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お前もテイムしてやろうか  作者: 心許ない塩分
お前は【テイム】されたいか
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0 プロローグ スレイバ・ノイクンという名の少年

 ──王都アクリスクから最も近い穀倉地帯、俗に『黄金領』と呼ばれる広大な土地の中にフィリテ村という名の集落がある。

 俗名である『黄金』の二文字が示す通り見渡す限りの視界を埋める程の金麦畑が広がる広がる肥沃な土地。年間を通して吹き抜ける暖かい風が気候と風土を支え、時折視界の隅を飼い慣らされた家畜の群れが行き交う。散発する緑の森々は風景の邪魔をするどころか程よい彩りとして景色に溶け込み、この地を題材にした絵画の類が少なくない数存在する程の見事な景観となっていた。

 景色だけでなく王国にとっての【貯蔵庫】の一つであるという役割を十全にこなし、単純な集落の域を越えた領地と規模を誇るフィリテ村だったが、その広大な土地の広さに比べこの地に住む純粋な人間の数は驚く程少なかった……総数でようやく百人を越える程度の微々たる数。

 『人間種』の国家である王国といっても当然それだけの人数で過酷な農作業に従事出来る訳もなく村を支える主な人種層は雑多な血の入り混じった【亜人種】である。


 肉体的に強く、環境適応能力も高く、数も増やしやすい。例え人と同程度の知性を持っていようとも彼らは国にとっては純粋な労働力に過ぎずフィリテ村の場合百人と少しの純正な人間に比べ亜人種の潜在的な総数は千とも万とも言われている。


 ……これだけの人口格差の中、通常であれば少なくない頻度で暴動や仲違い、反逆といった反王国的活動が起こり得るものだがフィリテ村の場合はこういった諍いの類は起きていない。

 その理由として様々な意見は飛び交っているが、何よりも大きな要因として現領主であるノイクン家の人種間に対しての差別を行わない人徳と好政によるものが大きいと言われていた。




──────。




「スレイバちゃん? スレイバちゃ〜ん~~?」


 ……古い木造屋敷の中にやや間延びした女性の声が響き渡る。長く美しい金髪を後ろに束ね、見苦しくない程度に着崩した白い婦人服を纏った妙齢の女性。本当に開いているかどうかも分からない線のような細い垂れ目を忙しなく動かし、何かを探して歩き回っているようだった。



「スレイバちゃ〜ん、スレイバ~~ちゃ〜〜ん……もう、どこにいったのかしら」



 長い通路をゆったりと歩き終え、一際天井の高い一室に入れば腰程度までの高さの棚を開いて中をチラリ、四脚の机の下へと人の目も気にせず屈み込んでチラリ、どう見ても何かが入る訳もないだろう水色の花瓶を覗き込んでチラリ……声からして人か、あるいは動物でも探しているようだが、その動作には無駄も多く本当に捜す気があるのかと疑いたくなる場面も多いが本人は至って真剣そうな様子だった。



「スレイバちゃ〜ん、スレイバちゃ~~ん、スレイバ……あ」



 不意に、忙しく辺りを見回していた女性の瞳が一点を見つめて止まった。


 向ける視線の先にあったのは暖かい日差しの入り込む広いテラス。降り注ぐ日光は薄く織り畳んだ帯のように幾重にも重なり、優しく肌へと触れて過ぎ去っていく柔らかな風が吹き抜ける。

 ……何もかも忘れてこの場で寝転がればさぞかし気持ちの良い昼寝を体験出来るであろう陽気の中、木造のテラスの床には小さな影を作って座り込む小柄な少年の姿が見えた。

 年の頃はようやく幼年から少年へと呼び名が変えられるようになった具合か、同年代の中でも比較的背が低い少年は女性から見ても太もも程度までの背丈しかなく、後ろ姿からだけでも見て分かる光を受けて輝く金色の髪は女性と同一でくすみ一つない美しいものだった。華奢で細い肩周りなど少し力を入れれば折れてしまいそうな程に繊細そうで……壊れやすい芸術品のように見える容姿の子供を見付け辺りを探し回り続けていた女性は嬉しそうに口元を緩めた。

 この少年こそが女性の探し物だった。



「もう、こんな所にいたのスレイバちゃん?」


「……はい?」


「まったく、ずっと探していたのよ! どこに行っちゃったのかってママは心配で」


「……ごごはこっちのテラスにいるって話しておいたはずですけど」


「え、あら?」


「……」


「えっと~、そうだったかしら?」


「……ハァ」



 幼い見た目に相応しいたどたどしい言葉遣いの中で少年の女性を見上げる青い瞳は見た目以上の理性的な光を放って自らの『母親』を見続ける。

 子供の名はスレイバ・ノイクン。彼を探し回っていた女性は子供の実の母親であるウィースピー・ノイクン。ここフィリテ村を治めるノイクン家に名を連ねる者の一人であり現領主ガリィ・ノイクンの妻と第三子でもあった。



「えっと……ほら、あの! あっ、また絵を描いていたのねスレイバちゃん」



 パタパタと小走り気味に近付いて来たウィースピー夫人は何事もなかったかのように少年の手元を見ると声を上げた。

 スレイバ少年の小さな手に握られていたのは雑多な紋様で埋め尽くされた白い紙と細い羽根ペン。四方は整えられていてもまるで羽虫ののた打ち回った後のような少年の絵は非常に難解で……絵というより文字に近いものがあったが夫人の知識の中にはこの絵に該当するような言語はなく、結果的に彼女は可愛い息子の描いたものをへたくそな――非常に独創的な絵であるとして温かい目で見守っていた。



「ふふ、これは……鳥ね! よく描けているわ」


「ちがいます」


「こっちは花ね、綺麗よねー」


「ちがいます」


「これは……あっ! もしかして私かしら!?」


「いや、これはたんなるメモ――」


「やだもう! 嬉しいわスレイバちゃぁん!」


「うわ、ちょ、何を!?」



 少年の小さな肩をがっしりと……万力のごとき力で締め付ける夫人は弾力のある子供の顔へと何度も何度も頬擦りをするようにキスを繰り替える。正に嵐のような母子スキンシップの中で女性と肌が触れ合う度に当の少年はまるで怖気が走ったかのように身震いをするのだが夫人は気付かない。

 たっぷりと数分間続けられた親子の行動は不意に遠くから掛けられた女性を呼ぶ声によって寸断された。実の所夫人の今日の予定は隙間がない程に埋められており、大切な仕事の途中周りの目を盗んで逃げ出して来たというとても褒められた事ではない所業の最中だった。繰り返し夫人を呼ぶ声が響く中女性は残念そうに……非常に残念そうに顔を歪ませると、目の端に涙すら浮かべ自身の息子から手を離す。



「うぅ、ごめんねスレイバちゃん。ママ、もう行かないと」


「う、ぁ……ああはい、さっさと行ってください」


「本当は、何十時間だってスレイバちゃんを抱き締めていたいのに」


「なんじゅうッ!?」


「なのに……ごめんなさい! またお仕事が終わったらね」


「えいえんにはたらけばいいのに」


「くっ、恨めしい、忙しい我が身が恨めしくてたまらないわッ!」


「……そんなこのよのおわりみたいな顔、実のむすこの前でしなくても……ああ、はい、また」



 心底悔しがり口元を引き結ぶ夫人に対し少年の反応は淡白そのもの。子供から手は離し、それでもゆっくりゆっくり後ろ髪を引かれるように立ち去っていく女性。何度もチラリチラリと振り返る仕草は何事かを期待しているように少年を見つめ、その視線を見返している内に子供の方が何事かを思い出し声を上げて。



「あ、そうだ」


「ッ! なに!?」


「え、うわ、はやっ!? いや、べつにたいしたことじゃないんですけど」


「いいの! なんでも言って! ママ、スレイバちゃんの話しなら何でも聞くわ!」


「重い重い」



 少年の微かに漏らした短い言葉に神速の早さで反応する夫人。その姿に一瞬顔を引かせる反応を見せる少年だったが気を取り直し居住まいを正すと声を上げた。



「Guten Tag……Danke schon……Wie heisen Sie?」


「……え?」



 ……少年の漏らした言葉は夫人にとっては予想外のもの、厳密に言ってしまえばマトモな意味ある『言語』には聞こえなかった。当然困惑に眉を曲げる女性だったが視線の先にあるのは何かを確認するようにこちらを見上げてくる可愛い我が子の姿だった。



「いみ、わかりますか?」


「あ、ああ! うーん、分かるわ! えっとねちょっと、こ、ここまでもう出てるのよ本当に!」


「……」


「え、あ……うう〜ん」


「…………ハァ。ちょっとしたおまじないですよ、お仕事をがんばってくださいねっていう」


「え、あ……」


「いそがしいでしょうが、からだにきをつけて、それとあんまりこっちにかかわらないでくれるとたす――」


「スレイバちゃーーん!」


「あ、うおわ!?」



 圧倒的な速度と正確さ。普段の夫人の身のこなしを知っている者であれば目を見開いて驚くであろう一切の無駄を省いた接近と抱き締め。子供の出来る反応速度を優に超えた行動にスレイバ少年が何かアクションを出来るはずもなく、されるがままに母の手により捉えられた。



「なんて、なんていい子なの貴方は! ママ、もう感激して!」


「が、息……あ」


「ママの宝物よ~~~!」


「ハ、ハハ……ハ」



 余所から見れば感動的な親子のスキンシップ、実際に夫人は喜びと我が子の可愛さの余りに行動を起こしていたが、受け手である少年の方は少し違った。

 息苦しさすら感じる抱擁。首後ろへと腕を回され、完全には顔を見られない位置を確認した上で。



「……」



 少年は見た目の幼さに似合わない非常に暗い顔を浮かべていた。



異世界ですね、分かります(遅くなってすいません)

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