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エピローグ 感覚が僕を動かした


 エピローグ 感覚が僕を動かした



 まだ到着した当日の暮れだ。シガーンは激戦の傷に眠りたいと医療民についていった。

 僕の左腕の不完全骨折は治療といっても固定しかできない。自然治癒になるのだから、気休めにしかならないだろう。


 〈形無き国〉と名乗りを上げているが小規模な街の配置。襲撃を想起させる半壊した家屋。崩壊した壁は室内外の風を通り抜けさせて、仕切りを感じさせなかった。


「ここも痛々しい傷が残っているなぁ」



「――アマトは戦争のない国で育ったのですか?」



 僕のことを気にとめた清廉な声が鼓膜を誘った。僕はその方を見ると、そこにはリベルテ。この街の王女が僕を待っていたのだ。ハーフアップのロングストレートに凜とする髪飾りが一つ差されている。肌理きめ細かい白の純肌にスレンダーを強調するドレスアップ。派手ではなく清純を思わせる若さと物腰の柔らかな風格を併せ持つ――“少女”と言って良いだろう。アマトに少し劣る身長で立派なたたずまいが表立っているが、笑顔が“キュート”。ビューティーとはまた違うのが極めて良いのかもしれない。


「リベルテ……さん」


 対面すると僕の緊張癖がポロリと出てしまう。透き通るような瞳に見つめられて言葉を失ったのかも。


「リベルテでいいですよ」


 リベルテはそういって首を傾けて、にこりと微笑むと進行方向へと左手を捧げて、僕を散歩に誘う。僕は良い香りに当てられたようにのそっと歩みを始める。もともと僕の嗅覚が届く範囲で今さら香りが変わるはずもないのに。


 僕はリベルテの隣により沿った。リベルテの横顔をチラチラ見るのがなんだか楽しい。


「戦争……だったね。僕の育ったところでも多かった。でもそれは、人間のように同族の争いではなかったし、僕自身が戦争に参加したことはなかった」



 最強の種――竜のもとに育って無ければ、僕も出兵していたかもしれないけれど……。



「以前、馬車を襲った時のお話を覚えていますか?」


 僕が初めて人と接した、あの最初の世の中を知らされた時の事か。


「もちろん。あの時は一度も顔を見ることが叶わなかったけれどね」


 するとずっと横顔をチラチラ見ていた僕の方をリベルテが向いて、


「私はアマトの事がずっと気になっていました。なぜ私を殺さなかったのか?」


 ぱっと目が合う。僕は反射的に目を見開いて瞳孔も反応を見せた。刃を向ける相手を敵としなかったことに疑問を問われた。


「それは……なんとなくだよ。リベルテはなんで僕とシガーンの入国を許したの?」


 僕は答えに困って、質問返しにうってでた。リベルテはふふっと口を緩めると急に止まった。


「レイドやレイナ。ドリルエント博士がここまで連れてきた時点で迎え入れることは決まっていました。なにより、この〈形無き国〉を形作っているのは“民”の皆さんですから」


 リベルテから目を離して、街を見渡すと緑の植物がすくすくと育ち、生命力が強く感じられる。


 農地とは別に、街並みは継ぎ接ぎで違和感はあるもの木造家屋が修繕されて立派に立ち並び、住居が足らないところには簡易テントが設けられ街に野宿するような民は見られない。何よりも帝国内よりも民が笑顔を分かち合い、互いを尊重していることが眩しく見える。


「いい国だ。風が気持ちいい」


「気に入ってもらえたのであれば、代表としてとてもうれしい」


 そこには理性のない純真な笑顔が咲いていた。軽く頬を薄紅に染めた夕陽に輝く美しい華だ。こころの安らぎが得られないことがあるだろうか。


「アマト。おなかが空きませんか? 立ち話も何ですし。この国、唯一の料理屋を紹介します」


 僕はリベルテに連れられて一つの家屋に入る。


 ――カランコロン


 軽快に鈴の音が店内に行き渡る。


 その瞬間、ぴりっと僕の嗅覚には電撃が走った。おいしそうな匂い。それが僕に何かを伝えようとしているようだ。


「良い匂いだ」


「この国、自慢の料理人ですよ」


 すると奥の調理場からズズーと足音が近付いて、その店主と見られる男性が顔を出した。ほりの深い笑い皺に立派な体格、この国、唯一の料理屋を担うには伊達でないベテランを感じた。


 ――ただし、片足を引きずった状態だ。


「いらっしゃい。足が悪いもんでね。水はセルフで…………って。おぅ、姫さんか。水を持ってくるよ。――少々お待ち」


「良いですよ。“フラサブール”さん。お気になさらずに。いつもの“定食”を二人前」


 リベルテが木のカウンター席に腰掛け、グラスを二つ水を注いだ。一つは自分用、もう一つは僕を案内してくれているようだ。


「フラサブールさんはもともと帝国に住んでいたらしいの。そこで料理の腕を磨いたらしい」


 店主の料理をカウンターから見ておくと手際が丁寧だった。背を見続けているだけだが僅かに見える人を斬る技とは違う調理の技。包丁の捌きが食物を活かすのは斬殺とはまたベクトルの違う心構えなのだろう。


「帝国の人間は金を払わないんだなぁ。だから、奴らに旨いって言わせることで勝った気になってたよ」


「帝国からどうやって生きて出たのですか?」


 肉をパン粉にとじて高温の油に投じた所だった。核心を突くような鋭い質問を突いた。パチパチと油がはねて軽快に香ばしい匂いが香りが、空気が静寂に包まれた。


 ただ国民が帝国を出るために城門を開けることは許されず、税を徴収し続ける貴族のもとから逃げるには少なくとも兵士が動くはずだ。


「簡単な話だぁ。城壁から落とされたんだ。病弱な妻とともになぁ」


 感情の起伏はないように落ち着いていた。無粋な質問をした僕への悲観はリベルテから僅かに感受しただけだ。


「でも帝国が生きて出させることをしますでしょうか?」


「妻は落下は衝撃で絶命した。俺はこの右足を完全に砕かれた。だがな、地を這って必死に帝国を離れたさぁ。あの痛みを忘れることはない。だがなぁ……、なぜかは分からんが弓兵は俺を撃たなかった。それはせめてものの優しさだったんじゃないかと思うんだ。散々落とされてからだけどよ。接客態度をみてりゃ兵士のことも分かる。殺されるのは覚悟してた」


「そうですか…………。シガーンはあなたに償いたかったのだと思います」


「俺は入国式に出れなかったが、そいつが来てるらしいなぁ。一度、面を向かってはなしたいところよ。ほら、暗い昔話は終わりにしましょー。飯が不味くなってしまう」


 パチンと手拍子を打つと店主は振り返って、格好いい笑みをグッと引っ張った。

 すると、リベルテはぐぅーっと腹の音を鳴らしてしまう。


「…………っ、しかたないのです、アマト。ここの料理は絶品ですから」


 リベルテは顔を真っ赤に染めて、うつむきながら箸を手に取った。


「はい、カツ定食お待ち」


 それは見る前からおいしいと確信した。香りが鼻腔を貫いてうま味を受け取ったのだ。習った箸使いで丁寧にカツを掴むと店主の秘伝というソースにつけて大口で噛む。

 閉じ込められた肉汁とサクッとした衣の快感が口内で弾けた。

 その時、僕の身体が、感覚が、味覚が、食感が、訴えた。


「どうアマト。おいしいでしょ?」


「――あなたは…………、フラサブール=カスターニエっ」


「お客さん。なんで俺の本名を知ってる?」




「行かなきゃ! お代はこれしか持ってないです。ごめんなさい」


 帝国ではないところで帝国の貨幣を出すのには動転していたのだが、今はこれしか持ってないのだ。すぐに行かなきゃいけないことを僕の感覚が思い出した。


「帝国の“金貨”を受け取るなんてはじめてだ。兵士は銅貨さえも払わねぇからな。何急いでるか知らんが“またの来店をお待ちしております”」


「アマト。夜にはこの近くに人食いの狼がうろつきます…………なんて、あなたには足止めにもならないですね。朝までに戻ってください。それまでに戻らなければ、明け方、全員であなたを探しに行きます。それが“王女”としての民への勤めですから」




「いってきますっ!」




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それは同時刻の城下町フォース北域が壊滅に陥った帝国歴初の事件の当日の夜だった。それはアマトの住居で待つ一人のメイド。



「何があったのアマト。どうして帰ってこないの?」



 ここ三日間。アマトが城下町フォース北域に通っているのは知っていた。だから、風の噂で襲撃に巻きこまれたというのはなんとなく感じる。だけど、アマトなら大丈夫って想い続けていたのに、日が隠れてからだろうか。不安がだんだんと押し勝ってしまった。


 仕える身として主人を信じることと心配すること。どっちが正しいのか分からない。

 ただ今すぐ、会いに行きたいという気持ちがランに出支度をさせた。最も動きやすい軽装で温度調節の簡易的な上着を羽織って玄関へと出た。


 そして靴を履く。主人を待ち続けるか、コチラから向かうものか最後の迷いを……、アマトのためにどっちが最善かを考えていると…………。


「おいっ。下民っ! 出てこいよ」

「お前の主人が裏切って、国外へ出て行ったぞっ!」

「テメェも罪人って訳だよっ!」



 外からそんな声が聞こえた。

 アマトが生きている。まずその確認にホッと出来た。

 ドアを僅かに開けると“無地の軍服”が四人ほど敷地の外で見張っている。王都セカンドに“無地”がいるということは何かの特例の任務。つまり、アマトの件の信憑性は高い。


「私もここにいても意味がない」


 靴を一度脱ぐとそれを持って、裏口へと回った。ひとまずは北に向かって逃げるしかない。息を潜めながら、裏道へと出るとすぐさま、右腕を捕まれた。


「しまっ…………」


「か弱い女の子に振りほどける訳がないだろっ」


 裏道が本当の狙いだったのかもしれない。

 いつだってそうだ。城下町フォースでの名残。裏道に娘を強いると強引に言うことを聞かせる。それが軍服のやり方だ。


「私を命令で捉えにきたんじゃないの?」


 ランが睨みを利かせて、腕を掴む男に言葉を吐く。こんな軟弱な男よりも非力な身体に悔やんでも悔やみきれない。


「状態は聞かれてねぇ。俺が楽しんだ後に連れて行ってやるよ。快感で天国に行けるかもなぁ。罪人“タツモリ=アマト”のお付きさんよ」




「――誰が、大将を呼び捨てにしてんだ?」




「あぁっ! 罪人はざいに………………っ。らっぁあぁ…………“ラグナ”大将ぉ」


 ランがそちらを見ると見た目とか、礼儀とかそんな些細な問題ではない。“存在”が違う。夜道なのにその姿がはっきりと分かる。戦闘経験のないランにも本能が逃げろと呼びかけている。


「しかし、ラグナ大将。アマトは……」


 帝国兵は即座にランの腕を放し、弁を明かした。


「あぁ?」


「“アマト”大将は国を裏切りました」


「誰がそんな判断をした?」


 ラグナが帝国兵にどんどんと近付く。それはランに近付いていることにもなるが……。


「国王ですっ!」


「バカかっ? テメェは……。元帥のおっちゃんが判断するまで勝手なことしてんじゃねぇぞ。“王”に従うならそれでも良いさ。その場合は俺とやることになるが?」


「申し訳ございませんでしたっ」


「さっさとされ」


 ラグナが肉薄する前に帝国兵は去って行った。足音が多くなるのを聞くと回りの兵を引き連れて行ったようだ。ただし、ランは全く退かなかった。


「私に何かようですか?」


 ランは強気に出るとラグナは頭を掻いて、進む足を止めた。


「別に。ただのとおりすがりだ」


「私を助けたつもりですか? “今さら”になって。私が良い年齢じゃかったから父を見放したんですかっ! 身体を売れば命を助けてやるって言うつもりですかっ!!」


「俺を前に反発した女は初めてだ。俺は女は傷つけることは絶対にしないのがポリシーだからなぁ。だが、助けるのは“今回限り”だ」


「これからは助けて欲しいと懇願しろっていうのですか?」


「そんなことしないのは知ってる。“他の男の女”に手を出したって面白くないからな」


「北へ行けっ! アマトは軍服を脱ぎ棄てたのは確かだ。今後、敵対する可能性は大いにある」


「感謝はしません。軍服に恨みはつきません。ましてや、そのトップの“竜の軍服”など“アマト”じゃなければ、見たくもありません」




「――ごちそうさま。前は旨い飯をありがとな。“定食屋カスターニエ”。これは今までのバカどものツケだと思ってくれ」




 ラグナは確かにそういった。


 毎度、小汚いフードに顔を隠す長身の男が来店した。何も言わずに食べ、何も言わずに去る。片すときには、忘れずに代金があった。



 ランは一度、足を止めてほんの少しだけ報われたような気がした。涙がこぼれるのを我慢しながら、ラグナに振り返ることもなく、北へと走り始めた。



「…………っ……毎度ありっ」



 城壁の修復に手が集まっているようで、第三中域サードを超えるのは簡単であった。城下町フォースに踏み入って、戦地を見ると無残な姿を目の当たりに感じた。


 人生で初めて、戦地の跡地を見た。帝国で生まれ育ったランには帝国の危機など、考えても見なかったが……、不思議にも清々とした。


 影を拭うように、城壁へと近付くと足を止めた。


「何者だっ?。修復中の城壁には近付くなと言ってあるはずだ」


「罪人として扱うぞ」


 ランの正面にはトンカチを右手にはしごに乗った兵士の団体。だが、ランが足を止めたのはそんな理由ではなかった。――城壁のさらにその先。



「………………アマトっ……」


 ◇




「もう、すでに罪人扱いなんだろっ?」


 僕は大きな声で城壁へと問いかけた。夜の闇に僅かなランプの明かりでは姿はわかりにくいのだが、僕の視力には月光で十分だ。


「誰だ?」


「このタイミングで敵か? …………っ!? どこいった?」


「……あれっ? 目が疲れてんのかなぁ……?」




 凡の兵士には、僕の姿は一瞬にてかき消えたように見えるだろう。ランのすぐ目の前に降り立った。


「……ラン、迎えに来たよ」


「帰りを待つのは私の仕事なんだよ…………。お帰りなさいませ」


 ランは僕の胸に飛び込んできた。左手は強く動かせなかった僕は右手でランを強く抱きしめるとそれだけで、なぜか家に帰ったように安心した。



「――ただいま」



「おいっ! 城内だ。城内に誰かいるぞ」


「ラン、放しちゃだめだよ」


「私を一度おいていったんだからっ……。放せっていったってギュッとしてるんだからね」




「ちゃんと思い出したんだ。身体が覚えてる。――“ラン”の味を。僕の感覚が本能が忘れることはないよ。これからも一緒によろしく」


「アマトー。なんだか、告白みたいだよ」


 ランは少し照ればがら、息多めで艶っぽく声を出している。僕は色恋には疎いのが仇なしたのかは分からないが、冗談っぽく。


「告白……? 確かぁ……お付き合いするときは……、まず、“ランのお父さん”に挨拶するんだっけ?」



「――えっ!?」



 僕がランを抱いて、高速移動をはじめると風音にランの声は隠れた。


 ランは父の生存に喜んだのか、はたまた、僕がプロポーズを否定しなかったことに喜んだのか。移動中、ランは頬を暖かとしていた。








改めて、ここまでお読みいただきありがとうございます!


今回で“継承と警鐘”を完結となります。

次回は完結記念をさせていただこうと思いますので、ぜひとも次の更新をお待ちいただければと思います。


竜を継承したアマトの帝国に感じた災いの警鐘が帝国歴に傷を築いた――完。

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