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馬車を砕かれようと森林を薙がれようと道を消滅させようと僕らの行き先は変わらなかった。赤の戦場が帝国より放たれた一矢――光の光芒の残滓に洗浄され僕とリリィはまっすぐと帝国の上面へと歩んだ。
クレーターの出来た大地を歩くのは遺体を跨ぐよりはまだマシだった。
「あの弓兵にずっと見られてるね」
「一応、見守ってくれてるのよ」
リリィも視線を感じ取っているようだが、それ以外に周りは皆無だった。
見事なまでの更地。ここ数十年は整備されていないような漠然とした砂漠に成り果てていた。リリィは生き血を浴びた二刀を振り払い赤い雫をスカーフで拭き取った。
このスカーフが“紅”なのは血が目立たないように…………、もしくは白い物が染まったの………………かもしれない。
「“共喰い”…………、とは言わないんだっけ。そのっ、同種の人間を殺すことにリリィは抵抗はないの?」
「私の使命は“帝国の剣”。私は感情では動いていないから」
「今まで、そうやって何人も殺してきたの?」
「帝国にとって“邪魔なモノ”は何でも斬り落とす。それがジルヴェランド家の家訓。たとえ、天使でも、悪魔でも、神でも、竜でもね」
「――――それが僕でも?」
一瞬、彼女は表情を強張らせたが、
「愚問ね」
彼女は狼狽なくして答えてみせた。
唯一の救いは彼女が僕から視線を外したことだろうか。殺気を向けられていないことに僅かばかりの安堵を感じた。
――ギギギギギッ、ゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴッゴン!
たった二人の遷都を前に城門の巨は動き出した。帝国が移民を招くことは少ないに違いない。錆を主として苔を着る大門は地面を削るように駆動音を轟かせ開いていった。
そう思うと、途中で、
――――カシャシャーン。
大門の機巧の要である鎖が真っ二つに分断された。すると門は中途半端に口を開けて止まった。機械がバカになってるとはこのことだろう。
「あらあら、扉開いてないよ。コウノーシャ押してくれる」
「ハイハイっ、お前も手伝えよ」
「俺は弓使いだからさぁ。担当外なんだよね」
「「コウノーシャ様、我々にお任せ下さい」」
開門された帝国内では統一されたカーキ色を基調とした軍服を着用している者が十人ほど待っていた。一見見た目は統制されている様だが大弓を背負う気さくそうな軽い男とコウノーシャという斧を携えた男の軍服には黒い大鷲の肩章が入っている。
そんなお飾りが必要ないほどに二人の風格は兵士達を凌駕している。二人の元に集まった兵士は判断をあおぎ颯爽と、そして機敏に動き出した。半開していた大門が再びゆっくりと人力によって動き出した。
門が完全に開くと軍服を着ていない国民の群衆から黒の礼服を着した小太りな男が一人僕らに向かって堂々と歩みを進める。
男は拡声器を持ち出し紙面を広げて音読しはじめた。
国民の群衆は大門が開いたことをもの珍しそうに僕ら二人に注目している。
「私は国王より命をうけた大臣の一人である。タツモリ=アマト様、ジルヴェランド=リリーナ様。お二方、最年少の中央人王都市帝国、特務軍隊への入団を讃える」
それを述べると後ろからお付きの男が手綱を引き、馬を連れ出した。大臣はそのだらしない身体で自ら乗馬する事も出来ず、男に持ち上げられ馬に跨がると王都の中央へと走って行った。国民は珍しく扉が開いてるのを警戒して脚を止めていたが城門が閉まるのを確認すると何事もないかの様に生活体系を元通りにした。
「よう、新入りども。無事に到着できて良かったな」
大弓を背負った男。近くでみると痩せ型な体型に長身の男で調子の良さそうな笑顔を振りまいてきている。とはいえ、
――僕は一度、命を狙われた。
「よっ、宜しく……お願いします。僕は……えっ、と……」
自己紹介をしたいのだ。自己紹介をしたかったのだがどうにも口が上手く動かなかった。
「新入りはそんなに緊張するな。俺はコウノーシャだ」
それを落ち着かせるように大きな斧を携えた大男は気前よく僕の左手を取って固く手を結んだ。“握手”と言う奴だ。巨大な武器を扱う分厚い手が戦歴を物語っていた。
二人とも“英雄”。この帝国で言えば“特務軍隊”に違いない。
大鷲の肩章はそれを証明しているのだ。コウノーシャは続けた。
「新入りたちはこの帝国に来たからにはもう命を落とすことはないだろう。一生の安泰おめでとう」
「君はもっと男らしくあるとモテるよー」
大弓を携えた男は僕の肩をポンポンと叩いてウインクして見せた。
「先輩方はさっきから、“新入り”と呼んでいる様ですが、われわれにはきちんとした名があるのです」
リリィは雰囲気に流された僕の前に仁王立ちして、男二人を前に諭してみせた。
「いいよ。別に君たちは名乗らなくて。俺がここで見張っているいる以上、供に戦場に出ることなんてまずないしね」
「君ではありません。私はリリーナ。彼はアマト。あなたの名前を教えていただいても」
「シガーンだよ。悪かったよ。たまには肝の座った女も悪くないねぇ」
「リリーナ・で・す」
「悪かったな。リリーナ殿。それからアマト殿も。最近、下級兵に囲まれて礼儀を忘れていたようだ。シガーンにも言い聞かせるから今回はご容赦を」
コウノーシャは軽く頭を下げ、誠意をもって謝罪をした。それにはリリィのご立腹も解消されたようで、
「以後よろしくお願いします。シガーン先輩。コウノーシャ先輩」
「とはいえ、俺たちがいる以上、国内が安全なのは間違いない。お幸せな帝国ライフを」
するとコウノーシャ達二人は再び城壁に上がって警備に戻っていった。
僕はその会話を眺めるだけで上手く参加できず、リリィの陰をついて行くだけだ。
「すみません」
「あなたと私は同期なの。私まで舐められるからもうすこしがんばって」
やっぱり人間関係を良好に回すのは難しいなぁ。
無事帝国に入れてもらえた僕とリリィは帝国兵に導かれ、まずは王都を護る軍隊の総本部で本格的な職――“兵士”には決まっているのだろうが階級を得る事になっているらしい。
「まさか、女性の英雄様なんて………………、お美しいです」
「お前、ジルドラーグ中佐を裏切るのか?」
「あの方はかわいいの最高峰。いわば天使だよ。リリーナ様は美しいの頂点、女神様なんだ」
「調子の良いこと言いやがって」
僕らの先を行く兵士達は和やかに談笑を続けている。それを微笑ましく眺めるリリィとともに案内されるまま歩いて行く。緊張が抜けた帝国内は平和そのものだ。
それでも命を落とした同じ軍の元、甲冑に身を通した帝国兵が死んでいったことを僕は忘れられなかった。




