E-306 戦後処理は課題が多い
どうにか夕暮れまでに宮殿の掃討を終えることができたのだが、数名の負傷者を出してしまった。
潜んでいたのが、トカゲ族やホブゴブリンだったからだろう。
ゴブリンならどうにでもなるが、さすがに鎧を着た魔族ともなると倒すのが面倒だ。
「これで、帰れそうだ。今夜はエクドラル軍の指揮所で事後処理についての会議になるんだが、エニル達は引き続き宮殿の監視を頼む」
「まだ潜んでいると?」
「さすがに可能性は低いだろうけどね。万が一に備えておけば遅れを取ることはない。とはいっても、1個小隊で十分だろう。ところで、生存者達は?」
「一か所に纏めるということで、エクドラル王国軍が連れて行きました」
俺達や貴族連合軍ともなれば、色々と問題が出ると思っての処置だろう。グラムさんも苦労するな。とはいえ、ありがたいことでもある。
現場をエニル達に任せて荷車傍に焚かれた焚火に向かい、ベンチに腰を下ろす。
ナナちゃんはヴァイスさん達と一緒に焚火で干魚を炙っているようだ。良い匂いがここまで漂ってくる。
「これで終わりだな。それにしてもだいぶ貯め込んでいたようだ」
「傭兵を雇うという考えは無かったんでしょうね」
ティーナさんが俺の隣に座ると、ユリアンさんが俺達にカップを渡してくれる。
ワインが入っているから、ユリアンさんが近くにあった木箱に腰を下ろしたところでカップを掲げて一緒に頂く。
「後は兄上達に任せれば良いはずです。ブリガンディの東と西の領土がそれぞれエクドラルと東の王国の版図に加わりますが、街道を維持するということが目的ですから貴族連合としてもありがたい話でしょう。長城建設で住民の収入も増えるでしょうし、長城が完成すれば北の大地の開墾が始まると思いますよ。農家の次男、三男達が土地を持てるようになります」
「エクドラル王国もそのように動いているそうだ。特にマーベル国の南に入植希望者が多いと聞いたぞ」
「政庁の北よりも安全だと噂があるようです。それは王国軍を誹謗しているようにも思えるのですが?」
「長城が出来たなら、王国軍を信頼してくれるだろう。要は結果だからな。噂は信用置けるものではないが、現状では私もマーベル国の南が一番安全だと思う」
東にはレイデン川が天然の要害を作ってくれているし、北に俺達の国がある。さらに南には貿易港や国境の関所があるからなぁ。駐留軍だけで2個中隊ほどになるんじゃないか。確かに安全な場所ではあるんだが、開墾する土地は姉上の嫁いだ貴族領になるはずだ。治安はだいじょうぶなのだろうか? ちょっと心配だな。
「それで、私達は今後もマーベル国に?」
「父上と相談だな。母上が話があると言っていたのも気になるところだ。さすが本国の王宮務めということにはならんだろうが……」
思わず笑みを浮かべてしまった。
デオーラさんがティーナさんを呼び寄せているということなんだろう。となれば縁談ということになるはずだ。
さすがにいつまでも自由気ままに軍隊で過ごすことは出来ないだろうな。
この戦を1つの区切りとして貴族の妻としての暮らしが始まるのかもしれないけど……。ティーナさんにそんな暮らしが務まるのだろうか?
思わず、ユリアンさんに視線を向けたら、苦笑いを浮かべて首を振ってくれた。
やはり……。思わずため息をもらす。
お転婆姫様はどこまでも続くに違いない。そんなティーナさんを貰ってくれるような殊勝な人物エクドラル王国にいれば良いんだけどねぇ……。
「どうした。2人とも? あまり嬉しそうではないな」
「いやいや、今後の事を考えると色々と課題が見えてきましたので……」
とっさに適当に話を濁したら、ユリアンさんまで一緒になって頷いている。
考えることは同じってことだな。確かに今後の問題ではあるんだが。
2杯目のワインをゆっくりと味わいながらパイプを楽しんでいると、伝令の少年がエクドラル王国軍の指揮所に来るようにとの通信があったことを知らせてくれた。
さて出掛けてみるか。今後の対応についての基本事項は戦前に終わっているからね。戦の結果見ての修正ということになるはずだ。
伝令の少年にナナちゃんを呼んで貰うと、しばらくしてナナちゃんが走って来た。
「エニル! 出掛けて来るぞ。後を頼む」
「了解です。1個小隊を待機させ、トラ族兵士1個分隊が巡回しております」
エニルの答えに頷くと、ベンチから立ち上がる。
ナナちゃんと一緒に歩きだしたら、後ろからティーナさんが付いてきた。
4人での参加ということになるのかな?
エクドラル王国軍の指揮所は貴族街の一角に作られている。
大きなテントだから結構目立つんだが、テントの周囲にいくつもの焚火が作られている。焚火には数名の兵士が待機しているから、グラムさんもまだすべてが終わっていないと思っているのかもしれない。
「マーベルのレオンだ。連絡を受けて参じた次第」
テントの入り口に立っていた屈強なトラ族兵士にそう告げると、すぐにテントの入り口を開いてくれた。
テントの中には大きなテーブルが運ばれ、十数脚の椅子が並んでいる。
正面にグラムさんが2人の副官を従えて座っていたから、軽く頭を下げると腕を伸ばして正面の席に座るよう促してくれた。
俺の左手にナナちゃん、右手にティーナさん達が座ると、すぐにお茶のカップが出てくる。
「ご苦労だった。もうすぐ東の連中もやってくるだろう。王宮にもかなりの魔族が潜んでいたが、宮殿の方は?」
「やはり潜んでいました。負傷者が出てしまったのは俺の考えが少し浅かったと反省しているところです」
「トカゲ族にホブゴブリン……。確かに面倒な相手だ。ワシの方は戦死者まで出してしまったぞ。負傷者で済んでいるのだから、やはり用兵の腕は確かということなのだろう」
「まだ残ってはいるのでしょうが、王都の城壁内に魔族達の食料があるとも思えません。これで陣を畳んで良いように思えます」
「それは、4軍が揃ってからの判断で良いだろう。話をすれば……、足音が聞こえて来たな」
テントの出入り口が開かれ、兄上達東の部隊が中に入って来た。
人数が8人と多いんだけど、東の王国と一緒だからだろう。それぞれテーブルの左右の席に座ったところで、兵士がワイン用のカップ運んできた。俺達の前にカップを置くと続く兵士がワインを注いでくれる。
グラムさんがカップを持って立ち上がったので、俺達も後に続いて立ち上がる。
「王宮それに宮殿の魔族掃討を終えた。ブリガンディ王都を蹂躙した魔族は我等の手で討ちとった。一国では不可能に思えても、連合を組めば2個大隊を越える魔族を相手に勝利できるのだ……。乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
一息にワインを飲み干し、テーブルにドン! と音を立てて置く。
「グラム殿を通して、貴族連合、マーベル国とも知り合うことが出来た。爆弾の作り方は教授して貰ったが、マーベル国のあの兵器を教えて貰うことは出来ぬのかな?」
「マーベル国の切り札です。試行錯誤を繰り返して作り上げた兵器ですから、他国への教授は出来ません。フイフイ砲で満足してください」
バイネルさんも教えてくれるとは思っていないのだろう。だが、宮殿や王宮の破壊跡を見て、その威力をはっきりと知ったということになるんだろうな。
教えてくれるなら助かるぐらいの問い掛けなら、俺の答えで満足してくれるだろうし、俺に視線を向けて小さく頷いてくれたから、この件はこれで終わりだ。
「だが、フイフイ砲はさすがに移動するのが面倒だな。小型化を図っても良さそうに思える。カタパルトより数十ユーデ先に飛べばそれなりに使えるだろう」
「ウム……。あの飛距離には驚かされた。石も飛ばせるが、やはり爆弾じゃな。我が王都の守りは鉄壁となるじゃろうと思っていたが、ブリガンディの王宮を見て驚かされたわい。マーベルが覇を唱えることが無いようにしたいところじゃが……、貴族連合、エクドラル王国と今まで以上に国交をせねばならんな」
「マーベル国は小さい。町2つの人口を越えたぐらいだろう。そのような国力で魔族の襲撃を覆さねばならんところに、兵器の工夫がなされているようだ。今回の王都攻撃を見ても、マーベル国の兵器の凄さは皆が理解できたはずだ。だからと言って、マーベル国を今のうちに滅ぼそうなどと考えないことだ。我等も1度マーベル国と戦って敗れている。数倍を越える兵力を持ってもだぞ」
昔の話を出してきたなぁ。今でも恨んでいるんだろうか?
おずおずとグラムさんに顔を向けると、視線を感じたのだろうか俺に顔を向けてにやりと笑みを浮かべてくれた。
「バイネル殿、マーベル国の建国には私の弟も関わっている。オリガン家の名を汚すようなことがあれば、私が眷属を率いてマーベル国の前に立つことになろう。先の事は分からぬが少なくとも百年はこの関係が続くに違いない。その間にマーベル国と同様に兵器の工夫をすれば良い」
「先を憂いるにしても早すぎるということか……。確かに。年を取るとなぁ、どうしても物事を悪く考えてしまうのじゃ。レオン殿、年寄りの戯言として聞き流してくれぬか」
「バイネル殿の御心配は十分に理解しております。マーベル国は御存じの通りブリガンディ王国から迫害を受けた獣人族によって建国しております。ブリガンディへの恨みは根深いものがありますが、他の王国に対してそのような感情は持ちません。とは言っても、我等を攻めることがあれば相応の対処を考えております」
「感謝する。我が王国が攻め入るようなことはないじゃろう。国王陛下にはこの度の4つの王国の同盟関係を長く続けるよう具申するつもりじゃ」
バイネルさんの言葉に、皆が笑みを浮かべて頷いている。
この場で更なる同盟関係を続けるための協定を結ぶことは出来ないが、国に戻れば王宮内でその話を上程することも出来るだろう。
後は国王と外交を司る連中に任せておけば良いはずだ。
たとえ、ある程度の制約があったとしても、それは現場の裁量で何とかなるんじゃないかな?
「先ずは簡単な課題から、始めよう。宮殿と王宮から運びだした宝物類だが、事前の取り決め通りに4分割でよろしいな。とはいえ重さで分配するわけにもいくまい。各陣営から代表者を出して順番に1つずつ選ぶことにしたい。時間は掛かるが後にしこりは残らんはずだ。硬貨類は、金貨、銀貨を4分割。残った銅貨は貴族連合に渡そう。ブリガンディ硬貨は鋳つぶすしかない。それなら金銀貨で十分だろう」
グラムさんの提案に誰も異議を挟まない。
統一硬貨というわけにはいかないんだろうな。ありがたく頂いておいて、エディンさんに両替して貰おう。
続いての課題は、保護した王都の住民達の処遇についてだった。
これは面倒なことになりそうだな。
地下の下水道からも結構な数の住民を保護したらしく、総数は千人を超える数になるらしい。
それでも王都の総人口の1割にも満たない数だからなぁ。
ガツガツと与えた食事を食べていたらしいが、さてどうしたものか……。




