しじみ汁
『ブーーン』
このかは車の豪快なエンジン音を鳴らしながら大きな湖沿いを走っていた。車の窓を開けているため爽やかな風が心地よい。
「わあ、風がすごく気持ちいいよ!それで今はどこに向かってるの?」
「今は宍道湖に向かってる。島根を出る前に一度しじみ汁でも飲みたいなって。」
このかはそう言いながら出雲から宍道へ移動していた。宍道湖は松江と出雲の間にある大きな湖のことだ。その宍道湖で島根県の特産品であるシジミを取ることができる。
「いいね、私もしじみ汁大好きだよ。でもそんなにゆっくりして大丈夫なの?」
葵は助手席に座りながら困惑していたがこのか的に問題はなかった。
「うーん、これくらい大丈夫だよ。しじみ汁食べたらすぐに行くし。」
本来ならすぐにでも広島に行くべきなのだがせっかく旅をするなら各都道府県の有名な料理くらいは食べておきたかった。
それに出雲の避難所で車に積んであった食料の半分を渡したのもあってこれからは現地で食料を取ることも必要になっていた。特に水がほとんどなくどこかでまた貰わないといけない。
そして島根県といえばやはりしじみ汁だ。このかも偶に飲むがしじみのコクがあってとても美味しい。それにしじみは体にもよく疲労回復の効果もある。
他にも島根には割子そばやのどくろなどもあるが一番作りやすそうなしじみ汁を作ることにした。なんと言ってもしじみ汁は簡単だから一人暮らしの時に手抜き料理しか作ってなかったこのかでも簡単に作れる。
「まあ、寄り道するのはいいけど早く瀬奈ちゃんとも会いたいよ。瀬奈ちゃんは無事かなあ?」
「心配なのは分かるけど瀬奈なら上手くやってると思うよ。瀬奈は賢いから。」
葵が心配するのも分かるが瀬奈はしっかりしてるし、ちゃんと避難してそうだ。まあ、研究に没頭して危険な目に遭っている可能性もあるが。
瀬奈は高校を卒業したあと広島にある大学に進学した。なんでも学びたいことがたくさんあるとか。そのため今でも色々と研究したりしてそうだ。
瀬奈は昔から賢くテストも常に一位の秀才だった。葵にもよく勉強を教えていたし二人もかなり仲が良かった。瀬奈と葵が仲良くするたびにこのかはモヤモヤしていた。
「うーん、でもやっぱり心配だよ。鏡花ちゃんは・・・まあ大丈夫だろうけど花音ちゃんとか大丈夫かな?みんな無事だといいけど。」
「それは私も心配だよ。だから兵庫にも早めに行きたくはあるんだけどね。」
瀬奈はしっかりしてるし大丈夫だろう。鏡花も大丈夫だろうしなんならゾンビを潰し回っていてもおかしくない。風香もきっと上手いこと立ち回ってるはずだ。
ただ一人だけ問題があった。それが花音だ。花音は普段からおどおどしているし自分から率先的に行動するタイプではないから今のような危機的状況で行動できてるか分からない。だから早めに会いに行きたくはある。
「まあ、でも広島、岡山、兵庫は近いしなんとかなるよ。だからこれくらいの寄り道は平気平気。」
このかはそう言って呑気に車を運転していた。このかはいつだって楽観的なのだ。
せっかく旅をするなら楽しまないともったいない。それに葵と二人きりの旅というのも悪くない。
「本当に大丈夫かなあ?嫌な予感しかしないよ。」
「大丈夫だってば。葵は気にしすぎだから。それより目的地に着いたし降りるよ。」
葵は不安な眼差しを向けるがこのかは気にすることなく車を停めて宍道湖へと向かった。
「わあ、なんだかこの景色も久々だなあ。天気もいいし来て良かったよ。」
「そうでしょ。やっぱり偶には寄り道もしなきゃだよ。」
このかはそう言いつつ宍道湖を前に深呼吸をする。今の季節が夏ということもありジリジリとした日差しが眩しく風も強くてとても清々しい。
ゾンビが出てからかなり町は荒れ果ててしまったが相変わらず湖は綺麗で少し泳ぎたかった。
「えへへ、やっぱり自然な空気を吸うと気持ちいいね。最近は余裕なかったしちょっと休みたいな。」
葵はこのかに抱きつきながらそう口にする。このかは相変わらずスキンシップが多い。葵がいつもこんな感じだからこのかは勘違いしそうになるのだ。
「もう、そんなにくっつかないでよ。それに早くシジミを取らないと。」
このかは抱きついてくる葵にムラムラしながらも車から大きな網を取り出した。この網でシジミを一網打尽にできる。
「その網どうしたの。なんでこのちゃんがそんなの持ってるの?」
「私にもよく分からないけど車の中に積んであったんだ。ありがたく使わせてもらうよ。」
中村さんの車の中には網やサバイバルナイフなどこれからの旅にも使えそうなものがたくさんあった。何故中村さんがこんな物を持っているかは謎だがこのかにとってはちょうど良かった。
「ほら、これでたくさんのシジミが取れるよ。って葵ってば何やってるの?」
このかが網でしじみを取っていると葵がびしょ濡れになっていた。びしょ濡れになったせいで服が透けている。
突然の強い刺激にこのかは鼻血が出そうになる。
「あはは、急に強い波が来て濡れちゃった。まあ、夏だからそんなに気にならないけど。」
「私が気になるから早く着替えて来て!」
葵は抜けてるところがあるから困ったものだ。中学の頃から葵はそういうことを気にせずに男子がいるのに体操服に着替え出したりしていた。その度に男子にイラついていたのも懐かしい。
「むぅ、このちゃんってば気にしすぎ。それにしてもしじみは取れそう?」
「うん、これだけあればしじみ汁は作れるよ。というかちょっと取りすぎたかも。」
このかは取りすぎたしじみを湖に戻して早速料理をすることにした。このかは車からアウトドア用のガスコンロと鍋を取り出す。
「それじゃあすぐ作るから待ってて。」
しじみ汁の作り方は簡単だ。しじみを砂抜きした後じっくりと加熱するだけ。そして最後に味噌を入れれば完成だ。
「えへへ、このちゃんとお食事できて嬉しいよ。一人暮らしだと寂しいから。」
「うん、私も葵と一緒に入れて幸せだから。」
このかはそう言いながら優しく微笑んだ。このかも大学にも友達はいたとはいえ葵といる時が一番楽しい。
大学に行って勉強してバイトしての繰り返しで辛かった。本当に仲のいい友達もいなくてひとりぼっちは寂しかった。だから今は最高に楽しい。
「このかは就職してたでしょ。どんな感じだった?」
「うーん、先輩にはよく怒られてたけど仕事はやりごたえあるし人と関わる仕事は好きだから楽しかったよ。」
葵は楽しそうに笑っていた。このかはそんな葵をみて少しムッとする。
「そういえば葵は彼氏とかいないよね?まだ誰とも付き合ってないよね?」
葵に彼氏がいないか心配なこのかは葵をじっと見つめる。もし葵に彼氏がいたら死んでしまう。
「う、うん。誰とも付き合ってないよ?だからそんなに問い詰めないで?」
その言葉に安心したこのかは大きなため息を吐いで葵に見えないようにガッツポーズをした。
「そっか、少し安心したよ。葵ってば悪い男に騙されてそうだし。」
「そういうこのちゃんこそどうなの?このちゃんの方が彼氏が出来そうじゃん!」
「ずっと前から言ってるじゃん。私は男が苦手だって。私は人生で一度も付き合ったことないから。」
このかはしじみを茹でながらそう口にする。ずっと前からこのかは葵以外に興味がない。
「そ、そっか。なんだか私も安心したよ。このちゃんは可愛くて人気者だから。」
「なんか顔赤くない?大丈夫?」
「な、なんでもないから!それより早くしじみ汁でも飲もうよ。」
何故か顔を赤くしている葵に疑問を持ちつつしじみ汁を試しに飲んでみる。しじみ汁は既に完成していてとても美味しかった。
「それじゃあ、しじみ汁もできたし早く飲もうか。ゾンビはいないよね?」
周りを確認するが宍道湖周りにはゾンビがおらずまさに安全地帯だった。このか達は器にしじみ汁を注いで早速食べることにした。
「うん、いつもの美味しい味だ。やっぱりしじみ汁と言ったらこれだよ。葵はどう?」
「・・・美味しいけどこれだけじゃ足りないよ。やっぱり白米が食べたいな。」
しじみ汁はコクがあってとても美味しくさっきまでの疲れが癒やされるようだった。ただ葵の言う通りこれだけで足りるわけがなかった。
『ぐぅぅ』
このかと葵は顔を見合わせて大きな腹の音を鳴らした。
「はあ、お腹すいたぁ。」
このかと葵の叫びは宍道湖全体に響くのだった。
「ねえ、本当にここで寝るの?もっとふかふかのベットとかないの?」
「文句言わないでよ。しょうがないじゃん他に寝る場所もないしここが一番安全なんだから。」
文句を言う葵にこのかは大きなため息をこぼす。
あれからこのか達は再び出雲まで戻った。しかし、すでに周りは暗くなっておりこのか達はここで野宿をすることにした。
このか達はご飯を炊いてカレーを作り、昼あまり食べれなかった分たくさん食べた。今日はもう眠りにつくだけだ。
そしてこれからの旅ではこの車の中で寝ることになる。車の中ならゾンビも入ってこないし何かあってもすぐに移動することができる。
「でもこれじゃあ疲れも取れないよ。布団だってないし。」
「意外と眠れるってば。ふわあ、私はもう眠いから先に寝とくね。」
このかはゾンビを倒したり車の運転をしたりで既に眠たくて仕方なかった。このかは明日の運転に備えて早く眠ることにした。
「むぅ、分かったよ。それならこのちゃんに抱きついて寝るね?」
「ちょっと、そんなくっつかれたら困るよ。ってもう寝てるし。」
少し目を離すと葵は既に眠っていた。なんだかんだいって葵も動き回っていたし疲れていたのだろう。そのせいかこのかはドキドキしてしまう。
「はあ、葵ってば本当に無防備なんだから。」
このかにぎゅっと抱きついたまま気持ちよさそうに寝ている葵を見てため息を吐いた。このかの苦労も知らないで呑気そうだ。
こっちは葵を襲わないように抑えているというのに。
「まあいいよ。それじゃあ、おやすみ葵。」
このかはそう言ってそっと葵の額にキスをした。そしてこのかも目を瞑って深い眠りにつくのだった。




