E-305 少数だが生存者がいるようだ
それにしてもかなり破損しているなぁ……。
砲弾が10発以上着弾しているのだろう。王宮の壁に大きな穴が開いているし、屋根にもいくつか穴が開いているのが見て取れる。さらに新型石火矢の着弾結果によるものか、今でも壊れた窓から煙が上がっていた。
「マーベルと争うと、王宮もこうなるのか……。いつまでも友好を保ちたいものだ」
「国王陛下もそれを知っているのでしょう。王宮内の貴族の意見も聞かずにマーベル国と同盟関係を築こうと動いているようです」
エクドラル王国の国王は、先を見ることができるということなんだろう。
俺達にとってもありがたいことだ。
俺達の兵器を必要以上に欲しがることもない。どちらかと言うとグラムさん達軍人が同じような兵器を作ろうと動いている感じにも思える。
「拠点攻撃に使えばこのような戦になってしまいます。平原で使うとすれば、もう少し工夫がいるんですけどね。それも何とか出来ましたから大砲をいくつか作っているところです」
「1門でこの状況だ。10門も使ったなら王宮が瓦礫に変っていただろう。マーベル国はそれをもって周辺の王国を侵略しようとは考えないのか?」
またその話になって来た。
くすぶっている木片を手に取り、パイプに火を点けて王宮に目を向ける。
「全くありませんね。俺達が作ったのは対魔族戦のための兵器です。たまたまサドリナス王国の王都で使いはしましたが、目的は魔族であることに変わりはありません。それに1度でも他の王国に対して軍を進めたなら、周辺王国が一致団結して俺達を滅ぼすでしょう。高性能の兵器を持ってはいますが、そもそも国力が他の王国と比べて百分の一にも達していないんですから」
エクドラル国王はその事実をしっかりとつかんでいるに違いない。
藪を突くようなことをせずに、俺達を利用しようと考えているようだ。
「大砲は無理でも、石火矢は何とか教授出来ぬか? マーベル国の西の尾根での戦では1度に数十を放っていたが、魔族相手には一番に思えるぞ」
「フイフイ砲で我慢してください。それに爆弾はエクドラル王国軍でも生産できているようです。その上で爆弾運用の工夫までされていますから、十分に思えますよ。魔族相手に戦う時には、同盟軍としてマーベル国から1個中隊を参加できるようにします。彼らに石火矢を持たせれば、ティーナさんの考えに沿った運用ができるでしょう」
姉上がエクドラル王国の貴族に嫁いだからなぁ。
姉上の魔道具作りは、サドリナス王国で天才とまで言われていた。俺もバングルをありがたく使っているからね。
魔道具を装備した新たな兵種がエクドラル王国に誕生するかもしれない。
それによって魔族相手の戦に多大な影響を与えるとは思えないが、戦力の底上げは出来るはずだ。
白兵戦の最中に、素早く負傷か所の手当てができるだけでも戦いを有利にすることができるだろう。
「それにしても、これだけ破壊された状態でも無事な美術品があるものだな」
軽装歩兵が次々と金目の品物を運び出している。
たぶん瓦礫の下にも埋もれているのだろうが、それは度外視したほうが良さそうだ。旧サドリナス王国の住人達で探しだして、暮らしの足しにすれば良い。
「あれを売って傭兵を雇えば良かったんでしょうが、欲に囚われた人物は手元のお宝を手放すことが無いのかもしれませんね」
「数点で満足できないということか? 自分の命とお宝とどちらが大事なのか分らんようではなぁ……」
金に心まで囚われていたのだろう。そんな連中だからこそ獣人族への差別的な教義を受け入れて迫害してきたということになりそうだな。
貴族であるなら、金ではなく住民を第一に考えるべきだ。
その過ちが、この状況ということになる。
「第5班からの伝令です! 『地下室で200人程の生存者を発見。指示を乞う』とのことです」
「了解。2つ伝令を頼む。1つ目は軽装歩兵の小隊長宛だ。『貴族館の庭に生存者を移動する。200人分の食事を用意し、2個分隊の警備兵を付けること。生存者に不審な動きがあればその場で処刑することを許す』、次は第5班だ。『貴族館に生存者を移動せよ』、貴族館の位置を教えるんだぞ。以上だ」
しっかりとメモを取っているから、ちゃんと連絡してくれるだろう。
マーベル国の少年達は、礼拝所でしっかりと文字の読み書きと計算を習っているからなぁ。
「マーベル国では、誰もが文字の読み書きができることだな。エクドラル王国ではそこまで進んでいないようだ」
「礼拝所の神官殿が子供達に教えていましたね。どんな村にも礼拝所はありますから、教団との調整次第の思えますが?」
「その辺りが中々難しいと父上が言っておった。教団は神への祈りの場であって教育の場ではないそうだぞ」
その祈りで誰が報われるのだろう? 案外神官達だけなんじゃないかな。
俺達の国作りでも、その辺りは十分に考えねばなるまい。
新たな神官がやってこないとも限らない。
「まだまだ生き残りの住民がいるだろうな。王都に暮らしていた一般住民なのか、それとも王侯貴族なのか……」
「たぶん後者になるんでしょうね。王宮内には一般住民が入れなかったかもしれません。一般住民が生存しているとすれば王都内の下水道が考えらますが、魔族が王都内に入ってから3か月ほど経過していますから……」
「生存は絶望的だな……。だが、探すことになるだろう」
身分制度は格差を生む。それが生死を分けることになるんだからなぁ。
もっとも助け出した生存者が必ずしも幸せとも思えない。
今後は自分達で暮らしていかねばならないのだ。
誰も他者の為に鍬を使って耕すことはない。自分のことは自分で行うことが今後の定めだからね。
果たして今年の冬を乗り切ることができるのだろうか?
エクドラル王国がわずかな援助は行いと言っていたが、マーベルからは一切援助は行わないし、兄上も援助は断るんじゃないかな。
「それにしても掃討に時間が掛るな。半日で終わると思っていたのだが」
「1部屋ずつ慎重に進めているのでしょう。既に死兵となった魔族ですから、適当に進めると思わぬ被害が出てしまいます」
俺達の後方で1個小隊を率いているエニルのところには、伝令が結構やってきているようだ。
美術品の運びだしに駆り出されているみたいだな。
今のところは、援軍の要請も無いようだが、各班に3人ずつ銃兵を同行させているようだ。たまにくぐもった銃声が聞こえてくるのは、残敵掃討が上手くいっているということになるのだろう。
「銃を室内で使うのは案外良さそうに思えるな。10ユーデほどなら私にも当てることが出来るだろう」
「ですが、1発だけです。2発ならば今回のような掃討には十分に使えるでしょうね」
確かに1発よりは2発の方が安心できるだろうな。
かといって、俺達の拳銃をあげるのも問題がありそうだ。薬莢式に置き換えているからね。ガラハウさんに話して、試作途中の拳銃をもう1度作って貰おうかな。
それで満足してくれれば助かるし、それを改良した長銃を作るぐらいは問題はないだろう。
とは言っても、2発放った後の再装填は面倒だろうな。
ちょっと待てよ……。
他国の持つ銃兵の長銃は半ユーデより少し長い銃身に、火薬を詰めてから丸い弾丸を入れて更に布切れを詰めて棒で押し込んでいるはずだ。
カートリッジという、火薬と弾丸を一緒に包んだ品が工夫されたことで装填はかなり容易になったようだが、数発撃つ度に銃身内を掃除するのは相変わらずらしい。
カートリッジに入れる弾丸を、小さくして数発入れてはどうだろう?
オーガには効かないかもしれないが、ゴブリン相手なら十分に思える。たとえ3発だとしても、銃身が2本なら短時間で6発の銃弾を放つことになる。
1個分隊なら60発になるだろう。1個小隊なら240発……。これは試してみる価値がありそうだな。
忘れないうちにメモに書きとめていると、ティーナさんが首をかしげている。
「新しい銃を考えたんですよ。既存の銃と構造はそれほど違いません。効果があるとティーナさんが判断してくださるなら、エクドラル王国軍に作り方を教授しますよ」
「レオン殿の考える効果とは?」
「1個小隊で240発を短時間に放てる長銃です。ただし、あまり距離があると威力は低下するんじゃないかと」
2人がかなり驚いていたが、やがてティーナさんが咳払いを1つしたところで俺に問いかけてきた。
「1個小隊の銃兵が放つ銃弾は40発。次発には少し間があるはずだ。どうやったら240発を放てるのだ?」
「正確には120発が同時であって、放った後に時間を掛けずに次発が可能ということなんですけどね。マーベルに戻ったら試作してみますから、出来たらお目に掛けますよ」
2人とも首を捻っているな。
俺の持つ拳銃と同じような構造のライフル銃が出来たなら次々に銃弾を放てるのだが、ガラハウさんもこの拳銃を作るには苦労したようだからなぁ。さすがに銃兵の持つライフルをこのような回転する弾倉を持つ長銃を作るのは難しそうだ。
ボルト操作で1発ごとに銃弾を装填する現状のライフルを長く使うことになるんだろうな。
「退け退け!」
担架で負傷兵が運ばれてきた。
やはり魔族がまだ隠れているということなんだろう。これが最初で最後だと良いんだが……。
「やはり潜んでいたということか!」
「逃げ遅れた魔族なら良いですが……」
士気は最低なんだろうが、見つかれば殺されるというのが魔族でも分かるのだろう。劣勢でも武器を振り上げて襲って来るに違いない。
「応援の要請は来ていませんから、纏まってはいないようですね。明日は館に火を放ことになるでしょう」
「これでサドリナス王国は歴史に埋もれることになるのだろう。破壊された王都に住む住民はいないだろうし、残材は長城に使われるとなれば、王都がどこにあったのかも分からなくなるに違いない」
「寂しい話ですね。我等の王都がそのようにならぬとも限りません。そうならぬよう努めるのが我等貴族の務めになるのでしょう」
王国の栄枯盛衰は世の倣いとも言われているが、確かに滅びた王国の話には寂しいものがある。商人達が利用している街道でさえ、過去に栄えた帝国の遺産らしいけれど、その帝国の帝都がどこに作られたかを示す文献は無いようだ。
早く忘れたいとの願いで帝国に関わる記録が抹消された可能性もあるんだが……。案外、神殿には残っているんじゃないかな。
ブリガンディの4つの神殿は破壊されたようだが、過去の記録も一緒に灰になってしまったのだろうか。
破壊を繰り返すことで、過去の歴史が消えていくんだろうな。
現在を生きることに精一杯の俺達には、過去に目を向ける機会がほとんどないのだが、無くなった記録は元に戻すことができない。
たとえ凄惨、悲惨な記録であっても、歴史に多大な影響を与えた貴重な記録であることは確かだ。
王宮と神殿に再度火を放つ前には、燃え残った書物を確保してからと進言しておいた方がいいのかもしれない。




