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僕らは今、上空にいます。風の音が単音を奏でて、爽快感が全身を覆って薄着で繕った今日の衣装では肌寒いからランの人肌でギュッと暖をとって。
そして、世界にギュッと内臓を掴まれているような浮遊感を覚えて。
やがて、エネルギーを失った大地の塔は自壊していき、僕らは宙に放り出された風のままゆく旅人。
「ラぁあああン? どうぉ!? 何か良い物、見えたぁあああ?」
空を裂く僕らの耳には風切り音が激しい。いつもより大きな声で、大きなリアクションで、――そして、いつもより密着して。
「あっちのほぉう!」
ランが指さしたのは、いつも前菜として準備されていた緑の葉物野菜の畑。その方向へと行こうとしても、僕らには羽ばたくための翼はないのだけど。
感覚を研ぎ澄ませてば、風が僕らを運んでくれる。
「ランっ! しっかり掴まってね」
僕が身体をパッと、展開すると対面する風は僕の背を強く押す。落下と供に獲物に落つ鷹のように滑空をはじめる。高度数百メートルから放物線を描き地が近付くとともに水平への力を操った。失速しないように、ランをこぼさないように目前に地表を感じながら、緑の絨毯の上を流れる。
「ラン、気持ちいい?」
「恐いけど、最高かも」
僕は囁きあって笑顔を交わした。残り数センチまで滑空してからようやくフットブレーキを駆けた。豊富な農作地を削らぬように断続的に脚を付けるとランの裾を汚さぬようにお姫様抱きで着陸した。
「結構、近くまで来たけど、もう少し向こうのほうだね」
上空からの景色を瞬間記憶に頼りながら、緑しかない土地を進み始める。
「ここは土がやわらかくてで水持ちもいいね」
ランは土の香りに鼻をすすっと動かしながら、手で心地を確かめていた。
いろんな土地を体感してきて、違いがあるのはわかるけれど、土に興味があるわけでもない。ランがあまりにも熱心に土を調べているのにも、どうも退屈してしまう。
「ラン、ちょっと急いだ方が良いよ。日没までにたくさん回らないと」
「そーだね」
「ちょっと、ランちゃんと前見てっ!」
「えっ? ――きゃあっ!」
ぬかるみに脚を取られるとランはそのまま土に口を付ける形となった。
「ラン、大丈夫? やっぱり、良質な土って食べれた?」
僕はランの背中を負って、気遣いながら身体をさすって上げたのだが…………。
「――確かめてみる?」
ランは起きあがると供に隙をついて土をごっそりと投げつけてきた。
「ちょっ、えぇっ?」
もちろん、避けることも出来たのだろうけど、ランの綺麗な顔がちょこちょこっと泥に汚れているのを見て、僕は土を正面に受けた。
「土の味はどう?」
僕とランは二人同時にペロっと口周りの土を舐めてみたのだけど、
「僕ら動物には土の味はわからないよね?」
土から養分を吸収する植物に“味覚”があるのかも僕にはわからないけどね。
「うふふ。そーだね」
なんでも、試すという原始的な方法に呆れながら心はルンっと踊っていた。僕らの他に人の語が聞こえない。楽園で僕らは帝国ではありえなかった生命としての休息を得ている。
一つ一つ植物のつけた葉物を見ながら、歩きながら、自由に価値観を押しつける。
「ラン、これなんか良さそうだよ?」
「そうだね。じゃあ、これとこれとあれ採ってくれる?」
僕が採ってランが受け取る。そんな作業が一本化して、ランの手にはだんだんとこぼれるほどに作物を頂戴することとなった。
「アマトも良い目利きだねっ! 植物の声が聞こえるの?」
「あはは、そんなわけないよっ。僕はただ“なんとなく”の雰囲気かな…………っと! これもっかなっ………………て、これ以上、持ちきれない?」
ランの方に次々と作物を送っていくとランの両腕を超える量に必然的になってしまった。
「ちょっと待ってね」
ランは一度、荷を降ろすと自分のワンピースの裾をたくし上げて勢いよく、
――――ビリッ!!
布地を裁断していった。きめ細やかな白亜の素足が露わになって、大胆にもほどがある行動だ。健全なふくらはぎが露わになるとともに健全ではない気も少ししてくるような、恥じらいスタイル。
「あんまりジロジロ見ないでよー」
ランが若干、顔を染めながらしゃがみ込んで、野菜を包みだす。下着が見え隠れするという状況にランの血色がクッと強くなった。
「う? うん、わかった」
僕は見ないでと言われるままに視線を遠くへと移して、片手でランの包みを持ち上げる。僕ら以外、誰もいないところで、美脚への視線を気にするため、僕はサクサクと前を歩きはじめた。
「ほんとうにアマトって、そういう所に無関心だよねー。ハぁー」
――見られたくないなら僕の上着を使えば、良かったのに。
ふと思っては見たもののそれはなぜだか、言葉にしてはいけない気がした。
「アマトー。あれ、何だろー? なんか光っているけど…………」
ランが指さしたのは紫色をした蕾だ。袋状になった花弁からは、今にも動き出しそうに僕らが近付くのを待っている。
興味は持ちつつも、少し警戒レベルを上げて、ランは僕に一間詰め寄った。妖艶な香りが誘っているのだが、すこし鼻につく。
――睡眠作用や幻覚作用があるのかもしれない。“僕”には光っているようには見えないのだ。
「あれは…………“リキュール”の原料だ」
僕に心当たりが大ありだった。今までなんども採取に手間取った幻の一品だ。
「“リキュール”…………って、お酒だよね? よくそんなものをアマトが知ってるね」
リキュールとは果実やハーブなどで香り付けをした混成酒だ。僕がとりわけ詳しいのではなくて、これは“師匠”が好んだ香りだ。人里では育つのはほとんど適わないと聞いていたが…………、この土地の条件下であれば、それも可能であるのかもしれないなぁ。
師匠と住んでいた神林に月に一、二度発見しては摘んでいたが、師匠が衰えてから目にしなくなった。考えれば、一年ぶりかもしれない。
「竜が好んだお酒なんだ。人間の身には毒気に当てられるかも…………」
「――でも貴重な一品なんでしょ?」
「そうだね。狙ってるのも僕らだけじゃないみたい」
背高そうに隠れて今の今まで姿がみえた訳では無かったが“野生の一匹”がその紫の花弁に向かって吸い寄せられるように歩いていた。
――いや、四足で這っている。
「あれって………………。熊っ!?」
僕らが目にしたのは熊が立ち上がる瞬間だった。這っている間は草をかき分ける矮小な音しか捉えられなかったが、実際には成人男性を優に超える体長と黒毛の野獣。武器を持たぬ人間は“死んだふり”をするよりも“気を失いかねない”迫力だった。
かなり接近をしているが、熊が紫の果実に魅了された今ならランの脚力でも十分に逃げられるだろう。
――――でも、それは人間の常識だ。
「ラン、上着を任せるよ」
僕は一番上に来ていた漆黒のフードパーカーを脱ぐとシャツの袖をまくる。正真正銘、武器の無い姿ままの勝負をしてやろうじゃないか。
「ちょっと、アマト!? 大丈夫なの?」
「そんなのはやってみなきゃわからないよ」
――グゥゥゥウゥ!!
香りによる感覚の過激化は熊の好戦的にしている。僕が接近しただけで威嚇のうなり。僕は反則は犯さないということを示すために両手を晒して肉薄する。殴り合いに武器は不粋である、それは言葉さえもだ。
「よしっ。勝った方が貰ってくでいいなー」
――グゥウ! ガァアァアアアアア
“何を言っているか”はわからないが、“何が言いたいか”はわかっている。僕の態度も気に入られたようで、熊は僕の頭をがぶりと丸呑み出来るほどの口内を大きく開いて咆哮が燃えさかる。生憎、喰われるつもりは毛頭無いんだ。
熊が一歩踏み込むと右腕を天高く上げたかと思えば、鉄槌が下される。両腕を十字に整えて衝撃を受けきる。ドスンと身体全身に軋みが生じる大きな一撃。
そのまま、無理矢理に力を加えてくるので、身体はジリジリとのけぞっていく。
「うおぉおおお…………重った…………。いっ…………いーよぉおいしょーー!!」
熊に比べて細身の身体ではあるが生き抜いた環境が、詰まった血肉が違うんだ。熊の気持ちを察すれば、この細腕をとっくにへし折るつもりだっただろう。
熊の疑念と敵意と――――そして、焦燥が僕の心を刺激した。
その焦りは僕の異常な力に、恐いことをごまかしてるんだろ。
腹筋と背筋にぐぐっと縮むとみるみるうちに熊の腕を押し返して、再び、元の形へと戻った。これは、ふりだしの形。
そして、次は――――
「僕のターンだよっ」
流れるような脚捌きと身体のひねりのチャージ。一撃に対して、一撃を返すのなら僕はこの一撃で勝利を決する。
――【龍聖】
型が完成して一瞬。身体に負荷のない脱力から、熊の腹を右手が捉えた。
その脂肪に入る衝撃の波紋を見たとき、このままではダルマ落としのように、腹の肉塊だけが吹き飛ぶことが理解できた。最後まで掌底を押し切らず、熊を押し出すように持ち上げた。すると、意図も簡単に熊の身体は浮き上がって数十メートル先へと放物線を描き、飛来した。
「狩りする身として、狙った獲物を逃す気持ちは重々承知だよ。だから勝者として三分の二は貰っていくよ」
その“紫の実”をもぎ取って、三割をその房に残していく。この実を受け取るのかどうかは熊が決めることだ。それは人間、竜、熊の世界での流儀が異なるのだから、信じる道に乗っ取るだけ。
「ラン、お待たせっ! 日も暮れるし、馬車の方に向かっていこうか?」
「アマトって、本気出すとすごい強いんだねっ」
「そういえば、僕が戦うところをみるのは初めてだね」
「気弱な性格がそのまま出てるのかなって」
「そんな僕を見て、恐くなった?」
「ううーん。やっぱり“優しい強さだ”って思うと嬉しかったな」
「ランを守れるくらいには強いつもりだよ」
僕らは大量の収穫を得ながら、太陽が地平線を迎えるのを眺めていた。




