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エピローグ

 あれから、王宮に無事入れたのはよかったけど。


 昨日、リースルさまやララメル女王と途中まで過ごした衛兵さんたちの詰所近くの部屋が、空いていて使える状態だったのもよかったんだけど。


 それを確認した後、ドレスを片付けにユートレクトの寝室に寄ったら、なぜか私のトランクたちがあの巨大ベッドの脇に置いてあって。


「どうして私の荷物がここにあるの?」

「何だこれは」


 一番大きなトランクの上に、ちょこんと置いてあった封筒をユートレクトが開封すると。




『親愛なる弟と美しき友人へ


 ごゆっくり


 二人の幸せを心から祈る兄夫妻より』




 これだけが書かれた便箋が入っていた。


「およそ大人のすることではないな」


 あきれすぎてため息も出ないという顔で、弟君は恐れ多くもローフェンディア皇太子夫妻からの文を無慈悲に破り捨てた。

 でもね。


「とっても申し訳ないけど、私もそう思うわ」


 クラウス皇太子だけならともかく、リースルさままでこんなことに手を染めるなんて。

 ここに私の荷物があるってことは、リースルさまが私の荷物を移動させるのを許したってことだもの。


 今は……何かいい感じになってるっぽいから笑って済ませられるけど、もしも大喧嘩してたらどうしてくださるのよ。


 今日も時間が時間なので早く寝た方がいいから、必要なものが入っているトランクだけ移動させよう、ってことになって、とりあえず仮面舞踏会で着ていたドレスを急いで片付けた。


 あ、ちゃんとハンガーにはかけておいたのよ。身につけていたものをすぐしまうと、汗なんかが服に染みついてよくないらしいのよね。


 そして、身の回りの道具や書類が入っているトランク(もちろん重い方よ)はユートレクトが、着替えが入っているものは私が、それぞれ転がしていくことになった。

 ドレスや靴、その他奴の部屋に置いておいて問題なさそうものは、明日改めて移動させることにした。


 かなり真夜中なので黙って歩いていると、トランクを曳くごろごろという音だけがあたりに響く。


 こうして二人でいられるだけでも幸せだった。まして、あんなことがあって。

 今夜は眠れるかどうか、それだけが心配だった。


 これから何があってもなくてもいい、ずっとそばにいてほしい。

 そのために私にできることは……


「着いたぞ。今日はもう遅い、早く休め」


 その声を聞くと、別れてしまうことがとても寂しく思えた。


「今日は本当にありがとう、すごく楽しかった。あんたもゆっくり休んでね、病み上がりなんだから」


 けど、そんなことで心を弱くしていられない。


 私はこの人に見合うだけの主君になりたいと思ってきたけれど、今はそれと同じくらい……もしかしたらそれ以上に、この人にふさわしい女性になりたいと思っていた。


 強く、優しく、自分をしっかり持った魅力的な女性になれたら、自然と誰からも信頼される女王になれるような気がした。


 たとえ結ばれなくても、彼に恥じるところのない敬愛される女性に……自分にも恥じるところのない女性になりたかった。


「荷物ありがとうね。おやすみなさい、また明日……じゃなくてもう今日だね」

「……だから早く休めと言っている、さっさと中に入れ」


 返してくれたのは、短い頬へのくちづけと不器用な言葉だった。


 それ以上は何もなかったけど、くちづけを受けたとき顔に添えられた指先から、強くて温かい思いが私の中に流れ込んでくるのを感じた。


 それはまるで、私の悩みや決意を全部知っていて受け止めていることを、言葉の代わりに伝えてくれているようで、これは思い過ごしでも自意識過剰でもないと信じられるほどの力を持っていた。


 ありがとう、これからもよろしくね。

 今はまだ言えないけれど、あなたが好きです、心から。


 ……こうして、私はまた眠れない夜を過ごすことになった。




 翌日。


 『世界会議』も無事閉会式を終えて、他の国の皆さんはそれぞれ自分のお国への帰路に着こうとしていた。


「まあアレク! 帰国の前にお会いできてよかったわ!

 聞いてくださる? 昨日とんでもないことがありましたのよ!」


 閣僚代表だけでなく侍女らしき女性たちも引き連れたララメル女王が、私を見るや否や飛ぶようにこちらに来てくださって恐縮した。


 ララメル女王は昨日のタンザ国王の『悪行非道』を、いまだに怒り冷めやらぬ口調で語り尽くすと、


「いいこと、わたくしたちは、離れていてもお友達ですわよ。そのうち文を送りますから、待っていてちょうだいね!」


 相変わらずの華やかな声で言い残して、つむじ風のように去っていった。


 それを見送っていると、クラウス皇太子がやってきて、


「おはようアレク、昨日はぐっすり休めたかな?」

「おはようございます、クラウス。おかげさまでぐっすり休むことができました」

「それはよかった、あれだけ大きなベッドなら二人でも余裕で休めるだろう。フリッツは紳士的に貴女をエスコートしたかな?」


 昼間から紳士的じゃない話題を持ち出した。


「はい、衛兵さんたちの詰所に近い一室を手配してもらいました」

「なんだ、そういうことになったのか、つまらないな。せっかく私たちがお膳立てを」

「皇太子殿下」


 クラウス皇太子のはた迷惑な感想の続きは、ユートレクトの気圧の低い声にかき消された。


 ふと人だかりができているところを見ると、ホク王子が大勢の淑女に囲まれて嬉しそうにしているのが見えた。


「どうしたのかしら」

「ホク王子が、ローフェンディア騎士勲章を授与される話が広がっているのでしょう」


 ああして女性に囲まれて嬉しそうなホク王子を見ると、やっぱり本当に女性なのかしら、と思ってしまう。


「ホク王子って、本当に女性なの?

 同性に囲まれてすっごく嬉しそうなんだけど。その、女性でもそういう趣味の人は、ああいうものなのかしら」


 私は周囲をはばかって、小声で言いだしっぺの臣下に改めて問うた。


 すると、ユートレクトはあろうことか、肩を震わせて明らかに笑いをこらえている表情になったので、


「ちょっと、どういうことなの、まさか私を騙してたんじゃないでしょうね?」

「いや……おまえほどからかって面白い奴はいないと思っただけだ」


 そう言うと、とうとう人目をはばからずに大笑いし始めた。


「やっぱり騙してたのね!」


 私が最高位の淑女に許されるぎりぎりの声でわめくと、笑いをおさめたまじめくさった顔で、


「そんなことはありません、ご本人に聞かれてみてはいかがです、それが一番確実ですよ」


 なんて言うもんだから、余計いまいましくて、


「できるわけないでしょ!」


 と叫んでしまうと、周りのお偉いさんたちの視線がちくちくと突き刺さった。


 こんなときに限って、姉上の夫であるグラムート王国の皇太子殿下と目が合って慌てて会釈したけど、とても恥ずかしかった。姉上、今回は来てなかったのね、よかった……


「そろそろ昼飯か」


 懐中時計を取り出したほっけ宰相は時間を見ると、人が少なくなってきた大広間を抜けるようだった。

 私は……着いて行っていいものか迷っていると、


「どうした、行くぞ。あそこの水曜のランチは、ほっけの開きなのだ。

 今日はこれでお開きだ、市街地に出ても問題あるまい」


 三歩もいかないうちに、立ち止まってこちらを振り返ってくれた。

 私が一緒なのが当然のように言ってくれたのが嬉しかった。


 私はユートレクトのとなりに立つと、その長いコンパスに合わせた早歩きで大広間を後にした。


 昨日星を映し出していた空は抜けるような青空で、今日も綺麗な星を見せてやる、と笑いかけているようだった。




 (第1部 おしまい 第2部につづく)

長い話におつきあいくださりありがとうございました!

楽しんで頂けたらそれだけで幸せです。第2部もよろしければお楽しみください。

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