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ハナコさん、暴れすぎッ!  作者: 鷲空 燈
第3章 『狂乱の宴』【????】
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第18話 【誇り】

(もう、終わりだ……。助かるわけがない)


 光恵は、その場に立ち尽くした。

 

(この土壇場で、助けが……なんてね……。そんなこと……)

  

 今までの人生で、そんな都合のいいことなんて、起きたためしがない。

 光恵は、その人生の大半で経験した苦い経験から、これから起こることを、正確に予見した。

 

(助けですって? ハハハ、そんなの、考えるだけ馬鹿馬鹿しい……)

 

 光恵は、ヘタヘタと、その場に座り込んだ。


「おいおい! なんだよ! もう、あきらめたのかよ、おばちゃん!」

「ハァ、空気読めよな。ここは、走って逃げるところだろ!」

「無茶言うなよ。こんなババアが、走れるわけないだろ」


 少年達の恐ろしい言葉が、光恵の身体を、さらに硬直させた。

 すると、少年のひとりが……。

 

「このまま、討伐なんて、つまんねぇな……。そうだ! 今から、30秒、俺たちが動かないってのはどうだ? いわゆる、縛りプレイってやつ?」

「お! おもしれぇじゃん、それ!」


(えっ?)


 その言葉を聞いて、光恵の表情が、パッと、明るくなった。

 光恵は、勢いよく立ち上がった。


「おぉ? やる気、でちゃった!? そうこなくっちゃ! じゃあ、おばちゃん、行くよ! 3、2、1、よし、走れぇぇぇっ!!」


 光恵は、走った。

 全身ぼろぼろだけど、必死で走った。

 足がもつれて、激しく転倒した。

 後ろから、少年達の笑い声が聞こえた。

 

(ありがたい……)

 

 光恵は、すぐに起き上がって、走った。

 右肘が痛んだけど、どうでもよかった。

 30秒……。30秒も、与えてくれたのだ。

 

(なんて、ありがたいの……)

 

 その、ありがたい30秒で、少しでも……1センチでも遠くへ。

 30秒、全力で走って、少しでも、少年達を離すのだ!

 あの場所から――愛しい、サッちゃんのいる、()()()から。

 


 走って、走って、公園の出口が見えた。ハァハァ。

 もう、30秒は、経過しているだろう。ハァハァ。

 少年達は、どの辺りまで迫っているだろうか? ハァハァ。

 もしかしたら、人通りの多い場所まで、逃げ切れるかもしれない! ハァハァハァハァ。

 

 光恵の心に、微かな希望が生まれた、その瞬間。


「はい、残念でした!」


 出口近くの木陰から、木刀を持った少年が現れた。


「世の中、そんなに、甘くないんだよ、お・ば・さ・ん!」 


 さらにもう一人、茶髪の少女が現れた。

 その手には、鉄パイプが握られている。


「はぁはぁ、おばちゃん、結構速いじゃん! ハァハァ」


 後ろから、四人の少年が追いついてきた。

 計、6人の少年少女達だ。

 見事……だった。


「もしかして、助かるかも! なんて、思っちゃった? ハァハァ」


 そう、少年の言うとおり、思ってしまった。

 見事、少年達の思惑通りになった。

 光恵は、一度あきらめた命が、公園の出口をみて、惜しくなった。

 ()()()()、死にたくないと、思ってしまった。

 その時を狙って、もう一度、絶望にたたき落としたのだ。


「いいね! おばちゃんのその表情、最高だよ! ひゃっはっは!」


 少年の声は、本当にうれしそうだった。

 頭のいい子達だ。

 多分この少年達は、これから、いい大学、いい会社に入って、今日のことなど、綺麗さっぱり忘れてしまうのだろう。

 少年達の未来は、光り輝いている。

 もしかして、今の日本には、こんな若者達しかいないのだろうか?

 

(……いや)

 

 光恵は、少年達に交ざった、一人の少女を見つめた。


「なんだよ、おばはん。命乞いでもしてぇのかよ。キャハハ!」


 光恵は、サッちゃんのことを思い出していた。

 二人のサッちゃんのことをだ。

 一人は、テントで安らかに、眠っているであろう、愛しい永渕早苗のこと。

 もう一人は、昔、光恵と早苗が保護した、可愛らしい女の子――樹神幸子(こだまさちこ)のことだ。

 ちょうど、目の前の少女と、同じくらいの年齢だった。

 樹神幸子(こだまさちこ)のような、心優しい若者もいるのだ。

 未来は、そう捨てたものではない。


 コロコロと笑う顔が、今でも思い浮かぶ。

 周りを幸せにする、明るく、優しい子だった。

 たった、三週間足らずだったが、まるで光恵と早苗に、娘ができたように思えた。

 幸せだった。

 人生で、一番幸せな、三週間だった。

 今から、数分後に光恵は死ぬだろう。

 でも、光恵は、胸を張っていた。

 自分は、あの優しく、愛らしい女の子――樹神幸子(こだまさちこ)の命を、救ったのだ。

 いいことなどなにもない、ろくでもない人生で、それだけが光恵の誇りだった。

 


 光恵は、その場で正座をした。

 両手を、合わせ目を閉じた。

 驚くほど、心が静かだった。

 ただ、静かに祈った。

 二人のサッちゃんの幸せを、ただ静かに、心から。


「おいおい、おばちゃん、観念しちゃったよ!」

「お前らが、めがねを割るからだろ?」

「ちげぇよ! 最初から割れてたんだよ、あのめがね」

「ぶふぁっ! めがねを買う金もないってか! みじめすぎっだろ!」

「生きてても、しかたないだろ、それ」

「まぁ、最後は、俺たちのストレス発散の為に、()()されてもらおうぜ」

「おばちゃん、よかったね! ようやく、人の役に立てたじゃん!」


 少年達の言葉は、慣れ親しんだ日本語だった。

 なのに、なにひとつ、意味がわからなかった。

 いや……ひとつだけ、わかったことがある。

 少年達が、”光恵のことを、人間と思っていないこと”――。

 それだけは……くやしいけれど……歯を食いしばるほど、くやしいけど、それだけは、わかった。

 

「今日は、誰がやる?」

「あたしに、やらせてよ!」

「そう言えば、美鈴は、まだ()()したこと、ないんだったな?」

「うん! あたしに、やらせてくれるなら、今日、やらせてあげるわよ?」

「まじかよ! うひょー!」

「いいぜ、じゃあ、()()()()()()は、美鈴で決まりだな」


(え……!?)


 その言葉が、光恵の心の平穏を粉砕した。

  

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