魔王と呼ばれた神子のモノローグ
二千年の記憶の中で、何度も取り返しのつかない罪を犯してきた。
償うこともできぬまま、ただただやるせない時間を淡々と過ごしてきた。
魔王。
理性を失った僕のことを、人間達はそう言う。
そしてその名に相応しいほどの外道な行いをしてきたことは事実で。
人間の願いから生まれた僕。
自分の意志とは関係なく毒が内に溜まり、気付けば暴走してしまう。
それは確かに僕にはどうしようもないことで、仕方ないことだ。
だが、それでもそれを言い訳にして納得するには、あまりに血を流し過ぎた。
暴走した後、毒を吐きだし切りふと理性が戻ると、嫌でも切り裂いた肉の感触を思い出してしまう。
流した血の色、恐怖に染まる子供達の顔、響き渡る悲鳴…地獄のような光景が頭にこびりついて離れない。
二千年。
そう、二千年だ。
それだけの途方もない時間、気が狂うほどの記憶を忘れることもできず、罪を償うこともできず、生きてきた。
そんな僕の唯一の希望は、僕と同じ目的で生まれながら、僕とはどこか違う“妹”の存在。
僕のように暴走することはないが、神力を持たず異質な彼女は、僕とはまた全く別種の苦悩を強く抱えて生きてきた。
無いものを埋め合うようにして共に過ごした彼女は、僕にとっては誰よりも大事な家族だ。
純粋に慕ってくれる彼女に、どれだけ救われたか分からない。
同じように他からは理解されない苦悩を抱えた彼女の存在に、どれだけ安心したか分からない。
それでも真っ直ぐに人間を見つめ続け笑った彼女を、どれだけ尊敬したか分からない。
つまるところ、彼女は僕にとっての全てだった。
そんな彼女を守れたことの方が少ない僕は、いくら神力を持っていた所で所詮は無力な存在で。
そして、そんな自分を棚にあげて、僕は彼女を傷つけた脆くて誠実な人間達を憎んだ。
孤独だった。
ずっと孤独に生きてきて、彼女が深い眠りについたら更に孤独で、地獄のような記憶を引きずり続けた自分は、ひどく惨めで醜くちっぽけで。
自分の非を、罪を認めるよりも、人間達を責めたて理不尽な目に合わせることで何とか均衡を保とうとしていた時もあった。
呪うように彼らに罰を与えた僕。
試すだなどと言いながら、ドロドロとどす黒いものを巻きつけていたことは否めない。
そしてその中のほんの一部では、どこかで期待していたのだ。
彼らならば…彼女の心を一瞬でも開いた彼らなら僕のこの苦悩を知ってくれるのではないか、と。
彼らに罰だなどと言いながら付けた呪い。
それが記憶の連鎖という手段だったのは、そんな利己的な理由。
どうしたってこの世で一番に罪深いのは僕なのだ。
誰よりも多くを不幸にし、誰よりも罪を重ね、誰よりも狡猾に生きてきた、この僕。
今さら謝罪などする資格だってありはしない。
「…そう自分を責めなくてもいいと思うけどね。私も人のことは言えないし」
「人間だって似たようなもんだよ、誰だって自分が犯した残酷な罪にすら気付けずいる」
酷く落ちた僕にそう告げてきたのは、信じられないことに、誰より残忍な“罰”を受けてきたはずの人間だった。あれはいつのことだったのか、思い出せない。
けれど情けないことに、そこでやっと認識した自分の犯した罪の深さや残忍さ。
「人間のせいで」とか「そもそも」とか、そんな言い訳を一切入れずに正直に認められたのは愚かなことにその時が初めてだった。
きっと、時間はあの時からやっと動いたのだろう。
人間を少しずつ知っていく。
その残忍さも、理不尽さも、醜さも。
反対に、優しさや、温かみも。
彼らにとっては何気ない一言だったのかもしれない。
けれどそんな些細で大きな一言から始まり、彼らは呪いを受けた千年を使って少しずつ前に進み始めた。
僕や妹がもはや諦めていた人間との共存、相互理解。そんな途方もなく険しい道に、彼らもまたたった2人で諦めることなく折れかけても折れかけても、何度も立ち直って足を進めてくれたのだ。
「ミリア、今日も可愛い。大好き、愛してる」
「え、あ…」
「ミーリーアー?お前最近ヨキ様にばっか反応してんだろ、こっちも向けっつの。…また監禁すんぞ、この野郎」
「ザ、ザキ、様!」
「ザキ!ミリアを怖がらせるな」
「うるさいんですよ。拗ねてるだけです」
「お前の拗ね方は本気すぎて恐ろしいんだよ」
「ヨキ様にだけは言われたくないです、それ」
「ち、ちが!ヨキ様の傍は綺麗で王子様みたいでドキドキ緊張するけど、ザキ様の傍は温かくて幸せで落ちつくの。ごめんなさい、だから態度変っちゃったのかもしれない」
「…これはどうしたものか」
「…ちくしょう、負けた」
多くの犠牲を払って、今がある。
多くの罪を重ねて、多くの苦悩を味わって、やっとたどり着いた場所。
時がたったからと言えど、僕の犯した罪が消えるわけではないし、もちろん僕達を取り巻く全ての問題が解決したわけでもない。
けれど、もう過去は取り返せないし未来ばかり見てても仕方がない。
そう思わせてくれるだけの時間はたち、そう思わせてくれるだけの世界を彼らは実現してくれた。
唯一僕を初めから理解し慕ってくれた妹。
そんな妹を愛し、そのために十分すぎるほどの重荷を背負ってくれた人間達。
せめて僕は、そんな大事な存在を守っていきたい。
彼らの未来、彼らの想い、彼らの願い。
今度こそ、ただ願うだけではなく憎むだけでもなく、包んでいきたい。
それが、やっと自分自身で考えることができた生きる意味。
そのことに感謝しながら、僕はそっと目を閉じた。
以上で番外編含め最後の更新となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。




