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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第一章 急戦の弓戦
3/43


 2


 馬車の中は傾き身動きは取りづらい。進まなくなった乗り物は意味をなさないのだが、


「お二方はこのまま安静に」

「我々、“帝国兵団”にお任せ下さい」


 二人の甲冑は立て掛けていた大剣を帯刀し、顔を見合わせると、


「いくぞっ!!」

「賊に恐るる我らではないっ!!」


 二人が扉を開けた、――そのとき



「――――【サバイバルクラックっ】!!」



 渋い男の威勢の良い声と豪快な跫音。

 外に出ようとした兵士達を待っていたのは戦闘というぬるいものではなく、圧倒的で暴力的な先制攻撃。ピシャリと軽い音をたて豆粒の殻を砕くように鋼の甲冑を変形させた。

 扉から垣間見えた大槌の殴打に兵士は人型の原型を留めず赤の染液が鋼の継ぎ目から噴出する。


「息が途絶えた」


 かろうじて僕はリーチを免れたがその大槌は馬車に直撃する。もとより馬車に仕掛けた攻撃なんだ。



 ――グアチャンッ!! ズゥゥゥゥ



 馬車は横転どころか宙に舞い上がった。そのまま馬車に取り残された僕は一緒になって浮遊感に襲われる。神林の外の世界は騒がしくて平穏が許されない。これがこの世界の日常であるならば僕はとんだ“はぐれ者”になるだろう。

 っ! そういえば…………そんな僕に気遣ってくれた人を僕も気遣わなければ、


「リリィ、大丈夫?」



 ………………。


 空に放られて回転を増した馬車の中は不思議にも平然としていた。

 発音機能を失った二人の兵士の亡骸と、………………僕の独り言。



 ――彼女は馬車の中にいなかった。



 どうして良いのかも分からず、ひとまずソファにしがみつき着陸を待つ。


 ――ドンッ!!



「はぁー。びっくりしたぁ」


 馬車の扉はひしゃげてようやく外の光が目に焼き付いた。

 90度、横転した視界でスラスラと陰が行き交う。しっかりと椅子に腰掛けていたのだが着陸したときには籠は砕け、僕は横たわっていた。

 陰が通り過ぎると汚れた切れ布を寄せ集めて作った衣を纏う民族が、血を吹き上げて倒れていく。


「気圧されるなぁっ! たかが女性。それも一人だぞ」


 人間大はある大槌を持った勇ましい男の声。馬車を砕いた男の正体が見えた。周りの賊兵から慕われ陣形を崩さないように戦況を支配する戦隊の長だ。鍛えられた筋肉の鎧と戦歴の傷痕。芯の通った眼力と敵味方を緊張させる気迫オーラと存在感。師匠から人間は“集団戦”において必ず指揮官がいると聞いていた。――しかし、



 ――相手取っているのは“単独騎”なのだ。



 刀剣からは周囲の気温を一度上げる様な殺気と業炎を巻き上げ、賊兵をまとめて葬っていく。斬り殺され焦がされた死体からは焦げ落ちる不快な匂いが鼻につく。


 帝国が付近の林道で待ち伏せをしていた集団戦闘を一人で網羅するそれが、“英雄”が一人。


 剣豪の名家、ジルヴェランドの剣姫。ジルヴェランド=リリーナ。



 銀髪をたなびかせて屈強な賊兵を前に二刀流の剣技の舞踏会を開演する。


「女を前に前衛は引くなっ!! “弓部隊”矢を構えっ!!」


「「首をとれぇぇぇぇぇ」」


 待ち伏せをしていたのだ罠の一つ二つは手配済み。

 息を潜めていた伏兵が林間より弓を構える。完全に包囲されてリリィは射線上に位置している。前衛兵が捨て身で繋いだ射撃戦への展開。

 準備が整い、前衛兵が後退したことにリリィは動きを一瞬止めた。



「放てぇぇえぇえぇぇぇえぇっ!!」




 ――弓が射られるその瞬間。リリィの姿は霞んだ。


 命令を同時に受けたその集団行動を前にわずかばかりに誤差に身体を駆動させた。紙一重の身体運びは最小限で隙のない回避戦術。

 すると点在し孤立していた弓兵に向かい片手の一刀を投擲した。


「グハァッ」


 きれいに心の臓を貫いた投剣技術。凡人に狩れるほど、英雄に弱点はない。

 すると林には業炎が燃え移った。恐怖に駆られた伏兵は引火程度の少しのイレギュラーで混乱し続々と姿を現す。


 指揮の届かぬ孤立騎はリリィの足止めにもならない。


 大混乱に見舞われた士気の低下は賊兵団の死をもたらす。たった一騎。それも女性に殺されゆく強者ども。せめてもの“救い”は彼女がジルヴェランド家であることだろう。


「死にたくない。降参するからぁ! 命だけは……アァァッァアッァァアっ!」


 二刀を携え、一人残らず敵を切り裂き、逃げる者の背を投剣が貫く。

 一刀を失っても、もう一刀が前衛兵を切り刻んで舞踏会には歓声なんかではなく、悲鳴が止まない。二本の業炎を持って涼しい顔で敵を殲滅するリリィ。これが“才能”を持つ者と持たざる者の差なのだろう。



「――落ち着けぇえええええええぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇっ!!」



 戦乱を割る男の声。大の男が大槌を掲げ雄叫びを上げたその時、敗戦は一度止まった。

 敗走していた者は脚を止め、負傷した者も再び闘志を燃やす。

 これぞ“カリスマの才”。



「「首を討ち取れぇ!!」」


「「あるだけ矢を射抜けぇ」」


 息は合わないが一つの覚悟が“リリーナを討ち取ること”が賊兵団を突き動かした。

 向かったいく弓は前衛兵の服をかすり、時には前衛兵を射抜き射出される。

 それは狂った戦意ではあるが予想外にリリィを一歩引かせた。


 ――しかし、それは身体を慣らしていた前哨戦を終えただけ。


 距離を取って二刀を交差させると、世界の温度が一度上がった。

 殺気ではない。死んだという錯覚が賊兵の身体を襲ったのだ。それでも誰一人後退りしない。どころか一歩踏み出した。

 無音の脚捌きに冷静な剣術をみせたリリィがついに口を開いた。


「宝刀ジャンヌ・ダルクよ。聖女の神炎を灯し罪をも浄化する火刑を行使せよ【エグジル・エッジ】」


 ――十文字の居合い切り。

 太刀筋は刃渡りから延長し業炎が爆発する。


 ――その瞬間、光が破裂した。


 ※※※※※※



 僕の眼が正常な動きを取り戻したとき、賊兵はすでに塵となりこの世から追放エグジルされていた。それと同時に首には冷たくて鋭い者が当たっていた。


「えっ、と…………」


「しゃべらないで、静かに立つ」


 首にナイフを突きつけられたので指示に従った。耳に残ったのはきれいな女の人の声だ。

 リリィとは違って緊張感が入り交じっている。

 コクリと頷いて馬車の破片をどかしながら立ち上がった。


「あなたは人質よ。あのジルヴェランド家の怪物を止めるための」


 僕は完全に立ち上がろうとしたのけれど、どうやら僕に刃を突きつける彼女には背丈が合わないらしく中腰で抑えられた。



「この男がどうなってもいいのっ!?」



 賊兵団長の男とリリィは同時に僕と僕の後ろの少女を見た。

 僕には少女の容姿がうかがえないのだが…………、二人は自らの相棒の動きを一度止めた。

 リリィは冷たく刺すような視線で射抜き何も言葉を発しなかったが、大男は……、


「姫様っ!? なぜ着いてきたのです?」


 最大の弱点を目の当たりにして気張ってしまった。


「ヴェルバ団長。今は引くのです。我々では勝てません。一度帰還しましょう」


「我がこのジルヴェランドの一族を討ち取ります。姫様は安全な所にお逃げ下さい」


 僕を挟んで戦況が一時的に止める。

 リリィは少なくとも僕は有能な衛生兵と見てくれている。帝国の命令ならば、剣を止めるほかない。

 すると、燃え尽きたと思われていた林間の茂みから、


 ――シャッ!


 静かに風を切る音が鳴った。止まっていた対立を動かすにはあまりにも静かすぎた殺気。

 それは賊兵の中でも才能に秀でた弓兵隊長の我慢強さと裁断。狙いは剣を止めたリリィ。

 背後を取っていたにも関わらずリリィは反応をして見せた。渾身の一矢は報いられる事なく躱された。わずかにリリィの頬に赤い線を残したが投剣により一瞬で絶命。

 しかし、その命。団長が無駄にするわけにはいかない。


「――――【サバイバルクラックっ】!!」


 相棒を一本しか持たないリリィの隙を突いた必中距離の大技。例え、身を切られても道連れを引き込む激動の一撃。

 それに対してリリィは躱そうとするどころか正対して向き合う。


「――【クリム・ピアス】」


 静かに囁いた魔言。単純な生態図を見るのであれば、ヴェルバ団長が勝つのは必至だろう。だからこそ。“英雄”は生まれるのだ。

 ヴェルバは自分に“率いる才”ではなく“闘う才”がなかったことを呪い続けるだろう。

 大槌から左胸にかけて大穴が空いた。栓をなくした蛇口の様に生命の赤が流れ続けていく。


「せ、め…………て、姫だけでもっ…………。姫の命だけっ。ブグフッ……、でもおたすけ――――――」


 ――――バシャっ!


 リリィは団長の遺言を前に“それ”を切り落とした。


「ヴェルバァっ!? ヴェルバぁっぁぁぁぁああぁあっぁあっぁぁぁああ!!」


 戦場に慣れていないことが間違いない。普通なら僕の首はすでに落ちてなければいけないのに彼女はその短刀を動かせずにいる。



『【光陰矢】』


 そのとき、遠くから“何か”を感じた。それは本能的に僕を動かした。

 即座にバックステップ。姫様も背負い込んで林間へと自ら身を投げた。

 するとそこには一瞬にして光の閃光。おそらく姫を狙った狙撃が地面をえぐっていた。


 “光陰矢のごとし”とは時間の経過が早いことを意味しているが今の狙撃には射線に入った者を射抜く時間という概念のない一撃に思えた。



『君が避けちゃダメでしょ』



「すごく遠くで声がする」


 神林で狩りをしていた経験が活きた。広大な緑地で食料を得るには眼で見えないところを耳で探すのは原始的なお話である。僕はそのセンスが鋭敏に優れているだけだ。


「何も…………、聞こえないですっ…………。それよりも…………、私を逃がしてください。なんでもしますからぁっ。彼らと誓った平和のためにも私はまだ死ねないのっ…………。」


 姫は涙を流しながらも冷静になっていた。これが賊達の姫様なのであれば彼らの死も報われてほしいとは思う。


『仕方ない。君ごと貫くかぁ』




 ――わかった! 帝国の城壁の上だ。


 ここからでは豆粒のように見えるが男が弓を構えているのを視認した。

 賊兵達の弓術を近くで観察していたがそんなのお子様のお遊びにも見違えるほど、城門から感じる“精気”は優れていた。

 ――殺気が隠れてるなぁ。



『――【インパルス・レイ】』



 矢が飛んできてるとは思えない光の光線。視界を埋めるほどのレーザー砲を目前にした。

 ――避けられないかぁ。


【――龍聖りゅうしょう


 僕は右半身を引き絞り、前足を思い切り踏み切った。足場の悪い林間では地割れは発生しなかったが踏み込みだけで木々は転倒していった。そんなことに構っていられない。

 右手から放たれる掌打。それは破壊光線と打ち合った。



 ――――ブオオォォォォォオォォォォォオォォォォォン



 圧倒的な威力の衝突は音を吐き出し暴風を生み出した。足場は崩れ僕の周りは煙に巻かれていく。凄まじい手応えが残っていた。矢を掴んでは見たものの金属製の汎用的な物に違いない。これを何本も放てるのであれば、リリィを含め帝国の連中は“英雄”でもあり“怪物”でもあるのだろう。

 あたりは煙でなにも見えない。それは帝国側からも同じ事だろう。


「お姫様、逃げてはどう?」


「逃がしてくれる…………、のですか?」


「お手伝いはしないけど、闘う気もないから、好きにしてください」


「最後に名前だけでも…………」


「師匠から言われた『名前を尋ねるときは――――』」


「『自分から名乗れ』ですね」


「そうっ! それ」


「私は、リベルテ」


「僕はアマトだ。じゃあ、気をつけてね。リベルテ」


「あなたは忘れないから。アマトさん」



 煙が晴れるときあたりには大量の亡骸と二つの息だけが残っていた。



「リリィ、大丈夫?」


「えぇ、あなたこそ生きていたのね」


 僕たちは帝国兵団の死を咎められるどころか到着したことを歓迎されて帝国に迎え入れられた。








急戦きゅうせん弓戦きゅうせん――完。


帝国内で次のお話へ誘いますm(_ _)m

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