6.卒業証書、飛行機と言葉
それから秋を越えて冬が来て、それぞれの受験を終えたころにはもう卒業だった。
卒業式は思ったより無味乾燥につつがなく行われて、卒業生たちは校内のあちらこちらに散らばっていた。
「二人とも受かってよかったなー!」
近くで能天気な声を出しているのは周防だ。なんの因果か大学も学部もこいつと一緒だ。
進学にあたって大学生男子に無駄に怯えてクヨクヨしていた周防は小野田が通うのが女子短大だと分かるや否やすっかり調子を取り戻した。
馬鹿だなぁ。短大だって出会いが無いわけじゃないのに。
心の中でもらすがわざわざ不安を煽ってもしょうがない。
周防が小野田を見つけてそちらに走って行った。その背中を見送りながら思う。こいついつも走ってる。短気でせっかちで元気が有り余っている。気付いた小野田は嬉しそうに笑う。
「柳田!」
勢いよく呼ばれて振り返ると篠原がいた。
「卒業おめっとさん!」
「お互いさま」
「何その返し」
あれから篠原と話すことはほとんど無かったけれど、もう以前のような険悪な感じはない。
しばらく黙って向かいあっていたけれど、篠原が唐突に手に持った卒業証書で俺の頭をぺしと叩いた。
「なに……」
「お世話になりましたー」
「お世話になった人にすること?」
そう言うと篠原はへらりと笑ってみせた。
「あのさー、あたしさー」
「うん?」
篠原はちょっとモジモジしながら、えらくもったいぶった調子で言う。
「そのぉ……色々あったけど、もう今は柳田のこと嫌いじゃないよ……」
それだけのことを下を向いてこぼす。
それから納得したように頷いてまた言う。
「うん。嫌いじゃない」
「あそう。俺は好きだけど」
「え」
彼女は目をきょろきょろさせていたけれど、言われた内容が頭に入ったのか、今度は目を丸くした。それから口元を片手で覆って黙り込む。
それはゆっくりと育って意識された感情で、だけど俺はそれをじっと見つめていた。割と、どうしたものかと処理に困ってもいた。そんなのも初めてだった。
またしばらく黙って向かい合うと周りの喧騒が意識される。
みんな、何を話しているのだろう。
じゃあね。なのか、さようなら。なのか。元気でね。かもしれない。いずれにせよ、この空間は別れの言葉で満ちている。
卒業証書の入った布の額縁で顔を隠していた篠原が口を開く。
「あー……あたし、さー」
「うん」
「あたしの行く大学なんだけど……」
篠原が口に出した大学は聞いたことがなかったけれど、頭に付く地域の名称からかなり遠くだと推察された。ここからだと飛行機に乗って行く距離。
「だからその……」
「うん」
どちらともなく、尻すぼみな会話は消えていく。
顔を上げた篠原が調子を持ち直したような笑顔を作ってみせた。
「あ、柳田はお別れ会行く?」
「行くよ」
「そっか。あたし、帰ったらすぐ荷造りしないといけなくてさ」
そうすると篠原とはここでお別れということになる。
篠原が少しためらったような顔をした後にゆっくりと片手を差し出してきたのでそれを握る。
「元気で」
「お互いさま」
「なんだよその返し」
どこまでも曖昧な別れの挨拶が終わって、その場を離れた。移動して教師と話していた周防が俺を見て近くに寄って来た。
「健介もう帰る?」
「どうしようかな」
「俺はもう用事あらかたすんだから、帰るよ」
「俺も一回家帰ろうかな。鞄取ってくるわ!」
「じゃあ俺の鞄もついでに持ってきてよ」
「あいよ!」
掛け声と同時に駆け出した周防はあっと言う間に姿を消して、俺はその場にひとり突っ立っていた。空が青いのをぼんやり見ながら。校内のざわめきは途切れない。
しばらくして急に背中にどんと衝撃を感じる。
「げふっ」
この力強いタックルには覚えがある。
「やなぎだ、やなぎだー!」
「うん、なに……」
「あのさ!」
「うん?」
背中にへばりついた篠原がやたらとぎゅうぎゅうと力を込めてくるので苦しい。
「え、遠距離とかぁー!」
篠原が叫んだ。
黙って引き離して顔を見ようとしたけれど、思い切り隠していた。
「……できるほう?」
少しひっくり返った声で聞かれて、即答で返す。
「するしかないよね」
喧騒の中どこかで「卒業してからも会えますか」と言う女の子の声が聞こえる。
なんだ。別れの言葉ばかりじゃない。
ここにはこれからの言葉だってきっと溢れている。




