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「それでは英雄様方。こちらが中央人王都市帝国兵団本部。通称――――、ユグドラです」
すると談義を証していた帝国兵達はユグドラを目前に几帳面に整列をし始めた。
気の緩み、ひとときの笑みも許されない本部近郊で最も位の低い“帝国兵”はすれ違うすべての軍兵に敬意を表し、悪目立ちしてはならない。
絶対服従の底辺帝国兵の緊張感が僕まで伝播してくる。緊張だけではない怯えの類いも見えた。すると門を目の前にビシッと兵達は足並みを揃えて立ち止まった。
「この先は第三中域に入りますので我々には通過権限がございません。ここからさきはお二方でお進み下さい。このまま直進です」
僕らを目の前に金属門は開かれた。中に続くのは白を基調としたどこまでもまっすぐに建築された壁と軍旗の壁飾り。城門から入ってきた城下町の家屋からは創造も出来ない建築構造の格差と資金源の差別を感じた。
「兵隊さん、ありがとう」
リリィは敬礼する帝国兵を一瞥することもなくその廊下にあっさりと脚を踏み入れる。
もとより高貴な赤のドレスと美しい銀髪が白亜の壁面にマッチしていて床に敷かれた紅色の絨毯を上品に歩くその姿勢に風紀の違いを見せつけられた。
僕は緊張感を持ちながらおそるおそる廊下に脚を踏み入れる。侵入を犯したその要塞には神聖な空気がしみこんでいて雄大が上に圧迫感を感じる。ふれあってみて継ぎ目の統一された石造の社に研磨された汚れも乱れもない人工物には尊敬を覚える。
「リリィ達はこんな息の詰まりそうなところに住んでるの?」
「息が詰まる……ね。確かに大自然を感じてきたのならどこまでも仕切りの中に住んでいるようなモノだけど、脆弱な人間は常に自らを囲ってないと不安なものなのよ」
「立派な家はそれだけ力の象徴でもあると――?」
「まぁ、そういうことになるわね」
等間隔に並べられた軍旗の旗は“大鷲”が刻まれている。所々、アーチ状に組まれたレンガのゲートが横道を形成していて生活感が醸し出されていた。
「今日、お前非番だろ。城下町に飲みに行こうぜ」
「今日は第三中域で豪勢な料理を食べるって決めてたじゃん」
若い男女の生活音。………………と言うよりも話し声だったり、ジューッと弾みの良い音と心躍る匂いの抜ける食料の倉庫。室内なのに水を流れを感じる静寂な音が鼓膜に届いたりと人間の動線をうかがえる。
「移住区と食堂と浴場ね。“要塞”というより宿舎かしら」
「住んでいる人たちは偉い人たちなのかなぁ」
すれ違いざまに見える住人達の人数はごく僅かであったがどの人間からも秀でた“何か”が芯に座っているように見て取れた。
「一般の帝国兵は入れないようだし、おそらくは“特務軍隊”の人間でしょうね」
そのまま脚を止める事なく直進し続けた。どれくらい歩いただろう?
かなりの時間を消耗したと思われるが、この建物は終わりを知らないほどまでに長く続いていた。すると、
「ここから先は王都でございます。厳重な警備体制を施しておりますため、失礼ながら、名を伺ってもよろしいでしょうか?」
室内だというのに再び――、否、再びと言うには見違えるほどの鋼鉄で重壁に閉ざされた行き止まりにさしかかっていた。その壁の前には大狼の肩章をした軍服の女が凜と立っていた。正面に立つ女性もリリィも男を戦慄させるほど暴力的な美しさを放っている。
未だ垢抜けない僕の目には女性と接することの難儀を押しつけられているかのように正しい立ち振る舞いが分からなかった。しかしリリィは間を置くことなく、
「名乗る前にあなたの名は?」
「第四特務分隊秘書官ラベル=トータルでございます」
「私は帝国より命を仰せつかり参った、ジルヴェランド=リリーナと申します」
軽い会釈と供にリリィはドレスの裾に手を添えた。僕は真横でその作法を凝視しても、その振る舞いが何を意味するかは分からない。それでも“優雅”であることだけは無作法ながらに感じ取った。
「タツモリ=アマト。手紙を見て下山してきました」
僕と眼が合った秘書官から感じ取れる気配は冷静沈着で刺されるような視線をしていたのだが、“覇気”と言うものを全く感じなかった。ラベルさんは手持ちのボードを確認しながら何度か僕らを見合わせた。無言の空気に耐えきれなかったのか、間を持てない僕の口は逃げるように動き出す。
「あ、……あの、ラベルさんは戦闘員ではなさそうですね」
「わたしは第四特務分隊に拾って頂いた身なので“才能”はなにも持ち合わせていませんので」
「――ぉっ……そ…………、そういう方もいらっしゃるのですね」
結局、剣呑とする感覚を脱することは出来ない。
「お待たせいたしました。王都。そして王城までの入場権の承諾を確認いたしました。案内いたしますのでついてきて下さい」
調和の取れた白亜の中、無頓着に存在していた光沢の重壁にラベルさんは手をかざした。
接地面から広がる光の古い文字列。僕には読み取ることは出来ないのだが、それがこの壁を動かそうとしているのが分かった。
廊下を不自然に分断していた壁は地面を震動させ駆動をはじめる。
――――ゴゴゴッゴゴッゴゴゴっ!!
開かれたその先で僕が目の当たりにしたのは輝くようにあたりを照らす透明な板に入った光る金属線。継ぎ目のない塗り替えられた橙色の壁、壺の中に美しい花が挿されている。
「――――ぜんぜんっ! 違うっ!?」
僕はまるで異世界に来たような感覚に包まれた。この世で明かりを灯せるモノは“ひ”だけだと教えを受けていた。太陽の光の“日”と時には生物を殺め生活を便利とする多種多様な“火”だ。それなのに今、目の前にある金属はバチバチと微細な音を上げて自らを発光している。それに花を飾る文化が存在するなんて思いつきもしなかった。
「さすが王都。“電気”も完全に配備されていて“ガラス細工”に“花瓶”どれも一流の代物が揃っているのね」
リリィはそのどれも知っているように吟味していた。
「そうですね。リリーナ様のジルヴェランド家の一族、このくらい珍しいことでもないでしょう」
観賞をやめない僕たちを置いていくかのようにラベルさんは進んでいってしまう。
「あのっ……扉を潜ることに格差がある気がします」
僕にはその凄さというのが正確には掴めない。“電気”という単語は確か雷を指しているはずなのだ。その雲に存在する力を人界で操作しているのであればそれは決して人間を脆弱な種族とは言い切れない。
「アマト様、ここから先は“高貴な貴族”も暮らしている生活区になりますので、なるべくお静かにしてください」
「“高貴”? だって、どうしてこんなにも仕切りを造っているのですか?」
僕は人間の心理を問うたのかもしれない。
秘書官の知識に一目置いたのだ。なんの“才能”もないといった彼女が帝国の内地まで入ってきて学んだその人間模様に答えを求めた。人間の区別――――、差別・区分。――それが何を意味しているのかを。
「――私からは口にすることは出来ません。アマト様も人間なのです。いずれここで暮らしていれば分かるでしょう」
ラベルさんは顔をほんのりと暗くさせた。口を強く結ぶと僕の事を睨めつけていてまるで無知な僕の事を恨んでいるかのようだ。
「王宮まではまだしばし続きますのでこの間に簡単に帝国の案内をいたしましょう」
・中央人王都市帝国
人間界で知らない者は居ないと言える絶対王政の国。各地地方への統制を求めた“英雄”引き込む政策を行っていて他国に戦力を持たせず最も天下に近いとされる王国である。
その立地は円形に囲まれた外壁を持ち、東西南北に門を持つ。しかしその門が開けられるときはほとんどなく英雄の召還時のみと使われない大門はひどく脆い。しかし、英雄を集めた門番がいればその外壁など意味を成さないに違いない。
帝国の中心には王城が位置する。それを囲うように王都が繁栄していて侵入を許されるのは王族と限られた臣下。そして、特務軍隊の精鋭のみ(大狼以上)。
さらにそこを囲うように第三中域があり名の知れた貴族と特務軍隊(大鷲以上)が侵入可能である。さらに外の最端の地に城下町が存在する。民と帝国兵団がここに住まう形となっている。幾層となるファーストからフォースの各層にはすべて重壁が存在していてどんな経路からでも侵入は許されない絶対警備が配備されている。
王城に近づくほど豊かな文化が見られるのは言うまでもない。
・中央人王都市帝国兵団本部。通称、ユグドラ
帝国の東西南北に向かって中央の王城の一階から城下町まで一直線に伸びた十字に出来た要塞。兵士の宿舎や訓練場や食堂、浴場もあるが各層によってその間取りや設備は段違いである。この要塞内にも重壁は貫通していて重壁に侵入経路がないのは間違いない。
・特務軍隊
“英雄”を帝国に召還した際、特務軍隊に配属されることになる。特務軍隊の序列は竜を最上位として大狼、そして大鷲と続いている。貴族と変わらぬ権力を有していて“王”ではなく“元帥”から使命を受けることとなっている。しかし、最近は………………。
帝国紹介、二話をおおくりしました。
初回から登場人物の多さは毎度解説を入れて解消させて頂くので、アマトとリリィを覚えて頂きましたら帝国についてなんとなくイメージを御願いしますm(_ _)m