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ハナコさん、暴れすぎッ!  作者: 鷲空 燈
第2章 『狂気の狭間』【馬殿美冬】
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第10話 【旧友の家】 ※06/12昼過ぎ

 時は、少し遡る。


【6月12日 午後15:32】


「ここね」


 都内某所。

 12階建ての古いマンションの前に、刃那子は立っていた。

 探偵の情報では、このマンションの三階らしい。

 

(今時、オートロックも、付いてないだなんて……)


 エレベーターのボタンを押しながら、刃那子は驚いていた。

 セキュリティーの甘いマンションだった。

 賃貸だろうか? 

 もしかして、このマンション程度のセキュリティーレベルが、普通なのだろうか?

 オートロックや、防犯カメラが、当たり前と想っている自分の感覚が、一般から乖離しているのだろうか?

 そんなことを考えて少しモヤモヤした。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 


 ビーッ!


『高橋』と書いた表札の下にあるインターホンを押すと、安い国産車のクラクションみたいな音が室内から聞こえた。

 てっきり、ピンポンと音がでるだろうと予測していたので、少し驚いた。


『……はい?』


 スピーカーから、いぶかしむ声が聞こえた。

 カメラが付いているので、刃那子の顔が見えているはずだが、気付いてもらえなかったようだ。

 しかし、刃那子は、その懐かしい声で、甘酸っぱい青春時代が一気によみがえった。


「美冬ちゃん? わたしよ。べつみ……鬼丸刃那子(おにまるはなこ)よ」


 刃那子は、旧姓で名乗った。


『え? はな……ちょっ! ちょっと待って!』


 バタバタと、冷静を欠いた足音が近づき、ガチャン、と大きな音。

 ドアが開いた先で待っていたのは、間違いなく、刃那子の旧友――馬殿美冬(ばでんみふゆ)であった。



 刃那子の記憶からシミレートした、まんまの風体だ。

 身長は、想定よりも若干高い。170㎝はあるだろう。

 運動をする習慣があまりないのか、顔周りには、少し余分な肉がつき始めている。

 子供がいる女性は、そうなっても仕方のないことなのだろう。

 探偵の情報によると、美冬は結婚して、子供が一人いるはずだ。 


「ひさしぶり。美冬ちゃん」


「何年ぶりよ! 全然変わらないじゃない! テレビで観たよ! 偉くなっちゃってまぁ! さぁ、汚いところだけど上がってよ!」


 旧友のまくしたてるような口調に、刃那子は、相変わらずだな、と思った。

 思ったことを、そのまま言う性格は変わっていないようだ。

 

(それにしてもテレビ? どの番組かしら?)

 

 刃那子はこれまで、なんども、テレビに出演したことがある。

 主に【敏腕、美人女社長】、という、こっぱずかしい肩書きでの出演だ。

 自己顕示欲の少ない刃那子であったが、自分がテレビに出演することによって、会社の経営がプラスに傾くなら、願ったりである。

 しかし、今にして思えば、忘れていた大事な友達が、電波に乗った刃那子を見つけてくれるのを、無意識に期待していたのかも知れない。

 

「おじゃまします」


 玄関をくぐると、小さな運動靴が何種類か散乱していた。

 用意されたスリッパを履いて廊下を5メートルほど進むと、そこは10畳ほどのキッチン・ダイニングだった。

 家族の生活する場所――刃那子は、そこに部外者として存在していた。


「適当に座っててよ」


 刃那子は、若干の居心地の悪さを感じながら、調味料や、柑橘系の果物が並べてある、四人がけの食卓へ腰を下ろした。



 ★


 

「おまたせ。どうしたの、いきなり?」


 美冬は、お盆に載せて持ってきたお茶のひとつを、刃那子の前に置いた。

 粗茶ですが、と冗談っぽく言い、そのまま対面に腰を下ろす。


「サッちゃん――樹神幸子(こだまさちこ)のことを聞きたいの。ねぇ、彼女が、今どこにいるか、知らない?」


 美冬よろしく、刃那子も直球を放った。

 すると……美冬の表情から、笑みがスッと消えた。

 

「サッ……ちゃん?」


 美冬はそう呟くと、なにかを思いだしたかのように、みるみる顔が青くなった。


「美冬ちゃん、なにか知ってるの?」


「し、知らない! わたし知らない!」 


 目を合わせようともせず、美冬は叫んだ。


「ねぇ、みふ……」

「帰って! 他に用事がないんだったら、帰ってよ!」


「せめて、わたしが転校してからの……」

「帰って! わたしは知らない! わたしじゃない! わたしは悪くない!」


 ……話にならなかった。

 美冬は、『サッちゃん』という言葉を皮切りに、スイッチが入ったように、パニックに陥っている。


「帰って! 出て行って!」


 美冬は、刃那子のどんな質問にも、答えようとしなかった。


「……じゃあ、失礼するわ。話す気になったら、連絡してちょうだい」


 刃那子は、テーブルに名刺を置いた。


「話すことなんか、ないわ! 帰って! 帰りなさいよ!」


 美冬は、名刺に見向きもせず、刃那子を玄関へ追いやった。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

「美冬ちゃ……」


 バタンッ! ガチャン!

 

 玄関を出た刃那子の顔も見ないまま、大きな音を立ててドアを閉じた。

 鍵を掛ける音の大きさで、刃那子は、自分の存在がシャットアウトされたのを、改めて実感した。

 時刻は15:40 

 五分も滞在していなかったらしい。

 


 エレベーターで下りながら、刃那子は、先ほどの美冬の様子を思い出していた。

 明らかな狼狽。そして困惑。それに――罪の意識。

 美冬の口調は、たしかに怒ってはいた。

 しかし、刃那子はそこに、”怒りの感情”をくみ取れなかった。


(サッちゃんの失踪に、直接関わって……? ――いや、そうだとすると、わたしを最初に受け入れた理由がわからないわ……)


 美冬の、態度の急変。

 そこに、ヒントがありそうだ。


 刃那子は、冷静に事態を分析しつつも、小さくなかった不安が、さらに大きく膨らむのを感じていた。


(ねぇサッちゃん……あなたに、なにがあったの?)



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



ピピピピピピピッ!


 近くの駐車場に止めた車に戻り、エンジンを掛けようとしたとき、電話が鳴った。


【着信 迷探偵】


「もしもし、なにか進展があったの?」


『俺だ……いや、進展はない。樹神幸子は、依然消息不明だ。ただ……。いいか、刃那子。落ち着いて聞け、………………、…………! ……………………。……………………』


「まさか、そんな……」


 携帯を握る刃那子の顔から、みるみる血の気が引いていった。

  

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