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この実力主義の大商国において、戦闘というのは日常だ。
しかし、――戦争には、身を投じない国なのである。
だからこそ、普段の笑みは見ることが出来なかった。帝国の英雄を前に、覚悟決めて、祈りを捧げるものまでいた。祈りを捧げる存在なんて、上位戦争でほとんど滅された。その祈りがどこかに届くことなどない。
信じられるのは、力だけだ。命を守るための力を捧げるだけだ。
その対価は、お金に換えられるものではない。
「これは帝国騎士のみなさま、何用でしょうか?」
大商国の門の前、たった一人、朱の傭兵団を背負い、頬に火傷を負った女性が帝国軍勢を前に立ちはだかった。大商国の傭兵、ゼルフィムですら小粒に感じるような英気を宿した二人が馬車から降りてくる。
白髪の女性と、青髪の青年。
二人が近付く度に、ゼルフィムの鼓動は早くなっていく。
「急に、おしかけてごめんねー。君たちの国に帝国に喧嘩を売った無礼者が来てないか、調査しているんだよね」
一度見たら、忘れもしない大鷲の肩章。中性的で強調するような骨格差はないというのに、同じ人類にここまで恐怖を覚えることはないだろう。
その名を、シュオラン。圧倒的な瞬発力と機動力で標的を逃がしたことのない英雄だ。彼と顔を合わせれば、服従するか、死ぬしかないとも言われている。
あくまで、誇張された伝説であろう。でも、ゼルフィムの前にいるこの美少年なら、それをやりかねない危険性を着飾っている。
「さて、そのような不届き者に覚えはございません」
冷静さを武器に、武力行使は避けたい。
「そっか、まぁ、特に“シガーン”って罪人は、この国の出身らしいんだよね」
「シガーンなら、良く知っております。この国から輩出された英雄は彼一人ですから」
「へぇー、そこは誤魔化さないんだね」
二人の笑顔に楽しいという感情は存在しない。主と従の関係になりつつある媚びと煽りの売り買い。
「しかし、今、シガーンがどこに身を隠しているかは存じません」
ゼルフィムに嘘をつくつもりは一切無い。だが、大商国の安全、子供達の安全は大人が守るべきモノなのだ。
「実は今回の出兵はね。大商国を支配しろって、言われてるんだ」
「そっ、それは今までのような物資の献上では物足りないということですか?」
予想外……、という訳では決してない。圧倒的戦力差がある以上、力あるものの意見に耳をかすのは、弱者の勤めだ。
「そうだよ。王命により、今日よりここは武力支配する」
シュオランは、全くの戦意もなく言葉だけを吐いた。まるで、やる気のない生返事だ。それはまるで宣言だけをすることで完結しているようだ。否、そう言われれば、そうなってしまうのが大商国と帝国の差だ。
「抵抗すれば……、殺しますか?」
しかし、ここですんなりと退けばこの国は、ただの隷従関係になりえてしまう。だからこそ、首を縦にふることは出来なかった。
「殺すまでもないよ。君たち程度の実力で僕たちを脅かすに値するとでも思ってるの?」
「一つ、シガーンという男から伝言が――」
一矢、報いるぞ。
その瞬間、シュオランの脳天に向かって、光芒引く撃滅の矢が放たれる。
そして、門から朱の傭兵が飛び出すと、即座に陣形が組まれる。
「へぇ、シガーンいるんじゃんっ」
矢を寸前で躱すと、シュオランの口角が上がった。戦い生き様を置いた英雄の本能に火を付けたのだ。その瞬間、シュオランの姿はかき消えて、矢の放たれた方向へと弾丸のように接近していった。
「ねぇ、僕らは姫様を護衛する兵士で、おじさんを守るために来たわけじゃ、ないんだけど」
シガーンが率いるは、帝国騎士をも苦戦させた四刀流の双子、レイドとレイナだ。
遊戯を始めようか。
陣取るは森の中、仕掛けも多くシュオランを相手にしても、優先的に戦えるはずだ。火蓋を切るように、木々は静寂に揺れた。