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リリィが帝国兵どもの連行をしていくと僕は一人になった。城下町の民からはこの“竜の軍服”が神様にでもみえるのだろうか、崇めるようにすれ違う人間達は道幅を取って深々とお辞儀を済ます。
国民の地に向けた面構えが果たして善意にあふれているのかは考えるまでもない。
『今日は俺とデートしよっか』
『ほらほらっ! 踊って、踊って』
無地の軍服のハラスメント行為は鳴り止むことのないスムーズ再生。僕の耳にはそのほとんどが伝播した。リリィとすれ違った町娘は“たまたま”助かっただけ。この根源を止めることは実際、出来ないのかもしれない。
僕はそんな恐喝と悲鳴にうんざりしながら歩いていると、
「元帥ずいぶん衰えた♪ 減衰っ! 老化♪ 悪影響ぉっ」
汚れを知らないような幼気な少女の鼻歌が聞こえてくると僕の注意は完全にその女性に向けられた。国民が“元帥”を愚弄するなんて即死も良いところだ。
足音がポンポンと軽快に近づいてくるのを感じるとすれ違うのもまもなくだ。なぜか、人気の少ない大通りから、一本裏道を通っているので僕も裏道へと移動をした。
「将官ひょろひょろ、へっぴりごし♪ 花形将軍逃げ腰だ。召喚頼りのチビ将官っ 佐官は働き報われない。功績取られて、花咲かん♪」
その歌声はだんだんと近くなっていく。“この道”を曲がれば、間違いなく遭遇する。
◆
『なぁなぁ、俺とのデート楽しみだっただろ? 今日の下着は何色よぉ?』
「辞めてください。それ以上近付くなら、あなたを殺して私も死にます」
『おいおい“無地”といえど、兵士だぜ。小娘に俺をやれるわけねぇだろ。心配するなよ死なずとも天国につれてってやるからよ』
「きゃぁああぁぁぁあぁあぁああっ! 離してっ! 離してよぉっ!」
◇
この道の先には下衆な男がいるのはすでに分かっていた。しかし僕は町娘や兵士――否、変態士よりも、幼気な声でブラックソングを歌い続ける彼女にこそ興味があった。
「尉官はずっと仕事中っ! サボっちゃいかんぞ尉官ども♪ 大尉はサボっても退位しない。お仕事戦場、洗浄機っ♪」
――ダッ!
僕が曲がり角にさしあたり、一本の裏道に出るとそこには娘のナイフを取り上げ、娘をいたぶる兵士の姿。――そして、その奥には今も小さな身体に大股でリズムを取りながら、身体を揺らす軽快な女の子がいた。
僕よりも先に兵士の方がブラックソングの歌い手に眼を向けた。
――すると、兵士はその身をびくりと緊張させた。
『こっ、こここここれは、“ジルドラーグ中佐”っ!』
「巡回、殉職、順調だっ! 今日も兵士が消えていくー♪ 王都は吐き気で嘔吐する。過労死万歳、国健在っ! 刑を決行、執行官♪」
綺麗な声で楽しく歌を響かせるその少女が纏うのは“大狼の軍服”。
灰色の髪をツーサイドアップにまとめ上げ、愛おしい小動物の容姿をしながら“英気”にあふれていた。髪飾りは“かんざし”と言われるシンプルなデザインなのだが、主張が強くないところがまた良い。上下身体に膨らみはなくシャープなラインが際立つが、帯刀するその“太刀”があまりにも可愛くない。
笑顔で歌を歌い続けながら“ジルドラーグ中佐”は帝国兵に近付くと、帝国兵は冷や汗を浮かべ、逃げるようにひたすら弁解に走る。
『じっ、ジル………………。“ジルドラーグ中佐”が、まっ……まさかいらっしゃるとは思いも……しませんでした。今ちょうど、ナイフを向ける、こっ……この少女に『危ないよ』と注意しているところでした』
兵士が嘘を吐き捨てているが、状況は至ってシンプル。帝国兵が取り上げたナイフを町娘に突きつけて脅し、もう片方の手で胸を弄んでいたところだ。
「じゃあ、国民のために行動しようとしてたんだね」
『もっ、も……もちろんですよ』
「じゃあ、悪いのは――“その腕”だけってわけだね」
“ジルドラーグ中佐”は可愛い声をして剣の柄を握った。その一瞬の業を僕でも見切ることは出来なかった。柄を握ったと同時といっても誤りはない。
『へっ?』
兵士が素っ頓狂な声をだすのも無理ない。――兵士の腕は抵抗もなく重力に従って堕ちていったのだから。
断面は滑らかなで生々しい肉塊。肉も骨も神経も崩れることなく断罪されると赤の生き血が遅れて滲みだした。じっくりと赤に変わっていく腕の亡骸。
『うぁぁあぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!』
痛覚が遅れて趨ったのだろう。堕ちた自らの腕を“拾う手”ももうない。
“ジルドラーグ中佐”から逃げるように悲鳴を上げて走り去った。腕のない“軍服”の逃避行など民から笑い飛ばされておしまいだろう。命を絶ってやる方が気休めになるんじゃないとも思った。
ちょうど涙目に赤の腕を垂れ流した兵士は僕とすれ違うことになる。
兵士が僕の目の前で立ち止まると“竜の肩章”を直面して言葉もなく気絶してしまった。
「あれっ? 見たことのない大将さんだー♪」
このままでは出血多量で亡くなるだろう兵士なんて蚊帳の外。僕は彼女の伎倆と風貌に虜だった。
「君が“ジルドラーグ中佐”ですか。いつも放浪してるとか?」
僕は彼女の間合いに容赦なく入っていった。彼女が“腕だけを斬ったように”悪を選別しているのであれば、斬られる可能性は少ない。
「えへへ。まぁねー♪」
「その剣技、可愛い顔して恐い方ですね」
「恐い顔して恐いよりはマシだよー♪」
のほほんとしたその雰囲気と鋭すぎるほどの太刀筋、対極的な二つが僕の口調を硬くする。
「たしかに。噂で放浪してると聞いたとき勝手に“中年のおじさん”と思ってました」
「カタストロ=ジルドラーグって言うの♪ これからよろしく」
「タツモリ=アマトです。“ジル”って呼んでも良いですか?」
「いいよー♪ “アマトくん”っ」
“ジル”はどうにも憎めない、そんな笑顔と人の表裏を見抜くようなまっすぐな瞳を持っていると思う。だからこそ、“ジル”にみえるこの城下町の姿を聞きたい。
「ジルはずっと、今みたいな“パトロール”をしてるの?」
「まぁね。そうだよ」
「さっき鼻唄聞こえちゃったんだけど…………」
「――あらら、“大将”に聞こえちゃったかぁ」
ジルを取り巻く空気全体が僕に刃を向けたようだった。“空気が刺さる”そんなおかしな感覚がするが、なんとなく比喩ではない気がする。ジルが柄に手を伸ばす。
その可愛らしい手が柄に触れれば、ただで済まない気がした。
「“反逆を咎める”とかそういうのじゃないよ。この国をどう思ってるのって聞こうと思って?」
僕は無抵抗ことを示すように両手をあげ、負け姿をさらした。
「…………なーんだ」
そうやって小さく呟いた後、ジルは続ける。
「独り言きかれるのって恥ずかしいからね。えへへ♪」
なんの逡巡もなくジルは微笑みを見せた。
「でどう思ってる?」
「――多分だけど…………“アマトくん”と同じ気持ちだよ♪」
ジルは少女の趣でいたずらに笑う。
「それじゃ、応えになってない」
「アマトくんとはまた会える気がする♪ その時を楽しみにしているから」
するとジルはずっと“探していた何か”を見つけたように意気揚々とスキップをして去って行く。その軽快な姿は汚れた世界でも“かわいい”を配っていた。
「ちょっとまっ…………」
◆
『この家屋も人が住んでねぇんだから壊しちまおうぜ』
『国税をきっちり払ってるんだから辞めとこうよ』
『おいおい、“エックス”。お前は“帝国兵”のくせに弱気過ぎるんだよ。そんなじゃ、兵士になった意味もねぇだろ?』
『国民を護るために帝国兵になったんでしょ?』
『“エックス”分かってないなぁ。俺たちが護るのは“貴族”様方。“下民”は論外』
◇
再び聞こえるうんざりする討論。民家をどうするかで“エックス”という帝国兵を二人の同僚が唆しているのだろう。エックスの報われない気持ちがかわいそうに思える。
僕もそこから先の動向を観察しようと声が聞こえてくる表通りに向かって歩き始めた。
ジルに関しては“その再会”を信じてみようと思う。
『そんじゃあ、表札から壊そうぜ』
『――“カスターニエ”変な名前だな』
その言葉だけで十分だった。
僕の心を土足で踏みにじられた気分だ。
「“カスターニエ”? “ラン”の家を壊そうと」
――バチンっ! ギガガッ、ズズズッ!
僕の一歩は石畳を割った。
反作用で僕の身体は上空へと飛翔する。
城下町を一望する青空への飛び込みは気分を悪くする一方だ。
汚い景色だけ眼に残り、民の頑張っている姿がきちんと評価されない。
ここまで嫌な風が吹くのは最低な町の証だ。
家屋をいとも容易く飛び越えて数秒で表通りに降り立つ。
すると表札めがけてハンマーを振り上げる兵士の姿に
「何をしてる?」
僕は静かに低く声をだした。
「これはこれは大将様ではないですか」
ハンマーを一度おろし、何も悪気がないように僕の方に胡麻を擂って近づいてきた。どうやら僕の声に覇気がないらしい。全力で脅したつもりだったのに恥ずかしい。
「なっ、何をしようとしている?」
僕はなるべく堂々と見せられるように、胸を張って帝国兵に問いかけた。
「この場所を酒場にしようと思って、邪魔な家を壊すところです」
「この家は国税が払われてるはずだ。誰の許可で壊そうとしている?」
「“大鷲の尉官”がそうしろって言いました」
「やっぱり、辞めとこうよ。無理でしたって言おう」
「“エックス”お前は黙っとけ、“特別報酬”が出るんだから」
「――この家は残す。壊すことは許さない」
僕は心のそこからの真意を込めてそういった。
しかし、帝国兵は、
「――しかし、そう言われましても“尉官”様からの命令ですので」
断じて引くことなく、土足で敷地に踏み入れたままだった。
「何言ってるの? “大将”様が一番上に決まってるでしょ。もう辞めよ」
“エックス”と言われる中性的な顔をした気弱な“無地の軍服”。
彼は“尉官”や“大将”に関係なく国民のために動こうとしているに違いない。そんな彼にもう一人の軍服が耳打ちしているのが僕には筒抜けだった。
「おいっ“エックス”。そりゃ、本当に大将だったらな。でも“見かけ倒しの竜”なんかに従って損するなんてねえだろ」
「……そんなの関係なくっ、もう辞めようよ!」
エックスは感情的になって耳打ちに関係なく、仲間二人の帝国兵を正そうとした。
「ああぁっ! お前に設け話が消されるなんてごめんだぞっ」
「“大将”様よ。”ない力”振り絞って実力で止めてみろよ」
躍起になった二人は同時にハンマーを天高く振り上げた。僕は咄嗟に片方のハンマーを振られる前に押さえ込んだが、もう一人の方は物理的に届かない。
もう一人がハンマーを振り下ろしたとき、
「うおおぉおっぉぉおっぉおっっっっっっらららららあああ!!!
――ガンッ!!
――なんでお前が!?」
なんと、“エックス”は身を挺してハンマーを受けた。
ハンマーが壁を壊す代わりに“エックス”が家屋の中へと打ち付けられてガラガラと家具を巻き込む音が響いた。
「大丈夫っ!?」
僕は即座にハンマーを奪い取ろうとする直前、バチッと全身に電撃が走った感覚に包まれた。するとハンマーはするすると無抵抗に兵士の手から抜けた。
“エックス”に打撃を打ち込んだもう“一人の兵士も”なにも動かなくなった。
「二人とも立ったまま…………気絶?」
僕は家屋にぶち込まれた“エックス”の様子を見に“カスターニエ家”の中に入った。
「――さすが、“大将”ですね。一瞬で兵士二人を制圧するなんて」
飛ばされた衝撃で地に腰掛けるも、ハンマーが直撃した背中は全くの無傷。
「“エックス”かぁ。この麻痺針は君の物?」
僕は外で銅像の様に立ったまま気絶した二人の首に刺さっていた針を掲げて見せた。
「――“大将”は“暗具”に気づいたんですか?」
「投げた時に弾けた“英気”にピリッて戦慄が走ったよ。力を隠すのが上手だね」
「お互い様ですよ。僕の“暗技”に気づけるなんて、大将も全然、“見かけ倒しの竜”なんかじゃない」
「僕は別に力を隠してる訳じゃ無いんだけどね…………。なんで“無地の軍服”なんか着て“エックス”なんて偽名を使ってるのか教えて貰っても?」
「本当に“大将”クラスの相手なら僕の手に負えないなぁ………………。理由は死んでも言えません。それに今は死ぬわけにはいかない」
「じゃあ、そうだなぁ。“エックス”じゃない“本名”を聞きたい。それはダメ?」
「――僕の“本名”ねぇ」
すると“エックス”は軍服を少しずつ脱ぎながら僕の方へと歩んできた。
そして、頭に巻いたスカーフを取ると肩まである長くダークブルーの髪が露わになった。
次に軍服のボタンを一つ一つをゆっくり取ると胸の辺りに包帯がみえた。中性的な顔だと思っていたけれど、これって!
――女の子!?
キリッとした強い瞳と滑らかな唇は性別に関係なく美しい。そして包帯を緩めると胸はどんどんと膨らんでいく。今まで窮屈だったのを羽根を伸ばすようにキュートなバランスの良い胸が明らかに。大きすぎず、小さすぎない。
僕に触れる距離までくると、僕の右手を掴み、自らの胸に押しつけ握らせた。
こんな強制的に触らされたのに、おっぱいはいつでも柔らかい。
「ボクは“レイン”。この身体は“アマト大将”にあげる。だから、これはボクのことを絶対に内緒に………………」
僕の首にレインは手を回した。着ているのか着ていないのか、半裸になって軍服をはだけさせて僕を誘惑する。そこまでに大事な志があ………………
――トンッ
“レイン”は僕の首筋を叩いた。その手には一本の鋭利で極小の短針。
「気づかなければ良かったのに。口止めをするなら殺すのが一番。暗技に気づいた時点でこうなることは決まってた。ボクの手際が悪いばかりに巻き込んでごめんね。それは“猛毒”だよ。…………って、もう聞こえてないか?」
「“レイン”って、言うのは本名?」
「――っ!?」
僕の意識が一定していることに、レインは眼を丸くしてその息をのんだ。
「そういうのって、“色仕掛け”とか“ハニートラップ”とか言うんだよね。僕にはまずその良さが分からないんだよね。――あと短針。そんな軽い一撃じゃ僕の身体に傷はつけられないよ」
すると、レインは肩をすくめて開き直った。
「ボクが踊らされてのかぁ。“レイン”は本名だよ」
レインはポリポリと頬を掻いた。色仕掛けは効かないといえど、いい加減胸を隠して欲しいのだが。
しかし、僕が気になったのはレインの右手だった。レインの手に持つ極小の短針を見るとそれは先が折れて、レインの小指にかすり傷を創っていた。
「レインっ! その手」
「まずいなぁ。万が一毒の回りが遅くて、ボクが殺されても“毒殺”出来るように解毒薬は持ち歩いて無いんだぁ」
「――その“小指”かして」
僕はレインの小指を掴むとグッと口をあて、咥えた。
「ちょっ!? ――アマト大将。痛っ」
こういう時は血抜きが一番だ。僕は毒牙の僅かな異臭を察知して、傷口から毒を吸い取った。レインはここぞとばかりに男性ではあり得ない甲高い嬌声をあげた。
指から抽出すると、変な話だが嫌な舌触りとまずい味がする。それを僕は外へと吐き出した。
「殺そうとした相手になんでそこまでっ!? 口の中の粘膜に毒が付着すれば自分が死ぬのに………………っ」
「“竜”はそんな毒程度で死なないよ。僕は“人間”なんだけどね。あはは」
僕はすかして答えた。
「ボクは偉そうな“軍服”を憎んできたというのにアマトみたいな人をみてどう思えば良いんだ?」
レインの困り顔を前に僕はただ笑っていようと決めた。
「レインにはこの大事な家を護ってもらったから……。それにレインも“軍服”を着てるんだろ。僕らはただの“仲間”だ」
「――“仲間”?」
「そうだよ。“半裸”もおかしいじゃん。早く服を正して」
「アマト、君みたいな人間はきっと報われない。いつか、帝国の怖さを思い知る」
「そんなこと分かってる。僕もそんなセリフをたった“一人の同期”に言ったんだ。今は“何をすれば良い”かは分からない。………………でも、」
「「――“何かしなきゃいけないこと”は分かってる」」
僕らは口を揃えてそう言ったんだ。
「ほらっ、少なくとも僕らは“仲間”だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここは城壁より遥かに離れたアマトの耳でも聞こえない帝国の外。
「リベルテ様、ようやく試作機が実践テストを終えました」
「そうですか。前回は結果を急いだばかりに――“ヴェルバ団長”率いる団員を多く失ってしまいました。焦る気持ちを抑え、この時をしかと待ったのです。万全の準備で帝国に見せつけましょう」
「――もちろんです。“闘う才能”は無くとも“私の智力”があればっ!」




