E-300 抜け道を通れる魔族と通れない魔族
フイフイ砲の放った爆弾2発の炸裂を合図に、一斉に兵士が通りを北に向かって駆け出した。
直ぐに塀際に取り付いた兵士が小型爆弾を塀の向こうに投げる。
小型爆弾の炸裂を待つことなく急ごしらえのハシゴが掛けられ、連続した炸裂音の中兵士がハシゴを登って行った。
直ぐに通りを隔てる門が開かれ、足止めされていた兵士が雪崩を打って貴族街に突入していく。
「やはり、魔族がいなかったようだな」
「直ぐに火を放ちましょう。石造りの大きな館ばかりですけどね」
全て石で作ってあるわけでは無い。天井や梁壁の一部には木材が使われているし、家具や絨毯、それにカーテンは火を点ければ燃え出すだろう。
俺達が門をくぐった時には、小さな広場に移動柵を並べ、銃兵達が前方に銃を構えていた。
「館の中に潜んでいるかもしれん。手早く火を点けろ!」
既に兵士達が松明を両手に持って近くの館に走っている。だいぶ石火矢を使ったからなぁ。広場から見渡すだけでも、あちこちの館の一部が崩れている。そこに松明を投げ込めば直ぐに火が着くだろう。
全焼した館は無いようだが未だに燻り続けているところを見ると、一時はかなりの火勢だったのだろう。
「総指揮官殿より連絡です。『火を放て!』とのことです」
「了解だ。見ての通りやっているよ。かなり奥まで来たからなぁ。連絡が何時来るか分からないが、攻城櫓との通信はまだ可能なのかい?」
「だいじょうぶです。南門に近い場所に設置したので、結構見通せます」
しばらくすると、あちこちの館で火の手が上がる。
風向きは相変わらず南風だ。煙がこちらに来ないのはありがたい。
しばらく石火矢発射装置のある荷車近くで弓を手にしていたのだが、魔族の動きがまるでない。
やはり宮殿の裏手が鬼門に思えてくるな。
「エニル、ここからなら宮殿を狙えるはずだ。少し奥に撃ち込んでくれないか?」
地図で宮殿裏手を示す。ちょっと首を傾げていたが、直ぐに頷いてくれた。
これで少しは動きが分かるんじゃないかな。
「貴族街を抜ければ、鉄柵で囲まれた王宮になる。さすがに王宮にはひしめいているのではないか?」
「ここを狙ってみます。東西の城壁にいる弓兵は魔族を見てはいないのでしょうか?」
「ユリアン! 父上に確認を取ってくれないか。それと宮殿裏手に石火矢を撃ち込むこともだ」
もしも潜んでいるとしたら、林の中で動きがあるのが見えるだろう。
そうだ! ついでに兄上にも確認しておくか。
兄上は元王宮の近衛兵を束ねていたから、案外抜け道を知っているかもしれない。
退屈そうなヴァイスさんを見付けたので、使いを頼んだらすぐに頷いてくれた。ヴァイスさんなら兄上を何度か見たことがあるから間違えないだろうし、兄上もヴァイスさんの顔を見たことがあるはずだ。
「王宮から、外へ抜け道があるかどうかにゃ? あったとしたらどこに出るかということと、抜け道の大きさを聞いて来れば良いのかにゃ?」
「それでお願いします。さすがに抜け道を通って俺達の背後に回ろうなどとは考えていないでしょうが、もしそのような問いかけをしてきたなら、場所によると答えておいてください」
「分かったにゃ。それじゃぁ、行ってくるにゃ」
軽く手を上げて笑みを浮かべると、後方に向かって駆け出して行った。
これだけ破壊したんだから、ここに住もうなんて考えてはいないだろう。もしあるとすれば兄上が教えてくれるに違いない。
それにしても、今回の戦は待つことが多すぎる。
近くの松明を使ってパイプに火を点ける。
王宮の鉄柵まで、200ユーデほどだ。地中に十字路が1つ見えるけどあそこに陣を引くのは夕暮れ近くになるだろう。
貴族館の石壁が、炎に炙られて倒壊する音があちこちから聞こえてくる。
立派な館だが、もったいないということは言わないでおこう。
魔族が潜んでいたなら、兵士が死傷することだってあるからな。
パイプを咥えながら通常型の石火矢が白煙を上げて飛び去る姿を眺める。
これで十数発にはなっただろう。まだ連絡が来ないところを見ると、俺の予想は今回外れたのかもしれないな。
昼近くになって、グラムさんからの通信が届いた。
『魔族が蠢いている』との短い内容だったけど、直ぐにエニルに石火矢の発射を続けるよう指示を出した。
多分東西両軍も今頃はフイフイ砲を移動しているに違いない。
叩ける場所にいるなら、十分に叩いておいた方が俺達の被害を少なく出来る。
「帰ったにゃ!」
大声を上げてヴァイスさんが兄上の陣から戻ってきた。
ティーナさんも気が付いたらしくこっちにやって来る。テーブルの上に王都の地図を乗せると、直ぐにヴァイスさんの説明が始まった。
「王宮の右手に祠があると言ってたにゃ。その祠にある女神像の台座の後ろが動かせると言ってたにゃ。抜け道は堀を隔てた北東にある小さな林に通じてるにゃ。古いお墓の石板が中から開けられると教えてくれたにゃ」
「この辺りということか……。堀があるから、西には移動することは無さそうだが、東は場合によってはやってこないとも限らないぞ」
「1個小隊で様子を探りに行かせてたにゃ。それと、抜け道は2人が並んで歩ける程らしいにゃ。高さは2ユーデもないとも言ってたにゃ」
確定したな。オーガやトロルはまだ王都にいることになる。
そんな抜け道を大勢が通れるわけもないだろうから数千体はまだ残っていると考えるべきだろう。
厄介なことになったものだ。
現在は貴族街が延焼中だから、魔族であってもあえて炎を越えてくるようなことは今のところ無いようだ。
貴族街を抜けて、王宮の鉄柵にたどり着いた時からが魔族との本格的な争いになるに違いない。
移動柵を並べる時間があるだろうか? あるとしたならどこに並べよう……。
燃え続ける貴族館を眺めながら考える。
王都に入ったことはあるけど、3日程度だからなぁ。王宮の柵ぐらいは見ておくべきだったかもしれない。
あまりふさぎ込んでいると士気にも関わる。ここは地図でも見ながら悩むとするか。
「レオン殿、東の軍からオリガン殿がいらっしゃいました」
伝令の声に後ろを振り返ると、笑みを浮かべた兄上が副官を連れて立っていた。
直ぐにベンチを勧めると、ナナちゃんにお茶を頼む。
「連絡してくだされば、俺が向かいますよ。状況は御覧の通りです。グラム殿の確認を元に、宮殿裏の林に石火矢を撃ち込んでおります」
「中央を攻撃する手段を持つのはマーベル国だけだ。少しでも魔族を減らして欲しい。今夜遅くには王宮の鉄柵に軍を進められるだろう。その後の話をしにやって来たぞ」
兄上がメモと筆記用具を用意するように言ったので、直ぐのバッグから取り出して兄上の前に置く。
直ぐにスラスラと描いたのは、宮殿とその王国ある王宮の概略図だった。
「宮殿の通王を通れば王宮に繋がる。その回廊に両側に林があるのはこの地図の通りだ。魔族が林にいるならば、魔族が我等に攻撃を加える経路は、この3つになる……」
俺が一番欲しかった情報だ。
思わず兄上に顔を向けると、いつものように笑みを湛えて俺に頷いてくれた。
「ここまで、3軍が協力してきたのだ。宮殿を東西に迂回する魔族は、東西の軍がそれに当たれば良い。マーベル国はこの中央回廊から出てくる魔族に当たれば問題はあるまい。宮殿内部の回廊は荷馬車がすれ違えるほど広いぞ。この通りの横幅ほどになるんじゃないか」
「それなら何とかなりそうです。鉄柵に取り付いた段階で、宮殿入り口に石火矢を放ては回廊の一部を破壊できるでしょう。それだけ押し寄せる魔族の流れを緩やかに出来ます」
「ウム、マーベル国の兵士は精鋭揃いだ。こちらにやって来る魔族が少ないようなら応援を出そう。頑張れよ! ……レオンからの伝令で古い墓の偵察を行ったが、続々と魔族が出てきているようだ。既に北に向かって長い列が出来ているとのことだ。奴らを強襲するのは容易だろうが、それは止めておこう。王都から逃げ出す魔族が増えれば、それだけ私達の戦が容易になる。グラム殿にも知らせたが、同じ考えだったぞ」
「オリガン家の恥になるようなことは致しません。ぶつかるのは明日でしょうが、笑みを浮かべて兄上に会えるよう努力するつもりです」
俺の言葉に、ますます笑みを深めて頷いてくれた。
兄上が席を立つと、俺の肩をポン! と叩く。傍にいたナナ茶案の頭を撫でると、「頼んだよ!」と声を掛ける。
一生懸命首を振っているから、ティーナさんがそんなナナちゃんを抱きしめている。
去っていく兄上の背中をジッと見つめる。
やはり兄上の存在は他者とは別物だ。歩くだけであれだけの存在感を周囲に築かせるんだからなぁ……。
「どうしたのだ? 急に笑みを浮かべて。やはり兄上と会えてうれしいということか」
「それもありますが、どうやら俺の推測が当たったようです。魔族は逃走を始めてましたよ。それと、これを見てください」
鉄の柵から宮殿までは150ユーデはありそうだ。広い石畳の広場になっているから、数十ユーデ進んだところでマーベル国軍を展開すれば良いだろう。
中央に石火矢を放つ荷車を置けば宮殿のエントランスから溢れ出した魔族をまとめて倒せるはずだ。銃兵の放つ銃弾の有効射程圏内だから、魔弾なく浴びせられる。
銃兵だけでなく、弓兵、クロスボウ兵も矢やボルトを放つだろうし、柵を守るトラ族兵士が支えきれない状況になったなら、放炎筒が役立つはずだ。
矢玉が尽きる時にどれだけの魔族が残っているか分からないが、最後は白兵戦になりそうだ。
今の内に短槍を研いでおいても良さそうだな。




