41 帰還
みーちゃんを抱えて全力疾走した私は多分、アドレナリン大放出だった。
駆け抜けた私は視界がぱっと明るくなると同時に道を作り続けていたらしいラスボスと正面衝突した。
「わあ!」
「げぼくっ」
なんか変な呻きが聞こえた!
衝突したラスボスは吹っ飛んで壁に激突した。同時に光の道は消えて、真っ暗な空間が消える。
衝突した反動で尻餅をついた私は、すぐ背中で閉じた空間にぞっとしていた。
あと一歩後ろだったらあの空間から出られなかった。
ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら腕の中のみーちゃんに縋る。たくさん汗をかいたのに身体は冷えていて、子供体温のみーちゃんがぽかぽか温かい。
みーちゃんは私の腕の中で、よじ登るように身体を伸ばしてきょろりと部屋を見渡した。
「セバスちゃん!」
「みーちゃん様。よくぞご無事で」
セバスチャンがすかさず隣にしゃがみ込んで、私の背中を支えてくれる。みーちゃんはセバスチャンにたいして思うところはないようだ。見つけたから呼んだだけらしい。すぐ視線を外して部屋を見渡した。
「おへや、こわれてる?」
天井から窓のある壁にかけてが消失した、ボロボロの部屋を。
「何があったのこれ…っ」
「ムツミが精神世界に入ってすぐ、出入り口から漏れ出した魔王と勇者の力が部屋を半壊させました」
直接漏れ出していたらしい。
空が荒れるような余波とは違う直接的な力が漏れ出して、耐えきれなかった部屋は半壊。二人が戻ってこないと道も閉じられないので、その間ずっと世界に落雷が落ち続けていたらしい。
遠くで煙が上がっているのが見える。
「彼曰く、精神世界は魔王に支配されて空間そのものが魔王と一体化していたようです。ここでずっと【おやめください殿中でござる殿中でござる~】などと語りかけていました。幼子にする言動ではありませんね」
「ほんとそれな…」
それを幼児に言っても理解されるわけがない。
あとそれ意味違うくない? それって「殿がいる中で何をしている!」って意味じゃない? 時代劇で見たぞ? 時代劇で使われていた言葉が出てくるのどういうこと?
こいついつも本当に意味わからない。私は深呼吸を繰り返し、なんとか震える身体を宥めた。
つーかあの暗闇そのものが魔王って言った?
「勇者に悉く拒否されて、とにかく逃がさないことを念頭に自分の懐にしまおうとしたらしいです」
「とんだヤンデレじゃねぇか」
自分の家に監禁じゃなくて自分の体内に監禁なんて考えつく幼児ガチでいや。
こっちは幼児の姿が見えなくて、役割を終えてマナとやらに溶けてしまったのかと怯えたってのに。幼児の思考に怯えさせられるとは思わなかった。
「…じゃあ魔王って今どうなってんだ…?」
「…わかりませんが…そろそろ役目を終えるかと」
そう言って、セバスチャンは崩壊した部屋から外を眺めた。
「簡単に言いますが、精神世界を支配して空間そのものになるなど、そうそうできることではありません。それに対抗して自我を保ち続けたみーちゃん様も、ムツミを守り続けるこの星々も、淀みを利用して使用される奇跡なら、無限ではなく有限です。これほど大きな奇跡を立て続けに起こしたのだから、淀みが薄れるのも当然でしょう」
そうは言うが私の目に映るのは崩れた壁と曇天に走る稲妻。遠くで上がる煙の橋という、とても不穏な光景だ。
「世界にこれほどマナが満ちている光景を、初めて見ます…」
恍惚と、美しい景色を見たと言わんばかりにセバスチャンの目が細められる。
彼の目にはマナが溢れかえっているのが見えているのだろう。
それが見えない私には、世界の終わりが近いようにしか見えない。むしろ世紀末な光景を恍惚と眺める様子から、こいつこそがラスボスかという風情だ。
壁まで吹っ飛ばされたラスボスは、よろよろ立ち上がって長身を折り曲げながら近付いてきた。
「功労者に対してずいぶんな仕打ちだと思いませんか」
「魔王どうなった?」
「私への関心があまりにも薄い」
みーちゃんもラスボスへの関心は薄く、近付いても一瞥しただけですぐ視線が逸らされた。やたら部屋をキョロキョロしているのは、みーちゃんの目にもマナが見えているからかもしれない。そういえばセバスチャンよりたくさん見えているとかいないとか。結局真偽不明だが、多分見えている。
ラスボスは肩を落として崩壊した壁に近付いた。空を見上げて、また首を傾げる。
「魔王様泣いているのですが。静かに静かに泣いているのですが?」
「みーちゃんにきらいって言われたからな…」
私の目には魔王の姿が見えないが、ラスボスには見えているらしい。もしかしなくても雨が降っているっぽい方角にいるんだろうか。
同じことを考えたセバスチャンがラスボスに問いかける。
「雨足が弱いのは、だいぶ淀みが晴れたからでしょうか」
「そうですね。精神世界で怪獣大戦争を繰り広げたあとですから。世界中に溜まっていた淀みの大半は浄化されたのでは?」
嘘だろ本当に浄化終わりそうなの?
世界を揺るがす大魔法を使ったようには思えなかったけど、実は奇跡の連発だったの? このハートリンクはなにげに高性能だったと思うけど、世界の危機が救えるほどの大魔法だったんだろうか。なんとなく世界を救うほどの魔法って、大爆発するくらいの威力をイメージするんだけど。
納得がいかない私の表情を見て、ラスボスが呆れたような顔をした。
「ご存じでないかもしれませんがそもそも雷とは神の御業なのですよ。その雷を操るだけでも大魔法です」
「ギャン泣きするたび軽率に落雷してたけど!?」
「幼くて理性が働かないからこそ常に全力。一番強い魔法を使い続けていたのです」
つまりギャン泣きするたびに世界を救うレベルの大魔法を使い続けていたらしい。
精神世界にいたときなど物を投げるように連発していたので、世界中の淀みは本当に晴れているらしい。これが現実世界だったら、天災に次ぐ天災で避難など間に合わず国の一つや二つは滅んでいたという。
「まあ漏れ出た影響でいくらかの街に影響が出ていますが、世界滅亡に比べたら易いものでしょう」
「…じゃあ、魔王もアンタも、そろそろ消えるってこと?」
「そうなりますね。ほらもうあまり魔法が使えない」
なんて言いながら、ラスボスが小さく足踏みをする。足元の影がチラリと浮き上がったが、すぐに元の影に戻った。
もうすぐ消えるというのに、悲壮感が全くない。こいつの情緒は相変わらずわからない。
(なんでこっちの方が胸を痛めなくちゃいけねぇのよ)
言葉を交わしてしまったから、不気味な奴でも消えるとなれば戸惑う。ラスボスはともかく魔王なんて幼児だ。クソガキだったが、アレが世界に溶けて消えると思えば複雑だ。
魔王を拒絶したみーちゃんは、魔王の迎える最後を知らない。歴代の勇者も魔王の役割を知らず、彼らの執着が理解できず拒絶してきたのだろう。世界中で誰よりも近しい存在だというが、あまりにもわかり合えない様子が平行線のようだ。
私の隣に膝を突き、私の背中を支えながら外を見ていたセバスチャンが立ち上がる。
恍惚とした表情は消え去り、いつもの真剣な表情でゆるりと手を振った。
どこからともなく現れた水が。
私とみーちゃんの足元を濡らした。
それは、少し前に見た召喚の魔法陣…が、反転したもの。
「これからお二人を元の世界へ還します」
今?
え、今???????
(一瞬みーちゃんが丸洗いされるのかと思った作者です)
年末に向けてラストスパートです。今年中で終わるか??? 終わらないか??? 作者の中では終わるつもりでいますので応援よろしくお願い致しますふんすっ!!!
明日も更新ありです!