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第四章 改編の開戦
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僕が王都に住むようになって数日。
僕はただひたすらに帝国内を見て回った。僕はただ“傍観者”。
困った人々を救うことも、帝国兵を咎めることも、誰にも手を差し伸べることなく、
――僕は人の世に関与していなかった。
時折、売店で一般客として対価を支払い、食料を得るだけだ。
“竜の軍服”の僕が財布を取り出す行為に驚く店主を見るのにもうんざりしてきた。
最近の日課と言えば、城門に上がって街を見渡すことだ。すると会話の相手は大体決まっていた。
「まさか、“アマト”が“大将”だなんてな」
「“シガーン”に最初に矢を放たれたときはビックリしたよ」
「俺の渾身の一発を躱したときに信頼したよ。で、あの少女は助けたのか?」
「見逃したさ」
僕とシガーンは役割が違うため、背中合わせに支え合い城壁上に腰を下ろしていた。
“大鷲”の“シガーン大尉”は国外の監視と門番。“竜”の僕は自由に国内の観察。少なくとも3日間はこうして夕方まで過ごしている。
「シガーンはさ。この国の状況をどう思ってるんだよ?」
僕らは“世間話”をして過ごしている。“世間話”と言えば“雑談”と捉えられるかもしれないが、何よりも重要な話と思えた。
「俺は国外しか見てねえからな。知ったこっちゃない」
シガーンは耳を掻きながら心のこもらぬ声を発した。僕にはそれが話を逸らそうと逃げたようにしか聞こえなかった。
「じゃあ、一時的に交代してみる?」
僕はシガーンを逃がさないように一つ提案を重ねる。
「ちぇっ! 言えば良いんだろ。“大将”さん」
シガーンは苦笑してあきれた様に声をだした。そして背中合わせの体重を余計に重くもたれてきた。
「護る価値がある…………とは思えねぇな」
「だったら………………」
「――でもよ。何をすべきか分からないんだよね」
「じゃあ、シガーンも“何かしなきゃいけないことは分かってる”仲間だなぁ」
「何だ? それっ」
僕がふれ合った“特務軍隊”のメンバーでは、現状に満足している者が大半を占めているが、中には少数派として“帝国”に疑念の抱く者がいる。それが“何かしなきゃいけないことは分かってる”仲間と勝手に名付けたのが僕。
すると双眼鏡を手にした一人が僕らの方へとドスドスと歩み寄る。
「おいっ! シガーン。一時の方向になんか怪しい気配がないか?」
シガーンとタッグで警備を担当する“コウノーシャ”大尉だ。筋肉の鎧が“大鷲の軍服”でも隠しきれていない。そして、背丈ほどある“大斧”を携えていて、丸坊主なところが清々しい。日焼けした肌と若くして笑い皺が寄っていて、兵士からの信頼の厚さは随一だ。
「あぁ、一時の方向かぁ………………」
シガーンはコウノーシャから双眼鏡を受け取ると眼にかかるほどに伸びたクセのある黒髪をかき上げて、双眼鏡を覗き込んだ。
僕もその方向を肉眼で見てみると、かなり遠くに“金属”のかたまりのような山道や林道には似つかわしくない異様な物体がみえた。
「――威嚇射撃してみるか?」
シガーンは漆黒の“大弓”を左手で突き出した。使う矢はやはり汎用性の高い一般、弓兵と同じしなりの良い軽い金属製の得物。口数の多いシガーンが静かになった思えば存在感が消えた。
弓戦の“英雄”とは士気を高ぶらせる怒号とは、――真逆。
“存在”を消し、潜伏することにこそ真価が発揮されるのだ。
しかし、
「――なっ……なんだ、ありゃ……!?」
◆
森林に潜む金属の陰、近辺。
帝国に住まう者と住まわない者の邂逅は刻一刻と迫っていた。
「ドリルエント博士っ! ハイエンドスコープに敵の動きが映りました。城壁の上に“いつも”の大斧と大弓の“怪物”が二人と背を向けていて分かりませんが一人男がいます」
山道に紛れる異物は遠くからでも見えるほどに巨大であった。
その巨体は中に――成人男性の七、八人を取り込めるほどに。その中では巨体の瞳となる部分から帝国の城壁を見据えるレンズが搭載されている。
「なるほど、敵はコチラに気づきましたかな?」
「はい。すでに大弓を向けていて、今にも射出しそうな構えです」
“怪物”と相対するために“怪物”を開発した。そうとでも言うべきだろうか。金属の装甲内部に入り込んだ七、八人の男達はそれぞれの“操縦席”へと座った。
「では、“コチラ”も動き出しますかなぁ」
――【機巧の騎士】起動っ!
『――魔結晶より動力エネルギーを転換。出撃準備、完了。指示の待機』
白銀の金属の身体が抽出した魔力を通わせる。“機械の血”といっても過言ではない。
その魔力に翠へと色を変えると木々を草原と見間違えるかのような、豪腕に巨脚。
神々しい巨体が立ち上がり、赤き瞳を光らせた。
「“英雄”と呼ばれ鼻を高くした連中に、私たちの機巧の強さを見せるときですよ」
※※※※※※※※※※※※
――――…ツゥ――…ツゥ。
「こちら突入部隊、城壁近辺にたどり着いた。門番は“マシーン”を警戒してる。そのまま、陽動を頼んます」
小型の通信機械を持って連絡を取り合う部隊が林道に紛れていた。城門に近く普段なら、“怪物”の大弓の餌食になってもおかしくない距離だ。
「レイドぉー。“マシーン”じゃ無くて、【機巧の騎士】でしょー」
部隊長によく似た顔を持つ女の子が口を尖らせて、部隊長の男の子に指でつついた。
部隊を持つには若すぎる双子の男女。
――それまでに世界は異常になっている。
「レイナはしゃべるなぁよ。俺たちの部隊は今、“潜伏”してんだから」
その部隊の先頭で指揮する二人には緊張感は薄い。隊列を組む男達の方が物怖じしているという具合だ。
『――――…ツゥ――…ツゥ。ずいぶんと大人である私が戦場へと行かず、【機巧の騎士】に籠もってるなんて申し訳ない。君たちはまだろくに“人生経験”も少ないのに』
「――…ツゥ。なにいってんだよ。“ドリルエント博士”。これから幸せを掴むために戦うんだろ」
「そうだよぉー。それに【機巧の騎士】を創ったのも、動かせるのも“博士”だけなんだから。適材適所ってやつでしょー」
『――…ツゥ……………………っ。レイドくんっ。レイナくん。では作戦を開始しましょうか』
◇
「――なぁ……。コウノーシャ、気を抜くなよ」
シガーンは標的の図体。そして、鬼才に輝く翡翠の輝きに。
――“英雄”の直感が一筋縄ではいかないことを悟った。
「…………シガーンっ! 十時の方向に“殺気”だ」
その陽動に大目玉を食らっても見逃しを許さない、コウノーシャが咄嗟に大斧を構えた。
豪快な“英気”が合金で出来た鋼の大斧の刃渡りをより鋭きものに増長させる。
『突入部隊っ! “ストーンエッジブラスター銃”を構えっ』
『撃っちゃぇえっ!!』
――――――バッババッッバババババッンっ!!
こうして、電撃的に闘いの火蓋は切られた。