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後日談3:白無垢と、涙の集合写真

秋晴れの空が高い。

地元の神社の境内は、澄み渡った空気と、厳かな静寂に包まれていた。

俺は、黒紋付(くろもんつき)羽織袴(はおりはかま)に身を包み、参道の砂利を踏みしめていた。

道着とは違う、第一礼装の重み。


だが、それ以上に重いのは、隣を歩く存在だ。


「……哲治さん、歩くのが速いです。もう少しゆっくり」


「あ、ああ。すまない」


隣には、白無垢(しろむく)姿の帆乃花さんがいる。

綿帽子に隠された横顔は、この世のものとは思えぬほど美しく、神々しい。

彼女の手が、俺の紋付の袖を頼りなげに掴んでいる。

その微かな重みが、俺に現実を教えてくれる。


(……俺は、結婚するのか)


今日、この日を迎えるまで、正直なところ実感などなかった。

だが今、雅楽の音が響く中、神前へと進む一歩一歩が、俺の独身生活への決別と、新たな責任への覚悟を刻み込んでいく。


拝殿の中、神職が祝詞(のりと)を奏上する。

そして、三三九度の杯。

巫女から注がれた御神酒(おみき)を、三口で飲み干す。

杯を口に運ぶ手が、微かに震えた。


武者震いではない。

一時は「生涯独身、武道一筋」と諦めていた俺の人生に、「家族」という温かい光が射し込んだことへの、魂の震えだ。


(父上、母上……。哲治は今日、妻を(めと)ります)


杯の底に、亡き両親の笑顔が浮かんだ気がした。

目頭が熱くなるのを、俺は下腹部に力を込めることで必死に耐えた。

ここで泣いては、黒岩流の名折れである。


式が滞りなく終わり、境内で親族との記念撮影が行われた。

まずは新郎新婦のツーショット。

カメラマンの指示に従い、俺は帆乃花さんと並んで立つ。


「はい、ご主人、もう少し表情を柔らかく! 睨まないでください!」


「……睨んでなどいない。これが、私の『喜びの表情』だ」


「完全に決闘前の侍ですよ!」


カメラマンの軽口に、周囲から笑いが漏れる。

帆乃花さんも、綿帽子の下でクスクスと笑っている。


「では次に、ご親族の方も皆様お入りください!」


帆乃花さんのご両親と、お兄さん一家が彼女の左側に並ぶ。

お義父さんは感極まって鼻を啜り、洋一氏は「ふん、泣かしたら承知しねえからな」と悪態をつきながらも、目は真っ赤だ。


そして、俺の右側。

そこには、誰もいない。


(…………)


ふと、秋風が吹き抜けた。

本来であれば、ここに父と母が立っていたはずだ。

「立派になったな」と父が笑い、「綺麗なお嫁さんね」と母が喜ぶ。

そんな光景を想像し、俺の胸に、鋭利な寂しさが突き刺さった。

どれほど多くの門下生に囲まれようとも、血の繋がった家族は、もういないのだ。


その空間の冷たさに、俺が背筋を伸ばし、孤独を噛み締めようとした時だった。


「ちょっ、待ったぁぁぁーーーッ!!」


境内の静寂を切り裂く、汚い絶叫が響いた。

砂利を蹴散らして走ってくる男。

幼馴染の信二である。


「テツゥ〜!! うおおおおん!!」


彼は俺の目の前まで来ると、子供のように顔をくしゃくしゃにして号泣し始めた。


「お前、ほんっと……! 今まで一人で、広い屋敷で頑張ってきて……! 寂しかっただろうに、弱音一つ吐かねえで……!」


「……おい、信二。式はもう終わったぞ。何をしに来た」


「うるせえ! 俺はなぁ、お前の親父さんとお袋さんの代わりに来たんだよ! テツ、本当におめでとう! よかったなぁ、本当によかったなぁ!」


彼は俺の肩をバンバンと叩き、鼻水を垂らしながら吠えた。

その暑苦しさと、なりふり構わぬ友情に、俺の張り詰めていた心が音を立てて崩れた。


「……馬鹿野郎。お前が泣いてどうするんだ」


「だってよぉ……!」


俺の視界が滲む。

堪えていた涙が、頬を伝って落ちた。

すると、白いハンカチが、そっと俺の目元に差し出された。


「……哲治さん」


帆乃花さんが、俺の手を握りしめていた。

その瞳もまた、涙で潤んでいる。


「これからは、嬉しい時は私も一緒に泣きますから。一人で強がらなくていいんですよ」


彼女は俺の涙を拭い、そして自分も涙をこぼしながら、太陽のように笑った。


「そのための『夫婦』なんですから」


ああ、そうだ。

もう、俺の右側は空白ではない。

騒がしい友人がいて、温かい義理の家族がいて、そして何より、この愛しい伴侶がいる。


「……はい、じゃあ撮りますよ! ご友人も入って! 涙拭いて、崩した感じでいきましょう!」


カメラマンの声が弾む。


信二が「へぐっ、ずびっ」と盛大に鼻をかみながら、俺の右側に強引に割り込んでくる。

洋一氏も苦笑しながら近寄ってくる。

帆乃花さんが、俺の腕にしっかりと寄り添う。


「はい、チーズ!」


俺は、生涯で一番だらしない、しかし一番幸せな「泣き笑い」の顔で、レンズを見つめた。


――カシャッ。


そのシャッター音は、俺の孤独な日々に終止符を打つ、暖かな号砲のように響いた。

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