第十六話 魔王の理想卿
俺は突然現れた、魔王と名乗りを上げるサンデニスに向けて、胡坐をかきながらも腕を身構える。
魔王だと!?
あんな気持ちの悪い奴がまさか魔王だったとは。
ていうか登場早くないですか!
俺の冒険まだ始まったばかりなんですけど!?
魔王サンデニスは恐れる俺を見て楽しそうに笑っている。
剣は部屋の隅にあり、武器で攻撃することはできない。
どうすりゃいいんだ!?
大声で助けでも呼ぶか?
ここの冒険者で魔王なんかに太刀打ちできるのだろうか。
でも今の俺にはこうするしか手がない!
俺が叫ぼうと大きく息を吸うと、
「おっと、無駄だって理解しているのなら実行しない方がいいぞ。こんな小さな町ぐらいなら簡単に滅ぼせるんだからな」
その格の違いを見せつける様な言葉を聞き、俺の口が動かなくなる。
それを見て尚も楽しそうに笑うサンデニス。
無理です勝てません助けてください。
「私が怖いか?そりゃ怖かろう。いきなり魔王が現れれば無理も無いはずだ。だがお前は当たり前の反応をしているだけだ。恥じることは無いぞ。私だって同じ立場なら怖すぎて夜も眠れなくなるだろう。だが私は今怖がらせる側にいるのだ。フフフフフ・・・!」
「ノリノリっすね魔王さん」
よくわからないことを言うサンデニスへツッコミを入れる。
正体開かしたらまともな奴かと思ったらそんなことは無かったらしい。
魔王といったらカリスマ性があって、もっと格好いいのかと想像していたのだが・・・・・・。
「んでその魔王が普通の人間の俺に何しに来たんだ。殺すなら殺せよ。俺にはお前相手に何もできない」
勝てないとわかっている相手に、俺は潔く負けを認める。
そこらの冒険者と変わらない俺が魔王に勝てるわけがない。
やみくもに殴りにかかるよりも、立場を理解して何もしない方が利口だ。
「格好つけているつもりだろうが、お前がどうしようと殺されれば結果は同じだ」
・・・・・・その通りですね。
俺の顔が熱くなっていくのがわかる。
ごもっともなことを言わないでくださいよ。
するとサンデニスは天井の方へ顔を上げ、俺に語り掛けるように呟く。
「それに普通の人間なんて誤魔化しおって。お前の正体何ぞ既に知っている」
「正体・・・だと?」
「そうだ。お前はこの世界に来るように定められた、別世界の住人だろう」
その辺りのことまでわかってしまうのか。
流石魔王と言うべきか。
ん?何か気になることを言ったような。
「そのことがバレるのはまだわかるんだが、定められたってどういうことだ?俺ここに来なきゃいけなかったの?」
この世界へと招かれたとか、勧められたとかならまだわかる。
でも定められたってどういうことだろう。
決まっていたとか決められたとかってことにならないか。
そうなると凄く意味合いが変わってくる。
どういう意味なんだ?
「さあどうだろうな。お前が旅を続けていれば、そのうちわかるんじゃないか?」
そんな意味深な台詞を吐くサンデニス。
ますます意味がわからなくなってくる。
やはりこの異世界では俺は勇者的な何かなのだろうか。
旅の途中で物凄い能力に目覚めたりするのだろうか。
いや・・・・・・それよりも、
「――ここであんたに殺されるんだから、旅以前の問題な気がする」
色々と話をしてしまっていたところを現実へと引き戻す。
正直今の状況はガチでヤバい。
闇魔法でどーんってなってここで終わりだ。
俺がそんなことを考えているとサンデニスは真顔になり、
「わざわざ治療してやった相手をそのまま殺すわけがなかろう」
そんなもっともなことを・・・って殺さないの?
「え?言われてみればそうだけど。俺の仲間が去ったとこを見計らって殺しに来たんじゃないの?」
俺は驚いてサンデニスに聞き返す。
確かに魔王が人間を回復させるのは凄く違和感がある。
何か企んでいるのだろうか。
するとサンデニスは呆れたように首を振り、
「別にお前を今すぐに殺す気はない。お前の様な移住人は数えきれない程始末してきたがな。お前には一つ頼み事があって来た」
「頼み事って何だ?仲間にならないかとかのゲームでお決まりのアレか!?」
魔王の頼み事という言葉に、嫌な予感がし警戒する。
移住人を殺してきたという、俺の様な類を強調するのも気になるが何よりも魔王からの頼み事だ。
何かロクでもない様なことを言われるに決まっている。
「そんな古めかしい要求なんぞしないから落ち着け。ほら午前の紅茶だ、これを飲んで気を落ち着かせるんだな」
サンデニスはポケットから一つのペットボトルを取り出す。
――午前の紅茶だ。
俺がネトゲをする時によく飲んでいた飲み物だ。
こいつわかるやつじゃないか。
「・・・好みまでわかってんのか。そうだな喉乾いたし貰っとこうかな」
俺は差し出されたペットボトルを受け取ろうと・・・・・・、
「ってそう易々と受け取るか!中に毒薬だとか催眠薬だとか絶対入ってるだろ!」
危ない危ない、悪魔の囁きに惑わされるところだった。
絶対何か仕込んであるに違いない。
そんな物に引っかかるほど俺は甘く・・・ない。
俺の拒絶反応を見て、サンデニスはふむと呟くとペットボトルをポケットへとしまう。
図星だったらしい。
サンデニスは少し残念そうな顔をすると、
「賢明な判断だ。まあ仕方がない。では私の頼み事を聞いてもら――」
「ちょっと待てよ。人間を一人残らず始末して世界を手に入れるのが魔王だろ?何で今すぐにでも、ここを滅ぼそうとしないんだ」
サンデニスの言葉を遮り、俺は気になっていたことを問いかける。
するとサンデニスは少し見下すようにして笑い、
「いいだろう。気になるのであれば話してやろうか」
そう言って俺のいるベッドに腰掛ける。
近くまできたサンデニスは、今の黒服だと格好良く見える。
部屋の床に脱ぎ捨ててある服を着て、変な仕草をしている時と違って、今は整った顔の普通のイケメンだ。
顔の形や肌色こそ魔族らしさを感じさせるが、体は普通にスラっとしているだけで、かなり人間味がある。
その姿に妙な親近感を感じ、サンデニスが隣に来たのにも関わらず、俺の体は逃げようとしなかった。
そしてサンデニスは遠くを見るように、部屋のドアを見つめ語りだす。
「実は私も、お前と同じで別の世界から来た元人間だった者だ。魔王を倒すように命じられ、この世界にやってきたお前の様な者がいるのに対し、魔族側にもそういったことをする奴がいる。私は生前で色々あってな、人という物に強い憎しみを抱いていた。だから魔族側の方へと流されてしまったのだろうな」
魔族側にも亡くなった人を派遣する人物がいるのか。
こいつの話を聞くには、生前の人物像によって転生される側が決まるのだろう。
そして正しい冒険者と悪の魔族が争う・・・と。
上手く成り立ってるわけだ。
サンデニスはそのまま話を続ける。
「――魔族側へと流され、異世界への強い思いに加え、憎しみによる悪の力は凄まじい物であったらしく、すぐに魔王として君臨することになった。だが私は、単純に人間に手を出すということはしなかった。私はお前と同じく、異世界への憧れを持ってここの世界へと来た。魔王である私はその気になれば簡単に滅ぼすことはできるが、それではつまらない。そこで私はこの憧れていた世界を、自然その物の形を維持したいと考えたのだ。まあ手下共は好き勝手やっているが、それぐらいが丁度いいだろう。勿論城に乗り込んできた奴を潰すぐらいの仕事はしている」
やたらに殺しはせず、この世界を観察しているってことだろうか。
それが楽しい事かどうかと思うと俺にはわからない。
でも俺の方でも魔物が全くいなくなってしまえば、期待外れの普通の異世界生活を送ることになる。
こいつも憧れていてこの世界へと来たと言っていたし、案外俺と似た者同士なのかもしれない。
しかし・・・・・・。
「大半の理由はわかった。魔王らしいっちゃ魔王らしいかもな。でもさっき移住者は始末してるって言っていたよな。結局人を殺しているんじゃないのか?」
俺はサンデニスへと先程気になったことを言ってみる。
転生した人だとこの世界の人じゃないから、自然の存在と見なされないのだろうか。
それともやはり転生者の前例に、強力な力を持った人がいて恐れているのだろうか。
そんな予想を立てていたが、こいつの答えはそんな単純な物ではなかった。
「それはそいつらがこの世界を乱そうとしたからだ。この世界は自然に満ち溢れている。便利な機械や道具等はなく、利便さで言えばほぼ日本より劣っている。それがこの世界のあるべき姿だと思っている。しかしだ!」
サンデニスは声を荒げると拳を握って立ち上がり、
「――この世界へとやってきた頭の回る奴らは生活の環境が整ってくると、この世界にはない様な便利な物を作ろうと企み始めたのだ!電気、エアコン、車、マッチ、冷蔵庫・・・・・・ええい数えきれん!!とにかくそれが許せなかったのだ!自然味が無くなるのもそうだが、そんな物が普及すればあの世界の様に環境が汚染され、結果的に私の世界は壊されてしまうだろう!それを防ぐ為に移住者共を始末してきたのだ。・・・・・・お前が想像しているよりも、そういった馬鹿な考えを起こす奴が多くて苦労するぞ」
そんなことを熱弁する魔王サンデニス。
何だろう、この話だけ聞いていると、こいつがただのいい奴に見えてくるんだが。
やりたい放題やっているわけではないみたいだし、案外まともな奴じゃないか?
いや殺人は殺人か。
でもこいつが魔王なのかどうなのかわからなくなってくる。
話を聞いた後、立ち上がったサンデニスを眺めながら俺はしばらく黙り込む。
するとサンデニスが握った拳を下げ、
「とまあ、これが滅ぼさない理由だな。どうだ面白かったか?もう一回最初から語ってやってもいいぞ?」
サンデニスは俺に求めるように促してくるが、俺はそれすらも反応せずに黙り込む。
本当に魔王なのだろうか。
その疑問が頭から離れない。
ちょっと試してみるか。
「おい魔王」
「なんだ?」
「あれ、お前魔王だったの?」
「あまり調子に乗るなよ!!!」
「ヒイイ!」
サンデニスは怒って俺に手の平を突き出す。
何か魔王を唱えるのかと身構えるが、サンデニスはすぐに手を下ろし、ため息をつく。
どうやら本当に魔王の様で殺す気もないようだが、ちょっと様子がおかしい。
「まあいい。それよりも頼みを聞いてもらうぞ。治してやったことも感謝するがいい」
――そして思っていた通り、こいつの要求はロクでもなかった!
対話回ばかりで進展がない気が・・・。