赤の果実
赤の果実
これは僕とランが街に買い出しから帰ってきた後の事だ。はじめて高級リンゴを買ってどう食べようかと悩んでいたところから始まる。
「ねぇ、アマトー。リンゴせっかく買ったのは良いけど、どうやって食べようか?」
ランが綺麗な指先でリンゴをまわすと、それだけでずいぶんと絵になる。ランは口をツンと尖らせて今日は料理に悩んでいた。
「ランにお任せしたいけど……どうしよう?」
「やっぱりそのままが良いのかなぁ? 父の定食屋は基本どんなメニューも経験してきたけど、デザートは無くてね……。ほら、荒くれ者の兵士がデザートを好むのも考えにくいでしょ?」
ランは口に指を添えながら、じーっと唸る。僕はその横で料理を考えるフリをしてただランを見つめてる。
「そっか…………。女の子の方が甘い物とか好きなのかな?」
「うーん。私は好きだよ。甘いのも甘すぎないのも」
ランは僕に主張をしているみたいに、はにかんで答えた。
「――じゃあ、せっかくだから、お一人、上品なお嬢さんを招こう」
僕は参考になると思って、パッと手を鳴らしたのだが、
「この家に……女の人を……?」
「嫌だった?」
ランはあまり乗り気じゃないようにも感じ取れた。
「ううん。仕える身の私が決めることじゃないよ…………。うん、しょうがない」
ランは自己完結をしてアマトの提案を飲み込むのだが、やっぱり僕には渋々だった様にも見える。
「今日は“三人分”のご飯を用意してくれる?」
「うん、分かった。“いってらっしゃいませ”」
僕は靴をトントンと履き鳴らすとガチャリと外へと出た。今日の王都は少し奇妙に妖艶な風を感じた。まるで、街がクスクスと微笑んでいるみたいに。
僕はまっすぐとユグドラの宿舎へと向かった。僕が話せる女性なんて高が知れている。そして、その女性は王に仕える伝統ある貴族であり、剣豪の家系。
僕は前に紹介された“大狼”の居住区へと向かうと個室が閉まっているのは一室だけだった。あとは空き部屋となっていて誰もいなさそうだ。だから、自信をもってその戸をトントンと叩いて呼びかける。
「リリィー。いるかい?」
すると、しばらく無音だった。まるで誰もいないかのような静寂の間。
「あれっ……? いないのか?」
僕は諦めるつもりで確認として、ドアノブを掴んだ。そして、まわしてみると、
――――カチャリ。
これは鍵がかかってない。空き部屋?
その瞬間、後ろから心臓に鋭利なトゲが刺さった感覚に見舞われた。当然、物理干渉のない隠喩なのだが、それは僕の“感受の才”。
――殺気。
すでに空いていた別の背後に位置する部屋から強襲されるのが分かった。僕はそのまま前進して、前方の部屋に入り込み、背後を捉えさせない。
後ろ手で戸を再度閉めて、襲撃者の顔を見るために戸から距離を取った。
――ゴクリっ。
ただじわじわと戸が開けられるのを待つ。
襲撃者も僕に先制を躱すだけの力量を見て警戒しているのかもしれない。
キュインと刀身が鞘から擦れる音が僅かに耳に聞こえた。研ぎ澄まされた正確な行動だ。僕も注意を高めてようやく拾った音だ。意識無しには聞こえないほどの正確な動き。
だが、相手は“剣士”。今ので良く分かった。
――埒があかない篭城にもそろそろ飽きた。
僕が足音を消し戸に近付こうとしたとき、戸の先でも同じ覚悟があったのだろう。
――スパァンっ!
まず戸に向かって一太刀が綺麗に固い金属扉を切り裂いた。“大狼”の部屋だけあってかなり立派な彫刻が施されていたのだが、硬度にも、高価にも容赦なく壁に一線が入る。
そして、僕がその一振りの返しが来る前に肉薄しようとかかとを上げたのだが……、
「――――おっと」
連続した二刀目が投擲された。それは朱の業火を光芒とする宝刀が僕をめがけて飛んできた。飾りではなく命を魅了する斬殺の剣。この二刀流の技術と足捌き。
僕は地を舐めるように状態を這いつくばらせると投剣を躱して、襲撃者に降参の意を表す両手を挙げた。
「――――あらっ! アマトじゃない?」
するとようやくズカズカと僕の心を脅した剣士は僕の存在に気づいてくれた。
「……リリィって、いつもこんな警戒してるの?」
僕は汗たらり、心持ちほっこりとようやく安堵するとリリィに苦笑いするしかなかった。
「女性に生まれた以上、男よりも住居を襲われることは仕方のないことだ。だからこそ、そんな陳腐な連中を完膚なきまでに叩きのめすビジョンを持っておけって、教えられたわ」
リリィは壁を貫いた宝刀を抜いて二刀を収めた。宝刀が完全に輝きが消えてからようやく僕は立ち上がって、しわの寄った服を直した。
「いやー。それにしてもビックリした」
「うふふ。“男”なんだからそれくらい許しなさい。それでなんの様だったかしら?」
今の一戦は名付けるならただの前哨戦なのに、僕の内臓はきゅーっと締まったまま、とても調子が良いとはいえない。とても疲れせいで、当初の目的を忘れるところだった。
「そうそう。リンゴを食べたいんだ」
「……うん? うふふ。私に許可を得なくても食べれば良いじゃない。あなたってホントに面白いわね」
その言葉のあやは僕自身理解しつつ、要点をまとめるために“誘う”をしてみる。
「うーん。まぁ、いいや。とりあえず、今日の夕食一緒に食べてほしいんだ」
「アマトからの誘いなんて初めてね。しかも、“今日みたいな日”に」
さすがに、僕にも不思議な気配のする今日という日が特別であることがこの時わかった。
◆
「お帰りなさいませ。そして、いらっしゃいませ」
僕とリリィが自宅の戸を開けるとランがメイド服を整えて、華麗にお出迎えしてくれた。いつもよりも丁寧な気がするし、今日は僕も自分の戸を引くのを怖かった。
「あら、アマト。ずいぶんと立派なところに住んでるのね」
僕とリリィは同期にあたるのだ。僕は立派な一軒家。リリィはユグドラの個室と用意はどちらも几帳面にされているのだが心持ちは違っただろう。
「お初にお目にかかります。ジルヴェランド=リリーナ少将。タツモリ=アマト様の使用人、ランジャ=カスターニエでございます」
するとランはリリィに対して堅苦しくあいさつに進んだ。
「ラン、“いつも通り”にしてくれよ」
「それではアマト様の権威に傷がついてしまいます」
ランは礼儀に磨きがかかって鋭いほどに丁寧な所作だ。
「いえ、ランジャさん。私は“少将”。私より上官の“アマト”大将のお付きなのです。お気に構わず、“いつも通り”にしてください」
すると、リリィの方もいつもに増して、涼しげな対応を華麗に見せる。ランは一瞬、リリィの言葉にピクリと反応すると今度は、
「ではお言葉に甘えて。――こほんっ。“アマト”料理は三人前用意したんだけど、もう一人は?」
ランは僕にいつも以上に接近――――否、接触する。柔肌が僕の身体をぷにぷにと圧する。なぜだろう、ランの視線からはリリィに対しての火花が見えた。
「あら、アマトは“二人”ではこと足りず、さらに一人呼んでいるのかしら?」
するとリリィの温度が一度下がった気がする。僕の背中は三度は下がった。
「いや、ランも一緒に食べるために決まってるだろ?」
僕は何もおかしくないという表情で答えたのだが、
「うふふ。そう…………使用人にも優しいの……」
「えへへ。最初からそういってよ」
二人の美女は急に声を出して、笑い出した。やっぱり、僕がおかしかったのだろうか?
僕は二人に誘導されるまま、いつも食卓へとついた。今日キッチンにつくのは僕ではなく、リリィとランの二人だった。僕は二人の背中をぼーっと眺めながら、良い匂いを待つだけだ。
「それにしても、料理は出来上がってるのに今日はなんでお呼ばれしたのかしら?」
「実はリンゴの調理がしたくて……」
「あぁ……なるほど。それでアマトはリンゴが食べたいっていったのね」
「なにか、良い案ありますか?」
「私が知っているのだと…………アップルパイとかかしら? それにしても…………これ良いリンゴね」
「アマトが目利きをして選んだんだよ。だから、私はこのおいしいリンゴをもーっとおいしいリンゴにしたいの」
「そう…………。早速、取りかかりましょうか」
僕はしばらく食卓で待ち続けるとだんだんと香りは強く予想を超える先へと食欲を膨らませた。体調も料理を前に万全になったみたいだ。
「アマト、お待たせー」
「今日みたいな日にはお菓子が付きものでしょうからね」
ランはエプロン、リリィは軍服を脱ぐと楽な格好で腰掛けた。若干、露出度が高くなるところと、美しい肌が見え隠れする。
「ごめんね。客人として呼んだのに料理してもらって」
僕はリリィに謝辞を説くと微笑んで返答。
「私は知識を語っただけよ。ほとんど、ランちゃんが調理してたわ」
そういわれたので僕はランに面と向かって、
「今日もありがとう」
「うん。食べましょうか?」
「「いただきます」」
そういって僕らは料理を楽しんだ。おいしいを共有することは被食者に取っては失礼なのかもしれない。だけど、“いただく”という感謝の念を共有することでそれはさらに味を噛みしめることになるんだと思う。だから、僕は言った。
「――みんなで食べるとおいしいね」
するとランもリリィも笑みを浮かべてその言葉を肯定してくれた。
料理を食べ終わると一度、キッチンに向かったランがガチャンとオーブンを開けた。すると良い香りの爆発。僕の嗅覚が美味しいと伝播する。その匂いがだんだん近くなると、
「さてさて、それじゃ最後のデザート。アップルパイを食べようか?」
ランがテーブルの中央にアツアツの“アップルパイ”を並べた。
「私の記憶が正しければ、調味料の配分も完璧なはずだわ」
「焼く前の味見では完璧だったと思う」
ランもリリィも少し緊張しているようだった。どうやら、僕が最初に手をつけるのを待っているようで僕ら三人は同時に喉をならした。
「……絶対に美味しいよ。ランの料理はなんでもおいしい。“いくらでも”食べられそうだし、“いつまでも”食べていたいから…………。はーむ。…………あちっ」
僕がサクッとした生地に歯を入れると中からはジューシーで濃厚な甘みを誇るリンゴが舌の上で蕩けた。熱いとは言った物のそれが香りを鼻までぐんっとついて至高の状態と思われる。
「――やっぱ、おいしい」
僕がそうやって頬を緩めていうと、ランは火傷をしたようにうつむいていて、リリィはそれを見て、「鈍いんだから……」と口を動かした。
「ランたちも食べよう?」
「いただくわね」
「もちろん…………。はぁあ……あちちっ。ふー。ふー」
「ランー。ほら、慌てないで」
僕がランにそっと水を差し出すと
「そうよ。焦らなくても、“今は”誰も取らないわよ」
意味深にリリィはそういった。
みんなが食べ終わるとリリィは、
「冷めないうちに帰るわね」
もう食べ終わってるのにリリィはそういった。
「うっ、うん…………? 玄関まで見送るよ……」
僕はランが食器をかたづける間にリリィを玄関までついていった。リリィはそれから何も言わずに靴を履く。
僕はそんなリリィの背中を追って歩くとぱっと振り返り、僕と目があった。
――フっ。
するとリリィは頬にキスをしていった。突然の行動に僕の理解は全く必要点に達しない。
「えっと、リリィ……? 今のは」
「ちょっとしたイタズラよ。今夜特別のねっ」
やっぱり、今日という“特別な日”が妖艶と笑っているのかもしれない。リリィがいたずらに微笑んで銀髪を僕の方にふると玄関からガチャリと出て行った。
「……ふーん。じゃあ、またね」
僕は腑に落ちない別れにタイミングがずれて一人で呟いていた。
僕が再び、リビングに戻る。
「リリィをおくってきたよ。今日は一人分多くありがとう」
流し台のランの方へと皿運びを手伝う。
「それは別にいいよ。だって仕事だもん」
ランはアップルパイを食べてから僕と目を合わそうとしないで避けているような気がした。正直、怒ってるんじゃないかと。だから、ランの言葉を聞き逃さないようにしていると、
「でもね……、一つだけわがままをいうのなら、今日は何の日だか知ってる?」
そんなクイズを出されたのだ。
「えっと…………」
まだ僕はその答えを用意できていない。特別な何かの日。
「“何か”をあげる日、なんだよ」
僕はそれを聞いたとき、リリィにされたことの意味がほんの少し分かった気がした。すると、僕は皿なんかは置き去りにして僕はランの真横によると、
「そっか、――チュッ」
僕はランの頬にキスをプレゼント。それが正解か、不正解かは解答のないまま、ランがぽわんと全身を強張らせた。
「ちゃ…………ちゃんと口にしないと嫌だ」
「へ? あっ……うん」
――はむっ
ランの望むがままに僕はランの口にキスをすると、ランは僕の目の前で目をつぶってゆっくりと全身の力を抜いた。するとサッと倒れていくところを僕は手を差し伸べる。
「……おっとっと」
僕はランの背中に手を回して抱っこすると自然と僕は片膝をついて、ランは仰向きに近い状態であった。
甘い甘ーいお菓子よりも素敵なハロウィンナイトがランをにやにやと喜ばせる。
「――ラン……だいじょう」
――チュ
僕の言の葉を紡ぐ前にランはその口を再び重ねてみせた。
すると、ランの細身の身体がリンゴよりも真っ赤に実っていた。
「あっ、あのねアマト…………。おおっ、お返しに夜のご奉仕…………しし、したほうがいい?」
「……夜のご奉仕?」
その辺に疎い僕はぽかんと疑問符をこぼすと、ランは少しガッカリしたように、そして少し安心したようにうつむいてボンッと赤みを爆発させた。
ちょっと過激なハロウィンが甘酸っぱく笑ってた。
メインの一部完結記念エピソードでございました。
継承と警鐘をお読みいただき、改めてありがとうございますm(_ _)m
記念となる、ハロウィンもおくらせていただきましたので、次回からの更新を再び、お待ちいただければと思いますm(_ _)m
告知っ!
次回、〈形無き国〉に入国したアマト。国益と進軍をめぐる第二幕。
『道化、僕を強くしてください 2nd.』
二部タイトル “防衛的貿易の形”
今後ともよろしく御願いします(^_^)/~