2.化け物令嬢の婚約破棄
前回までのあらすじ:お腹が空いたので、魔物を狩りに来ました。
同じ頃、王宮ではユリウスとロザリアが二人きりの時間を過ごしていた。
「まあ、ユリウス様! お怪我をなさっているわ」
ロザリアは、ユリウスの指先に小さな切り傷があることに気づいた。
「ああ、先ほど書類で切ってしまってね。大したことはない」
「いけませんわ。今、治して差し上げますね」
ロザリアが手をかざすと、淡い光が傷を包み込み、たちまち跡形もなく消え去った。
「さすがだな。君の治癒魔法は実に素晴らしい。それに比べて、フィオナは魔法ひとつ使えないうえに、何を考えているのかもわからない」
ユリウスは不満げに眉をひそめた。
「まったく、僕の婚約者にはふさわしくない女だ」
その言葉を聞き、ロザリアはそっと彼の腕に触れる。
「でしたら……私を婚約者にしてくださればよろしいのに」
「ロザリア……」
「私でしたら、いつでもユリウス様のお力になれますわ」
甘えるように見上げられ、ユリウスは困ったように息を吐いた。
「僕だってそうしたいさ。だが、フィオナは王家が正式に選んだ婚約者だ。彼女に落ち度でもない限り、簡単には破棄できない」
「……そう、ですわよね」
ロザリアは寂しそうに俯く。
しかし、何かを思いついたように、その口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「……あの、ユリウス様」
「どうした?」
「実は……お姉様は、殿下が思っていらっしゃるような方ではないのです」
「……どういう意味だ?」
「私の口からは、とても……。ですが、殿下にはお姉様の本当のお姿を知っていただきたいのです」
ロザリアはためらうように視線を伏せた。
「どうか、一緒に確かめていただけませんか?」
* * *
「ふふっ。やっぱり、いいお肉ね」
森の奥にある開けた場所で、フィオナは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
目の前には、先ほど仕留めたグランドボアが横たわっている。
魔物は死後も、人間に害を及ぼす”魔毒”が体内に残るため、死骸を焼却処分するのが常識とされていた。
しかし、フィオナにとっては、立派な食材だった。
「この辺りは焼くと美味しいのよね。こっちは煮込んだ方が柔らかくなるかしら」
毒を持つ器官を傷つけないよう慎重に刃を入れ、手際よく肉を切り分けていく。
今夜の献立を考えるだけで、自然と頬が緩んだ。
その時だった。
「……フィオナ?」
聞き覚えのある声に、フィオナの手が止まる。
ゆっくりと振り返ると、そこにはユリウスとロザリアが立っていた。
「で、殿下……!?」
フィオナの手には、血のついたナイフ。
背後には、腹を裂かれたグランドボアの死骸が横たわっている。
「ひっ……!?」
ユリウスは顔を青ざめさせ、思わず尻もちをついた。
その隣で、ロザリアも甲高い悲鳴を上げる。
「きゃああっ!」
二人の反応に、フィオナは動揺する。
「な、何をしているんだ、お前は……!?」
ユリウスは尻もちをついたまま、震える声で問い詰めた。
「え、ええと……」
フィオナは咄嗟にナイフを背中へ隠した。
しかし、すでに手遅れだった。
ユリウスはなんとか立ち上がると、青ざめた顔でフィオナを睨みつけた。
「まさか、そんなものに素手で触れていたのか!? 魔毒に侵されるぞ!」
ロザリアも口元を押さえ、嫌悪感を露わにする。
「お姉様……なんて、おぞましい……」
その言葉に、フィオナの顔から血の気が引いていく。
(……見られてしまった)
これだけは、知られてはいけなかったのに。
「こ、これは……森で見つけたんです。すでに死んでいたので、もったいないと思って……」
咄嗟についた嘘だった。
まさか自分が素手で魔物を仕留めたなどと、口が裂けても言えない。
「見つけた!? いったい何のために!」
「それは……食べようと思って……」
「食べるだと!?」
ユリウスの顔が、さらに引きつった。
「魔毒に侵された死骸を食おうというのか! 気でも触れたのか!?」
「でも、きちんと処理すれば食べられる部分もあって……」
「もういい! それ以上、僕に近づくな!」
ユリウスがフィオナに向けたのは、恐怖と嫌悪が入り混じった眼差しだった。
その目を見た瞬間、フィオナの身体が強張る。
(……ああ)
この目を、フィオナはよく知っている。
かつて父も、同じ目をしていたから。
「こんな女を、王子妃に迎えられるものか!」
ユリウスは吐き捨てるように言い放った。
「フィオナ・エルフェルト! お前との婚約は、破棄する!」
フィオナは何も言えず、ただ呆然と立ち尽くした。
その隣で、ロザリアが密かに口元を吊り上げていた。




