第九話 忍び寄る影 前編
「―――ミナキ! あれを頼む!」
俺は背負っていたナップサックを投げ捨てるように降ろし、戦闘態勢に入りミナキに指示を出す。
「我が漆黒の加護を身に纏え。『プロテクション』!!」
ミナキが魔法を唱えると、俺達の体は淡く青い光に包まれる。
防御力上昇の魔法だ。
こいつの前ではどれほど効果があるかはわからないが、無いよりはマシだろう。
シルクにはいつも通り、遠距離から魔法を打ち込む様にしてもらい、俺とパロマでナイトシャドーモンキーを相手取る。
見ただけでも、今までの敵とは明らかに段違いと感じ、俺は少し緊張しているのだが、パロマの方は大丈夫なのだろうか。
俺とパロマが黒猿に斬りかかるが、思いもよらないジャンプ力や回避力で、中々攻撃を当てることができない。
「ウキャー! キキッ、キャー!!」
「うお、危ねえ!」
黒猿は俺の首元を狙って、鋭い爪で反撃にくるが何とか避ける。
こんな爪に首なんて引っかかれたら、間違いなく裂けて死んでしまうだろう。
続けて黒猿は、俺の腹の部分を狙って猛攻を仕掛けてくる。
その強烈な攻撃は鉄の鎧をしていて、防御力上昇魔法まで受けているのにも関わらず、的確にダメージが入ってきており、気持ちが悪くなってくる。
シルクが火属性の魔法でダメージを与えているが、それすらも気にせず一方的に俺の方へ攻撃をしてくる。
今までの雑魚と違って攻撃力が段違いに高く、攻められている場所だけに凄く苦しい。
「う、このっ!」
カウンターで間近で斬りかかるが、それも避けられてしまい、背後を取られてしまう。
隙をつかれた俺に、黒猿は首を狙って再度襲い掛かってくる!
「―――させないよ!『ナイトジャッジメント』!!」
パロマが黒猿に剣を構えて叫ぶと、見たことのない速さで黒猿に襲い掛かる。
「ウギッ!?」
俺に気を取られていた黒猿は、横からの奇襲に対応しきれず左腕を突かれる。
ナイト様お特典の必殺技は、流石にダメージが重かった様で黒猿はよろめいている。
「よし、いいぞパロマ!」
俺は回復魔法を受けながら左手で腹を抑え、右手で拳を握って叫ぶ。
黒猿は俺とパロマを危険だと判断した様で、威嚇しながら様子を窺っている。
痛そうに顔を顰めている瞬間も見受けられる。
やはり先程の一撃がよほど効いていたのだろう。
「『フレアボール』!」
中々襲い掛かろうとしない黒猿に、シルクの杖から放たれた火の玉が炸裂する。
スノースライムに放った時よりも、魔力が込められているようで破裂する範囲は広い。
あの時は俺に被害が及ばないよう、最小限の魔力で攻撃していたのだろう。
「トウヤ!こいつのターゲットが変わったよ!」
するとミナキは黒猿の意図をいち早く感じ取ったらしく、俺に向かって叫ぶ。
黒猿はシルクの方を向いており、狙いを定めて襲い掛かった!
「ああ!シルク危ない!!」
俺は何とか自分に引きつけられないかと黒猿に攻撃をするが、それを軽々と避け、シルクへと一直線に向かっていく。
左腕を負傷しているのにも関わらず、避けるのも走るのも相変わらず速い。
きっと黒猿は俺とパロマに気を取られている間に、魔法でダメージを蓄積させられていたことを踏まえ、先にシルクから潰しに行く気なのだろう。
「あ・・・あっ・・・・・・」
思いもよらない速さで、逃げる間もなく近づかれてしまったシルクは、その場で仰け反って崩れてしまう。
黒猿はニヤリと笑い、シルクは酷く脅えてしまって、とても逃げられそうにはない。
三人で何とか取り押さえようと、シルクの方へ向かうが間に合いそうにない。
どうする?どうすればいい?
剣でも投げてやるか?
でも万が一避けられてシルクに当たったら元も子もない。
これはどうすることもできないのだろうか?
俺はこんな幼げな女の子を見殺しにしてしまうほど、弱い人間だったのだろうか。
やっぱり町でのピスカの頼み事は、断っておいたほうがよかったのだろう。
調子に乗って引き受けなければよかったんだ・・・・・・。
諦めかけていた俺の目の先で、ついに黒猿は襲い掛かろうとするが・・・・・・。
シルクのローブの方へと手をやり、それを上げて・・・・・・?
「「「「!?」」」」
黒猿は笑い、四人は驚く。
俺達の考えにも寄らない、ぶっ飛んだ行動を黒猿はしでかしていた。
「「この変態猿がああああ!!何色か教えろ!!!」」
・・・・・・即座にそれを同時に叫んだのは、俺とミナキであった。
いや、やっぱり気になるじゃないですか。
俺の仲間の色を猿が知って、俺が知らないわけにはいかないじゃないですか。
ってミナキお前もかよ!
その異様な光景を見て、パロマは一人固まっていた。
「やめて・・・・・・。こら、やめなさい!やめなさい!!」
シルクが余程嫌なのか親の様な変わった口調になりながら、杖で黒猿の頭を必死に叩いているが、黒猿はそれを直視してニヤニヤしたまま動かない。
あの猿俺と変わってくれないかな。
・・・・・・いや違う、そうじゃない!
今がチャンスじゃないか!!
「ミナキ! あれをやるぞ!」
俺が声をかけると、同じく自分の世界に入っていたであろうミナキも、咄嗟にこちらを向いてわかったと頷く。
事前に考えた作戦通り、俺は戦闘前に降ろしたナップサックへと急いで向かう。
「よしあった。うわくっせえ!」
猿といえば誰でも知っているように、好物の一つに果物がある。
黄色くて細長く、甘いアレだ。
だが新鮮なそのままの状態では、あの黒猿は喰らいつこうとしないらしい。
そこでモンスターの本に書いてあった豆知識が役立つ。
最新版と書かれたその本は流石と言うべきか、この地域に普段いないはずの黒猿のことも、特集としてしっかり情報が載せられていた。
そこには普通の状態の物ではなく、黒くなっている状態の物の方を好んで食べると書いてあった。
――そう、腐ったバナナである。
色が同じく黒いからなのか、この世界のモンスターの味覚がおかしいのかはわからないが、あの猿は腐ったバナナを好むらしい。
こいつの為に町に出る数日前から、わざわざ商店から廃棄する予定のバナナを貰ってきたのだ。
「見学は済んだか?こっちだ変態猿!! パロマ、アレの準備を頼む!」
「おっけートウヤ!」
俺は戦っていた方と真逆の、トンネルの目の前へとバナナの房を思いっきり投げ、パロマに指示を出す。
すると黒猿はシルクのローブから手を離し、鳴き声を上げながらそのバナナの方へと向かって走り出した。
匂いに敏感という習性のおかげだろう。
トンネルの前まで投げられた好物を、黒猿は必死に追いかける。
それをキャッチした黒猿はその場に座り、足と片手で器用に皮を剥いて食べ始め出した。
「今だミナキ!あれを頼む!!」
杖を構えて準備していたミナキは、黒猿へと向かって呪文を放つ。
「わかった!痺れ、ひれ伏せ!『パラライズサンダー』!!」
ミナキの杖から普通のサンダーとは違う色のビームの様な物が放たれる。
それを見て黒猿はバナナを持って逃げ出そうとするが、流石に負傷した左腕で動き回ったのが応えたのか、その場でよろめいてもたついていた。
動きが鈍くなった黒猿はミナキから放たれた麻痺魔法を避けることができず、その場で固まって動けなくなる。
「トウヤ!いつでもいけるよ!」
「よしパロマ、やっちまえ!!」
準備ができたパロマに小物っぽい台詞で指示を出し、パロマは剣を構えて黒猿に突っ込んでいく。
「いくぜ!『ナイトジャッジメント』!!!!」
さっきパロマが使ったナイト専用の技は速度が速いだけではなく、溜めることで速度を殺してしまうが、威力を上昇させることもできる。
敵を動けなくすることができたなら絶好の決め手となるのだ。
「キッ、キキッ・・・・・・」
黒猿はもがきながら唸る様にして鳴き声を上げる。
しかし麻痺魔法で拘束されている黒猿は、その場から動くことをままならない。
そこへパロマの強烈な一閃が、黒猿の腹部へと突き刺さる―――!
「ウギッ・・・・・・!」
溜めて繰り出されたパロマの剣の一撃に、黒猿は耐えることはできず、大量の血を噴き出してその場で崩れた。
黒猿はピクリとも動かなくなった。
「「「―――よっしゃああああああああああああああ!!!!!」」」
俺とパロマとミナキは嬉しさの余り、三人で歓声を上げて飛び上がる。
今まで色んな人が避けて倒せなかったモンスターを、俺達四人で討伐することができた。
この地域のダンジョンボスにも匹敵するほどの難敵を倒せたのだ。
このパーティ初めての大快挙だろう。
とても清々しい気分だ。
俺達は大いに喜び合った。