E-311 気持ちだけは若い
ふと、目が覚めた。
ベッドには俺1人だから、ナナちゃんはとっくに起き出したに違いない。珍しくナナちゃんに起こされる前に起きることが出来たから、笑みを浮かべながら衣服を調える。
部屋から指揮所に出ると、驚いたような表情をしたレイニーさんが暖炉傍のベンチから俺を見ている。
隣で一緒に編み物をしているのはリットンさんだ。2人ともだいぶ早起きだなぁ……。
「おはようございます。だいぶ早起きなんですね?」
「ナナちゃんから聞いてたけど……。本当なのね。もう、お昼を過ぎてるよ。早く顔を洗ってきなさい。その間にパンを炙っておくから」
リットンさんの言葉に、思わず天井を仰ぐ。
要するに寝坊したってことか! それも常識外れの長さで……。
「レオンの前世は、きっとネコ族ね……」
肩を落として指揮所から出ようとした俺の耳にリットンさんの小言が聞こえて来た。
そうかなぁ? レイニーさんはネコ族だけど結構早起きするみたいだし、ネコ族と似ているナナちゃんも早起きだ。だけどヴァイスさんが早起きだとは聞いたことがない。案外俺より寝坊助なんじゃないかな。
顔を洗って指揮所に戻ってくると、お茶とジャムを塗った焼けたパンが俺を待っていた。
会議用テーブルで、朝食兼昼食を頂く。
夕べは宴会だったからなぁ。エクドラさん監修の美味しい料理をたくさん食べたし、だいぶ飲んだ気もする。たっぷりと寝たことで酔いは冷めたみたいだ。
「夕食後に、皆が集まります。戦の報告と、今後の計画を話してくださいね」
「了解しました。今後の計画は、魔族対応と俺達を認めた王国との付き合い方としますが、追加することはありますか?」
レイニーさんが首を傾けて考え込んでいる。
そんなレイニーさんをちらりと見たリットンさんが、俺に体を向けた。
「私から1つ。砦を去ってから10年を過ぎているわ。一緒にここまでやって来た兵士はまだ現役だけど、ここで兵士になった人達の中にはそろそろ現役を引退する歳を過ぎた人達もいるの……」
「老後の対応ですね? それも皆で話し合いましょう。基本は今までの労苦に感謝して悠々自適の生活を送って貰えば良いと思います。ですが全く仕事をしないのでは老いを早くすることになってしまいます。
どうでしょう。ビーデル団と似た組織を作っても良いように思えるんですが?」
今度はレイニーさんまで俺に顔を向けて来た。
ちょっと驚いているようだな。
「あの秘密組織ね? エクドラさんの話では結構色々と頑張ってくれてるみたいだけど……」
「子供達と老人がそれぞれ秘密組織を持つのね! そうなると、若者達から不満が出るかもしれないわよ」
それも分かる気がするなぁ。
となると、子供達、青年達、大人達、そして老人達の組織が出来るということになるんだろうか。
そんなに秘密組織が乱立したら調整が出来なくなりそうに思えるんだけどなぁ。
俺が食事を終えたのを見て、リットンさんが手招きしている。
お茶のポットを暖炉から下ろしているから、編み物の手を休めて先ほどの話をもっと詰めたいということかな?
「年代に応じた組織ということですか?」
「案外、国会よりも機能するかもしれませんよ。年代によって共和国に対する要望が異なるでしょうから、そこで出てくる課題を国会で調整するということも出来そうです」
「国会の議員にするのも良さそうですね。レオンの言う通り、年代によって考えは大きく異なるでしょうし、そんな不満が大きくならないような工夫も必要でしょう」
「老人組はマクランさんに任せれば直ぐに出来るんじゃないかしら? でも成年組と大人組は考えてしまうわ」
「そもそも、青年と大人の区別はどうするの? まだまだ青年だと思っている人達だっているでしょう?」
それを議論するのもおもしろいかもしれない。これから雪が積もればそれほど動けなくなるからなぁ。丁度良い暇潰しにもなりそうだし、何といってもこの国の将来に関わることでもある。
あちこちで集まって、色んな人達がこの件について話し合うんじゃないかな。
「結婚したら大人組で、成人したら成年組で良いんじゃない?」
「そうなると、私達は成年組ってことになるわよ?」
とうに30を過ぎているからなぁ。確かに青年とは言えないんだろうけど、ヴァイスさんは喜びそうだ。
「やはり歳を考えませんと……。成人を過ぎたら成年組、結婚したなら大人組、結婚しなくとも30を過ぎたら大人組ぐらいにしないと、ヴァイスさんが成年組で活躍しそうですよ」
「老人は50歳を目安にすれば良いでしょう。年齢で分けた方が皆が納得できると思いますよ。でも結婚したなら……、というレオンの考えには賛成します」
「ビーデル団には男性と女性に分かれているのよ。その辺りも考えた方が良いかもしれないわ。あの秘密組織、結構うまく機能してるみたい。エクドラさんが気に入っているらしく、たまにお菓子を差し入れているそうよ」
「小さい子の面倒まで見てくれてるんだからなぁ。確かに頭が下がる思いだ。子供がビーデル団に入団すると、奥さん達も仕事が出来ると言っていたからありがたい話だよ」
組織運営がうまく出来るんだから、そのまま上の組織に入っても問題は無いだろうし、新たな組織でも頼りになる存在になるんじゃないかな。
成年組はそれで良いとしても、残りは大人組と老人組だ。
老人組は未だに元気いっぱいのマクランさんが頼りになりそうだけど、大人組を上手く運営してくれる人物を探さねばならない。
・
・
・
夕食後に、いつもの連中が集まって来た。
副官達も一緒なのは、やはりブリガンディ王国の終焉の顛末を聞きたいということ何だろう。
ワインで、勝利の乾杯をしたところで俺から戦の状況を詳しく報告した。
王都の住民数万人の内、生存者が千人を超える程度だと話したところで皆の顔に驚きの表情が浮かぶ。
半数近くは生存していると思っていたのだろう。魔族が共食いをするのは分かっていても王都の老若男女が食料となっていたというのは、予想通りではあるのだが……。
「3つの国がフイフイ砲で爆弾を放ち、俺達は石火矢を発射しました。王都の城壁内は大火で多くの建物が焼け落ちました。さすがに宮殿と王宮は焼け落ちるようなことはありませんでしたが、砲撃で破損が著しいです。最後に魔族の掃討をしながら財宝を運びだし、それを4者で分配してきました。それが俺の後ろにある木箱3つになります。硬貨については金貨と銀貨を分配し、銅貨については貴族連合ということにしました。金貨がおよそ100枚。銀貨は300枚を超えています。これはマーベルの国庫にそのまま入れたいと思っています。
財宝の分配にはヴァイスさんが参加してくれましたので、ヴァイスさんから披露して貰いましょう」
皆が呆れた表情でヴァイスさんに顔を向けたのは仕方のないことだろう。
俺も見てないんだよなぁ。席に戻って、パイプに火を点けるとヴァイスさんが笑みを浮かべて木箱からお宝を取り出すのを見守ることにした。
「ちゃんと選んできたにゃ。大きいのより小さい方が良いとレオンが言ってたし、ナナちゃんがなるべく綺麗な物を選ぶように助言してくれたにゃ。先ずはこれにゃ!」
取り出したのは象嵌の入った宝石箱だった。宝石を入れる箱に宝石をちりばめるというのもおかしな話だけど、確かに小さくてきれいな品だ。
ガラハウさんが手を出しているのは、良く見せて欲しいということなんだろう。
数人がリレーしてガラハウさんに届けると、くるくると宝石箱を動かしている。
「やはりドワーフ族の作じゃな。ここを押しながら、こっちを押せば……、ほら開いたぞ!」
パカッ! と蓋が開くと、中には十数個の宝石が入っていた。
これも一緒ということなんだろうな。
「ガラハウさん。それでどの程度の額になるのでしょう?」
エクドラさんはマーベルの財政官でもあるからなぁ。だけど、俺達だってその金額を知りたいところでもある。
「そうじゃな……。宝石箱が金貨30枚。宝石は良くカットされているから1つ金貨5枚から10枚というところじゃな。中々目利きが出来ておる。次は何じゃ?」
慌てて、メモを取り出して品名と鑑定額を記入した。
最初からかなりの高額品だ。
「次はこれにゃ!」
今度は金細工のカップだった。2組あるようだけど、ガラハウさんの鑑定結果は金の重さそのものだった。それでも金貨20枚なんだからなぁ。美術品としては、傷とへこみで評価額が落ちてしまうということだから、区分けしておいた方が良いのかもしれない。
ヴァイスさんが次々と取り出す品を、皆が興味深々で眺めている。三分の一は傷や一部に欠損があって価値が落ちるようだけど、それでも鑑定額の積算額が金貨換算で3桁を越してしまった。
3箱が全て空になった時の積算額は金貨800枚を超えていた。
その値を教えると、皆が一斉に溜息をもらす。
先ずはワインでも飲んで頭をはっきりさせよう。
ナナちゃんが皆のカップにワインを注いでくれたところで、レイニーさんが口を開いた。
「傷や一部が欠けている宝物は、エディンさんに引き取って貰いましょう。残った宝物はマーベルの国庫に納めておけば将来大きな金額が必要になった時に備えられます」
「売却ってことか? なら数点引き渡して欲しいぞ。他国のお宝も良いが、新たなお宝を作るというのも面白そうじゃからな」
「金貨も沢山ありますから、こっちの傷物をガラハウさんにお渡しします。ガラハウさんが新たな宝物を作った残りをエディンさんに引き取ってもらいましょう」
お宝の使い道なんて、金貨に替えるぐらいしか思い浮かばないからね。
ガラハウさんなら、いろんな品を作ってくれるんじゃないかな? それがマーベル共和国の本当のお宝になるに違いない。
他の連中も頷いているぐらいだから、やはり俺と同じ思いなんだろう。
ネコに魚と宝石を与えたなら魚に飛びつくのと同じで、価値判断が出来ない俺達だからね。
「次は、来年の計画ですが……」
後はいつも通りの会議になる。と言っても長城計画と新たな開墾場所ぐらいの話になってしまう。
とはいえ、これは皆が実際に体を動かすことでもあるから、真剣に話を聞いてくれた。
納得顔の連中がワインを飲んだりパイプを楽しみ始めたところで、レイニーさんが新たな取り組みについて話を始める。
「あの秘密基地を、私達も持てるということですか!」
エルドさんの大声に、皆がうんうんと頷いている。
やはり子供達が羨ましく思っていたに違いない。そういう意味では皆、気持ちだけは若いってことなんだろう。
「空いてる長屋を探さねばならんな」
「いっその事、新たに作ったらどうだ? それに男連中と女連中では話が合わんからなぁ。別建屋ってことも考えねばならん」
隣同士で色々と話し始めた。
さすがに今夜だけで調整が出来るとは思えない。
「3日後に再びこの件について、話をしましょう」とレイニーさんが言い出さなければこのまま朝まで騒ぐに違いない。
翌日。朝食を頂きにナナちゃん達と食堂に行ったら、テーブルのあちこちでいろんな話が行われていた。
今日、明日は仕事にならないかもしれないな。だけど最低限、魔族の監視だけはしておかねばなるまい。




