪ねてきたのは
「分かりました……。それなら何とかできそうです」
ビレルが自信なさげに小さく頷いてくれたんだが、ビーデル団の実績があるんだからもっと自信を持っても良いと思うんだけどなぁ。
レイニーさんとティーナさんが笑みを浮かべてビレルの言葉に頷いているけど、本当ならビレルから話を聞きだしてレイニーさんが皆に教えるべきなんだろう。
ある意味ビレルが被害者に思えてきたけど、これもマーベル共和国の発展のためだ。当日は、皆でビレルの話を聞くことにしよう。
「聴講する連中は皆が、ビレルよりも年上だ。だけど、ビレル達の方が秘密組織の運営においては一歩先を進んでいる。その最初の一歩を踏み出した時の苦労話で十分だ。隣にナナちゃんを座らせておけば助けてくれるんじゃないかな」
「……そうします。永代相談役ですからね。確かに色々と助けてもらいました。特に大人との交渉事では今でも助けて貰ってます」
ナナちゃんの実年齢はすでに20歳を超えているはずだ。それでも容姿は子供のままだからなぁ。ケットシー族は長命の種族らしいからゆっくりと大人の姿に変わっていくのだろう。それは俺にも言えること、今でも伝令の少年達より少し年上の兄貴という感じに見えるらしいからね。
ナナちゃんがビーデル団の運営に関われるなら、俺もカルシア団の相談役として手伝うぐらいは出来そうだ。
「話は以上だ。各秘密組織が実際に動き出すのは雪解け以降になるだろうが、その前に先ほどの依頼の件をよろしく頼むよ。そうだなぁ……、春分の2日後の昼でどうだろう」
「そうですね。それまでには各団の仕事のリストと構成員の名簿は出来るでしょうし、秘密基地の建設も終えているはずです」
2か月先なら、ビレルもそれなりの準備が出来るだろう。
たぶん初代団長を交えて、どんな話をするか考えるんじゃないかな。
話が終わるとビレルが席を立ち、俺達に頭を下げて指揮所を出て行った。
残った俺達はもう1つの課題を考えなければならない。
「報酬を考えないといけませんね。秘密組織の立ち上げ時の苦労話を聞かせて貰えるのですから」
「さすがに金銭とはいかぬだろうな。とりあえずはビーデル団にお菓子を渡すことは納得できるのだが、さすがにそれだけと言うのも考えてしまう」
ティーナさんも秘密組織に入りたいのかな?
マーベル共和国の組織なんだけど……。案外、自分達の王国でも似た組織を作ろうなんて考えているのかもしれない。
「そうですねぇ……。新たな秘密基地は俺達も作っているんですからそれは報酬にはならないでしょう。仕事に対する報酬を急に上げるとなれば他の秘密組織との整合も考えないといけません。となるとビーデル団の組織員であると彼らが満足できる物を贈れば良いと思いますよ」
「何らかの形に残る物、彼らが最初の秘密組織を作ったと誇れる物……、ということですか!」
「それなら、騎士の連中が参考になりそうだ。彼らは長剣を佩いているぞ。それが騎士たる誇りでもあるのだからな」
ティーナさんが腰に下げた長剣をポンと叩いた。
レイニーさんは短剣を下げているだけだし、俺は戦時だけ背中に長剣を背負っているのだが、兄上やグラムさん達はいつでも長剣を佩いている。
騎士としての誇りもあるんだろう。かなり凝った造りなんだよね。
「さすがに長剣を佩かせるのは問題でしょう。となるといつも身に着けて置ける物ということで良いように思えます」
「お揃いの何か……、ということですね? それもおもしろそうですし、彼らも喜びそうです。でも、そうなると……」
だよなぁ……。当然、他の秘密組織も欲しがるはずだ。
全く大人げない話ではあるんだが、俺も欲しいと思うのはやはりいつまで経っても子供の心が残っているということなんだろう。
そういう意味では、マーベル共和国は夢のある国でもある。
ここは、全ての秘密組織にそんな品を渡しても良いんじゃないかな?
その中で、ビーデル団にだけは特別な品を渡すということでこの問題は解決しそうに思える。
「参考になるか分かりませんが、エクドラル王国の兵士は右肩にエンブレムを縫い付けていますよね?」
「気が付いたか。あれは所属部隊の紋章なのだ。所属する大隊と中隊があれで分かる。エンブレムの上部分が大隊で、下半分が中隊になる。私は第2大隊に所属しているからトラの爪が上半分に、下は大隊付きであることを示す金字の星になる」
後で見せてあげようと言ってくれたけど、エンブレムチェーンメイルに付けているからだろう。普段着のバックスキンの上下にはそこまでの表示はしないらしい。
「俺達はまだまだ寡兵ですからそこまでの対応は必要ないかも知れませんが、将来的には考えないといけないでしょうね……。とはいえ、秘密組織の構成員にとっては案外使えそうですよ」
「秘密組織毎に、専用のエンブレムですか! おもしろそうですね。そもそもが神話の登場人物等から秘密組織の名を付けているのですから、そのまま使えそうです。でもそれだけではビーデル団の報酬にはなりませんよ?」
「団旗を作ってあげましょう。エンブレムを布に刺繍してあげれば立派な団旗になりそうです。大人達なら民兵組織もしくは正規兵に組み込まれますから団旗は必要ないはずです」
もっとも、各大隊が団旗を欲しがりそうな気がしないでもない。
それはそれで良いはずだ。秘密組織として最初に団旗を持つのはビーデル団だけになるんだからね。
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春分までもう1カ月ほどという季節に、俺達のところに2頭立てのソリが3台やって来た。
エニルが案内してきた人物が指揮所の扉から一歩中に入ると、マントのフードを脱ぐ。
現れたのは、ユリアンさんとケイロン君じゃないか! もう1人は……、デオーラさんだった。
「寒かったでしょう。どうぞこちらに、今、ティーナさんに知らせに向かったようですから、直ぐに来ると思います」
「ありがとうございます……。まったく、困った娘です。まさか、その夜に抜け出すとは思いませんでした」
俺とレイニーさんに頭を下げながら、溜息を吐いている。
俺が座っていたベンチをデオーラさん達に明け渡し、テーブルから椅子を1つ運んできた。
3人に掛けて貰ったところで、レイニーさんが座っていたベンチの端に腰を下ろす。レイニーさんはお茶を淹れている最中だ。やはり、体の中から温め無いとね。
「それにしても、こんな雪深い季節に来なくとも良かったように思えますけど?」
「やはり、早めに言っておかないといけなと思いまして……。それに今年で24歳を過ぎるのですからねぇ」
やはりお見合いの段取りをしていたみたいだな。
隣の2人も困った顔をしているけど、こればっかりは本人の気持ちが一番大事だと思うんだけどなぁ。
「ところで……、相手は文官貴族?」
「良いご縁だと思っていたのです。先方の奥方と私は王都の学園で同窓でした。気心の知れた舅であるなら、ティーナも幸せになれるかと……」
デオーラさんの言葉に、思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまった。
ティーナさんがドレス姿で貴族館の中を歩く姿が想像できないんだよなぁ。
「文官貴族なら安全に暮らせそうですけど、ティーナさんはそれを望むでしょうか? いや、これは俺の素朴な疑問ですから、オルバス家の内情に口を出すつもりはありませんよ」
思わず言葉に出してしまったから、慌てて弁明をしてしまった。
ペコペコと頭を下げる俺の姿に、デオーラさんが小さく頷いてくれた。
「グラム殿も、レオン殿と同じ事を言っていました。やはり、そうなのでしょうね……。私が少し早まったのかもしれません。レオン殿に何か策はありますか?」
「策と言えるかどうか……。もし、俺がオルバスさんの立場だったらとこの件で何度か考えたことがあります」
勇ましいティーナさんが、すんなりと館で暮らせるわけがない。
やはり相手となる人物は軍人ということになるだろう。政庁近くに領地を持った軍人辺りが一番いいと思うんだけどなぁ。
それなら、マーベル共和国に足を延ばすことも出来るだろうし、魔族相手に武技を振るうことも出来るだろう。
子が生まれたら館で過ごすことも出来るだろうし、家人に子供を託して夫と一緒に兵を率いることだってできそうだ。
現状と全く異なる生活をするなら本人だって気がめいってしまうだろうが、現状に限りなく近い暮らしが出来るならティーナさんも頷いてくれそうに思える。
「……まあ、そんな事を考えてました。俺の姉上も自分に正直な生活をしているように思えます。マイヤー義兄には頭が下がりますよ」
「マイヤー殿は軍人ではありますが兵站を担う人物ですからねぇ。ライザ殿との縁組は確かに合っているとおもいます。そうなると……」
「誰か思い浮かびましたか?」
俺の問いに、笑みを浮かべてデオーラさんが頷いた。
結構エクドラル王国内の貴族事情には詳しいみたいだな。とはいえ、いきなりお見合いは難しいんじゃないかな。
「母上、そんな都合の良い人物がいるのでしょうか? 私から見た姉上はかなり人物に対する評価が厳しいですよ。無条件で絶賛した人物は、レオン殿だけですからね」
「確かにレオン殿なら、ティーナも頷くことでしょう。でもそれは叶わぬこと。私達と比べてハーフエルフ族の寿命は極めて長いのですからね。いつまでも若者のままの夫を見て自分が年老いていくのは残酷に思えます。それに、レオン殿にはナナ嬢がいるのですから」
大きくなったらお嫁さんになってあげると言ってくれるんだけど、それはかなり先に思えるな。とりあえずはそんなしがらみに捕らわれずに独身を満喫していよう。
さて、そろそろティーナさんがやってくるに違いない。
ここで親子喧嘩を始めないで欲しいけれど、場合によっては俺が止めなければいけないのかな?
トラ族の親子喧嘩を止めるとなれば無傷では済まなくなりそうだ。




