第11話 【狩りの極意】
【6月12日 午後15:55】
刃那子は、ハンドルに頭を押しつけた。
目を閉じて、探偵の電話を、一言一句思い返す。
『俺だ……いや、進展はない。樹神幸子は依然消息不明だ。ただ……
『……いいか、刃那子。落ち着いて聞け、樹神幸子は、お前が転校してから一ヶ月後に家出をして、それっきり学校には行っていない。……家にも戻ってないんだ。
『当時のことを、高畑麻由子――あぁ、彼女は、樹神幸子のクラスメイトだった女性だ――彼女から話を聞いた。お前が転校してからすぐに、樹神幸子の、ある噂が立ったんだ。
『樹神幸子が、千葉山和也という男を誘惑して、身体の関係を持ったって噂だ。
『それを聞いた名城祐子が怒って、樹神幸子をいじめ始めたそうだ
『高畑真由子が言うには……いじめは、相当ひどかったらしい
『毎日弁当に、ドロを入れられ……
『体操着を破かれ……
『トイレに閉じ込めて、水を掛けられ……
『主犯格は……馬殿美冬、群雪菜、三箇典子、それに名城祐子……お前が言っていた、ただの旧友四人だ。……おい、今どこにいる? 早まるなよ? まだ裏は取れて……』
刃那子は、ハンドルに頭を押しつけたまま、探偵の話を反芻した。
探偵の話だけで判断するつもりは毛頭ない。
これは命に関わる問題だ。
判断を誤れば、罪のない命を奪うことになる。
しかし、刃那子は実際に会って、感じたのだ。
馬殿美冬の恐れを……動揺を……そして、罪悪感を。
それらの情報から、導き出された結論は……”黒”である。
つまり、馬殿美冬は樹神幸子を、いじめたのだ。
それは、刃那子の中で確定事項となった。
理由など、どうでもよかった。
“サッちゃんをいじめた”
その事実がわかれば、それでいい。
今、この瞬間、ある感情が刃那子の身体を支配しようと、もがいている。
刃那子は、それを力ずくで押さえつけた。
(すーっ、はーっ)
顔を上げて、深呼吸をした。
まだダメだ。今はまだ流されてはダメだ。
(今やるべきことは……)
刃那子は、車を降りた。
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ビー!
『…………』
呼び鈴の、応答はない……が、気配はある。
「美冬ちゃん……わたしよ」
刃那子は、小さな声で、インターホンへ話しかけた。
『……話すことなんてないわ。帰って』
聞こえたのは、思った通りの言葉だった。
「もういいの! 樹神さんのことは聞かないわ! ごめんなさい……せっかく会えたのに、変なこと聞いちゃって……ねぇ、仲直りしない? あたし本当は、ご主人のことを話しに来たのよ?」
刃那子の声は落ち着いていた。
それでいて、絶妙な申し訳なさも含めた。
『うちの……人の?』
美冬の声に、冷静さが戻って来た。
「そうよ。ご主人は、山本建設にお勤めでしょう? わたしの会社と、なんどか取り引きして、社長と知り合いなのよ。もしよかったら、いろいろと便宜を図れると思って……。ごめんなさい……。もしかしたら、差し出がましい気がして、言い出せなかったの……。樹神幸子の話なんて、本当はどうでもいいの。ただの、会話のきっかけだったのよ……」
刃那子は、ゆっくりと、あくまで丁寧にしゃべった。
『そう……なの?』
「えぇ、もしよかったら、仲直りしてくれないかしら? あいつの話は、もうしないわ。約束する」
刃那子は、カメラに向け、ニコリと微笑んだ。
まるで、公園で無邪気に遊ぶ子供達を見つめる、品のよい老婦人のように。
『……わかったわ』
屋内から足音が近づく。
刃那子は笑顔のまま、はやる気持ちを抑えて……待った。
今、獲物は油断している。
刃那子の中で爛々と目を光らせている、餓えた猛獣の存在を、ここで悟られてはならない。。
ガチャ。
鍵を開ける音で……刃那子の笑みが、完全に消えた。
あぁ……もういい。
もう、我慢しなくていいんだ。
さぁ、獣を解き放とう。
さぁ、醜い豚を喰いちぎろう。
さぁ、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く……。
そして、ドアが……開いた。




