【第八話】新たな関係と僕の真実
僕の呼びかけに答えてくれた彼女は、僕を見て名前を呼ぶと再び裁縫に没頭してしまった。
このままじっとしているのも忍びないと思った僕は、日向の近くにある椅子に座る。日向は今度こそ僕に反応せずに作業に没頭していた。
「ごめんな、さっき男女の二人が君に話しかけてきたと思うんだけど」
「そうだっけ? 覚えてない」
眉一つ動かさずそう答えた。
てっきり意図的に無視してると思ったけど、そもそも眼中になかったらしい。
こ、これはあれだ! なんの強がりも偽りも無く、友達を必要としていない人の対応だ。元々一人で寂しがっているであろう日向と仲良くなるという作戦だっただけに、この事実は相当痛い。日向からしたら余計なお世話だ。
と、とりあえず、僕だけでも話が通るんだ、こうなったら聞けるだけ聞いてやる!
「日向は友達とか作らないのか?」
すると日向は動かしていた手を止めて、裁縫道具を机に置いた。
「…………蒼太は、友達が必要だと思う?」
「え……?」
僕は思わず疑問の意味を持つ言葉を漏らしてしまう。日向の反応が割と良かったことが原因でもあるが、僕に衝撃を与えたのはそれではなかった。
蒼太? 今日向は僕のことを蒼太と呼んだ。それが最近の女子高生の発言というのなら大して驚きもしない、少し照れはするが普通に応じるだろう。
しかし、日向愛璃。彼女は普通の女子高生という枠からは少し離れている。一人を好んで口数が少なくて表情豊かでなくて天然な少女である彼女。そんな彼女だからこそいきなり下の名前で呼ばれたことに驚きが隠せない。
あれ? そもそもなぜ日向は僕の名前を知っているんだ? 日向とは初対面ではないが、確かあの時名前を伝え忘れていたはず…………。
「日向。俺たちって前にどこかで会ったっけ?」
「蒼太のポケット縫った」
「いやそんな最近のことではなくて」
日向は首を少し横に傾けてキョトンとしている。いや、今のは確かに僕の言い方が悪かったけど、やっぱこの娘天然だな。
「そうじゃなくてさ、えっと。ポケットの時より前の、例えば中学よりも前とかさ」
それならばありえる。僕は記憶力が悪いのか、小学生の頃の記憶が漠然としか思い出せないのだ。小学生の頃はやんちゃで、みんなの中心に立つのが大好きな好奇心旺盛な少年だったのは覚えている。しかし、なんというか。思い出や、友好関係、なにかと大事だったような気がすることを覚えていない。まるでノイズがかかっているかのように忘れているというよりは隠れている感じ。出てきそうだけど出てこないもどかしい感じなのだ。
日向は少しだけ目を見開くと、また無表情に戻って答えた。
「小学生の時、命を助けられた」
「あ、そうなんだ――――命?」
僕はつい間抜けな顔をしてしまった。流石に日向がデタラメを言っていると思ったからだ。僕が人の命をというか他の誰かだって人の命を救うなんて出来事そうそうあるはずがない。例えあったとしても、その場に居合わせた僕はきっと足がすくんで動けないだろう。
「さ、流石に人違いじゃないかな? いくら僕が物覚えが悪いとしてもそんな衝撃的な出来事を忘れる
はずが」
「いや、覚えてる。蒼太は愛璃を車に轢かれそうなところを助けてくれた」
日向、自分のことを名前で呼ぶなんて意外と可愛いとこ…………、ってそんなことじゃなくて、小学生の頃女の子を助けた記憶なんてないぞ?
いや、案外重要とは思わずに簡単に忘れたって可能性もあるか。こんな僕でも昔はやんちゃだったし、車に轢かれそうな少女を見たら迷わず助けて、晩飯時には忘れていたのかもしれない。あの頃はアパートのおばさん…………もといお姉さんが毎日晩ご飯を作ってくれていて、その料理がまた絶品だったのを覚えている。
ってなんでこっちの方を覚えてるんだよ。
「と、とにかく。僕らは以前から知り合いだったということか。ごめんね、覚えてなくて」
「気にしない。またこうして話せてるから」
う、ううん? さっきからやたらと日向の反応がいいな。もしかして僕は日向の中では案外いい位置にいたりするのか? 嬉しいけど、なんかむず痒いな、へへへ。
「なんで笑ってるの?」
「い! いや! なんでもにゃ、ないよ!」
「そう?」
しまった! 顔に出ていたか! しかも噛みまくったし!
しばらく僕を見つめ続ける日向。その綺麗な瞳に少しドキッとしながらも、平静を装う。
やがて僕の顔から目を逸らす。
「それで、蒼太は友達が必要だと思う?」
「あ、うん。そういえば話の続きだったね」
正直その後に色々ありすぎてすっかり忘れていた。
「友達か、僕は――」
「新井君大丈夫?!」
「大丈夫か相棒ォ!」
「なにがっ!?」
言葉を紡ごうとした瞬間、戦闘不能だったはずの二人が教室に飛び出してきた。
「お! おぅ……大丈夫そうだな。てっきり窓から身を乗り出している頃だと思ったぞ」
「よ、よかった……てっきり生きる可能性を見失っている頃だと思ってたよー」
「二人共、さっきそこまでのダメージを負っていたんだね」
二人の乱入により場に収集がつかなくなり、日向は少し呆然として僕らを見ている。その視線に気づいた僕は今できる精一杯の笑顔で答えを返した。
「話の続きだったね。僕は以前まで友達なんて必要ないって思っていた。それこそ日向みたいなもんだよ。でも、そんな僕に大切なことを教えてくれた人がいるんだ」
僕は泉さんを見る。彼女が僕に昔のようにとは言わないが、友達が大切な存在だという真実に気づかせてくれた。
僕は席から立ち上がって泉さんと雅俊を見て笑う。
「今は、悪くはないなって思ってるんだ。こういうのも」
少し恥ずかしいセリフだったが僕は言った。日向にも気づかせてあげたかった。
「日向。よかったらもう少し人に歩み寄ってみようよ。最初はほんのちょっとでいいんだ。僕らでよかったら、手伝うからさ」
日向は後ろでなんか騒いでる二人を見て、僕を見上げた。
「蒼太がそう言うなら…………、頑張ってみる。もう一つ聞いていい?」
「うん? なに?」
「あの二人は、蒼太にとってのなに?」
日向の言葉に、言葉が詰まった。それは迷いがあるからとかではなく、答えがハッキリしているからこその結果だ。
「…………友達、だよ」
照れくさい。照れくさいけど、この言葉を言えるようになれたことを嬉しく思えた。
きっと僕の表情は嬉しさと恥ずかしさが混じったような変な顔なんだろう。
友達というのは曖昧な表現ですよね。一体どこまでが友達なのか、学校で喋るとこまで? それとも外で遊ぶとこまで? お泊りするとこまで? そう。友達というのは曖昧で、しかし本人がそう思ってしまえば真実なんですね。
今回の話では、蒼太が二人を友達だと断言して日向との関係の発展だけでなく、出番の少なかった二人との距離まで縮まる話でした。
今の蒼太にとって二人は友達だというのが真実なんですね。
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それではまた次回! 今回も読んでいただき、ありがとうございました。