プロローグ
『異世界』なんて信じる者はいるのだろうか。
ゲームの様な世界で、モンスターという人に害を与える、異形の危険な生き物が存在する世界。
人々が剣や魔法を扱う現実離れした世界。
そしてその剣や魔法を駆使し、仲間と共に冒険し、モンスターを倒す世界!!
そんな世界に俺は憧れていた・・・・・・!
俺の名前は木村冬也。
どこにでもいる平凡な17歳の男子高校生だ。
いや平凡というのは間違いか、毎日ネトゲに没頭する不登校の引きこもりである。
世界の引きこもり仲間と共に、町の人々を脅かす悪い輩を退治し、今日も平和を保つ立派な仕事をしていた。
だが、所詮はパソコンの前で自分のキャラ、即ち分身を操作しているだけである。
俺も実際にこんな世界へ行って、剣や魔法で自分自身の身体で戦うことができたらなと、叶うわけのない願望を抱いていた。
「―――んじゃ、いってくるよ」
それはある日の夕方のこと、親に夕食の食材の買い出しを頼まれた。
今日の夕食はカレーだ。
母さんの作るカレーはそこらの店のよりも特別辛く、脳を活性化してくれるので、長丁場の狩り作業には凄く重宝するありがたいカレーだ。
今日はあのキャラでレベル上げをしようか、なんて考えながら歩いていると・・・・・・。
「頑張れー!ここで決めれば逆転だ!」
「ケンジ、ホームランで格好良く決めちゃってくれ!!」
遠くでそんな声が聞こえる。
中学生の草野球か何かだろうか。
そういえば俺も中学の頃は、友達と集まってよく野球をしたっけ。
一人だけ自分で作った帽子を被っていて、最初は笑われたっけ。
でも俺が最後にサヨナラホームランを決めて勝った時は、帽子を作ってくれ作ってくれ、何て変な展開になったこともあったなあ。、
そんなことを考えながらぼーっと歩いていると。
「――お兄さん危ない!!!」
声が聞こえてそちらへ振り向く。
バッターに打たれたであろう、物凄い速さの玉が俺の頭に近づいてきていた。
考え事をしていた俺は反応が遅れ、手を上げる瞬間には、玉はもうすぐそこまで迫っていた。
正直こんなシチュエーションになると、アニメの様にスパッと取れてしまうものだと思っていた。
だが、考え事をしながら歩いていて反応が遅れたことに加え、引きこもり生活を続けて体を動かしていなく鈍っていた俺には、そんなことは到底できるはずもなかった。
そして俺は・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「亡くなってしまわれたのですね、木村冬也さん」
聞き慣れない人の声を聞いて、目が覚めると、自分が先ほど歩いていた場所にいた。
目の前には、倒れている俺に群がる中学生と思しき集団や、携帯電話を持った大人などがいた。
そして俺自身の身体は半透明になっている。
・・・・・・もしかしなくても死んでしまったのだろう。
隣から聞こえてきた声に俺は振り向く。
そこには、悲しみを込めた声で、俺に語り掛ける美しい女性がいた。
この世の物とは思えない、それはそれは美しい姿だ。
「・・・・・・どうやらその様ですね」
俺は今何事もなかったかのように、自然のままでその女性に応える。
女性は細い杖を持っていて、背中から白い羽が生えている。
その姿は、頭の輪っかは無いにしても、ゲームとかでよく出てくる天使の様な姿をしていた。
「私は死者を導く天界からの使者。・・・・・・このようなことになってしまって、悲しくはないのですか?」
なるほど。
死んでしまった人をしっかり導いてくれる存在っているんだな。
悲しい・・・・・・か。
「何というかその、死んだという実感が湧かないんですよね」
そう、泣くことも無く叫ぶことも無く、ああ死んでしまったんだなくらいにしか感じなかった。
ロクに学校に行ってない俺には友達なんてごく僅かだし、彼女なんてのもいなかったし。
特に後悔したり取り乱したりするような要因はなかった。
「そうですか・・・・・・」
尚も悲しげな声でその使者は言う。
だが一つだけ疑問に思ったことがあった。
いくら何でも、これは呆気なさすぎると言わざるを得ない。
そう、俺の死に方だ。
「一つ聞きたいんですけど、普通野球ボールが当たった程度で死ぬんですか?ちょっと信じられないです」
硬式の球だとしても即死までに至る物なのだろうか。
そこが不思議で仕方がなかった。
「今貴方がこうなってしまった以上、信じられないかもしれないですが死んでしまったのは事実なのですよ」
まさに使者の言う通りなのだろう。
こんな自分で自分を見るという、異様な光景を見ているのだから受け入れざるを得ない・・・か。
やはり何か釈然としないが。
「あの・・・・・・ 俺ってこれからどうなるんですか?」
今後のことが気になり使者に問いかける。
死んだ後のことは色々と考えたことがある。
実は自分の人生が無限にループしていたりだとか。
全く別の人間に生まれ変わり、1から人生が始まるだとか。
幽霊となり、永遠にこの世を見守り続けるだとか。
でも死んだ後のことは、死んだ後にしかわからないと結局考えるのが馬鹿馬鹿しくなったっけ。
でもいざ死んでしまったとなったら、俺はこれからどうなってしまうのだろう。
使者は微笑むと、
「そうですね・・・・・・。人々のお手伝いでもしてみますか?」
お?想像とは全く違う展開になりそうですが。
というよりは、そのバイトのお誘いみたいなノリで言ってきたのが凄く気になる。
「どんなことをするんですか?」
人に認知されないというのなら確かに色々できそうだが、そもそも人に触れることができなさそうだし、お手伝いって一体どんなことができるんだ?
そんなことを疑問に思っていると、使者は片目を閉じてちょっと考え込み、
「えーっと、時間を止めて信号無視をしようとしている、誰も手が出せない居眠り運転手を起こしたりとか、海で溺れている人を、誰もいない海岸の方まで送り届けてあげるとか」
何ソレ凄い。
素晴らしい、まさに救世主じゃないですか。
そんなことができるなら、寿命以外での死者なんて出ない平和な世の中へ・・・。
あれ?
「あの、俺野球ボールに当たって死んじゃったんですけど。使者さんは軌道を変えたりして、俺を死なずに済むことはできなかったんですか?」
すると使者は不思議そうな顔をして、
「そんなことはできないですよ。亡くなってしまうと予め決まっている運命を、曲げる力は私にはありません」
・・・・・・?
さっきと言っていることが違うのだが。
「それを何とかするのが、使者の仕事でもあるんじゃないんですか?」
「ああ先程の話ですか? あれは嘘ですよ嘘。 あまりにもあなたが落ち着いているのでそれに乗ってみました」
「・・・・・・」
ちょっと期待したのに、全部嘘だったんかい。
本当にこの人は俺を導いてくれようとしているのだろうか。
「では気を取り直して、本題へ入りましょうか」
「真面目にお願いしますよ。一応、俺死人なんですから」
使者はええ、ええと頷くと
「先程、予め運命は決まっていると言いましたね?そこで亡くなってしまう者の予定として、ここ最近はあなたのことを観察してきました」
「亡くなる予定って何か納得できないお話ですね」
使者はそれを聞き流すと再び微笑んで、
「あなたは剣や魔法が存在し、モンスターと戦うことができる。そんな世界に憧れているんですよね」
「まあ、そうですが」
俺は半分呆れながら、使者に返事をする。
俺が死んだことと何の関係があるのだろうか。
使者は俺の返事聞き、真剣な顔になる。
そして・・・・・・。
「・・・・・・剣や魔法が存在する異世界へ行っていただけませんか?」