37 救わなくてもいい世界
普通に考えれば、精神世界にいるみーちゃんと現実世界にいる私たちでは次元が違う。
出るのは簡単でも接続するのはむずかしい。そういうファンタジーな(SFか?)部分はさっぱりわからない私でも目に見えない世界に接触とか、異世界召喚くらい意味わからないと思う。うん、これ異世界召喚だった。
しかしラスボスは案外簡単だと宣った。
「何故なら勇者の奇跡がここで発動しているからです」
「これか」
未だにきらきらと星をまき散らしている、このハートリング。
私が真剣に悩んでいる間もずっと星が散っていたと思うとシュールだ。
「奇跡を起こしているのは勇者の力ですので、発信元と繋がりがあって当然です。うっすら繋がりが見えます。それを辿れば勇者のいる精神世界にこんにちはも容易いです」
「交信見えてんのか…」
説明されても目に見えないから理解できなかった。なんとなく電波が視認できていると考えたけど、電波だな。違う意味で。
「それならすぐつれてけよ」
泣き止ませる自信はないが、時間がない。
世界云々よりもどれだけ一人で泣かせているのかとソワソワしてきた。見えないあの子が絶対泣いているのがわかるので、気持ちが落ち着かない。
仕方ないのでみーちゃんの忘れ物であるうさぎのぬいぐるみを持ち上げて、最悪これを渡してなんとかしようと考えた。そこそこ大きなうさぎの耳を掴んで持ち上げると、何故かセバスチャンに持ち方を矯正された。
この持ち方、みーちゃんも時々するんだけどだめか。
そうやって準備をしていたら、ラスボスは複雑そうに顔を顰めた。
「…搾取されるばかりの世界なんて、救わなくていいと思いません?」
「は?」
それお前が言うのか。
ラスボスは非常に複雑そうな顔で、相変わらず人外めいた動作で身体を傾ける。
「魔物も、魔族も、淀みから影響を受けて力を得ています。使用する魔法も淀み頼りです。つまり魔王や勇者と同じではないかと思いました? いいえ、我々は淀みの影響で半分以上が作り替えられて、別の生き物になっています。老化が遅かったり怪我をしにくくなったりと、化け物染みた強靱な身体を得るのです。そんな我々は淀みがなくなれば弱体化します」
「…そうだな?」
「なんなら淀みと一緒に存在が浄化されてしまいます」
「お前ら淀みでできてんの?」
「そうともいいます」
私は顔を顰めた。
こいつは淀みを浄化するのが魔王の役目だといった。それの補佐が自分の役目とも言った。
しかしその役目は、最終的に自分も魔王に浄化されることに繋がる。
魔王が倒されて魔物などがいなくなるのは、活動エネルギーがなくなり衰弱するから自然に淘汰された結果らしい。
つまりラスボスも、魔王が淀みの浄化を終えたら消えるのだ。
こいつさっきの台詞も含めて、反旗を翻しそうな背景持っていやがる。
「お前やっぱりラスボスなんじゃないの」
「私は生まれたときからラスボスですが?」
そうだけどそうじゃねぇ。
「今までとくに不満はなかったのです。そういうものだと思っていましたし魔王様のお世話が大変でしたしむしろ早く終わってくれと思っていました」
「わかる」
思わず同意してしまった。
私もはよ終われって思いながらみーちゃんのギャン泣きをあやし続けていた。
あやしている間って、他のこと何も考えられないんだよな。ながら作業とか無理だ。経験を積んでもできる気がしない。世のお母さん達はマジやばい。熟練者だ。
でもこいつの早く終われって早く(人生)終われじゃね? やばくね?
「ですが勇者を呼ぶ人間の心理や、自ら生み出した淀みを魔王様に押しつけておきながら他力本願な世界のあり方を知っていくうちに…勇者がいようといなかろうと、八割といわず九割くらい削ってもいいのではと思いまして」
ラスボスが私の隣に立つセバスチャンを見た。
「永遠の孤独にいる魔王様に勇者を与えてくれているものと思っていましたが、そうではないのでしょう? 三百年後にも勇者が呼ばれるのなら、ここですべて終わらせてしまってもいいのでは?」
…ラスボスは、こちらの人間が召還後の私たちにした対応に引き気味だった。
人の心がないと思っていたけれど、残滓はあるようだ。その残滓からしてみても「ないわー」と思ったようだ。
ラスボスにじっと見詰められたセバスチャンは、何も言わなかった。
相変わらず言い訳も弁明も、謝罪もしない。見詰めてくるラスボスを静かに見返している。
彼も知らない新事実もあったし、全部セバスチャンが背負う必要のないことだ。それでもこの場にいるこの世界の人間代表みたいな所がある。彼の言動一つでこの世界に対する嫌悪感が解消されることはないが、増すこともあるだろう。多分よくわかっていて何も言わない。
それに彼からの謝罪は、もうもらっている。
(…繰り返し謝罪されても、どうにもできないし)
むしろ彼の関わりないところでいろんな人間が悪手ばかりとるので、尻拭いが大変なのはセバスチャンも似たり寄ったりだ。
政治家って大変だな。
そう思って、私は深く息を吐いた。
「この世界を救うか救わないかは、私が決めることじゃないしできることじゃない」
セバスチャンをじっと見ていたラスボスが私に視線を戻した。
大暴走しているみーちゃんをあやすことが世界を救うことに相当するとしても、それだって一時的なものだ。実際に世界の淀みを浄化…というか消費するのはみーちゃんと魔王で、結果マナが循環するようになればまあよかったねってくらい。そんなことはどうでもいい。
「えーでもなんで私がこいつらのためにーって思いません?」
「は? ずっと思ってるけど? …でも私もそっち側だしな」
「そっちとは?」
「世界の危機が私たちの所為で訪れたとしても、自分じゃなくて他力本願で騒いで終わる側」
向こうにいた頃は世界の環境問題なんて、真面目に考えたこともなかった。
睦美は早くみーちゃんのところに行きたいがラスボスが話を引き延ばすのでソワソワしている。
こいつ…時間稼いでないか…? 本当に大丈夫か…?
ラスボスがラスボス疑惑、ずっと睦美の中で燻っています。
ラスボスはよ行動しろ! のイイネと評価をよろしくお願い致します。