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未だに増援の見られない戦況の中で二人の“英雄”を手こずらせる秘策が煌めいていた。
“シガーン”と“コウノーシャ”が分断されてから戦場が活性が見られた。敵は地面から次々とあふれていてあっという間に防御線を乱される。弓を極める“英雄”シガーン大尉にとって近距離戦は非常に武が悪く双子に手を封じられていた。
「ちょこまかと鬱陶しい……」
「子供だましの四刀流にずいぶん手こずってるね」
シガーンに一矢も構えさせないヒット&アウェイにスイッチ&フェイント。戦闘経験の優れた双子の息にシガーンは翻弄され、まともに戦えやしない。
「避けないで剣をとったら、どうだ?」
挑発の中に紛れた“殺気”に敏感にシガーンはバックステップ。
鼻先に刃が掠り、赤い飛沫が垂れるのを拭う間もなく次のお相手(剣技)にお相手する。
「っち…………クソっ」
――本気で俺の首を取りに来てるなぁ。
「なんで、しゃべらないんだ。“大人”の余裕って奴?」
男児が持つのは刃渡りが長く、刀身が幅広い重量のある二刀だ。
ある程度、速度に劣るが鍛えこんだ男の立派な腕から放つ一太刀は弓では抑えられない。
「――シッ!」
シガーンは水平に身体を飛び込ませ、剣線を躱す。そのまま、反撃代わりに口で音を被せ、不意に手に握った矢を投擲するが牽制程度に躱された。
「ガキの戯言は聞いてくれないの?」
一方で、女児が持つのは逆手持ちした風切りの薄刃の二刀。なかなか致命傷とはいかないが間合いに入られれば避けるのは不可能なほど迅い。命を取れずとも部位破壊に適した凶器だ。
一刀を弓を当て威力の相殺。もう一刀は右肩を刃に抉られるがなんとか皮膚に留めた。筋肉系に損傷が会っても構わない。神経系統・靱帯系統。骨格。身体さえ動けば何とでもなる。再び、男児がシガーンに迫った。
単調ではない双子独特のリズムが予見を許さず、シガーンを窮地に立たせ続ける。
若すぎる膂力ながらに移動速度もシガーンに劣らない。常に二人が回り込むことで誘導されているかの様に逃げ道が見当たらない。
「ふっ……テメェらも笑みが消えたんじゃないか?」
「まさか弓兵を一人殺すのにここまで手こずるとは思わなくてね」
「挑発に乗って下手をしてくれれば楽なのに……」
血肉を削られるのはシガーンだが、精神力を削られているのは互いに同じだった。四刀流という戦法は誰でも出来るの代物じゃ無い。双子といえど、お互いの刃を躱しながら攻撃を投じなければ、シガーンに隙を与えてしまうのだから、命を張っていることに違いは無い。
「ふぅー……。気に入った。俺は帝国特務軍隊北門の護衛部隊所属大鷲の“シガーン大尉”だ」
「僕はレイド」
「私はレイナ」
「「僕(私)達に所属はない。――ただ……形無き国。リベルテ王女の近衛兵としてやらしてもらってる」」
そうか、この会話の間、お互いは呼吸を整えることだけに集中していた。単なるスタミナ充填。決して無駄話にあけようとも相手に行動を許すわけにはいかない。
シガーンに対して挟みこむ双子は配置し、捲れ上がった地面を塹壕代わりに背を預けていた。息を荒げていた。一射撃は許しても双子のどちらかが背から命を絶つ。
単純な数の利だ。
――つまり、シガーンが弓を構えることはない。
――――……のはずだったが、
「見せてやるよ」
レイドが塹壕からシガーンを注視すると、切り傷によって継ぎ接いだボロボロの軍服が風邪に翻るも直立して堂々と天を仰いでいた。弓矢を天空へと向けていた。
「……〈超弓イカロス〉。その蝋を持って天を穿ち水面に舞うが儚き翼よ。今、矢になりて地を染める礎となれっ!」
――【地上への墜落】
シガーンの放つ光陰矢の標的は万物の力及ばぬ“太陽”そのもの。天まで届かぬ矢は破裂し地上へと降り注ぐ黄刃の雨となり降り注ぐ。
「レイナっ! 最高の“お遊戯の時間”だ」
「いくよっ! 【テルテル坊主】っ!」
レイナが飛び出すとレイナの得物は白き輝きを増して天女の衣の様なオーラを纏った。風貌から和装を伴い二刀の舞が光を自由に膨らませる。徐徐に徐々にと形ある“何か”へと変化していくとそれは降り注ぐ雨を阻む――てるてるぼうずとなったのだ。
――好機。
「もう逃がさないぜ」
姿を晒した獲物をシガーンの得物が捕り逃がす訳がない。最速で弦を引き絞ると射線上に女児を捉え…………。
「おっさん、“もう逃がさないぞ”」
シガーンの背筋を冷たくする増大する殺気。振り返るとレイドからは額から角が生えているかの様に覚醒した黒き二刀が光を吸収する禍々しい黒が立ち込んでいた。
――【鬼ごっこ】
まだ距離はあるのに必中を覚悟した。判断の速さは戦場で手札を多く持つことだ。
――ズガッ!!
身を翻すと同時にシガーンは刃を受けた。調整した腹の位置。何の抵抗もなくレイドの刺突はシガーンの脇腹を貫いた。血がはねて激痛にシガーンの顔はピリッと皺が刻む。
「……うぁあ…………ガハッ……」
血反吐を吐いても腹から血を垂れ流しても漏れる血液は後を絶たない。
「シガーン大尉。あなたの首をもらっていきます…………。あれっ」
「…………ゼェゼェ。“肉を切らせて骨を断つ”って知ってるかァ?」
レイドの二刀は突き刺したシガーンの脇腹から微動だに動かない。手汗と飛び血で持ち手が滑るのはなおのこと、レイドはシガーンを目の前に武器を失ったも同然。勝ったと余裕を見せたのが仇になった。シガーンの口角はずっと上がっていた。
「レイドっ! 離れてっ!!」
後ろからレイナの二刀がヘルプに振りきられる。
「来たら、ダメだ。レイナっ!」
しかし、レイナが突撃を仕掛けたところでレイナの頬に一矢、赤い線が掠った。シガーンのバックショット技術。背に構えた弓を殺気だけ射抜く“才能の技”。
とうぜん、敢えて外していた。
「……うっ」
レイナの脚は自然に棒の様に止まった。物怖じから動けなくなった。もがこうとしていたレイドもレイナへの牽制を前に顔を真っ赤に激昂した。
「レイナに手を出すな。殺るなら俺をやれっ!!」
「嫌だ。死んじゃ…………嫌っ!!」
ようやくガキらしくおとなしくなったもんだ。レイナからは栓を失った涙がすっと頬を暖かとする。レイドはまだ男らしくシガーンのことを睨みきっていた。
その降参とも取れる状況にようやくシガーンは気を許した。苦笑をして、
「二人ともガキらしくなりやがって…………腹に穴が空いてんのは俺だけだろうが…………」
「「――えっ!?」」
双子は素っ頓狂な声をだすとそのまま尻餅をついて、全身の力が抜けきっていた。
「“お遊び”にマジになる大人はダセぇだろ」
シガーンは脇腹に刺さった二刀を抜き出すとズサリと地面に突き立てた。
「俺たちを殺さないのか?」
「見逃すのは“ガキ”だけだ。さっさと消えろ」
そういうとシガーンは弓筒に打ち損じした矢を入れ直して腰にぶら下げた。深手の傷も戦場では甘えていられない。軽い応急処置を素早く始める。
「――手伝った方が良い?」
何をすれば良いかも分からないレイナは武器を収め、シガーンに近付こうとすると、
「命を狙われてる奴に治療を頼む奴があるか……?」
シガーンは傷の痛みを感じながら腹から嘲笑した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帝国場外でも戦線はぴしりと緊張が走っている。
「ドリルエント博士。【ロストブレイブピアス】二発目充填率98.5%。まもなく発射準備完了ですが目標はいかがしましょうか?」
「そうですね。王宮が見えるまでもう一枚外壁を剥がし…………」
「博士。先ほど城門で仁王立ちしていた大男がじわじわと進軍しています。敵はたったの三人というのに護衛隊では全く歯が立ちません」
「【ロストブレイブピアス】は一時、保留です。機巧の騎士の装備展開。臨戦態勢へとエンジン追加機動。燃料を調整」
「「了解!」」
「エンジンをシングル供給からデュアル供給へとシフト。スタミナモードからパワーモードへと変換します」
クルーが忙しく動けば、それだけ筐体の変化も絶大に変化していく。操縦室の室温は急激に上がり始めた。それは忙しくなったことや緊張、湿度上昇。そういった人為的な結果ではない。単純に巨兵がその熱を生み出し行動を可能にする“翡翠の魔結晶”による二次被害に過ぎなかった。
※※※※※
「コウノーシャ大尉っ。圧倒的だ」
「俺たちが出る幕もない」
「――おりゃぁぁあっぁぁぁあぁぁぁぁあっぁあ」
「「ぐあぁああああ」」
「――怒るぁぁあああああああああああ」
「「ぎゃぃぃいぃぃぃぃぃぃ」」
コウノーシャが大斧を振るう度に命の篩いに賭けられる。豪腕から繰り出す轟々の一撃が賊兵を枝の様に薙いでいけば恐怖が襲ってくると言っても過言では無い。
一撃が当たらなくとも次の一撃で真っ二つ。命刈りのトレーラーが一度、対峙すれば止まることが無い。賊兵の持つ汎用の剣が大斧を止める術を持たなかった。
――斧だけではない。
規格外の体躯と筋肉の鎧。そして、“英雄”としての才能が勇ましいこと天上のごとし。
「かっ…………かか、怪物だぁぁああ!!」
つまり、敵対すれば名を変えるのも間違いない。その背に斧を投擲すると縦にざっくりと斬り堕ちた。
『…………プププっ…………。標的遭遇。バトルモード移行』
その矢先、筋肉の大男コウノーシャは自らの大きさを遥に超える金属の巨体と正面を向き合った。コウノーシャの大斧と機巧の騎士の巨槍が、今にも触れ合いそうに互いに惹かれあった。
『顔認証完了。戦闘データなし。初めての敵です』
「綺麗な緑だなぁ…………。俺も機械とやるのは初めてだ」
――パワーとパワーが重なった時、森は平地と化す。