第四十話 闇落ち
いよいよ最終話。
数年経って成長した二人の関係は……?
どうぞお楽しみください。
きっかけは、ルースの背が私を追い抜いた頃だと思う。
視線の微妙なずれが、私に嫌が上にもルースの変化を感じさせた。
そこからはじわりじわりと違和感が加速して行く。
教えなければわからなかった勉強を、すらすらと解けるようになっていく。
苦手だった馬も、私を乗せて余裕で走れるようになった。
剣にかけては、貴族の中では並ぶ者を探すのが難しいと言われる程の腕前になった。
ふくふくしていた頬は精悍に引き締まった。
手足は伸びきり、丸い印象は見る影もなくなった。
子どもから大人、少年から男になっていくルース。
……あの頃の陽だまりのようだったルースはもういない。
今のルースは……。
「あ、シビーラ。待ってたよ」
はぅあ。
きらっきらの笑顔で迎えてくれるルース!
陽だまりどころじゃない、太陽だ。
人懐っこい笑顔が、顔が引き締まった事でとんでもない威力になってる。
微笑みかけられただけで、腰砕けになる令嬢もいるくらいだ。
「こんにちはルース。今日はお菓子を作ってきたわ」
「やったぁ! シビーラのお菓子、大好きなんだよね」
ルース自体は相変わらずのほほんで、自分の外見の影響力に気が付いていない様子。
平静を保つのが精一杯だから、あんまり無邪気に笑わないでほしい……。
「じゃあ部屋に行こうか」
「……うん」
流石にいきなり手を掴んでくる事はなくなったが、何かと手を繋ぎたがるのは変わらない。
これが困る。
剣で鍛えた逞しい手。
それがルースの男らしさを意識させる。
あぁ! もう! シンパーの嘘つき!
触れてればときめきが落ち着くって言ってたのに全然だよ!
「そうだ、結婚式用のドレスがもう少しで出来上がるって」
「もう? 早いのね」
「おじ様が張り切っててさ、おじ様が着せたかった赤いドレスも作って、披露宴の途中で着替えさせるんだって」
おいおい。
トレランス公爵まだ諦めていなかったのか。
私の披露宴の衣装は、スラック侯爵家の推す橙のふわっとしたドレスと、トレランス公爵家の推すタイトな赤のドレスとで真っ向対立。
私の好みで決める事になって、スラック侯爵の案をお願いしたのだけど、トレランス公爵はどうしても私に赤を着させたいらしい。
……迷った私のせいかもしれないけど……。
「きっときれいだろうな、シビーラの花嫁姿」
ひゃう。
もうもう! その顔でそんな嬉しい事言わないで!
幼い時から商人の厳しい世界に放り込まれ、やさぐれてた私には刺激が強すぎるんだ!
「いっぱい幸せになろうね」
「……うん、一緒に幸せになろう」
こうなったら私の経験と知識と底意地の悪さを総動員して、ルースの幸せのために全力を尽くそう。
あらゆる困難と敵を排除して、このルースの無邪気な笑顔がいつまでも続くように。
そのためなら手を汚そうが、人を陥れようが……。
「着いたよ」
「え、あ、うん。ひゃっ!?」
「あー、やっぱりシビーラを抱きしめると落ち着くなぁ」
部屋に入るなり私を抱きしめるルース!
くそ、シンパーのせいでルースは挨拶がわりにこんな風に抱きしめてくるようになってしまった!
やめて、頭の中がふわふわに満たされる!
ルースのための黒い決意が、形を保てなくなる!
「こうしてるだけで僕は幸せだけどね」
「! ……はい」
心を見透かされたような言葉に、身体の力が抜ける。
皆が優しく温かい世界を信じてみたくなる。
……ルースがいる限り、私はたとえルースのためでも闇に落ちる事はできそうにない……。
最後までお付き合い、ありがとうございます。
元々は毎日投稿のための、肩の力を抜いたコメディーだったはずが、なぜ四十話まで行ってしまったのか、これがわからない。
一話ごとの文字数もどんどん増えていきましたしね……。
千文字程度とは何だったのか……。
こんな勢いだけの作品に最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございます!
来週から今度こそ力を抜いたコメディー書きますので、よろしくお願いいたします。




