35・吸血鬼への愛に目覚めました?
「どうしたの、サラ? 少し前から様子が変だけど」
部屋の中で、シュリが戸惑いを含んだ声を上げる。
「ごめん、自分でもわからないの」
私は、まっすぐに彼を見ることさえできなくなっていた。
「なんだか、アデーレのことがあってから……シュリを見ると落ち着かない気持ちになる。悪いと思っているんだけど、目も合わせられないし、吸血のときだって変に緊張するし……」
このままではいけないと思い、正直な気持ちをシュリに伝えたのだが、なぜか彼はニコニコとした笑みを浮かべている。なぜなのかは、よくわからない。
「なにこれ、すごく可愛いんだけど」
相好を崩したシュリは、長い腕で私を掻き抱いた。正面に見える彼の顔が、みるみるうちに緩んでいく。
「サラが僕を意識してくれているなんて、嬉しい」
「い、意識?」
「そうだよ、今の話だって、告白みたいなものだよね」
「……そんなつもりはないけど」
上手な言い訳が思い浮かばなくて、私は言葉に詰まってしまった。まっすぐ前を見られなくて、うつむいてしまう。
告白した覚えなんてない。ただ、思ったことを口にしただけで。
「無自覚なところも可愛いな。ゆっくり自覚させてあげるのも楽しみかも」
シュリが嬉しそうにつぶやいている。
「無自覚? 自覚?」
「なんでもないよ、サラは、そのままでいいからね」
「よくわからないわ、だって……」
「ほら、出かけるなら早く行かないと、すぐに朝になっちゃうよ」
「シュリ待って、その前に……喉が渇いたから」
「ああ、気がつかなくてごめんね。最近のサラは、たくさん僕の血を欲しがってくれるから、嬉しいな」
アデーレとの戦いで、私の隷属としての本能が完全に目覚めてしまったらしい。
中でも、私の力はかなり強い部類らしく、全ての力を使いこなせれば、シュリに迫るくらいに強くなれる可能性があるらしい。とはいえ、血の提供主の実力を超えることはないので、彼より強くなることはないのだが……
そして、強い力を持つ隷属ほど、燃費が悪いそうだ。だから、私はすぐにシュリの血が欲しくなるし、彼のそばを長く離れられない。それが、シュリには嬉しくてたまらないみたいだ。
吸血鬼の価値観は、未だに理解しづらい部分がある。
「どうぞ、サラ」
シャツの前をはだけさせたシュリが、私を抱き上げて近くの長椅子に座った。
何度も噛んでいるシュリの首筋部分だが、吸血鬼の回復力は早いので、一日経てば傷はふさがっている。
私は落ち着かない気持ちでシュリの肌に牙を立てた。夢中になって血を啜る。
「サラ、僕の血はそんなに美味しい?」
「……最初は抵抗があったけど、今は飲みやすいと思ってる。他の血は飲んだことがないからわからないわ」
「他のやつの血なんて、一生飲まなくていいからね」
そう言って、髪を撫でてくるシュリの手が心地よい。
ああ、私は今のこのひとときが好きなのだと、自然にそう思った。シュリと一緒にいるとき、一番安らぎを感じることができる。
「ねえ、シュリ」
「どうしたの?」
「私……あなたのこと、割と好きかも」
決死の思いで好意を伝えてみると、シュリはプルプルと震えだした。
「……もう、サラは、僕を何回悶え死にさせる気なの? やっと出てきた言葉がそれとか、可愛すぎるんだけど」
「……」
思う存分シュリの血を堪能した私は、いつもよりも機嫌の良い彼と一緒に外出の準備をするのだった。
吸血鬼たちによる被害は増えていないものの、一向に減らない。
ハンターになる人間は多いが、吸血鬼たちの戦いで消耗する人間も多いので、いつまで経ってもいたちごっこだ。
とはいえ、一級吸血鬼ハンターの数がじわじわと増え続けているので、将来には期待できるかもしれない。レオンも、以前より協会に協力的だし。
まあ、他の場所にもレオンのように他の同族をまとめる純血吸血鬼はいて、その中にはアデーレのように人間に敵対的な者も存在するみたいだけれど。
「そうそう、ヤヨイ国で一緒だったアズキだけれど、無事二級ハンターになって、今度本部に配属されるらしいよ」
彼女自身が本部で働くことを望んだのだとか。
「そうなんだ、サラは嬉しそうだね」
「うん、アズキが無事で嬉しい」
微笑みながら、シュリの手をそっと握る。
私たち二人の生活は続いていく。ほんの少し、以前とは色を変えながら。